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7 駆け出し勇者と深き森
第10話 始まりは祭り
しおりを挟む丸っこくて可愛らしい緑の丘の手入れされた小道を上ると、森番小屋の前に、ギルウェイ係長が待っていた。開いた戸口の前に立ち、見張りと留守番を引き受けて。
ここには採取の状況や密猟の疑いがないかなど情報収集や報告のために森番の三人をたずねて、しょっちゅう立ち寄っているそうで、係長には、こちらを見に行ってもらっていた。
手合わせもしたし、自分で深き森へと送り出したのだから、三人の顔や姿はいくらか覚えている。森番たちが祭りの会場へ出掛けていることも考えて、そちらを見に行くのは我々ということになった。
それでシュリッキ隊長を連れ、人ごみでごった返す広場へ仕方なしに向かったら、とんでもなく危ない目に遭うところだったというわけだ。
「それで、お話とは? 何かまだ、先発隊の仕事が残っているのかしら。危険のない、祭りの会場で?」
小屋の中の椅子にひとり腰を下ろし、アデリア・オーレリンと名乗った魔術師は、シュリッキ隊長へと顔を上げた。よく似た姉のルクリアと違い、つんと尖ったあごが上がり、彼女がこの場を取り仕切っているかのような雰囲気を醸し出す。
紳士的なギルウェイ係長が引いてあげた椅子に、足を組んで腰かけている妹へ、ルクリアは笑みを向けて言った。
「あなた、また、お腹空かせてるでしょ? ちゃんと食べなさいって。ただでさえ魔力の調整が出来てないんだから。ちょっと待ちなさいよ」
さっさとこの場に背を向けて森番小屋の奥へと歩んだルクリアは、簡素な台所が付いたそこで戸棚からパンを取り出し、軽食の支度を始めた。
「ちょっと! 出来ないですって? この私が、私の魔力調整がおぼつかないみたいなこと言わないで! お菓子ひとつ食べたわよ!」
子どもみたいな言い訳を身を乗り出してするアデリアに目を白黒させながら、弓術士の少年は彼女と、こちらをうかがった。その背後の元剣闘士も、こっちの様子を気遣わしげに見てくる。
小屋の中で椅子に腰かけているのは青紫の髪の魔術師一人だけ。一応の救世主であるこちらが立ったままでいるのは良いのかとでもいうのだろう。仲間候補であった二人が気にしていることをあえて無視し、側の戸棚に体を寄せた。
部屋の中で身を隠しているとか意味が分からないが、存在は消しておいた方がいい。
まだ、水魔法がとんでもない威力の魔術師とギルウェイ係長には、こちらの正体がばれてはいないようだから。
台所では、妹のおやつを姉が手際よく作っていた。切り分けたパンへと薄切りにした固いチーズを載せ、それの上に砕いた木の実の粉らしきものを振りかけると、もう一枚のパンで挟んだ。
皿の上のパンに、ルクリア・オーレリンは、その手をかざす。
「炎の燈火よ」
軽やかな炎が一瞬、皿の上で吹き上がり、パンを包んだ。すぐに消えたその炎は、こんがりと良い焦げ具合でパンを色付かせる。香ばしい香りが室内に広がった。
難しいんじゃなかったか。この初級の火の魔法で、食べ物をいい感じに焼いたりするの。
「火までおこしてる暇ないから悪いわね。はい、さっさと食べなさいな」
ぶっきらぼうに片手で差し出された皿を、アデリアが険しい顔で見る。妹が何かを反論する前に、姉は忠告した。
「お腹が鳴くわよ。私は聞き慣れてるからいいけど」
言葉に詰まり、うなったアデリアは渋々、皿を手に取った。パンをひと口、ちゃんと妹がかじったのを確認してから、ルクリアはシュリッキ隊長と、その後ろのこちらへたずねる。
「今のうちに腹ごしらえしておいた方がいいんでしょ? 話っていうのは」
ここに勇者が、王立の捜査機関の研究室長と森林組合採取係の係長を連れて現れたのだ。深き森に何かが起こる、すでに起こっているのだと気付かないようでは森番は務まらない。
勇者が要らぬ騒ぎを嫌がっているということも察知してくれたみたいだ。それが普段の調子であるらしい、ぶっきらぼうな口調と態度で森番の魔術師がたずねたことに、王立の捜査機関の研究室長が答えた。
「そうそう、そうです。大変なんですよ。魔物が復活しちゃってるかもしれなくて」
まったく深刻でない口調で思いっ切り深刻な話題を、シュリッキ隊長は笑顔で話す。
「伝説の、いやもう神話級かな? 聞いたことあるでしょ、ヒュドラ。切った頭が再生する、大きな蛇の化け物ですよ」
蛇、という単語に、あっという間にパンを平らげていたアデリアが、ひどく眉をしかめた顔を上げた。食事時にそんな話題を持ち出すなと、今にも怒り出しそうである。
「もちろん知ってます!」
ロレッシュが、名付け親が同じだというシュリッキ隊長へと身を乗り出した。あちこちで余ったものをもらってきたのか、形がばらばらな椅子の背を両手でつかみ、傾けた体を支えて頭を上げる。
「大きな頭がいくつもあって、斬り落とされた端からまた頭が生えてくる大蛇ですね! 村のお芝居で観ました!」
その時のことを思い出しているのだろう。興奮した様子で前のめりになっている森の民の少年へ、先輩の森の民も机に手を付いて身を乗り出した。
「おもしろいですよね、あのお芝居! 僕も大好きなんですよ。とぐろを巻いた蛇の、伸び縮みするあの仕掛け! ジャバラ草の表皮を使ってるんです。すごいですよね!」
日本でいうなら神楽とか、神事でやるお芝居のことかな。
深き森の歴史にまつわるものを演じて教える伝統芸能みたいなものが、こっちの世界にもあるんだろう。似たようなものとして地球の知識が持ち出した、自分の思い出なのかは分からない記憶の中から、光景が頭に浮かぶ。
夜の闇の中に照らされた舞台。お面を付けた古代の英雄に、角の生えた龍の姿をした大蛇が舞い、戦う姿が。
そういえば祭りのあれ、あれに似てるよな。
「広場の木、あのお祭りも森に関するものですか?」
戸棚の影から、そっとたずねると、すぐ前にいるシュリッキ隊長が振り返った。
「ええ。でも、詳しく説明するなら、いいえ、かな? 元々は、あのとげとげの葉っぱが、畑や住居の獣除けになるということから転じて、厄除けを願うものだったんですよ。一年柊の木は、この王国中どこにでも生えているものですから、あちこちで自然に始まったお祭りだという話ですね」
うなずきながら語られることに、他の者たちもうなずきで答える。ぼーっと、それを戸棚の影から見ているこちらへまた背を向けて、植物の権威シュリッキ室長の講義は続いた。
「一年で葉をすべて落とすから、その名が付いた木にあやかって、一年の厄落としをってことでしょうね。あの子たちは冬の間の限られた日光をより多く受け取るために、新品の葉っぱに衣替えをしているんでしょう。この森の周辺に生えるものだけ、夏の終わりに落とした葉が他の地域のものよりも早く出揃うから、早生柊って呼ばれています」
これは森の民以外には知られていないことらしく、他の地域からやって来た三人が深くうなずく。
王都で生まれ育った姉妹はもちろん、今はひとつの領地内でしか王様に許されていない剣闘士だったフィドルは、先ほどから初耳のことが多いらしく、こちらと同じ回数だけ首を動かしていた。
「全部落ちた葉っぱが見事に再生するってことも相まって、厄除けと同時に、復活と永遠を願うようにもなりました。それで願いを書いたものを吊るしたり、叶えたいことにまつわる品で木を飾り付けるようになったんだそうですよ。ここの地域のは、ひと足早く葉っぱが生まれ変わりますから、早くお願い事がしたいと余所からも人が来るようになったので。あの広場に植えて、そこでお祭りをするようになったんです」
「王都の方でも、あの葉っぱを使った変な催しがあるんだけど。それも、柊の厄除けから始まったやつなのかしら?」
ルクリアが首をひねりながら、誰に聞くでもなくつぶやく。アデリアは姉が言ったことが分からないらしく、同じように首をかしげた。それを見て、ルクリアが思い出を語る。
「ほら。あなたのお友だちのお屋敷の、舞踏会に招かれた時のことよ。お父様が慌てて、あなたをあちこちの花輪の下から引きはがしてたじゃない。忘れたの?」
「人を物覚えが悪いみたいに言わないで!」と反論しつつも、アデリアはその時のことを覚えていなかったようだ。何度も首をかしげ、そんなことがあったか、自身の記憶を躍起になって探り始めた。
シュリッキ室長は、しかめっ面で考え込むアデリアをよそに、にこにこと笑顔を振りまきながら雑学を披露してくれる。
「柊の葉を飾った花輪の下で立っている人とは、問答無用で抱き合って互いの健勝を祈り、それまでの健闘を称えるっていうやつですね。そうです、厄除けの際の習わしになっている地域もあるそうですよ。元は地球の習わしで、勇者さまから始まったものだったかな? ね?」
こっちへ少しだけ横顔を見せて、隊長はたずねる。
なんか楽しんでるな、この人。こちらへ気をつかって正体を隠してくれつつも、周りに手掛かりをばらまいている。昔なじみと王都の魔術師が、どこで冒険者の正体に気が付くかで遊んでいるようだ。
まあ、いいんだけど。どうせ、時間の問題だし。
勇者さまからという言葉に、こちらの頭にも柊の葉にまつわる様々な雑学が思い起こされる。
あの飾り立てられた木は、地球の何かが色々と、ごっちゃになったお祭りの象徴だということは分かった。クリスマスに節分に七夕、地球のあちこちの様々な季節の催しの要素が盛りだくさんに盛り込まれているのが、広場のお祭りなのだ。
「みんな、お祭りは大好きですし。お願い事は、せっかくなら叶えたいものですからね」
大きくうなずいて話したシュリッキ室長はその目を、同じ瞳の色をした弓術士の少年の後ろに立つ、大人の二人へと向けた。
「森の民は長らく、出生や死去、婚姻の届け出をする必要はなかったし、しないでいたんです。代わりにというか、お願い事のついでに結婚の誓いをあの木の下でやっていたので、今でもそこで行う習わしがあるんですよ。邪魔しちゃって悪かったかな?」
音が立つほどに青紫の髪を振り回し、妹が姉へと顔を向けた。アデリアが何かを問いただす前に、平然とした背後の二人に代わって、ロレッシュが答える。
「ああ、それですか! もう大丈夫です、その必要はありません! それより我ら森番の出番ですよね? 僕らに、どんと任せて下さい!」
最後は、こっちを向いて宣言された。
幸いにも、姉の何かを誤解している妹と、昔なじみのせいで話題が飛んでも動じない係長には、森番の少年や室長が誰に何を告げているのかは気付かれずに終わった。
なにしろ本当なら、祭りの雑学を話しているような場合ではなかったのだ。聞いておかなきゃならないことを聞いてみる。
「それで、ヒュドラの退治方法と、それの出現場所については何か、心当たりがあるんでしょうか?」
問いかけにシュリッキ隊長が、本題を今思い出したとばかりに勢い良く、こちらへ振り向く。
「退治方法は色々と、伝承によっても違います。出現場所は、森のどこか、ですね。盗掘者が何を見つけ、それをどうやって運んでいるのか、どうやって魔物を操る気なのかも分かりませんが。一番の可能性としては、彼らは未だ森に身をひそめていると考えるのが妥当です。ヒュドラを復活させるには深き森の豊富な魔力がいると推測されるので。ただし、あれが目指すものについては、確かなことがありますよ」
任せて下さい宣言した時のまま、腰に手を当て背をそらしているロレッシュと同じ格好になると、シュリッキ隊長は告げた。
「ヒュドラは、ここです。ここに来ます。森のほこら、勇者さまの遺物が眠る場所ですね」
え、ここなの?
思わず足元を見る。つぎはぎだらけの木の床だ。同じような木切れを綺麗に並べて接いだ机と遜色ないくらいに磨かれてはいるが、どこにでもある、ただの床だった。
その下に、かつての勇者が、この勇者の器の先住者が遺したものがあるってことか?
森のほこらだろ。森の中じゃないのかよ。
さっき上って来た、可愛らしい緑の丘の姿が目に浮かぶ。
ロレッシュが行方不明の、魂だけのやつに声をかけられたのは、この森のほこらだったと聞いてはいる。両親が森番だった関係で、ここへは何度も訪れていたそうだから、彼が目を付けられるきっかけや機会は、いくらでもあっただろう。
「ここが森のほこらだってことは、森の民でも少数しか知らないんですよ。見張りにうってつけなので、小屋を建ててますから。みんな、それ用だって思ってますしね」
笑顔を絶やさぬシュリッキ隊長は、靴のつま先で床を二回ほど叩くと言った。
「じゃ、行きましょうか。ここにあるものを失くしてしまえばいいだけなので」
ああ、なるほど。そういうことか。
ということで我々はさっそく、丘の内へと向かうことにした。
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