オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

幼馴染みの正体

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 春うらら。穏やかな風に舞う桜の花びらも次第にその量を減らし、目に鮮やかな萌葱色の若葉が芽吹き始めていた。
「あー、今日も良い天気だな!」
 大きな屋敷の庭先で大男が背伸びをしている。
 彼の名は奥田一八おくだかずや。小さな頃から幾つもの大会を制す有名な柔術家である。一八は由緒ある奥田魔道柔術道場の倅であり若き師範代でもあった。

「若様、今日は早めの切り上げですね?」
「今日から学校だからな。そうじゃなきゃ、お前たちが起き上がれなくなるほど稽古してやるのに……」
「いや、今日が始業式で良かったです! 若様、私は朝稽古の続きがありますのでこれで失礼します……」

 そそくさと退散する道場生に一八は薄い視線を向けている。
 一八は転生者だ。前世は災厄とも呼ばれたオークキングだが女神マナリスの加護により彼は人族への転生を遂げている。現在は高校三年生となったところ。チキュウ世界にあるキンキ共和国で一八が生を受けてから既に十七年が過ぎていた。

「朝っぱらからむさ苦しい顔を見せるな、一八!」
 輝く朝日に目を細めていた一八はふと声をかけられていた。だが、道場のある敷地内というわけではない。その声は垣根の向こう側から届いている。
 胴着を着込んだ少女。長く美しい黒髪を後ろで結えている。肩に竹刀を置く彼女は一八もよく知る人物だ。
「玲奈……」
 低い垣根越しに話しかけた人は隣人であり同級生。彼女はいわゆる幼馴染みである。

「如何にも私が美人且つ最強の魔道剣士である岸野玲奈だ。朝から眼福だろう?」
 凛とした表情で一八に返したのは岸野玲奈きしのれいなである。
 玲奈もまた転生者であった。前世はベルナルド世界にいた女騎士レイナ・ロゼニアに他ならない。
 どういうわけか玲奈の希望は叶っていなかった。オークキングと出会わない人生を望んだ彼女であるけれど、出会わないどころか今や明確に隣人である。

 魔道柔術界のトップに君臨する奥田魔道柔術道場と同じく、玲奈の実家である岸野魔道剣術道場もまた世界に轟く名声を博していた。隣り合う二件の超有名道場のせいか、この近辺は武道家通りと呼ばれている。二つの道場は歴史も実績も文句ない名門中の名門であった。

「まったく、あの女神殿は本当に抜けておられる。私の希望はどうなったのだ? 現世では貴様と会わぬようにと間違いなく願ったはずなのに……」
 前世の記憶を引き継いだ玲奈であるから現状には納得がいかない。チキュウ世界も確かにマナリスの担当であると聞いたのだ。異なる女神の管轄であれば仕方ないと割り切れたものの、転生したのは聞いた通りにチキュウ世界。前世最後の落雷と同じように彼女がやらかしたとしか思えなかった。

「あの女神に願いを叶える能力がなかったのだろう。俺は人族にこそ転生できたが少しもモテないぞ? ハンサムにしてくれと間違いなく頼んだというのに。まるで叶ってねぇよ……」
 天を仰ぐように両手を拡げる一八。ところが、玲奈は眉根を寄せる。彼女にはそれが事実であると思えなかったのだ。
 ククッと悪戯に笑うと玲奈は垣根越しに一八の肩をポンと叩いた。

「何を言っている? 貴様の願いは叶っているぞ?」
「ああ? どのあたりが叶ってるというんだ? 俺の周りには男しかいねぇぞ?」
 仕舞いには大笑いをする。玲奈はてっきり一八も気付いていると思っていたのだ。
「何だよ? 何がおかしいってんだ?」
 一方の一八はまるで分からなかった。ハンサムであれば少しくらいはモテるはずと考えていたのに。公立の中学を卒業してからは男子校である。現状は女子との会話すらなくなっていた。

「貴様の名前だよ。それがハンサムってことだ。貴様の親父殿は奥田三六《おくださぶろう》だろうが?」
「ん? 名前だと? 親父の名前とどう関係がある?」
 まったく理解力のないオークだと玲奈は溜め息を漏らすが、笑わせてもらったお礼か彼女はその理由を口にする。
「18は36の半分ってことだ。つまりは半《ハン》36《サム》。良かったな? モテモテじゃないか」
 謎は解明されたが一八はピタリと動きを止めていた。しかし、徐々に沸き立つ感情が腹の底から込み上げてくるのまでは止められない。

「ダジャレかよ!? あんのクソ女神め! 今度会ったらただじゃおかねぇぞっ!」
 怒りを露わにする一八を見るのは玲奈の大好物だ。前世での恨みが少し晴れたような気がする。現世と前世は異なる世界線だと分かってはいても。

「ちくしょう、高校も男子校だしモテるはずがねぇ!」
「ワハハ、それは貴様の学力が前世の豚から進化していないだけだ! その点、私は文武両道。騎士に最も近いとされるエリート高だぞ? 野豚が集う野蛮な高校とは違うのだよ!」
 事あるごとに玲奈は前世の話をする。一八は既に人族であって彼自身はオークであったことなど振り返ることすらなかったというのに。

「今となってはオークとしての生き方が人族にとって最悪だと分かる。しかし、あの頃の俺には欲望に抗うなんてできなかった……」
 前世の罪を一八は理解していた。けれど、それは女神マナリスが語ったように役割を全うしただけである。

「ふん、まあそれは私も分かっている。だがな一八、生憎と記憶は消せないのだ。私の心に残るあの光景は今も焼き付いたままなんだ……」
 玲奈の話に一八は思った。もしも記憶の引き継ぎがなかったのなら。しがらみさえなければ、普通の幼馴染みとして仲良くできたのではないかと。

「俺にとっちゃ何のメリットもなかったな……」
 溜め息混じりに漏らす。人族への転生に後悔などなかったけれど、それ以外の願いは叶っていないし、唯一ともいえる異性の知り合いは前世にて因縁がある玲奈なのだ。

「ん? 何のことだ?」
「ああいや、気にすんな。単なる独り言だ……」
 救いは玲奈が現世を満喫していることだった。転生当初は新しい世界に戸惑っていた彼女だが、今は剣術や魔道だけでなくアニメやマンガといった異文化までもを趣味としている。そういった点においては一八よりもずっと上手くチキュウ世界に順応していた。

「それで一八、貴様は進路について考えているか?」
 ふと妙な話になった。挨拶だけかと思いきや意外にも玲奈の方から話題が向けられている。しかも雑談とはほど遠い内容だ。
「進路? 俺には柔術しかないからな。推薦がもらえたら大学に行くかもしれん」
「はぁ? 貴様は騎士を目指さんのか? 無敗の柔術家なのだから、クソ馬鹿高校とはいえ試験に合格できるかもしれんのだぞ? 我がキンキ共和国は存亡の機にある。戦える者が戦地に赴き、天軍の侵攻を食い止めなければならんと思わんか?」
 マナリスの話にあったように文明は発展を遂げていたけれど、チキュウ世界でも人族は窮地に立たされていた。

 天軍とは神を名乗る天主《あまぬし》たちが支配する国である。天主は概ね羽の生えた人型をしており、本を正せば魔人であるらしい。
 天軍はチキュウ世界の北側から侵攻し現在は大陸の半分を占拠している。今もなお人族に対して宣戦布告したままであった。

「お前こそ進路を間違っているだろ? 中学時代は無敗の剣士だったのに、どうして剣術科がない高校に入った? お前の魔力であれば魔道科でも問題ないだろうが、玲奈の本領は剣士だろ? もったいねぇと思うがな……」
 一八が語るように玲奈は中学時代は無敗の剣士であった。数多寄せられた推薦を全て断り、どうしてか玲奈は剣術科がない地元のカラスマ女子学園に進学している。

「別に剣術は家の道場でもできる。それに騎士学校は剣術科を受けるつもりだからな。高校は騎士として選んだだけ。世界線が異なろうとも私は彼女のそばにいる……」
 いまいち判然としない話である。しかし、一八のように家が近いという理由で進学したわけではないらしい。

「別にいいけどよ。俺は全国大会で無双するお前が見たかっただけだ……」
 じゃあなと一八は去って行く。始業式から遅刻するわけにはならないと。それでなくとも朝稽古でお腹が減っている。どんぶり三杯は掻き込まなければ満たされないのだから時間は少しでも惜しいところだ。

 一人庭先に残された玲奈。しばし一八の話を思い返している。大会に参加しなくなってからもう二年以上が過ぎていたというのに、なぜに今になって彼がそんな話をするのか分からなかった。

「まあ私の剣術は華麗すぎるし、何より私は超絶美少女だからな。一八が見たくなるのは当然のことだ」
 見当外れな解答を導き玲奈は納得した様子。彼女もまた大飯食らいであるために無駄な思考を止め、朝食を取るために家へと戻っていく。

「母上、今日の朝ご飯は何だ?――――」
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