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第二章 騎士となるために
イレギュラー
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バジリスクを斬り裂いた一八は、ふぅっと長い息を吐く。流石にもう生きてはいないだろう。軽く奈落太刀の刃を拭くと彼は鞘へとそれを収めた。
「おい、輪切りにしてやったぞ? 注文通りだろ?」
憎たらしいほどの笑みが向けられている。流石に莉子は苛っとしてしまう。拗ねるように口を尖らせながら、彼女は一八に返している。
「及第点だね……」
「ああ? 完璧な切り口だろうが?」
「いや、なんか美しくない。力任せすぎ!」
指摘されるとその通りだ。型も振りもなっていない。かといって二撃目は仕方ないし、決めにいった攻撃もまた一瞬の隙を突くしかなかった。
「負け惜しみはそれくらいにしろ。助けてやったんだ。土下座して感謝してもいいくらいだろ?」
莉子にも矜持があることを一八も理解している。だからこそ冗談っぽく返していた。昨年度の結果として死人まで出した魔物。それを瞬殺してしまったのだから、莉子が素直になれないわけも分かる。
「ま、サンキュ……。刀士として君が優れているのが良く分かったし……」
一応は莉子も感謝を口にしている。重い口ぶりは嫉妬なのか、或いは落胆だろうか。
「あたしが使えない刀士だってこともね……」
卑下するような言葉が続けられた。莉子はまるで役に立っていない自分に気付いている。寧ろ邪魔になっていたのではないかと。
「ふて腐れんな。腕力の差は歴然としてるだろ? 今に始まったことじゃないと思うが?」
「どうかな……。君を見ていると嫉妬と尊敬がごちゃ混ぜになる。女であることがハンディなら、あたしは男に生まれたかったと考えてしまうよ……」
どうにも一八は扱いに困っていた。どういった対応が適切なのか少しも分からない。しょげる女性に対してかけるべき言葉など、一八には思い浮かばなかった。
次の瞬間、上空から耳をつんざく咆吼が届く。しんみりしていた二人だが、咄嗟に空を見上げた。
「なんだ……あれは……?」
見た目にも明らかであったけれど、思考が追いつかなかった。その影は明確に西大寺が話す強大な魔物。それ以外にあるはずもない。
「飛竜――――」
どう見ても一八たちを見下ろしている。強い魔力を放ったからか、若しくはバジリスクの死体に興奮しているのか。飛竜の視界は確実に二人を捉えていた。
「莉子、逃げるぞ!」
咄嗟に莉子の手を引っ張り、取り出したエアパレットに飛び乗っている。仮に飛竜がバジリスクの遺体を狙っているとすれば、ここから離れるだけでいいはずだ。
「カズやん君、追ってくる!」
「クソ、好戦的なやつだな!?」
ここが森の中であることは二人にとって有利でもあり不利でもある。木々が生い茂る中をフルスピードで飛ぶなんてできないのだ。さりとて上空からでは死角が多く、二人は身を隠すことができた。
柔術で培った反射神経を信じるしかない。一八は猛スピードで山を下っていく。背中にしがみつく莉子は振り落とされないようにと必死であった。
「カズやん君、あたしもエアパレットだそうか!?」
「いらん! 余計な魔力は使うな!」
提案は即座に却下された。エアパレットもまた魔力を消費するのだから、今は莉子を連れて飛ぶだけだ。最後の場面まで一八は考えている。
過去にはないほど集中していた。木々の間をすり抜けていくだけでなく、上空からは飛竜が追いかけてくるのだ。絶体絶命であり、息つく暇さえない。
「いけるか……?」
そう思った次の瞬間、左手側の木々が突如として炎上する。それはあり得ない火力で焼かれたものであり、木々は瞬く間に消し炭となってしまう。
「カズやん君、火球を撃ってくるよ!?」
「わぁってる! どうすっか考えてんだよ!」
恐らくは手当たり次第に撃っているはず。次々と炎が上がっていたけれど、発火地点は右手であったり後方であったりと一定していない。唯一明確になっているのは飛竜がどうしても一八たちを逃がすつもりがないということだ。
一八は考えていた。このままではいずれ被弾する。二人して黒焦げになる未来しか思い浮かばない。
「莉子、てめぇは防御魔法をマックスで使っとけ!」
「いや、カズやん君はどうするのよ!?」
一八はエアパレットに魔力を割かれている。マックスとはステージ4の魔力展開であり、絞り出せる最大値だ。従ってスピードを落としたとしても、一八の最大はステージ3となる。
「まあ何とかなんだろ……」
「何とかって!? もう降ろして! 降ろしてよ、カズやん君っ!!」
莉子は重荷になっている現実を理解した。しかし、一八はガッチリと彼女の腕を掴んだままであり、振りほどくのは困難である。
「るせぇ! 地獄まで付き合ってもらうぜ!」
どうしても一八は莉子を見捨てない。対する莉子も絶対に重荷となるのは嫌だった。
ここで莉子は強硬手段に出る。あろうことか彼女は一八の腕に噛みついた。それも身体強化を施してから……。
「痛ぇぇっ!」
思わず握った手を緩めてしまう一八。絶対に離さないと考えていたというのに。
「じゃあね、カズやん君……。君は生き残って最強の刀士になってよ。あと、あたしの零月は玲奈ちんに渡して欲しい……」
言って莉子は一八の背中から手を離した。スピードに乗ったエアパレットから零れ落ちるようにして莉子の身体が宙を舞う。
「バイバイ……」
一方的すぎる別れを一八は告げられていた。まだ知り合って間もない。しかし、時間じゃなかった。彼女は探索のパートナーであり守るべき存在である。
振り返ると莉子は見る見るうちに小さくなっていった。それは望むはずもない現実。まるで理想と現実が乖離していくようであった。
「莉子ォォォッ!」
不意に後方で照明魔法が煌めきを放つ。それは間違いなく金剛莉子が使ったものだ。どうやら一八を逃がすために、彼女は囮となるつもりのよう。
「クソッたれぇぇっ!!」
一八の絶叫が木霊する。虚しく響くその声は直ぐさま掻き消されてしまう。莉子を見つけた飛竜のけたたましい咆吼によって……。
結末は限定的である。悲しすぎる未来しか訪れることはないだろう……。
「おい、輪切りにしてやったぞ? 注文通りだろ?」
憎たらしいほどの笑みが向けられている。流石に莉子は苛っとしてしまう。拗ねるように口を尖らせながら、彼女は一八に返している。
「及第点だね……」
「ああ? 完璧な切り口だろうが?」
「いや、なんか美しくない。力任せすぎ!」
指摘されるとその通りだ。型も振りもなっていない。かといって二撃目は仕方ないし、決めにいった攻撃もまた一瞬の隙を突くしかなかった。
「負け惜しみはそれくらいにしろ。助けてやったんだ。土下座して感謝してもいいくらいだろ?」
莉子にも矜持があることを一八も理解している。だからこそ冗談っぽく返していた。昨年度の結果として死人まで出した魔物。それを瞬殺してしまったのだから、莉子が素直になれないわけも分かる。
「ま、サンキュ……。刀士として君が優れているのが良く分かったし……」
一応は莉子も感謝を口にしている。重い口ぶりは嫉妬なのか、或いは落胆だろうか。
「あたしが使えない刀士だってこともね……」
卑下するような言葉が続けられた。莉子はまるで役に立っていない自分に気付いている。寧ろ邪魔になっていたのではないかと。
「ふて腐れんな。腕力の差は歴然としてるだろ? 今に始まったことじゃないと思うが?」
「どうかな……。君を見ていると嫉妬と尊敬がごちゃ混ぜになる。女であることがハンディなら、あたしは男に生まれたかったと考えてしまうよ……」
どうにも一八は扱いに困っていた。どういった対応が適切なのか少しも分からない。しょげる女性に対してかけるべき言葉など、一八には思い浮かばなかった。
次の瞬間、上空から耳をつんざく咆吼が届く。しんみりしていた二人だが、咄嗟に空を見上げた。
「なんだ……あれは……?」
見た目にも明らかであったけれど、思考が追いつかなかった。その影は明確に西大寺が話す強大な魔物。それ以外にあるはずもない。
「飛竜――――」
どう見ても一八たちを見下ろしている。強い魔力を放ったからか、若しくはバジリスクの死体に興奮しているのか。飛竜の視界は確実に二人を捉えていた。
「莉子、逃げるぞ!」
咄嗟に莉子の手を引っ張り、取り出したエアパレットに飛び乗っている。仮に飛竜がバジリスクの遺体を狙っているとすれば、ここから離れるだけでいいはずだ。
「カズやん君、追ってくる!」
「クソ、好戦的なやつだな!?」
ここが森の中であることは二人にとって有利でもあり不利でもある。木々が生い茂る中をフルスピードで飛ぶなんてできないのだ。さりとて上空からでは死角が多く、二人は身を隠すことができた。
柔術で培った反射神経を信じるしかない。一八は猛スピードで山を下っていく。背中にしがみつく莉子は振り落とされないようにと必死であった。
「カズやん君、あたしもエアパレットだそうか!?」
「いらん! 余計な魔力は使うな!」
提案は即座に却下された。エアパレットもまた魔力を消費するのだから、今は莉子を連れて飛ぶだけだ。最後の場面まで一八は考えている。
過去にはないほど集中していた。木々の間をすり抜けていくだけでなく、上空からは飛竜が追いかけてくるのだ。絶体絶命であり、息つく暇さえない。
「いけるか……?」
そう思った次の瞬間、左手側の木々が突如として炎上する。それはあり得ない火力で焼かれたものであり、木々は瞬く間に消し炭となってしまう。
「カズやん君、火球を撃ってくるよ!?」
「わぁってる! どうすっか考えてんだよ!」
恐らくは手当たり次第に撃っているはず。次々と炎が上がっていたけれど、発火地点は右手であったり後方であったりと一定していない。唯一明確になっているのは飛竜がどうしても一八たちを逃がすつもりがないということだ。
一八は考えていた。このままではいずれ被弾する。二人して黒焦げになる未来しか思い浮かばない。
「莉子、てめぇは防御魔法をマックスで使っとけ!」
「いや、カズやん君はどうするのよ!?」
一八はエアパレットに魔力を割かれている。マックスとはステージ4の魔力展開であり、絞り出せる最大値だ。従ってスピードを落としたとしても、一八の最大はステージ3となる。
「まあ何とかなんだろ……」
「何とかって!? もう降ろして! 降ろしてよ、カズやん君っ!!」
莉子は重荷になっている現実を理解した。しかし、一八はガッチリと彼女の腕を掴んだままであり、振りほどくのは困難である。
「るせぇ! 地獄まで付き合ってもらうぜ!」
どうしても一八は莉子を見捨てない。対する莉子も絶対に重荷となるのは嫌だった。
ここで莉子は強硬手段に出る。あろうことか彼女は一八の腕に噛みついた。それも身体強化を施してから……。
「痛ぇぇっ!」
思わず握った手を緩めてしまう一八。絶対に離さないと考えていたというのに。
「じゃあね、カズやん君……。君は生き残って最強の刀士になってよ。あと、あたしの零月は玲奈ちんに渡して欲しい……」
言って莉子は一八の背中から手を離した。スピードに乗ったエアパレットから零れ落ちるようにして莉子の身体が宙を舞う。
「バイバイ……」
一方的すぎる別れを一八は告げられていた。まだ知り合って間もない。しかし、時間じゃなかった。彼女は探索のパートナーであり守るべき存在である。
振り返ると莉子は見る見るうちに小さくなっていった。それは望むはずもない現実。まるで理想と現実が乖離していくようであった。
「莉子ォォォッ!」
不意に後方で照明魔法が煌めきを放つ。それは間違いなく金剛莉子が使ったものだ。どうやら一八を逃がすために、彼女は囮となるつもりのよう。
「クソッたれぇぇっ!!」
一八の絶叫が木霊する。虚しく響くその声は直ぐさま掻き消されてしまう。莉子を見つけた飛竜のけたたましい咆吼によって……。
結末は限定的である。悲しすぎる未来しか訪れることはないだろう……。
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