オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

刀士として

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 飛び降りた莉子はエアパレットを取り出し、飛竜の気を引ける開けた場所を探していた。
「あたしが囮にならないと……」
 しかし、ここはミノウ山地という森の中である。木々が生い茂る他は飛竜の火球によって燃え盛る場所しかない。

「早くしないとカズやん君が……」
 この度は必ずパートナーを生かす。莉子は明確な目標を定めていた。
 惨めで悲しい思いをするくらいなら、犠牲となった方がマシ。過去の経験はそのような思考へと簡単に結びつけてしまう。
 守られるくらいなら失われようと……。

 先ほどからハンディデバイスが鳴っていたけれど、莉子は応答しない。それよりも飛竜の気を引くことが優先事項だ。
「そいやハンディデバイスを持ってたら捜索隊が来るかも……」
 支給品のハンディデバイスはオンオフができない。もし万が一の場合に居場所を特定するためだ。大気中の魔素を利用して動くそれは、持ち主が死んだとしても動作し続けてしまう。

「外しておこう……」
 ここでも決意は変わらなかった。捜索隊が編成されてしまえば、せっかく逃がした一八が組み込まれる可能性は高い。莉子の行為に意味はなくなるし、被害が大きくなるだけだ。だからこそ莉子は最後の希望を繋ぐハンディデバイスを投げ捨てている。

「もう後戻りできない。あたしは刀士として強敵に立ち向かう。人生最後で最高の戦いを終えるだけっしょ……」
 どうせ生かされた命。戦いの内に果てるのなら本望である。まして相手は最強の魔物だ。人生という物語のクライマックスには相応しい。

 投げ捨てたハンディデバイスから距離を取るうちに、莉子は少し開けた野原へと辿り着く。
 上空に旋回する飛竜が見えた。ここならば飛竜が気付くだけでなく、零月を振って戦えるはず。
「魔力は出し惜しみしない。全身全霊の一撃を飛竜にぶつける!」
 言って莉子は魔力を練り始めた。防御魔法の展開はしない。魔力はエアパレットと剣に乗せるだけ。何度も繰り返せない攻撃であるけれど、莉子にはそれで十分だった。

「カズやん君のおかげで魔力はあるんだ。死ぬまでに少しでもダメージを入れる。それは金剛莉子という魔道刀士が生きた証し。有終の美ってやつ?」
 何だかおかしくなってしまう。既に死への恐怖はなくなった。それどころか寧ろ彼女は奮い立っている。

「翼さえ斬り裂けば脅威は減る。絶対に初斬で地面へと叩き落とす!」
 魔力が練り上がった莉子。彼女の基本属性は風である。よって零月は竜巻を纏うようにして、その姿を一段と長く見せていた。
「いけぇぇっっ!」
 刹那にエアパレットが噴射する。彼女の風属性はエアパレットとの相性が抜群であった。小柄な彼女を瞬く間に上空へと誘っていく。

「飛竜、覚悟ォォッ!」
 弾丸のように撃ち出された莉子は飛竜が気付くよりも早く突撃していく。狙いは飛竜の片翼。零月を大きく振りかぶったまま彼女は接近している。

「だぁぁあああぁぁあっ!」
 次の瞬間、上空にキィィンという金属音が響いた。接近に気付いた飛竜が彼女の刀を爪で受けたからだ。
「硬い! でも想定内だしっ!」
 直ぐさまエアパレットを操る。クルリと反転し体勢はやや落下気味の水平姿勢となっていた。けれど、落下に恐怖することはない。元より莉子はこの戦いこそが人生の最後と決めていたのだから。

「斬り裂けぇぇぇっ!」
 魔力を絞り出し、属性発現を最大にまで強化する。
 恐怖心を拭い去った莉子は深く懐へと入り、飛竜を斬り付けていた。
 翼は飛竜の表皮で一番柔い部分であったけれど、莉子の斬撃は敢えなく弾かれてしまう。ならばと莉子はエアパレットを操りながらも、返す刀で再び斬り付けている。

 刀士としての集大成と位置づけたこの戦いは、今までに覚えたことのない執念という強い意志を彼女に芽生えさせていた。
 何度でも斬り付ける。目的を遂げるまで莉子は諦めない。全力で零月を振り続けていた。
 魔力が尽きるまでに。エアパレットが操れる間に。莉子は飛竜の片翼を斬り裂かねばならない。

「これがあたしの生きた証し!!」
 竜巻を纏ったその一撃は遂に飛竜の右翼を捕らえた。先ほどのように弾かれた感覚はなく、明確な手応えだけが残っている。
 最大魔力を乗せた斬撃は見事に飛竜の翼を斬り裂いていた……。

「やった……」
 そう思った刹那のこと。苦悶する飛竜は長い尾を振り回して莉子に反撃をした。
 咄嗟に防御魔法を展開するも時既に遅し。エアパレットごと莉子は叩き付けられてしまう。

 兵団支給の魔力硬化ジャケットは意味を成していない。さりとて重量のある鋼鉄製の鎧を装備していたとして同じことだった。飛竜の強烈な攻撃に遭っては、どちらにしても明確なダメージを受けていたことだろう。

 宙に投げ出された莉子。左腕に力が入らない。辛うじて意識は繋ぎ止めていたけれど、もう零月を振れないことを莉子は理解した。
 為す術なく落下していく。けれど、視界には同じく落下する飛竜の姿があった。人生の終わりが近付いていたのだが、莉子はこの様子に笑みを浮かべている。

「やったんだ……。あたしは飛竜を斬った……」
 静かに目を瞑る。エアパレットを失った彼女はもう助からない。激しく地面に叩き付けられ、この生を終えるのだろう。
「マナリス様……」
 女神への祈りは自分のためではない。仲間たちが無事であるようにと彼女は願うだけ。自身がもう助からないことくらいは分かっていたのだ。

 しかし、莉子は気付いた。人生が幕を下ろす瞬間であるというのに、希望を抱かせる声があることに。

「莉子ォォオオオッッ!!」

 大声の主はパートナーに他ならない。既に別れを告げた人の声であった。
「カズやん君!?」
 咄嗟に声を返してしまう。彼女は生を諦めたはずで、満足もしていたというのに。
 直ぐ側で聞こえる声には押し殺していた感情が意図せず蘇ってしまう。

 まだ死にたくない――――。
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