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3 人助けは勇者の十八番
第4話 加護も良し悪し
しおりを挟む馬車の中は居心地が悪かった。
山道ががたがたで、小さな馬車が揺れるせいでもある。朝食直後なら、お気に入りの食事がひどい有様で陽の目を見るところだった……。
そんな心配が真っ先に浮かぶところをみると、前は食後にすぐ動いたら具合が悪くなる体質だったらしい。寝なきゃ体に悪いとか腹を出したら風邪をひくとか、こういった忠告がよく、脳内に浮かぶ。
それ以外に知る伝手のない以前の自分と比べ、この体は多少どころじゃなく無理が効いた。
刀で切られても矢で射られても平気だ。それでも用心はしておくもので、山賊退治という腹ごなしをしっかりしたおかげか、今のところ馬車酔いは避けられている。
本当は乗り物酔い抜きでも、歩いて村へ戻りたかった。
パンと卵は切らしても、もう一週間は空腹にならないだけの蓄えはある。干し芋に、炒った木の実を数種、瓦みたいに固いクッキーと、おせんべいが鞄に入っている。
まあ、歩きでいいとか言っていられるような状況でもないもんな。
度重なる被害の知らせを受けて、村には警ら隊が駐留している。街道を見回っている警ら兵たちに言って、とっとと鉄格子の向こうへ山賊どもを放り込んでもらわなくてはならない。
それに、身動きできないように縛られた連中が飲まず食わずで転がったままにされていたら、同じく飲まず食わずの野獣に襲われるかもしれない。
動物に変なものを喰わせて、腹を壊させても悪い。というか、誰かが縄抜けして逃げ出さないとも限らないし。
今さら逃げ出せそうにない馬車の窓の外は、いいお天気だった。寒くもなく暑くもなく、ちょうどいい気温だ。歩いたら気持ちいいだろうな。
昨日もそんなことを思っているうちに、先へと行き過ぎてしまっていたんだろう。
澄んだ空気の中に青い峰が誇らしく立ち並び、鳥が歌い、風がそよぐ。せっかくの人気がない寂れた山道に、魔物たちより遥かに見劣りする見苦しい輩がうろつくのは許せない。
どうやら相当に険しい顔をして、馬車の窓から外を見ていたらしい。向かいに座った少女も居心地が悪かったようで、こちらを見ないように深く顔をうつむかせ、肩を震わせる。
吐くのか?
最悪の事態が頭に浮かび、思わず身を引いたが、すぐに嗚咽が聞こえ出した。
肩を震わせているのは、泣くのを必死にこらえていたからか。それでもこらえきれなかった涙が次々とひざに染みを作り始めると、少女はいよいよ本格的に声を上げて泣き出した。
「ごめんなさい! わたしなんか、助けなくて、よかったんです! もう帰れないのに……なのに、一緒に来てほしいなんて言って。ご、ごめんなさい! 迷惑かけちゃうのに!」
どうしたと聞く前に泣いている理由を語ってくれてはいるが、それは見当違いだ。
代わりに馬車を走らせようかと申し出たせいで、御者のおじいさんと前か後ろかで押し問答になったのを見て、こちらが嫌々この騒動の後始末を引き受けたと勘違いしているらしい。
馬車の狭い車中で、知らない少女と二人きりが嫌なのは、確かだけど。
なんとなくで、少女の事情は飲み込めた。この子は自分の立場をよく分かってはいるが、自分の置かれた状況を知りもしないのだ。
「わたしなんか」を涙声で繰り返し、少女はまだ泣いていた。何がそこまで己を卑下させているのかも察しが付いたが、その分この状況がさらに嫌になって、ため息が出そうになる。
とっさにそれを飲み下し、こっちが黙っているのがいけないようだと口を開いたら、もっと泣かせそうな嫌なことを、この口が言っていた。
「自分なんかと言うんなら、死ぬより嫌な目に遭えば良かったのか? それともここで馬車から飛び降りて、今から本当に死ぬのか? どっちにしろ迷惑だよ。今までの自分は死んだと思って、ここからやり直せば良いだけだと思うけど」
転生なんかしなくたって、一から始めることは出来る。そんなことも分からないのか。
は、言わずにやめた。
これからどうしたらいいのか分からないから泣いているのを分かっていた。この迷惑千万な事件に巻き込まれたいら立ちをぶつける相手も違う。
何と言ったらいいんだろう、こういう場合は。いや、これ以上しゃべらない方がいい気がする……。
こっちの沈黙と同時に泣くのも止まった。
すぐには止められない嗚咽が小さく聞こえてはいたが、少女は顔を上げて、こちらを見つめる。視線をそらして外を見たが、窓ガラスに懸命に涙をこらえようとする少女の姿が映っていた。
涙で濡れた頬は赤く、開いた口は、なにかを言おうと小さく動く。見開いた目からは次から次へと瞬く間に涙があふれて、さらに上気した頬を伝った。
鮮やかな色の瞳を初めて見た時は、なんか入れてますかと、困惑の突っ込みが頭の中で上がったものだ。青も緑も桃色も、銀も黒もこの金も、いくらかは見慣れてはきた。
この世界ではごくありふれている紫色の瞳が、宝石のような輝きを灯す。そこには窓越しの、剣呑とした己の顔が映っていた。
あ、これやった。やってしまった。
これについては後で気付くのだから質が悪い。厄介なことになるぞと覚悟した途端、少女が声を上げて泣き出した。涙を肩掛けでごしごしぬぐいながら、叫ぶように言う。
「あ、ありがとう、ございますっ。ありがと、ありがとうございます! わたし、わたしっ、絶対がんばります!」
いや、お礼されるようなことは何もしていない。ただ単に、しくじっただけだ。この朽ちない器に備わった要らない特性を、つい忘れる自分のうかつさが心底嫌になる。
魅了は意図して使ってない。少女の紫の瞳を数秒も見つめてはいない。
なのに『愛されしもの』の加護は、勝手に発動される。なぜならこの子には目の前にいる者が、勇者であると知られているからだ。
そしてこの世界での勇者のお言葉とやらは、どんなに身勝手でひどい内容でも、ありがたがられてしまう。誰もそれに異を唱えることをしないし、しようと思うことすらもない。
要らない加護を贈り付けるなよ。
これまでに何度も思った愚痴を心の内で吐き、目を閉じる。
人嫌いの人違いにとっては、慕ってくる者を無条件で僕状態にする体質に万人を魅了する瞳とか、もう完全に、呪い以外の何物でもない。
「ゆ、勇者さまに、助けてもらえたこの命、大切にしますっ!」
ああ、それは良いことだね。
「かならず、かならずっ! 恩返しいたします!」
いや、それはいい。そっとしておいてくれれば、それが恩返しです。
窓枠にひじをついた左手で両眼を覆い、少女のまなざしから顔を隠した。深くかぶった頭巾と伸びすぎた前髪だけでは、期待のこもった目線を遮るのには足りない。
あーあ、山賊引き渡すだけじゃ済まなくなった。全部片付けてしまわないと、絶対ややこしいことになるぞ。
厄介な問題を自らばら撒いてしまった。そう悔やんでいる間にも、村というにはなかなか活気のある人里へと、馬車は無情にも向かっていた。
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