オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

お馬鹿なルームメイト

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 一八と別れた女性陣の三人は女子寮へと到着していた。
 支援科と魔道科は女性が多いため男子寮よりも大きい。最近建て替えられたそうで真新しさも感じられる。

「それでは、わたくしはここで。お二人ともよい縁に恵まれますように」
 基本的に学科ごとに階が分かれている。魔道科である恵美里の自室は三階にあるらしい。
「岸野さん、部屋はどこなの?」
 ここでアカリが聞く。尋ねるということは彼女たちは同室ではないのだろう。
 男子寮とは異なり女子寮は静かである。それはそのはず女子の落第者は少なく、二年生など殆どいなかったからだ。

「私は101号室。ほら直ぐそこだ」
「ああ、隣なんだ。女子の剣術科は少ないものね……」
 若干、残念そうなアカリ。ライバル心剥き出しの彼女であるけれど、やはりルームメイトは知った者が良かったのかもしれない。

 玲奈は早速と扉をノックして反応を待つ。すると直ぐさま中から応答があり、玲奈が返事するよりも早く扉が開いている。
「ああ、岸野玲奈じゃん!」
 視線が合うや、彼女は玲奈の名を呼ぶ。どうにも反応に困るけれど、自身が有名人であることは既に承知している。よって深く考えないようにした。

「如何にも。貴殿はルームメイトだろうか?」
「貴殿って超ウケる! あたしは金剛莉子《こんごうりこ》だよ。落第生なの! 凄いでしょ!?」
 莉子はなぜだか落第生であることを自慢げに語る。
 落第生の多くは二年目も准尉に昇進できない。彼らには致命的な欠点があるからだ。平均的な能力があって、最後まで失格とされなかったのなら、普通は昇格していくもの。それが成されない候補生は重大な失態をしでかしたか、若しくは明確な欠点が必ずあった。

 ただ学業面のみであれば、その限りではない。学科の単位が足りなかったような候補生は概ね昇格していく。
「筆記試験に落ちたのか……。馬鹿そうだものな?」
「ひどっ! 初対面なのにビックリだわ! 確かにママにも大笑いされちゃったけど!」
 まるで悲愴感がない莉子に玲奈は困惑している。何の目的で騎士学校を受けたのかと疑問を感じてしまう。

「まあ今年は頑張ってくれ。流石に不適格者になるなど笑えんだろう?」
「そのつもり! 勉強教えてくれたら嬉しいな!」
 莉子の性格は何か舞子に通ずるものがあった。とはいえ舞子は間違っても学科で躓くような学力ではない。

「では失礼する……」
 些か不安を覚えるけれど、玲奈は荷物の整理を始めようと許可を得る前に部屋へと入った。あまり気を遣わなくて済みそうなルームメイトであるのだから、幸運であるといった風に。
 ところが、玲奈はピタリと足を止める。どうしてか壁の一点を見つめたまま微動だにしない。

「奈落太刀……」
 壁に掛けられた大太刀。存在感がありすぎるそれをスルーできるはずはなく、見紛うはずもなかった。

「おお、よく知ってるね! さっすが玲奈ちん!」
 妙な愛称が気になるも、玲奈は疑問を優先させる。なぜに一八が引き継いだはずの大太刀がここにあるのかと。
「奈落太刀は通称だね。あたしの零月は曾曾曾曾お爺ちゃんが鍛刀したのよ。十八代目金剛といえば分かる?」
 確かに武士は十八代目金剛作と口にしていた。しかし、玲奈は奈落太刀が銘だとばかり考えていたのだ。他にも存在するとは知らなかったし、女性が扱える代物とも思えない。

「莉子殿は奈落太刀を使うのだろうか?」
「莉子でいいよ。あたしは落第生だし!」
 玲奈の疑問には答えず、莉子は呼称に関しての注文をつけた。かといって使用しない大太刀を寮に持ってくるはずもない。
「では莉子、貴方はこれを振れるのか?」
「やだなぁ! 振れない刀を持ち歩くわけないじゃん。間合いは長い方がいい。威力だけじゃなく、防御面においても選択肢が増えるからさ」
 ケタケタと笑う莉子に玲奈は唖然と息を呑む。玲奈も扱えぬことはないだろうが、剣の重量が増えることは、その分だけ魔力を消費するのと同義だ。しかも魔力切れの際には身体能力だけで振り回さねばならない。

「莉子、魔力伝達なしでもこれを?」
 にわかに信じられなかった。背丈も体つきも玲奈と変わらないどころか、どちらかと言えば小さい。そんな彼女が奈落太刀を扱えるなんてと。
「アハハ! んなわけないじゃん! あたしは見たまんまのひ弱っ子だよ。こんな大太刀がまともに振れるわけないっしょ!」
 益々分からなくなってしまう。魔力切れの際に攻撃手段を失うなんて前線へ赴く者にとっては致命的である。

「ならば類い希なる魔力量でも?」
「ないない! それこそ玲奈ちんと変わらないんじゃない? 何しろ、あたしは筆記試験で落ちたんじゃなく、遠征試験で魔力切れを起こして落第したんだし!」
 てっきり学力で落ちたものと考えていたけれど、どうやら莉子は実技面で落第したらしい。

「莉子、それなら剣を変えるべきじゃないか? このままでは間違いなく昇格できずに退学だぞ?」
「玲奈ちん、あたしを舐めないで欲しいな? 同じ刀使いなら分かるっしょ。刀士にとって刀は命だよ。どんな理由があろうと愛刀を変えるつもりはないし、変える必要もない」
 意外としっかりした思考をしている。玲奈は彼女の評価を改めるべきだと思う。脳天気な雰囲気とは異なり、根は明確に剣士であった。

「確かにな。私はまだ愛刀と呼ぶべき刀に出会っていないから莉子が羨ましい。守るべき信念があるのなら、私は何も口を挟まん」
「岸野家には『斜陽』があるっしょ? アレで一緒に戦おうよ」
「斜陽? うちにあった奈落太刀の銘なのか……?」
 長く道場を続けている岸野家には数多の刀が所蔵されている。ただし業物と呼ばれる刀は多くなかった。よって玲奈は小首を傾げるしかない。

「その通り! 十八代目金剛が打った大太刀は岸野家の当主が買っていったの。ちなみに奈落太刀は二振りしか存在しない。あたしのは『零月』で『斜陽』と対になってる」
 そういえば奈落太刀が入っていた桐箱に何やら書いてあったけれど、鞘には何の表記もなく刀身にも金剛との銘があるだけだ。

「申し訳ないが、あの大太刀は既に岸野家の手を離れた。今は弟子である奥田一八の所有物となっている」
「ああそうなんだ。それって何か最近ちょいちょい名前を聞く剣士じゃん?」
 ちょいちょいどころか毎日聞いただろうと玲奈。どうやら莉子は世情に疎いようだ。あれだけ連日に亘って報道されていたというのに、殆ど記憶に残っていないらしい。

「じゃあ、パパに新しいの打ってもらう?」
 ここで気になる話が続く。奈落太刀には間違いなく金剛との銘が入っていた。ならば彼女の家は刀鍛冶。近年は直剣に切り替える鍛冶士が多くいたけれど、打ってもらうと聞いた莉子の父ならばまだ刀匠であるはずだ。

「構わないのか? 名のある刀匠だろう?」
「余裕余裕! 春休みに家に帰ったらさ、四六時中玲奈ちんの話してんのよ! パパは玲奈ちんの大ファンだからさ。玲奈ちんってばオークエンペラーを倒しちゃったんしょ!?」
 誤った情報が父親によって伝えられていたらしい。過度に入れ込むあまり、尾ヒレを付けて大袈裟に話したのだと思われる。出会い頭に玲奈の名を呼んだのは莉子の父親が原因であるようだ。

「私はエンペラーと戦いはしたが、トドメを刺したのは浅村ヒカリ大尉だ。そもそもエンペラーと互角に渡り合ったのは奥田一八。誰でも知っていることだぞ?」
「マジ!? あんのクソパパ……」
 事実を聞いた莉子は指をパキパキと鳴らす。別に恥を掻いたというわけでもないが、帰省した折には叩きのめすと彼女は口にした。

「とにかく岸野玲奈ならパパは喜んで刀を打つよ。玲奈可愛い! 玲奈萌えぇ! って叫びながら刀を打つくらいだもん。まあ流石にタダってわけにはならないけどね?」
 どうにも不安しか覚えないが、一八の斜陽を見る限りは金剛の銘に不満はない。重量がある刀を振り切るには刀身自体のバランスが取れていないと綺麗に振り抜けないのだ。恐らく金剛家にはその技術が受け継がれているはずである。

「良いものが打てるというのなら、もちろん代金は支払う。やはり業物を所有しているかどうかで生死を分ける場面もあるだろうからな」
「ミーハーだけど腕前は保証するよ。ちょい零月を見てみ? 元々は十八代目金剛が打ったものなんだけど、十年前にパパが打ち直してくれたの」
 言って莉子は零月を見せてくれる。
 ずしりと重たい。かといって一八の斜陽ほどではなかった。見た感じは一尺ほど短い気がする。打ち直し時に切り詰めて磨上《すりあ》げされたのだろう。

「ふむ、確かにこれは良い刀だ。是非ともお願いしたい。ただ私はアルバイトなどしたこともないし、お金ができてからになるが……」
「へーきへーき! 出世払いだよ!」
 軽い感じで莉子。刀は業物でなくても決して安くはなかったというのに。

「今から荷物整理っしょ? 手伝ってあげる!」
 言って莉子は出入り口に置かれた玲奈の荷物を運んでくれる。日々奈落太刀を振っているおかげか、それはもう軽々と。

 玲奈は彼女の好意に甘える格好で荷ほどきを手伝ってもらう。
 いよいよ明日は入学式だ。騎士学校での生活が始まろうとしていた……。
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