11 / 212
第一章 転生者二人の高校生活
朧気な一八の目標
しおりを挟む
翌朝は生憎の雨だった。しかし、一八の日課である朝稽古は天候に左右されない。筋トレから本格的な乱取りまで行い、朝食が用意される頃にはヘトヘトになっていた。
「腹減ったぁ……」
「一八、さっさと座って食べなさい。生徒会長が遅刻とか格好つかないでしょ?」
奥田家の日常である。天候に左右されないのは食卓でも同じだった。
「分かってるって。けど本当に面倒なんだ。来年から学校が合併するとかで余計な仕事まで押し付けられたし……」
「ふん一八よ。文句も言わず雑務を人知れず片付けること。それすなわち騎士道とみたり。儂だって自主的な清掃や校内の風紀を正したりと推薦してもらうのに苦労した。生徒会長を全うすることは騎士学校への推薦に近づくのではないか?」
どうしてかまたも騎士学校の話となる。一八としては耳の痛い話であったというのに。
「騎士学校に落ちた親父に言われてもな……」
「貴様こそ剣術の稽古をしていないだろう? 儂は武士に襲いかかって稽古をつけたのだぞ? 更にはその成果として試験官をのしてやった! 儂が落ちたのは家系の呪い。馬鹿であったことだけだ!」
「そんな自慢げに言われても……」
騎士学校は学校の推薦がないと受験できない。学校での生活態度だけでなく、道徳や倫理観についても問われるからだ。推薦は学校側が受験者の人間性に責任を持つということであり、それがなければ受験する資格すらなかった。
「まあ別に合格しろとは言っていない。相手となる試験官は現役の士官だ。つまりは試験官に勝ったというだけで箔が付く。結果通知書には細かな採点結果が記されているからな。実技試験に勝利した実績さえあれば将来は約束されるだろう」
不合格者には採点結果が送られることになっている。受験資格が二十二歳まであるためであり、対策を立てられるようにとの配慮であった。
「合格しなくていいって、何のためだってんだ?」
「お前は本当に馬鹿だな? 奥田魔道柔術道場が繁盛しているのも箔が付いたおかげ。門のところに受験結果を飾っておるだろう? 勝利したという事実は強者の証しなのだ。強くなりたい者は入門したくなるというもの……」
そういえば看板の隣に飾ってある。またそれは岸野魔道剣術道場も同じであった。
「俺には馬鹿を露呈しているようにしか思えんがな。筆記試験の結果まで載ってるのはマイナスじゃねぇか?」
「武道家に賢さなど無用! それにうちは学習塾ではない! 分かりやすくて良いだろうが!」
まあ確かにと一八。実際に門下生には困ったことなどない。強さを求める道場生にインテリ感は皆無であった。
「言っておくが、一般兵になることだけは許さんぞ? 騎士ならばともかく、倅が雑兵になるだなんて恥だ。一八は試験官を叩きのめすだけでいい」
ここで釘を刺されてしまう。一八としては別に一般兵でも問題なかったのだが、武士はそれを良しとしないようだ。
「あんたたち馬鹿言ってないで早く食べる! 武道学館からは一人も合格者が出ていないのよ? 希望したとして、推薦すらもらえないかもしれないのだからね?」
清美が現実を伝える。学力が適切であり家が近いこと。更には武道系である高校を選んだだけの一八は騎士学校の受験など考えていなかった。武道学館は長い歴史において一人も騎士を輩出していない学校であって、受験者が過去にいたのかも不明である。
「玲奈ちゃんのカラスマ女子学園ならともかく、名前を書けたら合格する高校ってことを考えなさいよね。現実的に柔術で大学に行くか卒業と同時に道場で働きなさい」
清美は受験賛成派ではないようだ。息子が勉強している姿なんて見たこともない彼女には受験するだけ無駄と思えているらしい。
「しかし母さん、武道学館とカラスマ女子は合併するのだろう? 一八は生徒会長であるし、推薦くらいはしてもらえるはずだぞ?」
玲奈の通うカラスマ女子は毎年十人近くの合格者を出していた。受験者はその倍以上いるはずで、一八もそのうちの一人に滑り込める可能性はある。ただし、彼女たちは基本的に魔道科か支援科の受験生であり、剣術科を受験する者は一人もいない。
「俺は受験したいと思ってる。俺より強え柔術家がいるわけでもねぇし。玲奈のやつに馬鹿にされんのも癪だ……」
「馬鹿いわないの。合格できないのなら無駄よ。剣術の稽古をしながら勉強なんてできるの? できたのなら武道学館なんかに入学していないでしょ?」
一八の意思表明に清美が水を差す。勉強する機会は今までにもあったはず。ここまでしてこなかった息子が急に頑張れるとは思えなかった。
言われっぱなしの一八だが、やはり内心は腹を立てている。必ずしも明確ではない意志に反して言葉を返してしまう。
「今回ばかりは頑張るつもりだ。今まで強くなる以外に目標なんてなかったんだ。それこそ俺は人生について考えたこともなかった。親父たちに色々言われたからじゃねぇ。俺だってできんだ。俺はそれを証明してやる……」
前世から考えても初めての思考であった。清美に反発しただけであったものの、言葉にするたび何だかやる気が沸いてくる。成し遂げてみたいという想いが強くなっていた。
前世から続く長い人生の中で明確な目標は初めてだ。不思議と身体に力が溢れてくる感覚。一八はこの感情のまま突き進みたいと思う。
まだ遅くはない。苦手だと考えていた勉強だってやるつもりだ。母がいうように合格できなければ無駄である。けれど、合格するにはその過程を避けて通れない。
目指すべき生き方を見つけただけ。しかし、その思考は力強く一八の背中を押す。重すぎた一歩を彼はようやく踏み出せていた……。
「腹減ったぁ……」
「一八、さっさと座って食べなさい。生徒会長が遅刻とか格好つかないでしょ?」
奥田家の日常である。天候に左右されないのは食卓でも同じだった。
「分かってるって。けど本当に面倒なんだ。来年から学校が合併するとかで余計な仕事まで押し付けられたし……」
「ふん一八よ。文句も言わず雑務を人知れず片付けること。それすなわち騎士道とみたり。儂だって自主的な清掃や校内の風紀を正したりと推薦してもらうのに苦労した。生徒会長を全うすることは騎士学校への推薦に近づくのではないか?」
どうしてかまたも騎士学校の話となる。一八としては耳の痛い話であったというのに。
「騎士学校に落ちた親父に言われてもな……」
「貴様こそ剣術の稽古をしていないだろう? 儂は武士に襲いかかって稽古をつけたのだぞ? 更にはその成果として試験官をのしてやった! 儂が落ちたのは家系の呪い。馬鹿であったことだけだ!」
「そんな自慢げに言われても……」
騎士学校は学校の推薦がないと受験できない。学校での生活態度だけでなく、道徳や倫理観についても問われるからだ。推薦は学校側が受験者の人間性に責任を持つということであり、それがなければ受験する資格すらなかった。
「まあ別に合格しろとは言っていない。相手となる試験官は現役の士官だ。つまりは試験官に勝ったというだけで箔が付く。結果通知書には細かな採点結果が記されているからな。実技試験に勝利した実績さえあれば将来は約束されるだろう」
不合格者には採点結果が送られることになっている。受験資格が二十二歳まであるためであり、対策を立てられるようにとの配慮であった。
「合格しなくていいって、何のためだってんだ?」
「お前は本当に馬鹿だな? 奥田魔道柔術道場が繁盛しているのも箔が付いたおかげ。門のところに受験結果を飾っておるだろう? 勝利したという事実は強者の証しなのだ。強くなりたい者は入門したくなるというもの……」
そういえば看板の隣に飾ってある。またそれは岸野魔道剣術道場も同じであった。
「俺には馬鹿を露呈しているようにしか思えんがな。筆記試験の結果まで載ってるのはマイナスじゃねぇか?」
「武道家に賢さなど無用! それにうちは学習塾ではない! 分かりやすくて良いだろうが!」
まあ確かにと一八。実際に門下生には困ったことなどない。強さを求める道場生にインテリ感は皆無であった。
「言っておくが、一般兵になることだけは許さんぞ? 騎士ならばともかく、倅が雑兵になるだなんて恥だ。一八は試験官を叩きのめすだけでいい」
ここで釘を刺されてしまう。一八としては別に一般兵でも問題なかったのだが、武士はそれを良しとしないようだ。
「あんたたち馬鹿言ってないで早く食べる! 武道学館からは一人も合格者が出ていないのよ? 希望したとして、推薦すらもらえないかもしれないのだからね?」
清美が現実を伝える。学力が適切であり家が近いこと。更には武道系である高校を選んだだけの一八は騎士学校の受験など考えていなかった。武道学館は長い歴史において一人も騎士を輩出していない学校であって、受験者が過去にいたのかも不明である。
「玲奈ちゃんのカラスマ女子学園ならともかく、名前を書けたら合格する高校ってことを考えなさいよね。現実的に柔術で大学に行くか卒業と同時に道場で働きなさい」
清美は受験賛成派ではないようだ。息子が勉強している姿なんて見たこともない彼女には受験するだけ無駄と思えているらしい。
「しかし母さん、武道学館とカラスマ女子は合併するのだろう? 一八は生徒会長であるし、推薦くらいはしてもらえるはずだぞ?」
玲奈の通うカラスマ女子は毎年十人近くの合格者を出していた。受験者はその倍以上いるはずで、一八もそのうちの一人に滑り込める可能性はある。ただし、彼女たちは基本的に魔道科か支援科の受験生であり、剣術科を受験する者は一人もいない。
「俺は受験したいと思ってる。俺より強え柔術家がいるわけでもねぇし。玲奈のやつに馬鹿にされんのも癪だ……」
「馬鹿いわないの。合格できないのなら無駄よ。剣術の稽古をしながら勉強なんてできるの? できたのなら武道学館なんかに入学していないでしょ?」
一八の意思表明に清美が水を差す。勉強する機会は今までにもあったはず。ここまでしてこなかった息子が急に頑張れるとは思えなかった。
言われっぱなしの一八だが、やはり内心は腹を立てている。必ずしも明確ではない意志に反して言葉を返してしまう。
「今回ばかりは頑張るつもりだ。今まで強くなる以外に目標なんてなかったんだ。それこそ俺は人生について考えたこともなかった。親父たちに色々言われたからじゃねぇ。俺だってできんだ。俺はそれを証明してやる……」
前世から考えても初めての思考であった。清美に反発しただけであったものの、言葉にするたび何だかやる気が沸いてくる。成し遂げてみたいという想いが強くなっていた。
前世から続く長い人生の中で明確な目標は初めてだ。不思議と身体に力が溢れてくる感覚。一八はこの感情のまま突き進みたいと思う。
まだ遅くはない。苦手だと考えていた勉強だってやるつもりだ。母がいうように合格できなければ無駄である。けれど、合格するにはその過程を避けて通れない。
目指すべき生き方を見つけただけ。しかし、その思考は力強く一八の背中を押す。重すぎた一歩を彼はようやく踏み出せていた……。
10
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる