オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

譲れぬ想い

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 役員室の扉が開かれ玲奈の声が聞こえるや、即座に全員が立ち上がって礼をする。ここでもやはり玲奈は別格の存在であるようだ。
「おい玲奈、ウチの生徒を怖がらせるんじゃねぇよ……」
「怖がらせた覚えはないぞ? これは教育の成果だ!」
 嘆息する一八に玲奈は満面の笑みを見せる。
 幼馴染みの強さはよく知っていたし、彼女が持つ正義感も一八は誰よりも分かっている。玲奈が絡んでくるだろう武道学館生を放置するはずもなく、現状はたった二日で全員が牙を抜かれてしまったことを明らかにしていた。

「まったく、武道学館の名が泣くな……」
「残念ながら雑兵を幾ら差し向けようが、この私に敵うはずもない!」
 魔物さえ倒してしまう幼馴染み。相手が務まる生徒などいるはずもない。一八は昨日のことを思い出し、この結果は仕方のないことだと諦めることにした。

「それで七条会長でしたか? まだウチに要件でもあるのですかね? 確か玲奈が伝令役をすると聞いたはずですが……」
 一八が話題を変えた。玲奈の奥にいる女性。一昨日会ったばかりの彼女に気付いた一八は声をかけている。
「奥田会長、ご挨拶が遅れました。お伺いしたのは共同開催の提案に関してです」
 小さく礼をしてから恵美里が話し出す。直接伝えに来たのは誠意である。しかしながら、心象的なものが通用する場所ではないことを彼女は気付いていない。

「武道学館からいただきました体育祭という案は正直にいって難しいです。体育祭は年間行事に含まれておりませんので準備に充てる時間が学園にはありません」
 毅然と話す恵美里に一八は小さく頷いていた。さりとて了承したわけではない。
「俺は共同開催を成功させる案を出しただけ。理事会を落胆させたくない。文化祭では絶対に失敗するだろう。俺は少しでも評価を得たい。自己中心的と呼ばれようとも、俺がスタート地点に立つためには評価は必須なんだ……」
 一八は丁寧な口調を止めた。語ったのは本心である。数日前ならばどうでも良かったことなのだが、今の彼は本気で共同開催を成功させたいと考えていた。

「俺は騎士学校への推薦が欲しい……」
 続けられたのは意外な話であった。異議申し立てに参上した恵美里たちだけでなく、武道学館の役員たちも揃って驚いている。
「それは素晴らしい目標ですけれど、同意できかねます。失礼ですが武道学館では過去に推薦を得られた生徒などいないはず。共同開催はわたくしにお任せ頂けましたら一定以上の評価が得られましょう。それで問題ないかと考えますが?」
 リーダーの資質が恵美里には備わっている。家柄に相応しい教育を受けてきたのだ。武道学館の荒廃ぶりに恐怖していた彼女だが、それが躊躇する理由にはならない。その点においては、なし崩し的に生徒会長となった一八とは明確に異なっていた。

「本当に失礼だな? ちゃんと意味を理解してくれ。俺は俺自身が共同開催を成功させたい。他人に主導されては駄目なんだ」
「おい一八、失礼だろう!?」
 堪らず玲奈が割り込んだ。しかし、一八は首を振るだけ。彼は絶対に体育祭を開催し、成功させようとしている。
「玲奈、三下は黙っとけよ。俺は七条会長と話をしているんだ。個人的な目的を含んでいるが、成功させたいと願う気持ちは誰よりもある。だからこそ俺が主導しなければならん」
 凄む一八に玲奈はオークキングの面影を見ている。人族となった一八はオークキングの頃にはできなかった対話が可能となっていたはず。けれど、今はまたオークキングのように身勝手な意見を押し付けようとしている。

「自分勝手だと思えばいい。だが、絶対に譲るつもりはねぇ。時間がない俺はなり振り構っちゃいられねぇんだよ……」
 一八が騎士を目指すこと。発破をかけたのは玲奈自身だ。しかし、玲奈は生涯を通して恵美里に忠誠を誓っている。従って一八の主張は受け入れられない。
「一八、学園の女生徒に体育祭は無理だ。また貴様とは違って学園の生徒は十分な受験準備をしてきたのだ。だからこそ、その努力を無駄にできない。限られた時間を有効に使わねばならん。余計なイベントを増やし、受験に差し障りがあってはならない……」
 両者の意見は平行線である。時間がないという理由こそ変わらなかったが、同じ結論には至らない。
 一八は考えていた。共同開催は願ってもない機会である。カラスマ女子とのイベントを成功させたのなら、主導した者として教員の評価が一変するだろう。加えてカラスマ側の理事たちにも良いアピールとなるはずだ。士官候補生を多く輩出するカラスマ女子経営陣の目に留まれば、チャンスが生まれてくるだろう。

「ならば玲奈、公平に決めないか?」
 ここで一八が提案をする。だが、勝算がある話だとは思えない。利己的な主張をする一八に対して、カラスマ女子学園には拒否する明確な理由があったのだ。
「何を持って公平とする? 貴様は我が侭を言っているだけじゃないか?」
「そうか? 非常に分かりやすく公平な決め方があるんだぞ?」
 玲奈には分からなかった。話し合いこそが公平であり、両校の意見を摺り合わせること以外に方法などないとさえ思う。

「玲奈、俺と一騎討ちだ――――」
 告げられた話に一堂揃って驚いていた。公平と聞いて想像する手段とまるで異なっていたからだ。
「貴様、どうしてそうなる? お互いが納得できる方法を模索するべきだろ?」
「ふざけんな。どうあっても折り合わん。文化祭なんてウチの馬鹿共が参加するはずがない。大失敗がやる前から分かりきっている。始めから武道学館の答えは一つしかねぇんだよ。それに一騎討ちは殺し合いじゃねぇからな。俺が魔道柔術にて身体強化すれば玲奈は死んじまう。ここはスポーツマンらしく封魔の腕輪を装備して戦おうぜ……」
 封魔の腕輪とは装備者の魔力使用を無効化するものだ。高校までのスポーツは競技者の安全を優先しているため魔力の使用が禁じられている。一八の提案は一騎討ちをスポーツとして行うことであった。

 一八の表情を見る限りは本気である。玲奈としては彼の意を汲んであげたいところではあるが、生憎と玲奈は生徒会長ではないし、ただの風紀委員にすぎない。
「恵美里殿下……」
 堪らず指示を仰ぐ。自分では決められそうもない。前世からの因縁を払拭する機会であったけれど、玲奈に私怨を優先するつもりはなかった。
「正直に体育祭案を持ち帰ると全員が困惑するでしょう。かといって奥田会長が仰る成功の鍵が体育祭しかないのであれば、仕方がないのかもしれません」
 恵美里も決めかねているようだ。共同開催の成否は生徒会役員だけでなく、学園としての評価にも通ずるからだ。共和国議会の通達によって併合が決まったならば、間違いなく経過を確認するはず。高校のイベントでさえ満足に行えないというのなら、学校全体のレベルを推し量られてしまうだろう。

「恵美里ちゃん、あたしはもう体育祭でもいいかと思うけどね? もちろん反対する生徒は大勢いるだろうけど……」
「舞子さん、ここで独断で決めて良いものかどうか……」
 恵美里が嘆息する。持ち帰ったところで反対されるのは目に見えている。つまるところ再び代案を考えることになるはずだ。
 今ここでどちらかに決めた方が準備に要する時間が十分に取れるはず。事前段階で言い争うなんて不毛なだけだと思えてならない。

「玲奈さん、貴方が決めてください。どう転んだとしても、わたくしが責任を持ちますので。何をするにしてもいち早く決めること。それが成功に繋がるとわたくしは考えます」
 遂に決断が下ったのだが、それは玲奈に一任するというものだった。また恵美里は玲奈が勝負を受けると分かっている。戦うつもりがないのであれば、わざわざ指示を仰ぐはずもないのだ。

「殿下、良いのですか? 先日も申しましたが、私は過去に一八と戦い敗れています。負けるつもりはありませんけれど、勝利を保証するものは何もございません……」
「それで問題ありません。奥田会長の意見はある意味において正しい。共同開催を成功させることこそが我々に求められること。文化祭となれば武道学館側に問題があり、体育祭であれば学園側に不満が噴出します。立場は異なれど結果は同じ。ならば言い争うのは無駄でしかありません。勝敗によって決めるのは分かりやすいですし、何より時間的余裕が生まれるでしょう。それにもし玲奈さんが負けたとしても、全校生徒にはわたくしから説明させていただきますので心配無用です。共同開催を成功させることこそが一番であると生徒たちには伝えますので……」
 どう考えてもアネヤコウジ武道学館側が折れるとは考えられない。だとしたら提案に乗り勝負する方が時間的ロスもなく希望通りとなる可能性まであった。

「奥田会長、約束してください。もしも玲奈さんが勝った場合に共同開催は文化祭となり、全面的に協力してくれることを……」
「もちろん。男に二言はない。全員を締め上げてでも俺たちは協力すると約束しよう。だが、俺が勝った場合は体育祭とし、そちらも協力してくれることを約束してくれ」
 恵美里が頷くや一八は立ち上がった。右手を差し出しては承諾の証しとする。
 固い握手が交わされていた。両校が共に協力することを宣言し、取り決めがここに締結されている。

「それで一八、どうやって勝敗を決める? 貴様は柔術家であり私は剣士だぞ?」
 ここで玲奈が質問をする。二人の戦闘スタイルはまるで異なるのだ。素手で戦う柔術に対し、玲奈は剣士である。武器なしでは玲奈に勝ち目はないし、武器を持つのはハンデがありすぎるように思う。

「玲奈は竹刀じゃなく鉄剣を帯刀してこい。万全のお前を投げてこそ俺は自分を誇れる。それは決してハンデじゃない。勝負を提案したのは俺なのだし、戦法を制限するなんてセコい真似はしたくねぇんだ……」
「フハハ! あの豚公が立派になったな! いいだろう。貴様の挑発に乗ってやる! あの頃とは何もかもが違うということを思い知らせてやろう!」
 玲奈も同意した。これにより共同開催のプログラムを懸けた勝負が決定した。二人は睨み合うようで互いに笑みを浮かべている。

「玲奈、勝負は明日の放課後。それで構わないな?」
「無論だ。流石に模造刀を用意しなければならん。真剣では可哀相だからな!」
 勝負に同意した玲奈たちは武道学館生徒会役員室をあとにしていく。まるで想定外の事態となってしまったけれど、他に選択肢があったとは思えない。行事の成功が第一目標であるのなら、避けては通れぬ話であったことだろう。

 恵美里と舞子は無言で歩いている。中学からの知り合いである二人は玲奈の強さを知っていたけれど、相手は武道学館最強の男だ。玲奈に危険な役割を押し付けたような気がしないでもない。
 二人は得も言われぬ不安に苛まれていた……。
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