上 下
72 / 212
第一章 転生者二人の高校生活

入学試験

しおりを挟む
 騎士学校の入学試験は二日目を迎えていた。初日にある筆記試験を何とかやり終えた一八は二日目の実技試験へと向かっている。

 試験会場は首都オオサカであったが泊まりではない。恵美里の好意に甘える格好で魔道車に同乗させてもらっている。表向きは玲奈を拾うついでとなっているけれど、どうやら数ヶ月前に迷惑をかけたことの詫びでもあるようだ。
「殿下、いよいよですね? 魔道試験頑張ってください」
 道すがら玲奈が言った。生徒会からは他に小乃美と舞子も受験するのだが、玲奈を除いた全員が魔道科である。
「玲奈さんも頑張ってくださいね。貴方が力を出し切れたのなら、必ず合格できるはずです」
 二人は互いの合格を疑わなかった。自分自身よりも合格の可能性が高いと信じている。

「奥田会長も実技試験頑張ってください。わたくしは応援しております」
 恵美里は一八にもエールをくれる。一八的に昨日の筆記試験は思っていたより手応えがあった。少なくとも足切りは避けられたのではないかと考えている。
「ありがとうございます。俺の本ちゃんは今日っすから。筆記試験の答え合わせはまだしてません。集中して挑みます」
 柔らかい口調とは裏腹に殺気すら覚える。本気で受かろうとしているのは傍目にも分かった。たった一年という準備期間しか彼にはなかったはずなのに。

「一八、張り切るのはいいが、やらかすなよ? 剣術試験は対応力が求められる。思わぬ攻撃にも対処できる冷静さが評価されるのだ。無闇矢鱈と振り回していては減点されるだけだぞ?」
 玲奈の話に一八はおうっとだけ返す。採点基準は一八だって分かっているつもりだが、それは彼の作戦にはない。武士を信じて一八は力押しをすると決めている。

「玲奈こそ大丈夫なのかよ? 最近はあまり道場に来てなかっただろ?」
「私は問題ない。家の裏で素振りしたり、筋力トレーニングをしていたからな」
「あん? どうして家の裏なんかで素振りしてんだよ?」
 一八の問いに玲奈は口籠もる。ただ沈黙は長く続かない。状況を知る一八に隠す理由はなかったし、そもそも来田は一八が連れて来たのだから。

「まあなんだ。その雷神がな……」
 正直に顔を合わせづらかった。玲奈自身は気にしていなかったものの、過度に意識する来田を見てしまっては居たたまれなくなってしまう。
「あー、来田のやつフラれたのか?」
「少しは言葉を濁せ。恵美里殿下もいるんだぞ!?」
 ここで恵美里が後ろを向く。助手席に座っていた彼女だが、どうにも興味を惹く話に参加せずにはいられなかった。

「玲奈さん、フラれたとかどういう意味でしょうか?」
 恵美里に問われては答えぬわけにはならない。玲奈は渋々と経緯を伝えている。一応は振ったことと、意気消沈せぬようにと期待を持たせてしまったことまで。
「玲奈さん、それはちょっと……」
「馬鹿かお前は……」
 二人して玲奈の対応を批判するような口ぶり。玲奈としては最善を選んだ結果であるというのに。

「むぅ、ならばどういった対応が良かったのだ? 私はその辺りに詳しくないから分からん。漫画やアニメなら期待を持たせて引っ張るだろう?」
「創作物と現実は違ぇんだよ。始めからその気もねぇのに期待させんな」
 一八の言う通りであったものの、玲奈にも反論はある。最善の対応をしたのだと彼女は今も思っていた。

「では雷神が剣術を辞めてしまっても良かったのか? あの男は美少女且つ勇ましい私を射止めようと頑張っていたのだろう?」
「確かにそうだが、ちっとは謙虚になれっての……。来田が最後まで頑張れたのはお前の存在があってこそだが、最終的にお前は男心を弄んだだけだ」
 一八の話に恵美里が頷いている。それは明らかに肯定であって玲奈の対応が間違っていると言っているようなものだ。

 ぶぅっと不満げな声を上げる玲奈。しかしながら、恵美里にまで指摘されては間違っていたのだと思う。期待値がゼロであるのは彼女自身が一番分かっている。どうあっても来田が望む未来などないことは……。
「受験が終わればちゃんとケリを付ける。それで良いだろう?」
「ああ、そうしてやってくれ。最近は流石に見てられんかったからな……」
 受験が終われば師範である武士に報告するはずだ。玲奈は同席をして彼に返事をするつもり。たとえ来田が失意のどん底に落ちようとも。

「ま、まあそれも青春ですよ! 玲奈さん、剣術科は男の子ばかりですので、そちらの方も頑張ってくださいね?」
「殿下、受かってからでしょう? まあ確かにヒロイン的な立場も味わってみたいですね。中学高校と女子校でしたから……」
 少女漫画に見るような展開。そんな未来を想像するのも悪くなかった。人族が存亡の機に瀕していることは重々承知しているけれど、人生を楽しむ上でも恋愛はしてみたいと思う。

「お前が男子の中に混じったとして、また魔王として君臨するだけじゃねぇのか?」
「何だと、一八ァァ!?」
 現状の武道学館と同じ結果が一八には想像できた。質実剛健を地で行く玲奈が恋愛するなんて少しも考えられない。

 雑談をしていると魔道車は首都オオサカに到着する。経済の中心地であるウメダが彼女たちの目的地だ。
 試験会場の正門前に黒塗りの魔道車が停車すると、受験生らしき者たちが避けるようにして道を空けた。試験会場に車で乗り付けるなど貴族しかいない。よって平民は関わりを避けようとするのだ。

 まずは一八が降り立った。すると周囲がどよめく。想像していた貴族ではなかったものの、有名人である一八の登場に驚きを隠せない。加えて彼の立派な体躯も驚愕に値していた。
「一八、早くそこをどけ!」
 次に降車したのは玲奈だ。正門前は一層ざわめきたってしまう。一八に続いて降りてきた顔も全員が知っているものだ。
『岸野玲奈だ……』
『あの子って貴族だった?』
 正直に騒ぎ立てられるのは好きではなかったけれど、玲奈は気にせず助手席の扉を開いた。恵美里を差し置いて目立ってしまうのは本意ではないと。

「お二人のあとでは登場しづらいですね……」
「何を仰います! 殿下は堂々と胸を張っておればいいのです!」
 言って玲奈は手を差し伸べ、恵美里が車から降りるのを手助けしている。
 再び正門前は騒々しくなった。なぜなら最後に現れたのは本当に貴族である。受験生なら誰もが知る七条家のご息女に他ならない。

「ふはは、頭が高いぞ皆の衆! 恵美里殿下のお通りだ!」
「れ、玲奈さん……」
 仁王立ちの玲奈を小突く恵美里。流石に恥ずかしい。思いのほか顔を知られていたことより、玲奈の態度は何よりも決まりが悪かった。

 有名人三人が割れた群衆の真ん中を堂々と行く。一八はいつも通りであり、玲奈は肩で風を切るように。最後を歩く恵美里だけが申し訳なさそうにしていた。
「お揃いのようだな!」
 騎士学校の門を抜け校舎へと続く道を歩いていると三人は声をかけられていた。

 知らない顔ではない。玲奈と一八は四度目。三ヶ月前にも顔を合わせた人物であった。
「でたな、ババァ……」
「ふはは、この浅村ヒカリをババァ呼ばわりするのは君だけだぞ? 土下座をしてデートを申し込むような女性であることを君は知るべきだ!」
 現れたのは浅村ヒカリである。これには嫌な予感がしてならない。何しろ実技試験は現役の士官が担当するのだ。彼女が騎士学校にいる理由は限られていた。

「もしや浅村大尉が試験官なのでしょうか?」
 恐る恐る玲奈が聞く。返答は明らかであったけれど、確認しないわけにはならなかった。
「前線に出張っている士官には無理だからな。我が小隊からは私と優子が剣術を担当する。胸を借りるつもりでかかってこい。どの組を担当するかは決まっていないがな」
 少しばかり玲奈は安堵していた。浅村ヒカリは生粋のアタッカーである。若くして大尉にまで昇進した彼女の実力は守護兵団でもトップクラス。稽古であれば喜んで胸を借りるだろうが、この度は生憎と試験である。できれば自分たち以外の組が担当であるようにと願うしかなかった。

「玲奈さん、まさか大尉が試験官になるとは思いもしませんでしたね?」
「全くです。相手によっては見せ場すら作り出せません。試験官による有利不利は間違いなく存在するでしょう」
 ここで恵美里と別れる。グランドに集まる剣術科とは異なり、魔道科は魔道棟と呼ばれる建物が集合場所となっていた。

 いよいよ本番である。一八はパキパキを指を鳴らし、すぅっと息を吸った。
 一世一代の大勝負であったが、まだ彼は平常心だ。絶対に合格してやるのだとグランドへと踏み出していく。

 特訓を始めた日から、この今まで決意のほどは何も変わっていない……。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...