上 下
86 / 212
第二章 騎士となるために

クラス分け

しおりを挟む
 様々な計測を終えた士官候補生たち。剣術科はグランドに集められ瓦ヶ浜《かわらがはま》科長によるクラス分けの発表となっていた。
「近年にはない優秀な候補生が集まったとの報告を受けた。よってBクラスとなった者も落ち込む必要はない。またAクラスに入ったとして安心はするな。入れ替えは随時行うので精進するように」
 まずは全体的な印象を語ったあと、瓦ヶ浜が名前を読み上げていく。

「まずは岸野玲奈、Aクラス」
 候補生たちがざわつく。なぜなら名を呼ばれる順番は順位であって、玲奈が候補生全体の一番であることが判明したからだ。また剣術科において女性がトップであるのは非常に稀なことであり、驚愕せずにはいられなかったらしい。

「無駄口を叩くな! 次は奥田一八。Aクラス……」
 瓦ヶ浜の注意があったにもかかわらず、全員が思わず声を上げてしまった。岸野玲奈に続いて名を呼ばれたのはまたも有名人。しかも彼は測定器を一刀両断にしてしまったのだから全員が納得できる順位でもあった。
 一八は小さく頷いている。このクラス分けは基本的に剣術面においてのみ。入れ替え時には筆記成績も加味されるだろうし、ここでBクラスであれば、一八が一年で配備される可能性は低くなってしまうはずだ。

「次、金剛莉子、Aクラス」
 ここで莉子の名が呼ばれた。彼女は落第生であるはず。なのにどうしてかAクラスであるだけでなく、三番手で名を呼ばれている。
「四番目は鷹山伸吾、Aクラス」
 意外な名前が続く。一八は横目で伸吾を見ている。測定器を破壊してしまったから、一八は彼の剣術計測を見ていない。見た感じの威圧感はなかったけれど、それなりの剣士であるのは明らかだ。

 粛々と名前が読み上げられていく。既に二十人の名が読み上げられていたけれど、まだアカリは名を呼ばれていない。三井医師に酷評されたように、どうやら彼女は評価されていない感じだ。
「浅村アカリ、Bクラス」
 一番手ではあったものの、アカリはBクラスであった。恐らく剣技的にはAクラスであっただろうが、魔力量的な評価がマイナスとなったはず。

 アカリは嘆息している。自信満々であった彼女はもうそこにいなかった。残酷にも思えるけれど、アマチュアの剣術士と軍隊では評価がまるで異なっている。
 このあとは解散となった。ただし、候補生たちは本日中に履修科目の提出が求められている。必修以外の選択科目を決めなければならない。

 一八と伸吾は自室に戻っていた。二人して机に向かって履修科目をどうするのか悩んでいる。
「奥田君は座学ばかりだね?」
 一八の履修表を覗き見た伸吾が言った。一八が履修しているのはどうしてか座学ばかりであり、得意分野である剣術はほぼ必修のみという偏りようだ。

「駄目なのかよ? たぶん合格者の中で筆記試験は最下位だったはず。俺は一年しか勉強していなかったからな。剣術もまだまだだが卒業するには座学を何とかしなきゃなんねぇ」
「へぇ、意外と考えてるんだ?」
「意外は余計だ。俺がクソみてぇな落第生になると、来年の新入生がビビッちまうだろうがよ?」
 ちょっとした冗談を伸吾は笑っている。もう既に奥田一八という人柄は知れた。見た目が巨漢であったから怖がられるだろうが、威張り散らすこともなければ、会話は割と気を遣ってくれる。伸吾にとって一八はとても良いルームメイトであった。

「まあ奥田君が二年生を締めてくれたのは有り難いよ。毎年のことらしいんだけど、最初はいびりが凄いみたいだからね」
「格下に舐められてたまるか。喧嘩するつもりはねぇけど売られたなら買うだけだ」
 ヒューっと口を鳴らす伸吾。基本的に候補生たちは問題を起こさぬように行動する。よって理不尽な要求であってもある程度は受け入れてしまう。特に入学早々の序列がハッキリとしない期間においては……。

「まあこれでいいか。座学は全部受けたいところなんだがな……」
「頑張るねぇ。確か補講もあるよ。ほら欄外に書いてある……」
 二人は協力し合い履修表を書き上げていく。剣術中心の伸吾に比べ一八はほぼ座学で埋められている。

「ところで奥田君の属性検査はどうだった?」
 ここで話題が転換する。一八の測定結果は候補生の誰も見ていないのだ。初っぱなの計測器を破壊した以外は謎であった。
「ああ、それな。適性属性は火だった。うちの家系かもしらねぇ。血統スキルも火属性だったし」
「それは奥田君ぽいね? もしも浅村ヒカリ大尉と同じ班になろうものなら、火と氷で隙がなくなるなぁ」
「やめろ。あんのババァとだけは組みたくねぇ。やっつけるリストの最上位なんだ」
 一八の話に伸吾は目を白黒とさせる。何から何まで納得できないといった風に。

「そういや大尉が試験官だったね。今もスキルを使われたことを根に持ってるの?」
「違ぇよ。あれは完全に俺のミスだし、素人だから腹を裂かれても仕方がねぇ。でも最初に出会ったときの屈辱だけは忘れようがない……」
 益々意味が分からなくなる。一般的に知られている二人の出会いはオークエンペラーのは討伐時であった。従ってインタビューで褒め倒していたヒカリが一八に屈辱を与えただなんて想像もできない。

「エンペラーとの一戦で何があったのさ?」
「エンペラーじゃねぇよ。俺が稽古をつけられたのはキョウト市にガーゴイルが飛来したときだ……」
 キョウト市への魔物襲来は特別珍しいわけでもなく、あまり大きなニュースになっていない。被害がなかったものだから、どちらかというと優子たちが対処したワーウルフ被害の扱いが大きかった。

「俺と玲奈でガーゴイルをやっつけた。したらそこにババァがやって来てよ。お礼にと柔術の稽古をつけてくれたんだ。それで俺は何度も投げられて弱者と罵られた……」
 思い出すだけでも腹が立つ。口にするたび頭に血が上った。
 あの怒りがあったからこそ一八はここにいる。そう思うと感謝の心も芽生えたりするのだが、やはり幼い頃から続けていた柔術にてやり込められたことは納得がいかない。

「ああ、それで大尉は奥田君の試験を担当したかったんだね? ようやく理解できたよ。君は相当に興味をもたれているね。しかし、ババァはないんじゃない? 確かまだ二十三歳。もしも彼女が大学に進学していたとしたら、騎士としては一年先輩なだけだし。見た目だって美人だしさ」
 ヒカリの肩を持つような伸吾に一八は薄い目を向ける。まあしかし、一般的なヒカリの評価が否定的でないことくらい一八も分かっている。

「美人とか関係ねぇんだよ。俺は倒すべき相手を褒めたくないだけだ……」
 この返答には、なるほどと伸吾。一八が口にした理由は理解できるものであった。倒すべき相手とは目標だろうと思う。負けていないと考えなければ気後れしてしまうのだろうと。

「今もあのババァの手の平で踊ってるのは癪だが、実をいうと感謝もしてる。どうしようもなかった俺に道を示してくれた。あのババァがいたからこそ俺は合格できたんだ」
 一八が分かっているようなら、伸吾はこれ以上口を挟むべきじゃない。憎まれ口は全て尊敬の裏返し。心の持ちようとして虚勢を張るのは悪くないように思う。

「それで伸吾はどうなんだよ? 適性属性とやらは……」
 ここで一八が質問を返す。聞くだけで自分の話をしない伸吾に。全体四番手につけている彼の実力は不明なままだ。
「ああ、僕? 僕の適性は光属性だよ……」
 軽く返されたものの、一八は絶句する。それはそのはず受験勉強で学んだところ、光属性は適性者が殆ど存在しないという。魔族に有効である稀有な属性は守護兵団にも一人しかいなかった。

「それで四番手に入ったのか?」
「どうだろうね? 僕は全ての計測を割と上手くこなしたと思ってるけど」
 一八の問いは受け流すように、はぐらかされてしまう。クラス分けに学科テストが含まれていないのだから、伸吾の剣術が評価に値するのは明らか。属性だけで四番手になることなどないはずだ。

「まあいいけどよ。その内に分かるだろうし」
「あはは、楽しみだね?」
 どうにも掴み所がない伸吾であるけれど、付き合いにくいこともなければ、寧ろ人畜無害である。性格も真面目そうだし一八としては悪くない同居人であった。

「さて提出をしてから飯を食うか!」
 言って一八が立ち上がった。明日からは授業が始まる。しっかり食べて十分な休息を取り、万全の体調で明日を迎えるだけ。

 不安よりも期待だけを一八は抱いていた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。 理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。 「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。 だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。 ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。 マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。 そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。 「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。 ──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。 その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。 けれど、それには思いも寄らない理由があって……? 信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。 ※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...