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7 駆け出し勇者と深き森
第15話 神話対伝説
しおりを挟むやっぱり。まずいものがあるんだな、知られては困るものが。
胴体の付け根というか、三つの首から伸びたヒュドラの胴が合わさって繋がっている場所を目指し始めたら、魔物の動きが変わった。
頭を交互に攻撃に当て、残る二つが妨害や援護に回る。そんな中でも相変わらず青黒いやつだけは、毒のよだれをたらして、こちらを喰らおうとしてはくるのだけれど。
不味いよ。不朽の体の勇者なんか食べられるものじゃないよ。お腹壊す前に神剣で、胴を切り裂かれちゃうよ。
何か余裕があるわけでもないのだが、大怪獣と独りで戦うという、とんでもない状況を前にしてか、ふざけたことしか頭に浮かばない。
己が何者であるかの記憶は寄越してくれない代わりに、地球で得た知識を披露してくる、知らない自分。
心の声は、地球の日本では作り物のなかでしかあり得ないこの状況を。ヒュドラの頭を斬って落とすの繰り返しが、非常にまずい事態を呼ぶかもしれないと告げてきた。
うん、分かってる。嫌な気配がしている。怪物の全身から、こちらの足元から。
背中から邪魔者を払おうと、のたうつ長い胴。そこを蹴って跳ぶ。
左から突っ込んでくる腹ペコを神風で斬って、跳ね退ける。巨大な蛇の頭が飛ぶ尋常でない光景をこれで何度この目にしたのか、数えてはいられない。
宙で体を右にひねる。森の梢を吹き飛ばし、右下から伸び上がって来る紫のをかわす。そいつの鼻先に降りたら、でこぼこの頭上を走る。
さすがに仲間の、自分の別の頭に頭突きを入れるわけにもいかないのだろう。赤紫のは銀の目を、こちらに向けて並走した。
蛇というより龍を思わせる大小のとかさかで武装した頭が、風を巻き起こしながら大きく振られ、こっちの頭上を取る。
あごが、がら空きだって。
「斬る」
紫の胴の上で急停止し、上へと神剣を振るう。放った神風は赤紫のヒュドラの頭の口先を、軽やかに落とした。もう一度白い刃を振り、望めば斬れる力をのせた風で、赤紫の太い首を一刀両断する。
危ない!
下から突き上げる衝撃に、紫のヒュドラから飛ばされかける。白い刃をやつの首元に刺し、踏ん張る。
紫のヒュドラが鳴いた。耳障りな叫び声に、こちらは歯を食いしばる。至近距離でのこの雄叫びは辛い。
魔物の胴を蹴る。波打つようにして大きくうねる大蛇の体を、突き立てたままの神剣を握って、滑り降りた。
地面に横たわってうねる胴へと降りたら剣を引き抜き、そこを駆ける。尻尾に向かって。
森の木々に邪魔されて、行き先は見通せない。
茂みや立木も押しつぶして蛇の胴体がうねる様は、斬り付けられた痛みからというよりも、傷が再生していく速度に合わせて踊っているかのようだ。神剣の傷が何の痛手にもならなかった紫のヒュドラの胴は、緑の合間に先へ先へと見え隠れしている。
まさか、この胴体。どんどん伸びていってるわけじゃないよね? 走っても走っても、尻尾にたどり着けないんですが!
真後ろから飛びかかってきた青黒いのを、跳び上がってかわす。体を回転させながら木の幹を避け、その動きを利用して、剣を真横に振るった。
使おう。そう考えるだけで、神剣の柄にはまった鈍色の輪っかが、朱に染まる。
これも、いつの間にか使えるようになっていた。魔植物の根っこを、みんなが避難するまでの時間稼ぎにしっかり断ち切らないとと思ったら、火の魔法を放てる輪っかが赤く光ったのだ。
火事にならないようにはもちろん、こっちは木を一本たりとも切り倒さずに何とか済ませられないかと思って、色々考えてんのになあ。
何も気にせず、大樹の枝葉を枯らし、それを撒き散らして襲い来る腹ペコへと放つ。火焔の神風を。
首と胴の切り口から炎が吹き上がり、青黒い頭が牙をむいたまま、上空へと飛んだ。炎が生み出した風圧に襲われ、こちらも生い茂って重なる枝葉に背中から突っ込む。
頑丈な勇者の器を受け止めてくれた広葉樹に、礼を言う間もなかった。
失敗だ!
枝に背中を押し付けるようにして丸まる。しなった枝の反動に合わせて今度は体を伸ばし、その場から跳び出して離脱する。
飛んだはずの首が引っ付き、ほぼ元通りに再生した青黒い頭の側をすり抜けると同時に、やつが毒を吐いた。
大きく枝を広げた木が毒液を浴び、もうもうと煙を上げる。こちらの体から舞い落ちた木の葉が生ぬるい風に煽られ、白く変わっていく。煙は溶けて黒く変色した枝と木を呑み込み、すべてを塵に、無にしていった。
宙へと儚く消えて、すべては目に見えなくなる。
目に見えなくなったものへ瞳を向けたまま、樹上を擦ってせり上がって来ながら大口を開ける赤紫の頭を、宙返りしてかわす。
ぎりぎりで奴の鼻先を避け、頭の後ろの方に乗る。とさかに片手でしがみつき、体を密着させた。
こちらを見失ったヒュドラたちが、三つの頭を小さく揺らす。
小さくとはいえ、人には結構な振り幅だ。神剣を片手にしていると、しがみつくのも難しい。棚のように張り出した大蛇のとさかの隙間に、足をねじ入れた。
赤紫の頭が振り返る。こちらはまた、くすぶりながら溶けていく木へと近付いた。
失敗だったな。火の輪っか。
地球の神話では、斬っても斬っても生えてくる頭の切断面を次々にたいまつで焼き、再生出来ないようにして倒していた。
同じ名前だからといって同じ倒し方だとは思ってはいなかったが、逆効果になるとまでは考えてなかったな。
火焔の神風で斬った青黒いやつの再生は、それまでよりもかなり速かった。火にあぶられることで塵に早く変わり、それに応じて再生する速度も上がるらしい。
そして、毒。
猛毒で溶かされたものは、すべて塵や煙と変わって、そののち見えなくなる。形を失い空気に溶け込んだそれらは、純粋な魔力へと変化して、そこら中に漂っているのではないのか。
辺り一帯に漂う魔法の力は、ヒュドラの再生と巨体を維持するために、三匹分の大蛇の頭を持つ魔物へと吸収され続けているはずだ。
そうやって、辺りの木々などから奪って取り込むのとは比べ物にならない速度で魔力の吸収を可能にしているのが、きっと、あの毒だ。
つまり、斬れば斬るだけ、ヒュドラは強くなる。
ヒュドラから変わった塵が周囲の魔力を吸う。その時に、森を毒で溶かして撒き散らした分も大量に一気に取り込むことで、伝説の魔物はさらに巨大に際限なく成長していくという仕組みだ。
きりないな。ここまで再生し続けるものを作り出して何しようとしてたんだ、昔の人。
とにかく、胴の繋がった部分へと向かうべきだ。なるべく次からは首や体を傷付けないよう……見つかった!
青黒いやつに、赤紫の背後へ回り込まれた。
こいつは本当に空腹らしいな。自分のもうひとつの頭であることを忘れてか、こちらに向かって大口を開け、突っ込んでくる。
牙をむく分身の頭に気付いた赤紫のは首を大きく振って、避けた。こちらの足が浮き、たまらず神剣をヒュドラの硬いとさかへと刺し貫いて、それを頼りにぶら下がる。
振り回された体が空を切る。宙を喰らった青黒いのは、自身の攻撃をかわしたもうひとつの自分の頭に、食って掛かった。
口を開け、黒く長い牙を見せて威嚇する反抗的な己の別の首に、赤紫が頭突きを喰らわせる。
寸前で頭を蹴り、そこを離れた。ヒュドラの頭同士がぶつかった衝撃のすさまじさは、空気をも震わす音を聞くだけでよく分かる。二頭が反動でのけぞるのを横目に、神剣を振る。
縦にまっすぐ。下から伸び上がって来る、紫のを叩き斬る!
紫の鼻先に触れた白い刃はなめらかに、巨大な魔物の頭を斬り開いていく。
意識してなかったが、刀身だけでは足りない範囲を斬るために神風も放たれているらしい。刃の両面から放出された見えざる風が上下左右に吹いているようだ。
斬った側から紫のやつを塵に変えていく。その塵の流れが、神風の軌跡か。塵はまた、空気に溶けていった。
強くなろうが、しょうがない。それでも倒す。倒す方法を見つけるまで、伝説の魔物に付き合おうじゃないか。
前転して、切断面の間を抜ける。神剣の斬撃の跡をたどるように塵が噴き上がる。
逆さまに見た光景は圧巻だ。塵に変わりゆく紫のやつの首の向こうから、赤紫と青黒いのが飛び込んでくる。並んだ二頭は大きく口を開け、我先にと、こちらを呑み込まんとした。
赤紫のは白く太い牙が生えている。青黒いのと違って折り畳めたりはしないんだな。短めの舌は見た目からざらざらとしていて、猫とか犬っぽい。
ぼんやりと、そんなことを考えながら、横一線に神風を放った。
互いの頬を擦って迫って来ていた頭が、首を斬られて左右に飛ぶ。その頭上から縦真っ二つになった首をひっ付けて再生したばかりの、紫のやつが向かってくる。
ガラス玉としか思えないその目で、世界はどんな風に見えているのだろう。繊細な様相の目玉と違い、ごつごつとした頭と首の、まさしく怪獣な姿をした紫のやつに背を見せるようにして、体を前へと向けた。
逆さまの世界から、上下を元に戻す。首を落とされたからなのか、ぴたりと動きを止めた赤紫のやつの胴に降りた。
これ、あれは出来るのかな。
赤紫の体に添わせ、紫のヒュドラが追って来た。足元の蛇の胴が動き始める。赤紫のも青黒いのも、また活動を始めた。こちらがどこにいるのかを、再生したばかりの銀の目や黄色い舌で探っている。
紫の頭に追われ走る。赤紫のやつは自身の胴の上で駆ける小さいやつに気付き、元に戻った頭を振って、こっちへ向かってくる。それを感じてか、青黒いのも頭ひとつ分遅れて動き出した。
背後を確認し、ヒュドラの胴を跳び下りる。久々の大地へ。森の中を駆け、身を寄せ合うように生えた木の合間をすり抜け、鋭角に曲がって元来た方へ、赤紫のヒュドラの胴へと走る。
背後から迫るのは木々をへし折り、追って来るヒュドラの三つの頭。
迫り来る紫のやつの鼻先で跳ぶ。上に跳んでかわした鼻先へ下りる。そこからすぐに身を返し、鼻から頭の上を背へと走って、また下へ跳ぶ。
紫のに追い付き、樹木を跳ね飛ばして出て来た赤紫の前に降りる。赤紫はもちろん、目の前を駆け出したこちらを追う。伸び上がっていた紫のやつの腹の前を通り、向こう側に抜ける。
前をふさぐ茂みを跳び越えようとしたが、そちらから青黒いのが飛びかかって来るところだった。側の倒れかけた立ち木の幹に跳び、そこを蹴って、斜め前の赤紫の胴へとのる。
背後で木が砕ける音が上がった。青黒いのと赤紫をしたヒュドラの胴が当たり、固いうろこが耳障りに軋む音を響かせる。
それでも追いすがって来る青黒いのと、赤紫の頭。奴らを引き連れ、立ち上がった状態の紫のやつの胴を回り込む。紫のは、ちょこまかと走る勇者と別の頭二つをガラス玉の目に映して、首を下へと突っ込ませてきた。
あーーあ、だめか。
鉢合わせしてしまったヒュドラたちは、互いへ文句でもつけるように口を開けたり、別の首を押しのけようとしたりと、その場でごちゃごちゃと頭を突き合わせる。
大蛇を結んで絡ませておけるかな、と思ったんだが。もうちょっと上手く立ち回らなくてはいけなかったようだ。
まあいい。奴らがもめている間に、こちらは少しでも距離を稼げればいいだけだから。
もめている三匹の大蛇の頭をその場に残して、一気に加速する。大きなとさかを避けるために跳び、その勢いのまま次々と、胴から突き出た障害物を越えて、さらに走る。
気付いたヒュドラの三つの頭は追って来る。胴は右に左にと転がり、こっちの足元をすくおうと、もがく。そのたびに軽く跳んでを繰り返し、ただ駆けた。
ヒュドラは魔力を喰らいたいだけ喰らって大きくなった分、胴を急激に曲げたり、頭を方向転換させる時などのすばやさは落ちてきた。
巨大な体を伸び上がらせてそらし、腹を見せて立ち続けるのも限界が来ているようだ。初めに見た時は樹上に高々と出ていた頭も、そこまで空を衝いてはいない。
弱点であるかもしれない胴の繋がった部分を目指し、ただひたすらに走る。巨大な三色の頭が追い付くよりも先に、振り返っては、望むものを斬れる力をのせた神風を放った。
充分に距離を開けておいて、頭を交互に落とす。それを何度か繰り返すうちに前方に、大きくうねって転がった胴の向こうに、やっと見えた。
木々の合間に見える壁。揺れる枝葉の向こうにある岩壁のようなものは、わずかにその身をきらめかせ、動いていた。
神殿で斬った石に似ている。黒曜龍石、だっけ?
この世界ではかなり固いとされている石に似た、黒光りする大蛇の胴。大きさから来る威圧感は、救世主降臨神殿の岩山を思い出させる。あちらは白っぽく、こちらは真っ黒だ。色つやは、森の民からもらったあめ玉にも似ていた。
のたうっていた大蛇の上から木々の向こうへ、ヒュドラの大元であるらしい、丸い胴に向かって跳ぶ。
斬るのはわけないはずだ。実際に比較すると、王都の中央にそびえたつ一枚岩のあちらに比べたら、こんなもの、そこいらの石と同じだ。
迫り来る三匹のヒュドラの頭を背中で感じつつ、白い刃を斜め上へと振り抜いた。
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