上 下
36 / 212
第一章 転生者二人の高校生活

過酷なノルマ

しおりを挟む
 学生たちのコースが終わったあとも一八は大竿を振り続けている。三時間ほどが経過し、回数は五千回を超えたところ。しかし、疲れからか間違いなくペースが落ちていた。

 そんな折り、道場の扉が開く。一八が視線を向けるとそこには道着を身に纏った玲奈の姿。話していた通り、彼女は自身の稽古に来たらしい。
「おい一八。握り飯を持ってきたぞ。少し休憩しろ」
 どうやら玲奈は素振りの特訓中であることを聞いたようだ。まだ夜間の部が始まる時間ではない。早く来たのは一八に夕飯を食べさせるためである。
「ありがてぇ。腹が減って仕方なかったんだ」
 早速とおにぎりに手を伸ばす一八。うめぇうめぇと口にしながらがっついている。

「それで一八モグ……。素振りはモグ……上達したか? モグ……」
「てめぇも食うのかよ!?」
 おにぎりが十個と唐揚げの大盛り。一八は全てを食べるつもりだったのだが、話を聞く玲奈もまた一緒になって摘まんでいる。
「当たり前だろう? 私は女の子だからと母上にどんぶり飯五杯までしか食べさせてもらえんのだ! モグ……」
「その体格でどれだけ大食らいなんだよ……」
 玲奈の大食いは今に始まったことではないけれど、母親の制限には誤りがあると思う。女の子の定義にご飯の量があるとすれば、それは間違ってもどんぶり単位ではない。

「さてと腹ごしらえも済んだところで素振りを再開しよう」
「俺と同じだけ食いやがって……」
 立ち上がった玲奈が一八の大竿を手にする。女性が持つには重すぎるものであったけれど、彼女は事もなげに片手で持ち上げていた。
「おい一八、貴様は魔力伝達を知っているのか?」
「はぁ? 何だソレは?」
 武士には何も聞いていない。師範の指示は大竿での素振り一万回。それ以外には基本的な振り方を聞いただけである。

「いや、知らないならいい。早く一万回振り終わらないと勉強する時間がなくなるぞ?」
 玲奈が一八を急かす。確かに時間がなかった。素振りだけで一日が終わってはならないのだ。このあと玲奈が勉強に付き合ってくれるかは分からなかったが、一八は一人でも机に向かうつもりである。

「飯も食ったし一気に終わらせてやるぜ!」
 少しばかりの休憩は活力を与えていた。バテ気味であった一八だが、再び力一杯に大竿を振り始める。
「一八、もっと声を出せ! アフタースクールの女子みたいな声になっているぞ!」
 父親も鬼なら娘もまた同じ血を引いている。手加減するつもりは少しもないらしい。

 しばらくすると社会人の門下生が続々と道場にやって来た。初めて見る大男が異様に長い竹刀を振っている。更にはそのスピード。全力で振り切る力もさることながら、振り下ろしてから構えるまでがとても速い。癖のない素振りは名のある剣士にしか見えなかった。

「お嬢、誰なんです? まさか道場破りですか?」
 社会人クラス筆頭の清水が聞く。彼は一般兵であるが守護兵団の下士官を務めている。任務のない日には道場でその腕を磨いていた。
「清水殿、奴は新人だ。今日、入門したばかり。今は素振り一万回を課せられているところだ……」
「一万回!? あの大竿は鉄柱がベースになっているやつでしょう!?」
 信じられないと清水は首を何度も横に振る。彼も手にしたことがあるのだろう。ちょうど五千回振ったところと聞いて彼は再び感嘆の息を吐く。

「お嬢が指導されているので?」
「まあ私は見ているだけだがな。全くの素人だから素振りしかすることがない。それより清水殿、乱取りの相手をしてもらえるか?」
 熱心に素振りをする一八から玲奈は視線を外す。注意しなくとも手を抜かぬ彼を見ては自身も稽古を始めている。

 瞬く間に二時間が過ぎた。社会人クラスの稽古は終わり、全員が道場をあとにしていく。
「9000!」
 九千回のカウントが道場に響いた。残された門下生は一八のみ。さりとて武士の指導が終わるようなことはなかった。
「一八、腰が曲がっているぞ! もっと背筋を伸ばせ! 声を張って気合いを入れろ!」
「はい! 師範!」
 武士の指示に一八は姿勢を直す。疲れから前屈みになっていた。正しい素振りをしないことには何回振ろうが意味などないのだ。

 大量の汗が流れている。一八は夕食から一度も休憩していない。疲れからペースは落ちていたが、それでも武士は休めと言わなかった。
 社会人たちが道場を出てから二時間。ようやく一八が一万回の掛け声を上げる。最初の五千回と比べると、かなりの時間を要した。一万回を振り下ろすや一八は道場に寝転がってしまう。
「ふむ、七時間か。こんなことでは合格など不可能。一八よ、騎士は諦めなさい」
 やり終えた一八に非情な通告が成される。言い付け通りに素振りをしたというのに、諦めろと武士はいう。

「ちょっと待ってください! 俺はもっとできる!」
「ほう、どれくらいならできる?」
「五時間……。いや、四時間を切ってやる! だから最後まで指導してください!」
 玲奈は口出ししなかった。彼女的には評価していたから。一万回という素振りは苦行ともいうべき稽古。それも通常の竹刀ではなく、何倍も重い大竿でやり終えたのだ。しかし、師範である武士が駄目だというのだから口を挟めなかった。

「最低でも四時間を切ることだ。細かな指導はそれからとなる。できないと思うのなら、もう剣術は諦めろ」
 友人の息子であったはずが、今や完全に師弟である。道場生以上に厳しく武士は指導していた。
「玲奈、今日は遅くなったから一人で勉強する。けど、そのうち必ず勉強できる時間を残す。素振りを夕飯までに終わらせてやる」
 疲れていただろうに一八は武士に礼をしてから道場をあとにしていく。今からは勉強の時間である。一八は一人奥田家へと帰って行った。

 残された玲奈。父武士に視線を合わせては疑問を口にする。
「父上、どういうつもりだ? 一八は魔力伝達すら知らなかったぞ?」
 一八は魔力伝達を知らないと話していた。魔力を竹刀に流し込めば硬化させることも重量を軽減させることも可能だというのに。
「ずぶの素人が魔力伝達とかこざかしい。余計なことは考えず、素振りをするだけでいいのだ。仮に魔力切れとなってみろ? 魔力伝達の重さに慣れすぎてしまえば、魔力切れの際に奈落太刀を振れなくなる。儂の指導は窮地に陥ったとき必ず役に立つはずだ。お前もあの馬鹿力を見ただろう? 実に面白い素材じゃないか。力だけで大竿を一万回も振り切れる。またその根性は素晴らしい。一年間徹底的にしごき抜いてやるわ。試験官はいけすかん騎士共だ。奴らは受験生を見下しておる。よって儂は騎士共を叩きのめすほどに一八を鍛え上げるだけ。ひょっとしたらひょっとするやもしれん……」
 どうやら武士は一八に期待しているらしい。厳しく指導しているのは彼が決して折れないことを分かってのこと。最後まで逃げ出さずについてこれるのなら期待できるとまで考えている。

 試験は現役の士官が担当することになっていた。主に配備したばかりの新人が請け負う仕事だが、中には引退前の老剣士も含まれている。
「しかし、父上が無償で教えてやるとは思わなかったな? もしかして一八は父上が三六殿に内緒で清美殿に産ませた子供ではないのか?」
「玲奈よ。儂はちゃんと月謝を受け取っておる。それにERO属性など持っておらんわ」
「父上、それをいうならNTRだ。Rしか合っていないじゃないか?」
 ふははと武士は笑っている。先ほどまでの厳しさが嘘のようだ。

 一方で玲奈は薄い目をしつつも安堵していた。一八が月謝を払うなんて思いもしなかったのだ。
 仕事であれば武士が指導の手を抜くことはない。出来る限り力になってくれるだろう。よって、ここから先は一八の頑張り次第だと思う。
 ただでさえ狭き門。潜れるかどうかは彼の努力次第に違いない……。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...