転生勇者は連まない。

sorasoudou

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7 駆け出し勇者と深き森

第2話 変わりものの話

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「おや、めずらしい。ここに顔を出してくれるなんて」


 机の物から目を上げると、研究室長は馴染みの丸顔を、しげしげと見つめた。


「あの件に関してだったら濃縮率を変えるようにと、全職員へ通達してありますよ」


 話が分かり過ぎるのが、この人の難点だ。さっさと展開を予測して先に結論をしゃべってしまうので、並みの者ではなかなか会話が続かない。
 そんな彼のことをよく知っているコアソンは驚きもせず、ただうなずいて言葉を返した。


「はい、助かりました。あなたの検証が早いおかげで他の者は困らずに済みます。あっちの件も、すでに考慮してくださってるんでしょ?」


 話の飲み込みと展開が早いのは、凄腕潜入捜査官もだ。机の上に目をやるコアソンは付き合いの長い室長へと、苦も無く次の質問をしてみせた。
 自分と同じで、先に先にと話を進めるコアソンが何をたずねているのかをすっかり理解して、室長は今さっきまでながめていた物に手を伸ばす。

 小さな皿に載せられた分厚い緑の破片は、植物の葉を切断したものだ。
 これを半乾燥や魔術も使って仕立てた物を数枚重ねて、なめした革に挟み込んだ部品は、叩き付けるだけで相手を捕縛する、拘束具の要として知られている。
 ここにある陶器の白い皿の上に載せられた植物の破片は、まだ青々としていた。葉っぱの端切れを長い指で突き、尖った耳をぴくりとさせて、室長は話す。


「やっぱりちょっと、へたってるみたいですね。素材から弱っているのでは、そりゃあ、ガラス片でも切られてしまいます。ただ、あの場が異質であったという点も、きちんと考えておくのが良いでしょう」


 指先に巻き付いた葉っぱの切れ端は、ゆっくりとその身をほどき、元通りに横たわった。
 皿の上の物へと少し背伸びをして目を向けていたコアソンと、机に屈み込んでいた背の高い室長は顔を合わせた。
 室長との長い付き合いで深き森の不思議な植物にも詳しくなったコアソンは語り出す。


「精神へ高揚を、復讐に染まった者にさらなる凶暴性を与えるとは、ただの麻酔剤の薬効に変調をもたらした何かに興味をひかれますねえ。それに加えての影響が、あんな形で出るとは思いもしなかったですよ」

「ええ。魔植物の弱り方は、森の異変と見て間違いないと確信しました。拘束具の点検、新調は国中へ伝えてあります。まあ、お側を通られたからといって、すぐに切れることなどないというのは明らかです」


 それぞれ語ったことは全然別のことではあったが、真の意味では、まったく同じことを話していた。
 麻酔剤と拘束具の素材である植物に起こった変調は、それらを育んだ深き森の異変が原因であるということ。
 そしてその変調に、魔力という側面から思ってもいなかった影響を与えたのが、勇者の器と神剣であるということ。


「それだけ一生懸命だったんでしょう。周囲の魔力ごと魔弾を吸い取ってしまうとか、さすが神々の創造物ですね」

「気配りの度合いが異常な方ですからねえ。器と神剣の尋常なさが、それに呼応してしまったというわけですか」


 これは二人とも、我らが救い人についての話題に終始していた。


 今までにも勇者そのものについて思うことはあったのだろう。同時に息を付き、左右に分かれて小首をかしげる。
 身長については勇者と潜入捜査官以上に、でこぼこの二人であるのだが、頭の回転の速さと分析能力に長けていることについては、互いを自身と同等であると認める仲だ。面と向かっていると動きが似てくるのは仕方ないのかもしれない。


合成繊維ファイバーや樹脂にも影響がないかを調べておいたのですが、今のところは何も。これから不具合が出て来ないとも限りませんので、わたしもそろそろ里帰りするべきかとは思ってます」

合成繊維線ケーブルに影響されると困りますねえ。我々にとっては情報が命ですから。配線が機能しなくなれば、魔石を通信用に扱える魔術師を常に連れ歩くことになってしまいます」


 二人が同時にうなずいた。
 通信機やその他の機器、魔道具などにも広く使われている合成繊維をより合わせて作った紐や縄のことをケーブルと称するのは、もちろん、勇者が語源だ。

 ケーブルを形作る植物性や動物性の合成繊維のことをファイバーと呼ぶのは主に、研究者などの専門家たちだった。その始まりが、勇者が発したその単語の響きが良いというだけの理由だったのは、研究者たちの間で神殿の視察官の正体並みに公然の秘密とされている。
 彼らがなぜかケーブルのこともファイバーと呼んだりするため、素材なのか出来上がりのものなのか、前後の会話をよく耳に入れて理解しておかなくては分からなくなってしまう。

 ただし、先ほど室長が話したファイバーとは素材とケーブル双方のことであるのだと、コアソンはちゃんと理解していた。


「陛下はすでに、調査隊の派遣を計画なさっているそうですよ。置いて行かれたくなかったら、忘れずに名乗りを上げておいてくださいねえ。ね、シュリッキ」


 普段は室長とだけ呼ばれる森の民の彼は、久々に名前を呼ばれて照れたように笑みをこぼした。
 森の深いところを植物採取に駆けずり回って育ったため、子どもの時からあまり日に焼けてはいなかったが、今は室内に籠もり切りで一層白くなっている。邪魔くさいという理由で自らが乱暴に切っただけの、ざんばら髪からのぞいた尖った耳が、ちょっと赤くなった。

 シュリッキと名前を呼ばれるくらいで赤くなるのなら、面倒だという理由で一度、丸坊主にしていたことがなぜ平気なのかと思い、コアソンは笑みをこぼす。
 その笑みにつられて微笑み返した室長は、自身の身の上を明るい声でなげいた。


「忘れてました。こういう時、置いてけぼりを喰うのが、代表の役職に就かされた者だってこと」


「総監」

「はい」


 呼びかけに答えて、コアソンが振り返った。

 事務職の部下が部屋の入口に立っている。届いた伝言を持って来たのだ。
 危険物を扱う用の研究棟ではないため、室長の私室代わりでもあるこの部屋には、捜査機関の職員も自由に出入り出来た。コアソンがわずかにうなずいて見せるのを待ってから、部下は話す。


「北東にて御姿が。森の方へと向かわれているとの事です」


 地名でなく森と言い表す場所は、この王国にひとつしかない。
 深き森だ。森の民と称される、亜人と人間の世を捨てた者たちが争いを逃れ、隠れ住んだとされた大樹の森。


「おやおや。さすが、勇者さま。よくお気付きになられること」


 にこにことうなずいて話す総監の普段は見られないご機嫌な様子に、いつも冷静な部下もさすがに戸惑った。微かに目を泳がせ、上司の背後に立つ、捜査機関の調査研究開発室室長へ助言を求める。
 シュリッキ室長ほどではないが、この壮年の部下も、コアソン総監との付き合いは長い。それにも関わらず未だとらえどころのない上司を一番に理解しているのは、変わり者の度合いが同等の、研究室長だと事務官は思っていた。


「ああ、これは楽しみです! 久々のお出かけ、良いことがありそうですよ! そうだ、忘れず支度しなきゃ」


 同じく代表の役職にはあっても率先して捜査に向かう友人とは違い、研究のこととなると数か月でも人と話さなくても平気な研究室長が、出掛ける予定を嬉々として語り出した。

 欲しい情報とは違う。何かが起きる前触れかと、捜査機関の事務官は微かに顔をしかめる。

 深き森へと近々、調査団を向かわせる話が彼にはまだ届いていなかったようだ。目の前の森の民と勇者の行先が結びつかず、総監への伝達係として最新情報を誰よりも把握しているはずの部下は、ただただ戸惑っていた。


 そんな部下を飛び越して、王様の計画を事前にどう手に入れたのかを知るのは当人のみだ。
 おおやけに知られた広域捜査官たちと、存在を秘匿されている潜入捜査官も総轄する総監は、いつも通り、極めて的確に仕事をこなした。


「あの調子なので。君が代わって陛下に、シュリッキ室長の手がいることを伝えておいてあげてくださいねえ」


 とことこと足の側を通り、部屋を出て行くコアソン総監を見送り、事務官は研究室長へと振り返った。
 捜査機関に付属する研究開発調査班室長の補佐は、元来、彼の仕事ではない。だが、上司の頼みでなくても手伝ってあげた方が良いことを、部下も分かっていた。

 頭の回転が速すぎるのか、一度こうしようと考えたことを、すでにやってしまったと錯覚してしまうらしい。
 まだ、いつ調査に向かうか誰がその候補になるのか決まってもいないはずなのに、シュリッキ室長は棚の奥に仕舞い込まれていた旅行鞄を取り出して、今日の着替えまでもをそこへ詰め込んでいた。






 海辺の街から遥か北西に位置する深き森までは、最短の経路である内陸へ向かう山道と街道を通っても、乗り合い馬車だと通常五日以上は掛かるそうだ。
 夜でも比較的安全だとされている王都へ続く大きな街道を選び、陽が落ちても移動し続けるなら、どんなに早くても約四日の行程だ。

 頑丈で持久力がある専用の馬と相棒を組む速達便に運搬を任せた場合、経由する場所や距離によっては交代の配達員の手配と調整をしなくてはならないこともあるから、あの街から森までは最低でも三日は要ると考えなくてはいけない。
 もうすぐ日が暮れるところで夜でも出られる配達員が残っているかも分からなかったから、実際はそれ以上掛かるはずだったのか。

 ところどころで馬を借りつつ、それ以外ではどこにも寄らないし、仮眠を少しで移動しっぱなし。夜も旧道や農道を進み、山などを大きく迂回する街道でなく、間を走って突っ切れば、全行程は二日と半日で済みそうだ。


 この勇者の器からだなら。


 ということで、魔草入りの瓶を預かり、山道を走っている。植物には陽の光がいるのではないかということで、鞄から出して、瓶を片手に道を駆けた。

 動き回る草は、揺れないようにしっかり抱えた瓶の中で、水浴びと食事をしていた。分厚い広葉樹の葉を一枚と水を入れておいたら、それを根っこでつかみ、水に半分浸かって大人しくしている。


 密輸犯が持っていたのは、このひと株だけだった。
 深き森の方面から来た荷馬車にまぎれ込んでいたのを見つけ、植物愛好家が多いことで知られる海辺の街なら買い手が見つかるかもと、枯れる前に急いでやって来たところだったらしい。
 許可をもらっていない魔草の売り買いが違法だと、承知の上での犯行だ。


 魔草よりめずらしいものに行き会って恐縮する警護兵の二人に後のことを任せ、すぐに海沿いを離れた。半島まであともう少しだったんだけど、仕方ない。


 謎多き魔草の扱いについては植木好きのおじいさん譲りの忠告を女性からもらい、向こうに着いてからのことは森林組合に連絡を入れておくと男性が約束してくれた。

 とはいっても、特別に何かやることはないらしい。
 森にたどり着いたら、そこに放してやればいいだけだという。成長するのに適した場所を自分で歩いて探すため、根っこを足に、動き回れるよう進化したらしい。
 何の種類かも分からない小さな草のひと株の段階では雑草扱いであるこれの処遇は、魔草自身に決めてもらうのが一番なのだ。


 どうやって食事をするのか走りながら観察したが、根っこが抱えた葉の色が、徐々に白っぽく、紙のように変わっていくのが見えた。

 養分や魔力とかを吸ってるのだろうか。
 朽ちて土になってからじゃ、他の植物に取られて成長出来ないってことなのかな。緑豊かだという深き森の中心部は相当に、生存競争が激しい場所のようだ。


「森の民が暮らしてるんだっけ? あっちも様子を見に行った方がいいかな、ついでに」


 深き森のふちのまだ浅い辺りでは、森の民と呼ばれる人たちが暮らす村が点在している。
 その中のひとつ、森の外周の防衛も担っている村に、仲間候補だった者たちを派遣していた。
 賊の被害や今度のような希少な植物を狙っての盗掘が起きるということで、近くの町と連携が取れる場所として、森の一番端にある、狩人の少年の故郷の村を選んだ。

 魔草を届ける予定の場所とは離れているんだけど、そっちまで足を延ばすべきかもしれないな。ちらっと様子見て大丈夫だったら、気付かれる前に旅立てばいい。

 警護兵の二人に連絡を頼んだから、ネフェル神官長に直接の報告が出来ていない。前の時にも何も言っていなかったし、国のあちこちに派遣した人たちは、ちゃんと仕事をしてくれているんだと思う。


 ほらね。勇者なんかの仲間になるより、ずっと良いことになっただろ。


 さわやかな緑の香りの中を走る。
 夜通し走ってみたにしては、至極快調だ。この調子で目的地に着けるなら、魔草を森に返して派遣した人たちの様子見て、また海まで走って来ればいい。


 そのついでに、どこかで魔王が見つかれば言うことないんだけど。そう都合の良いようにはいかないか。


 近道出来そうだ。
 曲がりくねった道の先が崖下に続いているのが、木立の合間に見えた。
 跳ぶ。ガラス瓶の中で、エサの葉っぱで波乗りする魔草が、くるりと底を回った。






 
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