オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

ダンスの裏側

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 玲奈が実行委員のテントに戻るや、一八が近寄ってきた。
「お前な、少しくらい空気を読めよ……」
「あん? まるで私がデリカシーに欠けているみたいじゃないか?」
「そのまんまだ。アカリってやつはインハイ三連覇なんだぞ? 少なくとも見ている者は接戦を予想していたはず。なのに目で追うのも困難なほど圧倒するなんて馬鹿だろ? 今頃、高剣連の偉いさんは全員が頭を抱えてるぞ……」
 一八の言い分は理解できたが、玲奈にも全力を出す理由があった。

「手を抜いて浅村殿が納得できるか? 私は彼女を侮辱する気になれなかった」
「いやだけど、勝つにしても何かあるだろうが?」
 一八は長い息を吐いた。やはり玲奈は騎士なのだと思い直す。彼女に手を抜いて勝つという器用な真似ができないということを。

『只今より自由参加プログラムのダンスとなります。参加者は入場ゲートへお集まりください』
 会話の途中であったが、最終プログラムのダンスが始まるというアナウンスがあった。玲奈は防具を外して、再びグランドの方へと歩き出す。
「おい、どこいくんだよ?」
「あ? 私はダンスに参加しないからな。資材の運搬だ……」
 昼休みから武道学館生を中心として片付けが始まっていた。既に入場門やら飾り付けは取り外され、燃えるゴミは一箇所に集められている。
 グランドの中心に設営するキャンプファイヤーの準備係は決まっていたものの、玲奈はそれを手伝うという。

「一八君、ゲートに行こうか!」
 舞子が一八を誘いに来た。彼女は一八のダンスパートナーである。二人は速やかに入場ゲートへと向かわねばならない。
「あ、ああ……」
 玲奈が気になったものの、舞子とダンスをする約束だ。待たせるわけにはならない一八は話を打ち切っている。

 陽気な音楽がグランドに流れる。加えて組み上げられた廃材が勢いよく燃え上がり、最後のプログラムに花を添えていた。
 競技ではないダンスは皆が笑顔だ。体育祭に消極的であったカラスマ女子学園の生徒たちも、多くがペアを作り交流を楽しんでいる様子。

「玲奈さん、これでよかったのですか?」
 準備から戻った玲奈に恵美里が声をかけた。何やら気になる言い回し。けれど、玲奈は真意が汲み取れない。
「どういうことです? ダンスは事前に決められたペアが参加するのでしょう?」
「そうですけど、舞子さんが無理矢理に奥田会長を誘ってましたから。なんだかんだで玲奈さんたちは仲がよろしいようですので……」
 恵美里が危惧していたのは玲奈の感情である。強引すぎる舞子に不快感を覚えたのではないだろうかと。

「殿下、私は一八が誰と付き合おうが構わないのです。ただの隣人であり幼馴染み。願わくば彼がこの人生を満喫してもらえたらと考えているだけです」
 一八という存在に困惑した玲奈も、今や彼を一人の人族として認めている。だからこそ彼が今世を堪能できるようにと願っていた。

「本当にそれだけですか?」
 妙にしつこく感じる問いであったものの、玲奈の本心は告げたままだ。よって彼女がそれ以上の弁明を並べることはなかった。
「わたくしは中等部で玲奈さんに出会った日のことを今でも思い出します……」
 玲奈が何も答えなかったからか恵美里が続けた。六年も前の記憶。それは彼女と玲奈が出会った場面である。

「わたくしはずっと初等部で孤立しておりました。知っての通り七条家の娘であるからです。カラスマ女子初等部では友人と談笑した記憶などありません。それこそ玲奈さんが中等部に編入されるまで一度も……」
 カラスマ女子学園は初等部から高等部まで一貫教育である。中等部と高等部には編入試験があったものの、それぞれ四十人程度であってひとクラス分でしかない。
「ですので中等部の初日ほど衝撃的な出来事は後にも先にもないのです。初対面で抱きつかれるだなんて思いもしないことでした……」
 それは玲奈も覚えている。一八を避けるようにして受験したカラスマ女子中等部。そこで運命の出会いが待っているだなんて想像もしていなかった。

「玲奈さん、覚えていますか? あの日、わたくしに仰ったことを……」
 ここで質問が加えられる。玲奈と恵美里の出会いに何があったのかと。
 玲奈はコクリと頷いていた。それは決して忘れぬ出会い。女神の加護が発動したとしか思えぬ現実だった。
「もちろんです。私は殿下に言いました……」
 少しばかり気恥ずかしい。昂る感情を抑えきれなくなり、思わず口にした言葉は今思うと意味が分からないものだ。

「今度こそ幸せに――――と」
 恵美里を見た瞬間に確信したのだ。彼女が主君であり、志半ばで失われた姫君なのだと。
 転生から十三年を経て玲奈は再び出会っていた。
「まるでわたくしが不幸せであるかのような話ですよね? ですけど、徐々にわたくしも玲奈さんの言葉に嘘がないことを知りました。クラスが違うというのに貴方は休み時間ごと会いに来てくださったのですから。玲奈さんから聞く話はどれも新鮮で楽しかったです……」
 今思うと趣味を押し付けすぎたかもしれない。玲奈はお気に入りのアニメや漫画の話を延々と話していたのだ。それはもちろん恵美里があまり話をするタイプではなかったからであり、玲奈が話題を用意しただけである。

「すみません。私はちょうど漫画やアニメにハマっていまして、殿下にも見ていただきたかったのです。押し付けがましく面倒であったでしょうが……」
「いいえ、そんなことはありません。わたくしも楽しめましたし、何より玲奈さんとの会話はクラスメイトたちの興味を惹きました。貴方が熱心に話しかけてくれたからこそ、わたくしの孤立は終わりを告げたのです……」
 玲奈との会話は無駄にならなかったらしい。彼女のおかげで恵美里は生徒たちとの垣根が取り払われたという。

「わたくしも一人の学生でしかないことを貴方が知らしめてくれたのです。中等部では舞子さん、高等部では小乃美さんという大切なご友人にも出会えました……」
 玲奈としては自分の思うがままに接しただけである。そこに意図や思惑は存在していない。
「玲奈さんには感謝しております。だからこそ貴方がわたくしに語ったように、わたくしも玲奈さんの幸せを願っているのです。わたくしの騎士であろうとしてくれるのは有り難いのですけど、ご自身の幸せを蔑ろにするなど望んでおりませんので……」
 玲奈としては前世の失態を取り戻したいだけだ。けれど、それを知らぬ恵美里には重すぎるように感じられたのかもしれない。

 小さく笑みを浮かべる玲奈。もうあの過去は捨てたのだ。恵美里の話に改めて思い出していた。
「恵美里殿下、私はずっとお側にいるつもりです。ですが、自身の人生も満喫しようと最近になって考えを改めました。平和な時代が訪れたあかつきには恋愛の一つもしてみたいと。ですが一八のことは本当に幼馴染みとしてしか見ておりません。最近の一八は本当に努力していますし、舞子殿の隣に立ったとして恥ずべきところはないと断言できます。今の私は一八を応援しているにすぎないのですよ……」
 その言葉に嘘はないように思う。元より恵美里は知っている。玲奈は嘘をつくのが下手だということ。必要に迫られた嘘を玲奈が口にしたときには、いつも顔にそれが書いてあるのだから。

「お友達といってもなかなか理解できないものですね。わたくしは玲奈さんの真っ直ぐな生き方が好きですよ? これからも今まで通り仲良くしてください」
 恵美里は笑顔を見せた。騎士学校では学科が異なるけれど、同じ学び舎に入れるように願っている。親友というには距離のある関係であったけれど、恵美里にとって玲奈は一番近くにいる友人に他ならない。

「もちろんです。私はあの頃と何も変わっていません。今も殿下が幸せでいられるよう願っておりますので……」
 貴族であり公家の姫君である恵美里とて血筋だけで議長に選ばれることなどない。議長となるには選挙によって議員となり議会で承認を得るしかなかった。また彼女の幸せがそういった立場にあるのかも不明だ。どのような状況になろうとも玲奈は恵美里の側にいることだけは決めている。

「殿下、ついでといってはなんですが、天軍についてどうお考えでしょう?」
 唐突に話題が切り替わった。華やかなダンスの音楽が流れる校庭には相応しくないような話。玲奈は天軍という敵について聞いた。
「天軍? トウカイ王国を陥落させたときと比べれば、動きは穏やかであるように感じますけれど……。玲奈さんは何か危惧されているのでしょうか?」
 恵美里は問いを返す。正直に天軍は攻めあぐねている印象。タテヤマ連峰を越えての進軍は羽のある天主とて容易ではないと思われる。

「天軍は近い内に大軍勢を送り込んでくるでしょう……」
 思わぬ玲奈の話に恵美里は言葉を失っていた。今でも年に数回は交戦があるけれど、いずれも大規模とは言えず、共和国軍守護兵団は何とか退けている。
 恵美里の反応に玲奈は何度も首を振った。彼女は思い出している。前世の自分が失われたあとのこと。天界で聞いた女神マナリスの言葉を。

『平穏は二十年も持ちません――――』

 既に十八年が経過している。従って幾ばくも時間が残されていないのは明らかだ。下手をすれば学園を卒業するよりも前に世界が一変するかもしれない。
「玲奈さん、どうしてそのような話を?」
「私には分かるのです。オークの侵攻にしても天軍が一枚噛んでいるとしか思えません。漠然としておりますが、猶予がないことだけは事実であります」
 真面目に語る玲奈に恵美里は頷いている。玲奈のストイックな生き方の理由。原因ともいうべき思考が彼女にあることは明らかであった。

「やはり稀有なスキルを有しているからでしょうか?」
 恵美里が言った。それは女神の加護という過去に例のないスキルを指している。
 生まれて直ぐ所有者である玲奈と一八は天恵技研究所の調査を受けていたけれど、効果も発動条件も不明なままであった。
「まあそういうことです。私には分かります……」
 そう答えるしかない。前世の話など女神の加護以上に説明できない。魂が流転するという話こそあるにはあったが、それは神話ともいうべきレベルの考えである。

「分かりました。お父様にはそう伝えさせていただきます。せっかく殿方とお付き合いしたとしても、共和国が滅びてはどうしようもありませんしね?」
 冗談めいた話で恵美里は返していた。けれど、彼女は本気である。笑い飛ばして然るべき話であったというのに、彼女はその話を信じるらしい。

「ありがとうございます。テレビなどで報じられている神が人族を庇護するなんて馬鹿げたことを信じないでください。敬虔なマナリス教徒であられる殿下にはお伝えしづらい話でありますが……」
 それは玲奈と一八だけが知る話である。女神マナリスは地上の混乱も意に介さぬスタンスであり、どの種族が滅びようとも構わないと考えているのだ。

 人族として玲奈は運命に抗うだけ。人族が再び復興できるように戦うだけだ。マナリスが話した揺れ動く運命とやらを手繰り寄せるのみであった。
「あらあら、奥田会長と舞子さんはマスコミに捕まってしまいましたよ?」
 ここで恵美里が話題を変えた。ダンスが終わり退場したあと、一八たちがマスコミに囲まれてしまったと。

 ニヤけた表情の一八を見ると真面目に考えるのも馬鹿らしい。けれど、同時に守るべき笑顔だと感じる。この平穏を守っていかねばならないと玲奈は改めて考えさせられている。

 この今が何よりも大切だと玲奈は気付く。前世には何の未練も感じなかった玲奈も、この人生は最後まで続けたいと願う。
 途中退場ではなく、幸せというものを自身も掴んでみたくなっていた……。
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