オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

新たな門下生

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 来田と共に一八は下校し、岸野魔道剣術道場へとやって来た。昨日と変わらず学生たちが熱心に稽古をしている。例によって玲奈はこの時間に現れていない。

「一八、その彼が体験入門したいという来田君かね?」
 玲奈から聞いたのか武士は来田について知っていた。一言通してくれるだけでスムーズに事が運ぶ。この根回しには一八も来田も感謝しかない。

「来田です。剣術は初めてですけどよろしくお願いします」
「ああ、結構。体験入門だが、ウチでは基本的に素振りをしてもらうだけだ。それが嫌だというのならウチでは難しいな……」
 武士の話に問題ありませんと返す。来田は遊びに来たわけではない。不純な動機ではあったけれど、それは純粋な想いでもある。少しでも玲奈に近付くため、騎士を目指すと決めたのだ。

「ならば竹刀を取れ。一八は昨日と同じだ。四時間を切らぬ限り、剣術の指導は始まらんからな?」
 武士は来田に素振りの基礎を教えただけで二人の元を去って行く。試合形式の稽古をする門下生たちを指導している。
「一八さん、本当に素振りだけなんですね?」
「あん? 当たり前だろうが。柔術だって同じだ。基礎ができていない者には何もできん。下手に基礎以外をしたとして変な癖がつくだけだ……」
 言って一八は来田に背を向けた。昨日と同じく大竿を手に取っている。

「何ですかそれ!? まさか竹刀なんでしょうか!?」
 面食らっているのは来田である。自身が手渡された竹刀の二倍はありそうだ。しかも床に触れるたびゴトンと重い音がする。それは竹刀にはあるまじき音に違いなかった。
「さっさと始めんと終わらんぞ? 昨日は七時間もかかった……」
「七時間てノルマがあるのですか!?」
 一刻も早く始めたい一八であったが、来田は自分が連れて来たようなもの。放置するわけにはならなかった。

「素振り一万回。四時間を切らない限り、俺は剣術のいろはも教えてもらえないらしい。時間がねぇんだ。悪いが俺は稽古を始めさせてもらうぜ」
 学校で勉強する姿を見て一八の本気は理解していたつもりだ。しかし、過剰にも感じるノルマを課せられ、それを文句も言わずにやろうとする一八を見ては疑いようもなくなっている。
 一八が振り始めるのを確認すると、来田もまた素振りを始めた。絶対に負けられない。剣術では超えてやろうと一心に竹刀を振る。
 途方もない特訓が始まっていたことを来田はまだ知らなかった……。

 五時に道場へと入ってから三時間が経過していた。一言も雑談することなく竹刀を振る二人。既に学生たちの時間は終わっており、数を数える二人の声だけが道場に響いている。
 そんな折り、ガラガラと音を立てて道場の扉が開く。またそれは道場の入り口ではない。岸野家へと繋がる扉が開かれていたのだ。

「諸君、精が出るな! 晩飯だぞ!」
 現れたのは玲奈である。昨日と同じく彼女は握り飯とおかずの皿を両手に持っていた。とても女性が片手で扱う量ではない。握り飯は増量され三十個ほどが山積みになっていたのだ。

 ようやく手を止めた二人。ふぅっと長い息を吐いている。
「一八、今は何回だ?」
 ゴトンと床に握り飯を置くや玲奈が聞く。加えて彼女はまだ二人が手をつけていないというのに、握り飯を手に取っている。
「五千を超えたとこだ。昨日と変わっちゃいねぇ……」
 大量の汗を拭いながら一八が問いに答えた。その声には悔しさが滲んでいる。同じペースでは駄目だと分かっていたけれど、型を意識しながら強く振るという指導を守っているのだ。どうしてもペースアップができないでいた。

「最初はそんなもんだ。徐々に上げていけたらいいぞ、モグ。それで雷神はどうだ? 素振りは精神的にキツいだろう?」
 玲奈は来田にも質問を投げた。まさか体験入門の来田に同じことをさせるとは考えもしなかったが、武士の指導通りに素人が無闇矢鱈と技を覚えるべきではない。

「キツいっす。本当に一万回も振るのですか?」
「いや、普通は時間内だけだがな。別に雷神は帰ってもいいのだぞ?」
 玲奈の話に唇を噛む。一八にできることを自身は望まれていないのだ。落胆するよりも悔しさを覚えている。
「やります。私は騎士になりたい。貴方様の隣に並び立ちたいのです。その暁には男として私を見て頂きたい」
 臆面もなく口走った来田に一八は思わず吹き出している。来田の気持ちには気付いていたけれど、流石に動機が不純すぎると思う。またそのような話は玲奈にとって逆効果であるとも感じている。

「貴様も男なのだな? どうしてこう男は助平なのだ。言っておくが私は高嶺の花だぞ?」
 ニシシと笑う玲奈に一八はアレっと不思議そうな顔をする。自分が同じことを口にすれば確実に竹刀が飛んでくるはず。冗談を返してくるなんて間違ってもあり得ないのだ。

「もちろんです。見ていてください。きっと騎士になりますから」
 言って来田が立ち上がった。遠回しな告白であったが、意外にも断られなかった。だからこそ力が湧いてくる。握り飯はまだ二個しか食べていないというのに来田はやる気に満ちていた。
「まあ頑張れ。それはそうと雷神はもう食べないのか?」
「時間が惜しいんです。振った数は一八さんに到底及びませんし。今は素振りに専念します」
 来田の返答に玲奈の笑みが大きくなる。その意味合いを理解するや彼女は両手に握り飯を取る。

「お前、食い過ぎだっつーの」
「良いではないか? 腹が減ってはというだろう!」
「それは晩飯を食った人間の言葉じゃねぇな……」
 二人して完食している。来田が二個しか食べなかったから本日は一八も空腹を満たせた。これならばペースが落ちないような気がする。昨日は五千回から明確に振るスピードが落ちていったのだ。

「さてと、俺も再開すっか……」
 しばらく玲奈は二人の素振りを眺めていた。けれど、五分もしないうちに立ち上がり、彼女もまた竹刀を手に取っている。社会人の部が始まる前にウォーミングアップといったところかもしれない。

 このあとは社会人の稽古が二時間あった。それはいつも通りであり、玲奈の稽古はそれで終わりだ。しかし、彼女は道場を去ることなく、素振りをする二人の見学をしている。
 誰もいなくなって一時間。一八の大きな声が道場に響いた。
「一万! よっしゃ、昨日より一時間早く終わったぞ!」
 晩ご飯を多く食べたせいか、一八のペースは落ちなかった。休憩を挟んで六時間。彼はノルマである一万回の素振りを終えている。

「今日は最後の方も良い振りだったな。一八、明日からはもっとペースを上げていけ。たかだか一万回に六時間もかけているようでは駄目だぞ」
「二日目だっつーの。それよりこの大竿だったか。持って帰ってもいいか?」
「ああ構わん。暇があれば振っておけ。振った分だけ貴様の力になるだろう」
 本日も勉強会は開催されないらしい。一八はじゃあなと先に道場を出て行く。まだ来田の素振りが終わっていないというのに。

 一八が家に帰ってから一時間が経過している。しかし、まだ来田の素振りは終わっていない。かといって六千回を超えてからカウントは増えていなかった。
「雷神、ここまでにしろ。バスがなくなってしまうぞ? 初日にしては良くやった。初めてならば千回も振れば多い方だ。一八と比べる必要はない」
 ここで玲奈が来田を止める。振ろうとしても竹刀が重く腕が上がらなかったのだ。これ以上は意味などないと彼女は判断したらしい。

「れ、玲奈様……」
 大の字に寝転がった来田が口を開く。不甲斐なさを覚えている。重い口ぶりは自身の凡庸さに気付いたのかもしれない。
「一八さんはやはり合格するのでしょうか?」
 意外にも一八の話である。張り合うような格好で道場の門を叩いた来田。まざまざと才能の差を見せつけられていた。

「どうだろうな。父上は可能性があると話していたが……」
「一八さんが無理ならば、私なんか絶対に駄目ですよね?」
 もう心が折れかけている。玲奈が背中を軽く押すだけで彼は諦めてしまうだろう。

「武道とは競い合うものではない。己の技を極めるため我らは進むだけ。一八の体格は規格外であり、他の誰にも真似はできん。だから気にする必要はない。あいつもまた己が進むべき道を見つけ、歩み始めたところなのだ。雷神、人を気にする暇があれば、自己鍛錬に費やすがいい。武道の到達点は人生の最後に決まる。武の道とは頂を目指す過程なのだ。結果を先に求めるものではない……」
 さあ道場を閉めるぞと玲奈が続けた。来田は重い身体を無理矢理に動かし、玲奈に迷惑がかからないよう道場をあとにしていく。

「玲奈様、月謝は明日持参致します」
 礼をしてから来田が去って行く。てっきり音を上げたかと思えば、彼は玲奈の話に考えを改めたらしい。
「雷神、貴様は貴様の武士道を行け。大切なのは心の在り方。期待しているぞ」
 玲奈の激励に来田は笑みを大きくする。正直に疲れ果てていたけれど、飛び上がって喜びたくなってしまう。

 疲れが吹き飛んだ来田は弾むようにして帰宅するのだった。
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