オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

信念

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 並んでテーブルについた七人。軽く自己紹介をしてから食事を始める。
 この交流は恵美里の提案であった。高校のメンバーだけであればともかく、知らない顔もあったからである。

「で、コレが莉子だ。馬鹿なのだが腕は立つ。馬鹿ゆえに落第生であるけれど、敬語など不要で気遣いは一切必要としない!」
「玲奈ちん、色々と酷すぎない?」
 早速と笑い声が起きていた。剣術科の三席であったし年上ではあったけれど、玲奈の説明によると、それはそれといった感じである。

「えっと、すみません。僕は鷹山伸吾と言いますけど、一ついいですか?」
 話の腰を折るように手を挙げて伸吾が口を開く。笑みさえない彼の表情から、ただの自己紹介ではないことが分かる。
「莉子さんって、もしかして金剛莉子さんですか?」
 どうしてか伸吾は莉子を知っているらしい。玲奈の紹介では名前しか伝わらなかったはず。

「はぇ? あたしのこと知ってんの?」
「知ってるも何も、君は浅村大尉のライバルじゃないか!?」
 声を張る伸吾は莉子の腕前を知っているようだ。初日の計測は男女別々に行われたというのに。
「ライバルだなんてウケる! 向こうは全国的にも超有名な剣士じゃん? 地区予選すら突破できなかったあたしが同列なはずないっしょ?」
 莉子はケタケタと笑っている。如何にも伸吾が間違っていると言った風に。

「いやでも、地区予選の決勝はいつも君たち二人だだったでしょ!? 僕は三年ともその場にいたから知っている!」
「なぁに? ストーカーなの? あたしとは五歳も違うっしょ?」
 どうやら浅村ヒカリと同い年なのは事実のよう。高校から騎士学校へ入ったヒカリとは異なり、彼女は大学からの入学らしい。

「僕の祖父は連盟の審判ライセンスを持っているんだ。だから地元の試合にはいつもついて行った。だから金剛莉子が類稀なる剣士であることも僕は知っている」
 意外な話に全員が戸惑っていた。少しも強そうには見えない莉子に才能があるだなんて。

「莉子、貴様は馬鹿だが浅村大尉と戦ったことがあるのか?」
 思わず玲奈が聞く。クラス分けの順位やステータスチェックにおいて諭されていたこと。少なからず強者だと知っていた玲奈だが、まさか浅村ヒカリと同級生だとは思わなかった。
「馬鹿は余計だって! 戦ったと言っても本当に最初の地区予選だし! 広域エリア予選に行く前の段階だよ!」
 キョウト市全体での予選に参加するには小さなエリアごとの予選を勝って行かねばならない。敗者復活などあるはずもなく、最初の予選で敗れた剣士の名が中央で名声を博するはずもなかった。

「同じ予選会に浅村大尉がいなければ、金剛莉子は共和国中に名を轟かせたはず。何しろいづれの全国大会でも浅村大尉は圧勝を収めている。唯一彼女が苦労していた試合は最初の地区予選なのだから……」
 話を聞くだけでは分からない。玲奈は小首を傾げながら伸吾に問う。
「して伸吾といったな? 莉子は予選会で善戦したというのか? 浅村大尉相手に……」
「善戦の定義が分からないけれど、君とアカリほどの差はないよ。金剛莉子は正面から浅村ヒカリと打ち合っていたのだし……」
 伸吾の話に玲奈は納得している。玲奈がテレビ観戦した試合はどれも開始早々に決着がついていたのだ。打ち合いと表現する試合は一つもなく、ただヒカリが圧倒するだけであった。

「でも君は剣術を辞めたんじゃなかったのか? 大学生の大会には出てなかったはず」
「君は何処までもストーカー君だね? まあ一応は辞めてたんだ。刀鍛冶になろうと思ってた。でもね四回生になったとき思い直したの……」
 どうやら伸吾が語ることは真実らしい。ヒカリと打ち合ったことも、剣術を辞めてしまったことも。

「何があった?」
「別に大したことじゃないよ。あたしは思い出してしまっただけ……」
 口ぶりが重い。莉子は一体何を思い出してしまったのだろうか。
「テレビで見た魔物と戦う浅村ヒカリの剣に……」
 それは特筆する必要もない普通の密着番組であった。何気なく付けたテレビ放送に莉子は感化されてしまったらしい。
「あたしは不覚にも見入ってしまった……」
 少しばかり顔を歪ませるような莉子。その表情から彼女が感動したというわけではなさそうだ。

「そのあとは高校時代の試合がずっと頭から消えなくなった。どうやっても勝てなかったヒカリの剣があの頃よりもずっと洗練されていたの。自堕落に過ごしていたあたしは落ち込んで、授業中や食事中だけでなく、夜眠っていても過去の記憶が蘇っていた」
 節々に悔しさが滲んでいた。莉子はそれを口にしていなかったけれど、全員が容易に推し量れている。

「悩みの解決方法は一つしかなかったのよ。身体中に満ちる鬱憤や脳裏に募る苛々。それらから解放されるために……」
 結論は明らかであった。騎士学校にいる莉子の判断は彼女が語るように一つだけしかない。

「再び刀を手にした――――」
 三年も握らなかったそれを手にすること。それは決意がなければ不可能だ。ブランクを恐れず刀を握る。少なからず落胆する可能性があったというのに。
「莉子、貴様は奈落太刀で受験したのか?」
 ここで玲奈が聞く。彼女が当初から零月を振っていたのかと。

「もちろん。高校の試合では使えなかったけれど、一般の大会では魔力切れなんて起こしたことなかったし、昔から使ってた零月で受験したよ」
 ずっと莉子は零月を使っていたらしい。高校の試合では規定の竹刀であっただろうが、稽古は常に愛刀を振っていたのだという。

「しかし、莉子。大学で試合に出てなかったなら推薦はどうやってもらったんだ?」
 ここで疑問が思い浮かぶ。大学で剣術部に入っていたのならまだしも彼女は剣術をやめていたのだ。
「まあ苦労したけどね。オオサカであった一般大会だったけど、あたしは優勝して推薦に漕ぎ着けた。それにより剣術科を受けられるようになったよ」
 一般大会には出場制限がない。全国民に開かれた大会であった。参加資格が決められている市民大会や区大会とは規模がまるで異なっている。参加者は学生から社会人、道場を経営する剣術家まで含まれており、レベルはその名から感じる印象とかけ離れていた。

「もし仮にインハイの規定がなかったのなら、あたしはヒカリに勝っていたかもしれない。そう思うと悔しくてたまらなくなった。あのまま辞めたのでは零月が可哀相。だから、あたしは再び零月を振り始めたの。刀士として同じ場所に立つことで、零月の存在価値が生まれると信じて……」
 思いのほか真面目な話に玲奈は驚いている。語られるそれは莉子の信念に違いない。何事にも変えられぬ想いが彼女を前へと歩ませていた。

「とにかく、あたしは格好悪いんだわ。一度辞めたにもかかわらず、未練がましくしがみついてるだけ。ストーカー君がいうような立派な剣士じゃあない」
 しんみりしていく雰囲気を嫌がったのか、莉子は最後に笑い飛ばしている。それこそキャラではないといった風に。

「しかしな莉子、実戦は剣術科だけで班を組むわけではないのだぞ? 最終的には魔道科に支援科も加わる。必ずしも莉子が一撃でとどめを刺す必要はない」
 莉子の信念を認めつつも魔力切れを起こす武器の使用など容認できない。玲奈はそれとなく諭すように言った。

「玲奈ちん、刀は相棒だよ。それこそ切っても切り離せない関係なの。刀だけにね?」
「莉子は二十三歳だろう? 潜在魔力量はもう成長しないのだぞ? 今年も魔力切れを起こそうなら良くて後方警護、最悪の場合は落第となる」
 騎士学校は一年の猶予しか与えられない。二年で着任しないことには失格とされてしまう。三年生などあり得ないのだ。

「それは痛いところだけど大丈夫っしょ。去年のような非常事態はなかなかないからね。今さら愛刀を変えるなんて高原君に会わす顔がない。それにあたしは春休みにかなり鍛え上げてきたから……」
 玲奈の忠告にも莉子は首を振った。誰にも理解できぬ話をしたあと、彼女は剣士としての信念を口にしている。

「だから、あたしは最後まで零月を振るよ――――」
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