オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

理事会からの通達

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 始業式を終えた玲奈。本日は授業もなくクラスで一年間のスケジュール説明があっただけだ。
 ホームルームが終わるや玲奈は生徒会室へと来ている。明日に控えた入学式の打ち合わせなどを役員で話し合うらしい。

「全員揃ったことですので始めましょうか」
 議長を務めるのは新生徒会長の七条恵美里《しちじょうえみり》だ。新学年早々仕事が山積みのよう。最初の議題は明日に控えた入学式について。ただ入学式は生徒代表の挨拶がある恵美里以外は特に仕事がない。

「……以上が入学式の段取りとなります。あと議題としましては理事会からの通達があります……」
 恵美里は通達こそが本題であるという。看過できないものであったのか彼女の表情に笑みなどなかった。
 今までの在籍期間中に理事から生徒たちに通達があったことなどない。その言葉だけで役員たちは良くない想像を働かせている。
「皆様もご存じのように理事会は学校法人キョウト会から選出されています。よって学園の理事たちはキョウト会の傀儡に過ぎません」
 何やら怒気を含んだ声色。ここまで温和そうに見えた恵美里であるが、議題が変わったことにより表情を一変させている。

「理事会の通達はアネヤコウジ武道学館との併合でした――――」
 騒然とする生徒会室。恵美里を含めて五人しかいなかったものの、隣り合う者同士が数珠つなぎに視線を合わせていく。
「七条会長、まさか受諾されたのですか? 武道学館は昔こそ文武両道を校訓としてありましたが、今や荒くれ者の巣窟です。前を通るのも吐き気がします」
 手を挙げて意見したのは書記である木幡秀美《こばたひでみ》だ。声を荒らげるような彼女は恵美里の話に納得がいかない様子。

「秀美さん、わたくしは通達だと申したはず。要請などではないのです。もちろん反対しましたけれど、どうやら共和国議会の意向があるようでキョウト会も承諾せざるを得なかったようです。また理事会は生徒の自主性を重んじたのか、わたくしたち生徒会に併合へ向けた行動を起こすようにと求めています……」
 伝えられる話は政治的な要素を含んでいるらしい。
 ずっと持ち堪えていたトウカイ王国が三年前に滅ぼされてしまった。共和国は既に天軍と隣り合っており、侵攻を食い止める存在はない。長く険しいタテヤマ連邦が大規模な進軍を妨げているけれど、前線では何度も天軍との争いが起きている。

「しかし、併合する意味合いが分かりません! 私たちは国家の柱となるべく高度な教育を受けています。ですが彼らは雑兵でしかない。私たちが彼らと合併しても何のメリットもありませんよ!?」
 幾ら政治的問題であったとして現状の通達が秀美には正しいとは思えなかった。多くの騎士を輩出するエリート校に対し、武道学館は武術大会に名を轟かせているだけ。前線で戦う騎士という表舞台に人材を輩出していない。
「秀美さんの意見はまさにその通りです。ですが、思惑は別の所にあります」
 声を張る秀美とは対照的に恵美里は落ち着いていた。どうも彼女は共和国議会の意図を察したようである。

「メリットは武道学館側にのみ存在します」
 役員たちは知らされていた。具体的な内容はまだであったけれど、議会が全体の底上げを図っているのだと。
「恵美里ちゃん、それって一般兵の増強ってことかな?」
 意見したのは宮之阪舞子《みやのさかまいこ》である。彼女は附属中学からの進学組であり、恵美里や玲奈と付き合いがあった。
「舞子殿は流石だな。私もそう思うぞ。あの豚共は本能的にしか動かんからな。駒にはなっても将とするには色々と足りん。我々と学び舎を同じくしたところで何が変わるとも思えんが、それだけ議会が焦っているのだろうな……」
 舞子の疑問には玲奈が答えた。最前線には歴戦の騎士たちが集結していると聞く。しかし、それであっても食い止めるのが精一杯であると数々のメディアが訴えている。

「玲奈さんの仰る通りです。わたくしの父上も頻繁に前線まで赴いております。ですが、それは貴族の務め。仕方のないことですけれど、それだけ状況は思わしくありません。強大な魔道を操る人材を最前線に配置しなければならない事態となっているのです」
 恵美里が語る生々しい話。それらは全て事実である。実績のある魔道騎士を前線に配置しなければならないほど天軍は脅威であって、また彼らでなければ守護することは敵わないらしい。
「恵美里殿下、七条公爵が前線に赴かれたことには畏敬の念を覚えます。殿下の心中はお察し致しますので……」
「玲奈さん、だから、わたくしは殿下などではないと……」
 玲奈の話に恵美里は首を振る。かといって公爵家の姫君であるのは揺るぎない事実だ。玲奈が殿下と呼ぶことは別に間違いではない。

「この玲奈がどこまでもお供致します。死地へ向かうことがあっても、私は殿下の騎士として戦うだけです」
 ご令嬢が集う私立中学にて二人は出会っている。玲奈自身は決して上流階級ではなかったものの、成績優秀であった彼女は推薦を受けて中学から編入していた。
 一目見た瞬間に玲奈は気付いている。恵美里はそっくりだったのだ。完全に生き写しとしか思えない。髪の色味がブラウンになった以外は前世に仕えていたエミリ殿下と瓜二つ。時を同じくして失われたのであれば、彼女こそエミリが転生した姿なのだと玲奈は確信している。

「まあ、玲奈さんに訂正を促すのは今更感がありますけど……」
「その通りです! 既に六年の付き合いなのですから!」
 周囲からは笑いが漏れている。それはそのはず貴族の家系とはいえ、成人するまでは平民として扱われてしまう。公爵家の姫君といえども未成年は一般人として学生生活を過ごし、仕える者たちと共に学ぶのだ。
「えっと、脱線してしまいましたが、兎にも角にもキンキ共和国は窮地に立たされています。だからこそ末端の兵から底上げをし、天軍に抗う必要があるのです。今回のような処置は全国的に行われる予定とのこと。特に我々の学校は隣り合っていますし、武術と魔道の融合効果を図るテストケースとなっているようです。決まり事ですので生徒会としても理事会の決定に従う所存であります」
 もう恵美里の話に異議は上がらない。誰もが知る共和国の現状には異論など口にできるはずもなかった。

「それではいつから併合となるのです?」
 最初に手を挙げた木幡秀美が聞く。経緯を理解した彼女は施行日が気になったようだ。今日からだと言われたところで従うしかなかったのだが、秀美としては確認したかった。
「来年度の新入生は完全に共学となる予定です。現状の一年生と二年生は様子を見ながらとなるようですね。また急な併合は在校生が困惑する恐れがあるため、本年度から授業以外での交流を始めろとのことです……」
 来年以降の併合を目指す上でやるべきことは生徒の交流に違いない。よってまずは互いを知ることから。未知なるままでは積極的な交流の妨げになるはずだ。
「ちょっと待って下さい、恵美里殿下!」
 どうしてか恵美里の話に玲奈が割って入った。どうにも聞き流せない話があったらしい。
 その理由は明らか。話にあったアネヤコウジ武道学館が一八の通う高校であったからだ。
「玲奈さん、どうしました?」
「私は断固反対です! 忠臣として献言いたしますとアネヤコウジ武道学館はとても同盟を結ぶに値しないと思われます! やつらは信用なりません。欲望のみに忠実なケダモノなのですから!」
 再びどよめく生徒会役員室。全員が武道学館生に良い印象は抱いていなかったものの、玲奈の話はまるで彼らが魔物であるかのような内容である。

「玲奈ちゃん、流石に言いすぎじゃない? 男子校だからある程度は仕方ないと思うけど。それにもう決定していることでしょ?」
 中等部からずっと同じクラスであった舞子が慣れたように諭した。だがしかし、その程度の指摘で意見を覆すような玲奈ではない。
「舞子殿、本気ですか!? あの軍勢を甘く見てはなりません。基本的に魔道士である我々の戦力では一瞬にして蹂躙されてしまいますよ!」
「蹂躙って大袈裟な……」
「事実です! 共同戦線を張った直後からキンキ共和国の出生率が大幅に上がってしまうかと思われます。一人あたり百人は子供を孕むことになるでしょう。あの豚共に倫理観など皆無ですから!」
 とことん極端な玲奈に舞子は思わず噴き出していた。共同戦線から出生率と凡そ学校の合併話とは思えない話に彼女はお腹を抱えて大笑いしている。

「しぃずぅかぁにぃぃ! 玲奈さん、落ち着きなさぁい!」
 遂には恵美里が大きな声を上げた。すると、それまで駁論を続けていた玲奈がピタリと黙り込む。これには初対面であった面々も思わず笑い声を上げていた。
「アネヤコウジ武道学館との併合は決定事項です。具体的な交流方法はこれから話し合うことになります。キョウト会からは大々的なフェスティバルが相応しいと通達されております。既に両校の境にある壁を撤去することになっていますし、あとはどうやって親交を深めるかが問題なのです」
 合併は理事会だけでなく、共和国議会の意向である。貴族でもない一般生徒である玲奈が幾ら口出ししようと覆るものではない。

「殿下、壁を取り除くなど愚策です! それでは防衛力に不安を覚えます。みすみすと陣地を解放するなどあり得ません。どうかご再考願います!」
「決定事項です! よろしいですね、玲奈さん?」
 玲奈の進言は即座に却下されてしまう。ぐぅと可愛らしい声を漏らし、玲奈はシュンと肩を落とした。

「玲奈ちゃん、大丈夫だって。学校の守りには貴方がいるじゃない?」
「ぐぅぅ、舞子殿。分かりました……。不肖ながらこの玲奈、命に代えても殿下をお守り致します。私は一騎当千の騎士となりますゆえ!」
「そうそう! それよ! 頑張ってね!」
 恵美里と舞子を除いた生徒会のメンバーは笑いを堪えるのに必死だった。
 簡単に籠絡されてしまう玲奈を見ては可愛らしいとしか思えない。中学時代の名声を皆が知っていたけれど、彼女がこんなにも騎士であるとは思わなかったのだ。

「追って皆様にも行事に纏わる雑務をお願いします。前例のないことですけれど頑張っていきましょう」
 ひとまず伝達事項は話し終えた。今はまだスタート地点であり、確認すべき内容は多くない。
「このあと、わたくしはアネヤコウジ武道学館の奥田生徒会長と会って参ります。軽い話し合いもあるかと思いますので、その詳細は後日お知らせしますね?」
「ちょっと、待ってください!」
 ようやく会議がお開きになろうかというところで、またもや玲奈による横やりが入った。
「恵美里殿下、敵陣に単騎で乗り込むなど正気の沙汰とは思えません! 貴方様など一分も要さず手籠めにされてしまうでしょう。不徳の限りを尽くした恥辱的な行為を強いられるのは確実です!」
 振り出しに戻ったかのような話に全員が苦笑いである。また一貫してアネヤコウジ武道学館を悪くいう玲奈に恵美里は頭を抱えていた。

「玲奈さん、彼らのことを悪く考えているようですけど、許すことも時には大切ですよ? 何があったかは知りませんが、大きな澄んだ心で見てあげてください」
 恵美里の願いであれば玲奈は頷くしかできない。不本意ではあったが、はいっと声を出して了解の旨を伝えている。
「まあですが、性欲が服を着ているようなやつらです。あちらへ向かわれるときには、この玲奈もお供致します!」
 玲奈も同行することで一応の決着となった。玲奈の物言いがなければ数分とかからぬ内容であったが、彼女を納得させるまでには随分と時間を必要としている。

「それじゃあ、あたしもついていくよ。玲奈ちゃんが心配だし」
「助かります。舞子さん」
 アネヤコウジ武道学館へと向かう三人が決定した。ただの挨拶であったはずが、何やら出陣前のような雰囲気。玲奈を先頭にして、三人はアネヤコウジ武道学館へと赴くのだった。
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