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6 旅行く勇者と外の人
第22話 ここらで邂逅を。
しおりを挟む「どうだった?」
椅子に座り、銀の頭を傾けて無邪気にたずねてくるリショには悪いと思いつつ、通信を終え、部屋に戻って来たルエンは眉間にしわを寄せていた。
不機嫌である理由を、荷送り箱の応接間に集った仲間に告げる。
「また先へ発った後だったわ。知らせがあった時点で、そうだろうとは思っていたけど。主席神官長さまからの話では連絡後の、現時点での勇者さまの所在は分からないそうよ」
勇者から定期連絡をもらっている主席神官長へは、ルエンたち慰問巡業団の方からも折に触れて報告を入れてある。それはもちろん、勇者さまへ向けてこちらの仕事ぶりを伝えるためでもあるし、ルエンたちが救世主の道行きを知る術でもあった。
「この街から早くに公演の誘いはあったとはいえ、銃や人買いの件ですでに捜査官も動き出しているし、そちらの邪魔はしたくない。なにより大都市でやるとなると公演をこなすだけで精一杯、捜索や調査の手が足りなくなる。伸ばし伸ばしにしてたら、まさか、ここに来てすれ違うとはね」
ルエンが腕組みして言うことに見るからに残念そうな顔をするのは、リショだ。彼女とは違い、前屈みになったジャハリは長い腕を組むと、幼なじみが腰かけた椅子の背にやったそこへあごをのせ、気だるい様子で話した。
「いいんじゃねえの。勇者さまのご活躍で邪魔者はいなくなったし、見逃されてた分の捜査も進みそうじゃん。俺らは公演終わったら別のところへ行って、そっちの調査をすればいいだけだろ?」
仕事熱心なのか、やる気がないのか。言葉と態度が合っていない弟分の整った顔を、ルエンがにらんだ。ジャハリは慌てて黒づくめの身を起こすと、部屋の外へと顔を向ける。
移動式の部屋のひとつ、商談をまとめたり、団員たちがくつろぐこともある応接間用の荷送り箱の側面は開け放されていた。
木の板が張られた壁を用いて、床がしつらえてある。広い縁側になったそこには椅子やテーブルも置かれ、崖下の運河に向けて、見晴らし良く整えられていた。
日よけがかかった開口部から、風が部屋へと吹き込む。リショは、くすっぐたげに椅子からはみ出た銀の尾を振り、ジャハリは景色をもう見飽きたのか、顔を部屋へと戻す。
ルエンは、今までの巡業地を記した地図を挟んだ手帳へと視線を落とした。姉貴分の真似をして、リショも机の上に開かれた古びた手帳をのぞき込む。
塔の街では、勇者の御業目当てで集まっていた客も大勢やって来て、公演は大成功に終わったと書き込まれていた。その街ゆかりの演目として馬術を用いた曲芸乗りを取り入れたのが大当たり、次の公演をと頼む便りが後を絶たない。
それをきっかけに、宴席のための即席の楽団という小規模で始まった催しは引く手あまたとなり、観客も人員も増えた。
この地での公演も評判を呼ぶことだろう。大都市から上流へさかのぼった野原に天幕を構えた慰問巡業団を目当てに、今回も多くの人出が予想されている。ただし、今はまだ会場の設営中ということで、ここには団員や作業を手伝う者たちしか立ち入れない。
しばし、各々が心地良い風を浴びて沈黙していたその時、訪問者があった。
「これは良い所ですねえ。ちょいと、お邪魔いたしますよ」
見知らぬ声に三人が同時に顔を上げ、部屋の外へと頭を向ける。
いつの間にか外の椅子に座っていた小男に、ジャハリとリショはもちろん、二人より気配に敏感なルエンまでもが目を見開いた。
滅多にない不意打ちに動揺を隠せない、そんな彼彼女らの様子を見て、侵入者の方が小首をかしげながら訪問の目的を説明する。
「勇者さまの旅行きのご報告と捜査の進展を、たまには直接、顔を見て、と思ったまでですよ。まあ、こちらの仕事についてのものは、あなた方の元へは別の者からの報告書伝いにはなっていますがねえ」
「捜査官か。脅かすなよ」
ジャハリは目付きをするどくしたまま、姉貴分よりさらに小柄な亜人を見下ろした。
どことなく、彼の里のクロモンエンの子どもたちを思い起こさせるような見た目だ。だが、のんびりとしたその様が余計に侵入という不穏な行動をさらに不審に思わせて、ジャハリの眉根にしわを作った。
ぼさぼさの突っ立った黒髪を風にそよがせ、小男は軽く頭を下げる。
「申し遅れました。わたくし、コアソンと申します。潜入捜査官をさせていただいていますよ。この度、勇者さまのお墨付きもいただきました。以後、お見知りおきを」
「潜入……公には姿を見せないはずじゃ」
ルエンの問いに、コアソンはうなずく。
「ええ。広域と違って、存在は表にはなっておりませんからねえ。でも、まあ、この場は勇者さまのご友人の内輪の集まりということで。こうして、お目にかかることにした次第です。ま、自慢でもありますねえ。一緒にお仕事をした者としましては、ちょっと見栄も張りたくなるわけです」
紺色の洒落た外套を着込んだコアソンは、上機嫌だった。
ここにいる他の三人が彼のことを知らないから気付いていないだけで、椅子に腰かけて子どものように両足をぶらぶらとさせている時は、彼がこの上なく満足しているという合図である。
他にそれが見られるのは同僚たちから良い報告を受けた時と、毒にもなるという薬効の高い苦いお茶を、とてつもなく甘い濃厚なミルクプリンをお茶うけに味わっている時ぐらいだった。
「お友だちなの、コアソンさん? 勇者様と?」
「ええ、そうですよ、ギンコロウのお嬢さま。あなたは勇者さまと一緒に戦ったことはございますかな?」
「なーい!」と答えながらも嬉しそうに尻尾を振っているリショの横で、ジャハリがさらに視線を険しくして話す。
「それ、自慢にも何にもなんねえから。命がいくつあっても足りない目に遭ってるだけだし」
コアソンは、不遜なジャハリの茶々にも尊大にうなずき、答えた。
「ええ、確かに。死にかけましたねえ。今度こそ、だめかとは思いました。ついでに悪党たちを相打ちに出来そうだったので、これも本望だとは思ってたんですけどねえ」
捜査官は王様直属の捜査機関に所属する者だ。王国というよりも国王陛下に命を捧げ、使命をまっとうすることを本望だという者が多い。
その先に我らが救い人の存在があることを念頭に置いてはいるが、自身の身を取り立て認めてくれる王様がいてこその己であるとを信条にして動く者たちでもある。
故に、王様の助けになるのならば、役目の途中で死ぬことすらも覚悟の上で生きている者も多かった。
「止められたのね、勇者さまに」
「ええ、もちろん。そのおかげでこうして、みなさまの元へと顔を見せておるわけですよ」
小さな子どものような笑みを浮かべると、コアソンはルエンにたずねた。
「あの御方は異常ですねえ。見返りなしで人を助ける理由を、ご存知で?」
「ええ。ご自身は違うとの証明をなさろうとしている。今までの、かつての勇者たちとは」
「ほう、それもありますか。なるほど」
コアソンが考える理由とは違ったようだと、ルエンは眉根を寄せて聞いた。
「あなたの見立てを教えて。側で見て、気付いたことを」
「あなたも、みなさまも、ご存知のことですよ。はっきりと、その耳でお聞きになったのでしょう? 覚醒の際のお言葉を」
神殿の天守にて救世主覚醒に立ち会った選ばれし者の一人であるルエン・エン・ハリュウへ、同じくその場にいたリショディレラとジャハリへも、コアソンは半眼と、ほんのりとした笑みを向けて語った。
これは自分の見立てで、勇者さまがその口でおっしゃったことではないと、前置きして。
「人が嫌いだから、だそうです。人を助けるのは、簡単に解決出来ることでバカみたいに騒いだり、間違ったことをするのを見るのも嫌だから。騒ぎと被害を大きくしないうちに、自分がさっさと片付けて終わらせてしまえばいい。つまりは、ただ静かに、そっとしておいて欲しいからというだけなのだそうですよ。ほら、異常でしょう?」
コアソンの言葉に身震いして、ジャハリが三度うなずいた。勇者と手合わせしたことのあるジャハリは、異常という意見に激しく同意している。
邪魔しないでくれ、目障りだ。
たったそれだけの理由で、大勢の人買いや賊を、ただの独りでぶっ飛ばす。異世界から来た勇者の戦う理由がジャハリには、異次元に思えた。
リショは小首をかしげている。コアソンが言うことの意味を上手く理解出来ていない。
人探しをしたいと頼んだら、すぐに許可をくれたばかりか、みんなを人買いから救ってくれている。だから、良い人。
というのが、素直なリショの評価だ。
「あの御方が何者か。それが最大の謎であることは、みなさんもお分かりでしょう。そう、それについては、みなさんの方がお分かりかもしれませんねえ」
今一度、勇者のお声がけを受けた三人を見回して、自身は余所者であるというコアソンは続ける。
「この世界のことを知って何かの企みがあり、記憶喪失だと偽って我々の油断を誘っているのか。魂だけの存在としてこの世界に触れ、お声がけをした後で、あちらの世界で何かが起き、それ以前の記憶を失くしたのか。そう思ってもいたのですが、どうやらその可能性は低そうです」
実際に、二人の勇者の声を聞いた三人へ改めて、コアソンは目をやった。
覚醒前の、お声がけに際しての勇者にまつわる情報も、敏腕捜査官の耳には入っている。そこから得る印象と、実際に言葉を交わした勇者の様子には、大きな差があった。
二人の見るものが違う。重要視しているものが違うのだ。
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