オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

一騒動

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 翌朝のこと。伸吾とロードワークを済ませた一八は二人して食堂に来ていた。走り込みとも言える距離を走ったものだから、既にお腹はペコペコである。
 全学科共用とのことで巨大な食堂だった。昼も夜もおかわり自由なのだが、朝はバイキング形式となり、好きなものを好きなだけ食べて構わないらしい。早速と一八も皿を持ちおかずを選んでいる。
 ところが、何やら騒がしいことに気付く。洋食が並べられたテーブルの前に人集りができていた。
「何だありゃ?」
「あれって昨日の二年生じゃない? 確か亀岡って人だ。女子が絡まれてるみたいだね」
 一八の疑問に伸吾が答えた。そういえばその大声は聞き覚えがある。顔に関してはまるで忘れていたけれど。

「しゃーねぇ。助けてやっか……」
 面倒にも感じるが、一八は皿を置いて騒動の中心へと向かう。自身が顔を出すだけで収束可能であるはずと。
「おい、てめぇ……」
 輪の中に割り込んでいく。すると中心には見知った顔があった。

「一八さん!」
「一八君!」
 どうも絡まれていたのは恵美里と舞子のよう。舞子を庇うような恵美里を見る限り、原因となったのは舞子に違いない。

「お、奥田……」
「この二人は俺の友達なんだ。あんまつっかかんじゃねぇよ……」
 一八が現れると流石に亀岡は声を震わす。計測器を破壊したのは彼も目撃したはずで、Aクラスの二番手であることも知っているはず。昨日よりも確実に怯えていた。

「この女が俺にぶつかってきたんだ! 別にいちゃもんつけてたわけじゃねぇよ」
「軽く当たっただけでしょ!? 土下座して謝れとか酷すぎるわよ!」
 一八が現れたからか舞子が強気に返す。ただし、一八の後ろに隠れるようにして。

「亀岡とか言ったな? 俺は気が短ぇんだ……。まだ何かいうことあっか……?」
 凄む一八。この辺りは武道学館で学んだ処世術だ。荒くれ者は力を鼓舞するだけで従順になる。

「あ、いや……別に……」
 頭上から見下ろされるように威圧されては亀岡も縮こまるしかない。竹刀すら持っていない現状では喧嘩したとして勝てる見込みなどなかったのだ。
「なら二人に謝罪しろ。つまんねぇことで騒ぎを起こすんじゃねぇよ!」
 一八の怒声に亀岡は渋々と頭を下げる。
「聞こえねぇよ! はっきりと口にしやがれ! 謝罪は直角に腰を曲げてだ!」
 最早言われるがままの亀岡。一八の命令には逆らう術がない。

「す、すみませんでした……」
 この様子には自然と拍手が巻き起こる。遠巻きに見ていた候補生たちは全員が感謝していたに違いない。
「教官、こっちです!」
 ここで再び聞き慣れた声がした。一八が振り返ると、そこには小乃美の姿がある。どうやら彼女は教官を呼びに行っていたらしい。

 人垣を掻き分け教官が二人の前まで来た。当然のこと眉間にしわを寄せながら。
「亀岡、お前はまた問題を起こしたのか? それに奥田。入学早々喧嘩するんじゃない」
 どうも亀岡と一八が喧嘩していたと勘違いしている様子。急いでいた小乃美は詳しく説明していなかったようだ。

「教官、それは違います。一八さんはわたくしたちを助けてくださったのです。肩が触れただけであるというのに、こちらの方が言いがかりをつけてきました。わたくしたちに土下座して謝れと。騒ぎを起こしたのはわたくしたちであって、騒動に一八さんは無関係です」
 即座に恵美里が意見した。一八は助けてくれたのであって、自分たちは彼に迷惑をかけてはならないのだと。

 教官は意外そうな顔をしている。揉め事を起こすタイプは得てして腕自慢であって、一八はその最たるものであったのだから。
「なるほど。亀岡、貴様は卒業するつもりがないのか? 去年も問題ばかり起こしていただろう? せっかく騎士学校へ入学できたというのに、ふて腐れているなんて本当に情けない」
 一応は亀岡も候補生である。今でこそただの荒くれ者であるが、難関を突破した才能の一人であった。
 教官の話に再度頭を下げる亀岡。流石に教官まで現れてしまっては謝罪以外に口を衝くものがない。

「全員、速やかに食事を済ませろ。今日から授業が始まる。遅れようものなら減点だからな。解散!」
 教官は取り囲むような候補生たちを急かした。減点を仄めかされては流石に見物もできない。蜘蛛の子を散らすように席へと戻っていく。

「教官、まだです! まだ教官が一八さんに謝っていません! 問題を起こしたのはわたくしたちと申し上げたはず! 彼は何も悪くないどころか騒動を収めたのですから怒られるのは筋違いです!」
 一件落着にも思われたけれど、恵美里はまだ終わっていないと口にする。あろうことか一八への謝罪を教官に要請していた。

「恵美里さん、いいっすよ……」
「なりません。たとえ教官といえども間違ったのなら謝罪すべき。それとも教官にはそういった度量すらないと仰るのでしょうか?」
 毅然と言い放つ恵美里。流石に教官は顔を顰めるけれど、恵美里の話が間違っているというわけでもなかった。加えて彼女は七条中将の娘である。教官でしかない彼が無視するわけにはならなかった。

「奥田、すまない。往々にして腕の立つ者は問題を起こしやすい。先入観で決めつけるのは良くなかった……」
 言って教官は頭を下げ食堂を去って行く。如何にもばつが悪そうな感じで。
 教官が扉を閉じると、再び食堂は万雷の拍手が巻き起こっていた。全ては恵美里の対応に。教官であっても間違っていると口にした彼女への賛辞であった。

 しばらくして、またも食堂の扉が開かれていた。現れたのは二人の女性。一人は岸野玲奈であり、もう一人は金剛莉子であった。
「恵美里、この騒動は何なのだ?」
 まるで自分が拍手で迎えられている気がしてしまう。ロードワークの道順を莉子が間違えたせいで玲奈は今から朝食である。食堂の雰囲気は困惑するに十分であった。

「玲奈さん、実は……」
 ここまでの経緯を恵美里は語った。亀岡に絡まれたことから一八が助けてくれたこと。最終的に教官が場を収めたことまで。
「厄介ごとなら一八は適役だな。何しろ、あの豚小屋を束ねていたのだし」
「豚小屋はねぇだろ? あいつらだって良いところがあんだよ!」
 もう懐かしく思う。卒業式には全員が祝ってくれた。確かに底抜けの馬鹿ではあったけれど、皆が慕ってくれたし一八自身もまた彼らのことが好きだった。

 良い就職先が見つからなかった者は例年通りに一般兵となっている。従って一八が順調に卒業できたのなら、再び彼らを指示する立場になるかもしれない。

 恵美里を始め舞子に小乃美という魔道科の上位陣に加え、剣術科の上位陣までもが勢揃いしている。最前線へ陣取ることになるだろう七人の邂逅は他の候補生から見ると別世界のよう。彼らが結束する未来が自ずと見えている。

 七人が揃って食事をする様子を全員が横目で見ているのだった……。
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