転生勇者は連まない。

sorasoudou

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6 旅行く勇者と外の人

第18話 木は人の中

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 大型の鉢に入ったひびを押し広げて、土がこぼれ出る。厚い陶器の隙間から抜け出した根は大きく上下にうねり、足となったそれを踊り出させた。固く締まった大地の上へと。

 魔物は叫んだ。周囲を取り囲む者たちには、そのようにも聞こえた。

 甲高く軋む音を立てて幹をき、開いた穴には尖った牙のごとく、ささくれが並ぶ。大風が吹き抜けたように赤茶けた葉を鳴らし、魔物は茂った梢を振った。


 化け大樹ドライアドが根をうねらせながら鉢と土を蹴散らし、前進する。ここには掘り起こす山も、へし折る木々もない。
 有るのは、魔物からすればなぎ倒すのにうってつけとばかりに整然と並んでドライアドを取り囲む、人の姿だった。


 自由になった根を広げ、化け大樹は大地をうように進み出る。動くと共に落ちる葉は乾き、己の根に踏まれ、粉々に砕けては塵になった。
 葉が次々と振り落とされていくのにも構わず、ドライアドは何本もある枝を動かし、何もない宙へとそれを叩き付ける。

 闇雲に振り抜かれ、むちのごとくにしなる枝の立てる音に、周囲の傭兵たちの中には身を引く者もいた。そうでない者たちも、いつでも枝葉を切り払えるようにと、剣や斧の柄を握りしめている。
 化け大樹となった木の高さは、体格の良い者が集められた傭兵たちの二人分ほどしかない。幹も人の腰回りよりは細いくらいだ。それでも滅多にお目にかかれるものではない魔物の姿は、人に恐れを抱かせた。


 四方向を建物に閉ざされた長方形の中庭を囲むように、互いの間合いを取って配置させた傭兵たち。彼らを背後に、ひと際体格の良い男がひとり立っている。


「こんなものか」


 三歩前へと出ていた男は、ため息を吐くようにして感想を述べた。


 吐かれた言葉の意味など知らず、理解すら出来ないただの魔物は人の声だけに反応し、男へと向かう。どこが前かも分らぬ姿だが、幹が大きく裂けた方を男へ向けると、広がった根の全体を波打たせて地を這った。

 向かってくる魔物に聞かせるように大きく足音を立て、男は歩む。背広の上着を脱いだだけ。ひじや肩、胸を守る装備もなく武器もげず、およそ魔物と戦うような装いではない。
 普段着の男は左腕を胸元に上げ、手首に視線を落とす。よそ見をしているうちにドライアドは根の上下のうねりを大きくし、移動速度をわずかに上げた。


「こちらの試験に切り替えるのが良さそうだ」


 左手首の腕輪に右手をのせ、そこに力を込める。継いだ金属の所々へ埋め込まれた魔陶石まとうせきが反応し、指の合間から光が漏れた。


 ドライアドが長い枝を男の右からひと振りする。衆人が息を飲む中、男は右腕でそれを受けると、するどい音を上げて巻き付いた枝をそのままに、前へ出る。


 うねる根の直前で跳ぶ。男の動きに腕に巻き付いた枝がねじれて、音を立てながら折れかけた。
 それでも折れずに腕を締め付ける魔物をものともせず、枝の反動に身を任せ、斜めに体を傾けながら広がった根を跳び越えた男は、化け大樹の幹に両足を付ける。
 ひざを折って上体を屈めた姿勢で、空いた左腕を見る。手首の腕輪がまだ光っていることを確認し、男は左の拳を、化け大樹の幹に叩き込んだ。


 大きく割れた幹の穴を魔物の口とするならば、そこは右の頬にでもなるのだろうか。横っ面に男の拳を喰らったドライアドは、悲鳴を上げながら、身を折った。


 周囲の者たちには確かに、悲鳴に聞こえた。木が叩き折れる音が中庭に響き渡り、断末魔の声として、側にいた者たちをたじろかせた。


 男は、折れ曲がる幹を蹴って跳ぶ。跳びながら、無傷の左手で右腕の枝を引きちぎり振り払う。ちぎれた枝葉は塵となり、中庭に立った男の後を追うようにして宙に舞った。
 男の足元には、粉々になった植木鉢と乾いた土が残る。それを踏みしめ、男は化け大樹へと目を向けた。


 音を立てて、一斉に葉が舞い落ちた。さらに裂けた口から幹がへし折れかかり、魔物が天を仰ぐようにして倒れる。地に付けた樹上を振り、化け大樹は暴れた。あの一撃ではまだ足りないと、根っこの先を塵へと変えながら、ドライアドは男の方へとにじり寄った。


「それを」


 赤くも見える濃い煉瓦れんが色の瞳が、背後へ向けられる。

 視線を浴び、己が声をかけられたことに気付いて、傭兵は我に返った。体格のいい自分よりも、さらに上背のある雇い主へと駆け寄り、慌てて斧を差し出す。男はそれを右手でつかむと、軽く振って、投げた。


 かろうじて繋がっていた化け大樹の幹に、斧が刺さる。魔物はさらに木を軋ませて、悲鳴のごとき音を立てた。残った葉は散る間もなく、塵へと変わる。
 だがそれでも、とどめの一撃とはならなかったようだ。暴れて地をかく根と枝が静かになるまでは待っていられないらしい。男は側へ来た、黒い外套マントの研究者へ命じた。


「片付けを頼む」

「火を!」


 魔術師である研究者が弟子たちへと即座に振り返り、指示する。傭兵の一員として魔物を囲んでいた彼らは前へ出て、まだわずかに軋む声を聞かせ、朽ちていくドライアドに向かって、火の魔法を放った。

 四発ほど撃ち込まれた炎の燈火ともしびが、すでに塵へと変わりかけていた朽ちた木を燃やしていく。塵となる前に燃えた木の灰が中庭に舞った。
 形ばかりに整えられた植え込みに、わずかに降りかかったものを残し、灰の大部分は植木鉢の欠片と土と共に、掃き集められて捨てられるだけの運命を待った。


 広い中庭での実験を終え、そちらへ背を向けた主人の側に、もう一人の研究者で、これまた黒い外套を着た魔導師が並んだ。


「こちらは順調のようだな。引き続き、研究を頼む」


 左の手首から引き抜いた腕輪を魔導師に渡し、男は化け大樹への評価を先ほどの、最初に側へ来た研究者へと告げた。


「養殖では。若木を元にしたのでは、あれが限界だと見える。魔物化した端から朽ちるのでは、かの者の相手は難しいだろう。だが、有用だ。他の者の足止め程度にはなる」


 あの大きさでも魔術師がいない場合、傭兵が四、五人でかからなくては倒せないはずの魔物を、素手で、独りで倒した男。まぎれもない猛者である雇い主からの評価に、研究者はただ頭を下げた。


「二年、いや三年だったな。さなぎを根元に植えてしばらく育てれば、高い確率でドライアドに出来ることが分かっただけでも、かなりの成果だ。国中からさなぎを探し、掘り起こさせるだけの甲斐はあった。狙った対象の木を魔物化させられないかを、引き続き研究してみてくれ。あれより強いのと戦ってみたい」


 雇い主の笑みに研究者たちは、背筋を凍らせた。
 後ろに控えた他の者たちの中にも気付いた者はいるだろうが、主人の評価をただ言葉通りに受け取ってはならない。一定の成果が出なければ、彼らは切り捨てられる運命だ。

 お役御免になったからといって、文字通りに切り捨てられて口封じされることはないだろうと、彼らは心得ていた。ここであったことや、秘密の契約を漏らすような馬鹿でない限りは、主人に見捨てられることはない。

 しかし、一定の評価を得たからといっても、しばらく寿命が延びただけに過ぎないことも分かっている。
 成果が必要だ。主が望むままの、目に見えた成果が。


 中庭を去って行く男の背を仰ぎ、魔道具研究者でもある魔術師、すなわち魔導師とも呼ばれる者たちは、それぞれの仕事に戻った。
 男が望むものさえ、いくらかでも披露し続けることが出来れば彼らも思う存分、古代の遺物や新たに生み出される魔道具の使用法についての研究は出来る。
 ただし、化け大樹の実用化を任された方の、研究者の顔は浮かなかった。


 大木の、魔物への確実な変容。ドライアドの制作者が死して以来、まだ誰にも成し遂げられていない難問だ。
 未完成の品をばらまくことになった不名誉な成果を披露して歴史に刻まれたその者の最後には、様々な憶測がささやかれていた。


 依頼品の完成を渋ったか、成し遂げられずに雇い主に激高され、殺された。


 他には志半ばで病死したなどの説もある。しかし、自身もたどりそうな最も可能性の高い推測、そうなって欲しくはない未来こそが真実ではないかと魔物の研究者は考えて、ただ足早にその場を去った。

 彼の弟子たちが魔物が残した灰を、ちり取りとほうきで集めて袋に詰める。微かに遺った灰が、中庭に吹き込んだ風に乗って空へと、山の稜線に向かって飛んで行った。





 
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