オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

スタンピード

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 一八は莉子とペアを組み、指定場所であるエリア2へと向かっている。エアパレットも二度目であるし何の問題もなかった。
「ねぇ、カズやん君……」
 しばらく雑談などなかったのだが、不意に莉子が口を開く。何やら重い口ぶりである。

「何だよ?」
 一八が話を促すと莉子は小さく頷いている。やはり気のせいではない。先ほどの話を引き摺っているのか、普段とは異なり笑顔などなかった。
「実はエリア2はあたしが去年、魔力切れを起こした場所なの……」
 その実地試験は今回の指定よりも広範囲であったけれど、ミノウ山地と呼ばれる地域にエリア2は含まれている。捕捉として玲奈たちが向かったエリア1もまたミノウ山地内であった。

「ビビってんのか?」
「いやそうじゃない。ただ嫌な思い出があるだけ……」
 そりゃそうだろうなと一八。落第する原因となった魔力切れを起こした場所だとすれば、良いイメージを抱くはずもない。

「ま、今日は魔力切れする前にちゃんと言えよ。全て俺に任せと……」
「それよ! それがやなの!」
 一八が喋り終える前に莉子が声を荒らげる。これには流石に驚いてしまう。別に怒られるような話ではなかったというのに。

「詳しく話してみろ……」
 どうせエリア2までは三十分ほどかかる。一八は道中の暇つぶしにと話を聞くことにした。
「あ、いやごめん……」
「話せといったはず。理由があんだろ?」
 ここで聞いておかねば、もう聞く機会などないだろう。莉子は話したくないようだし、再び口を滑らせるはずもない。
 ジッと一八を見つめている。やはり莉子は躊躇していたけれど、一八が頷きを返すと重い口がようやく言葉を発した。

「あたしはエリア2でパートナーを失った。あたしが魔力切れを起こしたせいで……」
 想像よりも辛い話であった。察するに今と同じような状況であったのだろう。だからこそ莉子は当時を思い出し、嫌な記憶を蘇らせているはず。
「高原君こそ生きるべき剣士だった。動けないあたしなんて切り捨てて逃げるべきだった」
 そういえば食堂でも高原なる名を聞いていた。どうやら昨年度に出した唯一の死者は彼であるらしい。

「高原ってのは莉子を担いでたのかよ?」
「ううん、高原君はあたしをエアパレットに乗せて目一杯の魔力を注いだだけ。自分自身を囮にして、あたしだけを逃がしたのよ……」
 恐らくそれは最終手段なのだと分かった。全滅よりもどちらかが生き残る選択をしただけである。高原という剣士は選択肢の中で莉子を選んだにすぎない。
「あたしは気付けば荒野にいた。支援班に助けられるまで気を失っていたの。そのあと調査隊がエリア2に送られたのだけど、高原君がいた場所には凄惨な光景が広がっていたらしい」
 少しばかり濁して伝えられていたけれど、一八はその状況を想像できている。身代わりとなるべく残った彼は崇高なる本懐を遂げたのだろうと。

「まあもう忘れろ。俺は次席だぞ? 簡単に死にゃしねぇよ……」
 一八は慰めたつもりだった。莉子が勇気を出せるように。過去を払拭するためにと。
 しかし、余計に悩ませてしまう。次席であるという根拠はなんの意味も成さない。
「高原君は首席だし……」
 どうやら昨年度の首席卒業者は繰り上げであった模様。試験にて一席が失われたことによって。
「まじか。じゃあどんな魔物だった? 伸吾が話してたBランクってやつか?」
 探査範囲の最北端であるミノウは山間部に多くの魔物が住む。強大な魔物が山を下りることは稀であったけれど、それでも数年に一度くらいは実際に起きている。災害指定ではないにしてもBランクの魔物が出現すれば中隊以上の編成が必要であった。

「Bランクの魔物じゃないよ。単体ではCランク。ただCランクに追い立てられた魔物の量が尋常じゃなかっただけ……」
 莉子の話を聞く限り、集団としての危険度がBとされたらしい。組み合わせによってはAないしSとなる場合も考えられた。

「追い立てたのはバジリスク――――」
 魔物事故の根幹となったのはバジリスクという魔物らしい。その個体は様々で、足の有る無しで危険度が異なった。

 どうやら莉子たちが遭遇したのは足が生えた上位種のようだ。無足のバジリスクはDランクであり、集団になったとしても危険度は低かったのだから。
「Cランクのバジリスクか。四足なら炎を吐くタイプだよな?」
 魔物生態学は割と得意だった一八。直ぐさま莉子が話す魔物の情報を口にする。しかし、莉子は首を振った。一八は知っている情報を返しただけであるというのに。

「それがユニーク個体だったの。無足だったけど、Cランクとされたのは弱毒の代わりに火炎を吐いたから。加えて鱗が異様に固い。高原君の剣ではまるでダメージが入らなかった……」
 四足のバジリスクは無足よりも大きく、特殊攻撃を持つために上位種とされている。莉子たちが戦ったのは足がないタイプであったけれど、ユニーク個体であったそれはCランクとされた。

「高原はってことなら、莉子はダメージを与えられたのか?」
「恐らく入った。定かではないけど……」
「どういうことだよ? 戦ったんだろ?」
 戦ったというのに微妙な返答である。手応えの有る無しくらいは斬り付けた感触でわかるはずなのに。
「バジリスクが現れるまでスタンピードというべき魔物の群れに対処していたのよ。あたしは既に魔力切れだった。だから、バジリスクに斬り付けたのは二回だけ。そのあとは意識が朦朧としていたから……」
 危険度Bランクの魔物被害は二人で立ち向かうべきではない。かといって危険度は後になって付けられたものだ。当時の二人は雑魚を倒すだけで終わると考えていたらしい。

「なるほどな。お前は雑魚を倒すのにも魔力が必要ってわけか……」
「残念だけどね……」
 魔力切れの減点は逃亡よりも遥かに重い。魔物の自体の危険度がCランクであったとしても、途中で撤退を選ぶことができたはず。魔力切れまで戦ってしまった莉子は試験に落ちて当然であった。

「で、話を戻すが、俺は高原じゃねぇからな。莉子が不安に思うようなことにはなんねぇよ。お前だけを逃がして犠牲になるなんて馬鹿な真似は絶対にしねぇ……」
「そう、それなら良かった。もしも危機が迫り、カズやん君が撤退できるのなら、あたしを放置してくれると助かる。もうあんな惨めで辛い想いはしたくない……」
「はぁ? 馬鹿かお前は?」
 莉子は一八を割と同類だと考えていたのだが、その彼にまで馬鹿扱いされてしまう。
「何が馬鹿だってーのよ?」
 口を尖らせる莉子。自身は話の流れを間違っていないし、寧ろ勘違いしているのは一八の方だと思う。
「もしも強敵が現れ、莉子が魔力切れを起こしたとする。したら俺はお前を逃がすことなく放置するだろうな……」
 言い直しただけであり、一八の話は先ほどとまるで変わっていない。やはり馬鹿なのは一八じゃないかと莉子は不満を覚えている。
「だから、良かったって言ってんじゃん! それはあたしが望んでることよ!?」
「違ぇよっ!」
 声を張る莉子に一八もまた声を大きくする。別に莉子のためじゃない。一八は剣士としての選択をするだけだ。

「お前の希望なんざ知らん。パートナーが魔力切れなら俺が戦うだけ。騎士とは守る者だと聞いた。だから俺がお前を守ってやる。俺は命ある限りに剣を振るって決めたんだ……」
 そういえば彼はオークエンペラーという災厄に一人で立ち向かったと聞いた。常人では理解できない行動であり、常軌を逸しているとしか思えないことをしている。

「カズやん君て超が付くほど馬鹿なんじゃないの!? 守るったって負けちゃったら二人とも死ぬのよ!? 剣術の試合じゃないんだよ!?」
 莉子は尚も声を荒らげる。自分のせいで誰かが死ぬなんて経験は一度だけで十分だった。真っ先に死ぬのは自分でありたいとも莉子は考えている。

「死なねぇよ。たとえお前が死にたいと口にしたとして絶対に死なせねぇ。俺は全てを叩き斬り、全部を守るんだ……」
「そんなの理想論だよ! 馬鹿な考えだって! 幾ら君が強くたって、二人じゃどうしようもないときがあんの! 万が一ってことがあるんだって!」
「馬鹿で悪いか? 上等じゃねぇかよ。それに万が一の場合? それなら莉子は安心していいぞ。俺は覚悟を決めてるからな。お前にもしものことがあったなら……」
 本当の本当に馬鹿だと思う。命あっての物種であるというのに、一八は何を言っても意見を変えてくれない。

「俺も死んでやっからよ――――」

 莉子は絶句してしまう。そんな話が聞きたくて昔話を始めたわけではない。莉子は迷惑をかけたくなかっただけだというのに。

「あたしのパートナーは酷い剣士だ……。仲間の意見を少しも聞いてくれない。一緒に死ぬとか馬鹿っしょ? カズやん君、君は最低の仲間だよ……」
 言葉とは裏腹に莉子は少し笑みを浮かべた。どうあっても一八は戦おうとする。説得など無駄であるのは分かったし、何より結末が去年とは違ったから。

「バジリスクの亜種とかにビビってんじゃねぇ。現れたなら俺が輪切りにしてやんよ。エンペラーの腕でさえ俺は切り落としたんだぜ?」
「じゃあ、期待するよ。最低のパートナーを返上したいのなら、悪夢諸共ぶった斬って欲しい。高原君もそれで浮かばれると思う……」
「ああ、任せろ。悪いが俺はスタンピードなんて経験済みなんだ。地平線を覆い尽くすオークの群れ。斬っても斬っても襲いかかってきやがる。そのあとボス戦が待ってたんだからな?」
 一八は笑い飛ばす。今考えても無謀な戦いだった。しかし、あの戦いは少なからず一八に自信を与えてもいる。

「そっか……。流石にヒカリと渡り合えるだけはあるね。ヒカリが君に固執したのもよく分かる……」
「んん? ひょっとして受験のときの試合を見てたのか?」
「うん、まあね。あの日は自主練すら禁止されてたし暇だったの。スタンドで来年度の仲間が誰になるのか見てた。でもヒカリはちょっと横暴だったね?」
 ようやく莉子も笑顔を戻している。一八の自信が経験からのものであると理解したから。決して増長しているわけではないと分かったのだ。

 改めて莉子は仲間に恵まれたのだと考えを改めている……。
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