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5 旅は道連れ、世は捨てて
第23話 お約束
しおりを挟む「お前様は、古いものが好きだったのかの?」
トリサンに聞かれて、改めて考える。自分が知らない、以前の自分のことを。
「そうですね……行ったこともないらしい、どこか遠いところの知識は浮かびますね。記憶がないので定かではないですが」
「記憶か」とつぶやき、トリサンは顔を引っ込めた。
この、神々が創造した器の中に、鳥の賢者の目でなにが見えたのかは分からず仕舞いだ。
「さてと、町まで参ろうかのう。途中で、おやつの時間じゃなあ」
忘れてなかった。
朝食も無しのまま遺跡調査もしてもらったし、お腹空いてるだろうから忘れようもないか。記憶にはないが、見かけたり食べたりして懐かしいと感じたお菓子を蓄えてある。
「瓦みたいに固い、せんべいがありますよ。噛み締めると、卵と小麦粉と砂糖の甘みが広がります」
「それは美味! ちびちび、かじりがいがありそうじゃ。楽しみだの」
トリサンがうきうきと、右肩で跳ねるように上下する。おやつが待ち遠しい子どものような賢者を肩に乗せ、丘を下った。
赤い鳥と出会った方を、荒れ地の彼方をふと振り返る。魔鳥の賢者も、それに気が付いた。
「ありゃあ、あれじゃな。お約束じゃな。勇者殿の出番の」
「行きます」
「あいよ」と答えたトリサンは肩から羽ばたいて、舞い上がった。それと同時に一気に駆け出し、宙に赤い鳥を残して荒れ地を走る。
元来た方、前方には、こちらへ向かってくる二頭立ての幌馬車が見えた。荷台の後ろと両脇に、男を乗せた馬が数頭、後を追って来る。
右脇のは護衛か。後ろを気にしつつも、速度を落として迎撃するかをためらっているようだ。やらないのは追手の方が数が多いからだろう。
馬車と馬は丘の方へ、まっすぐこちらへ走って来ていた。こっちもまっすぐ、そちらへ駆ける。距離はぐんぐんと縮まる。向こうの詳細が明らかに、よく見えるようになってきた。
まずいな、飛び移られる。
はためいた荷台の幌の隙間から、馬車の後部の様子が見えた。馬に乗った追手が、刀傷か何かで破れた幌布に手を伸ばすところだ。
跳ぶ。揃えて踏み出した両足に、駆けて来た全力をのせる。
「おっさん、前っ!」
護衛の叫びに、後ろを気にしていた御者のおじさんが、こちらに気付く。
二頭立ての馬たちは全力で走れという指示に精いっぱいで、こっちをうかがう余裕はない。馬車を引き、汗でじっとりと濡れた彼らの上を、跳び越える。驚いて固まったおじさんの左脇を抜ける。
幌で覆われた荷台に荷物は少なかった。木箱が三つばかり左端へ積んである。後は寝袋とか毛布、水の樽と桶などの野宿の必需品。それらを横目で見て、荷台に足を踏み入れたばかりの、賊を蹴る。
なんにも分からないまま、賊は吹っ飛んだ。右手で神剣をすばやく抜き、仰向けに飛んだ奴に向かって振るう。ただし、斬るのは下の荒れ地。
神風でえぐられた枯草たっぷりの土のかたまりが下から浮き上がり、地面に叩き付けられかけた男を襲う。土砂に包まれ、男は転がった。何度も転がりながら、後ろへ遠く小さくなる。
まあ、痛いのは痛いけど、衝撃吸収はできたと思うよ。
「もう一人? 二人だったよなッ?」
馬車の右後ろを追って来る、馬上のひげ面が仲間へ叫んだ。それへ、もう一人が答える。
「どうでもいい! さっさと殺っ!」
お決まりの台詞を叫びかけた左の奴を、神風で斬った洋弓銃ごと、斬撃の名残りで鞍から吹っ飛ばす。手の中の手綱も断っておいた。
悪い、そっちの着地は考えてなかった。
運が良いのか悪いのか。神の風で吹っ飛ばされた、お決まりの台詞の奴は、枯草の吹き溜まりに落ちた。
盛大に草をまき散らし、その場に伸びるようにして気絶する。背負っていた荷で落下の衝撃は押さえられたようだが、急激な海老反りに息が詰まったみたいだ。
奴が乗っていた馬は左に逸れていった。全力疾走を強いる奴がいなくなって徐々に速度は落ちていくが、それでも馬車の後を付いて、健気に駆けて来る。
お馬さんはやっぱり、走るのが好きなんだな。じゃあ、他の子も楽に走らせてあげないと。
振り落とされた仲間にただ呆然と視線を送るひげ面へと、荷台から跳ぶ。もみあげに繋がりそうなひげを擦るように、魔鳥のごとくに肩へ乗る。そのまま右へと力を込めて蹴る。
斬る。
神剣を男へ向かって斜め下に振り、腰の剣共々、手綱を斬った。馬から振り落とされる男を踏み台に、さらに後方へ跳ぶ。
ぽっかりと大口を開けて、一番後方にいた三人目の賊は、こちらを迎えた。狙いを付けたその胸に着地する。
そいつが右手に握っていた銃を、跳びながら左に持ち替えておいた神剣で斬りつつ、賊が離さない手綱を取った。
蹴られた衝撃で握り込んだんだろう。手綱を放さないばかりに、男は馬の右側に振り落とされて宙ぶらりんになる。仰向けで悲鳴を上げる男の両足は、枯草をかいて土に引きずられた。
後ろ向きで鞍にしゃがみ、少し様子を見たが、賊は手を離そうとしない。無理もないか。投げ出されるのも怖いだろうからな。
手綱を引いた。馬もさすがに真横へ何かを引きずっていると走るのは嫌になるようだ。速度を緩めて、歩みを止める。
馬が大きく息をついたと同時に、賊も手綱から手を離した。音を立てて荒れ地に倒れた男へ、鞍の上からたずねる。
「馬車を襲った目的は? 金や荷じゃないな。目撃者の始末か?」
図星か。
笛が鳴るような音を立て、男は盛大に息を吸った。
「後で詳しく聞かせてくれ」
それだけ頼んで、鞍から男へ飛び降りる。腰骨辺りに着地すると、賊は悲鳴を上げた。
馬はそれに驚き、二歩、三歩と前へ出る。もだえる男に迷惑そうな目を向けて、馬はさらに遠ざかった。このお馬さんにとってこの男は、心配するような相手ではないということだろう。
騎手を失った他の二頭も遠巻きに、こちらへと歩んでいた。その後ろへ一頭、荷台から蹴り落とした奴のものだったらしい、他のより足の速そうな馬が駆けて来る。さらにその後方から、荷車を引いた大柄の馬が走って来た。
荷馬車の御者台で、光が反射する。
あ、構えてくれたのか。狙いやすくて助かる。
左手の白い神剣を、地面すれすれから右斜め上へと振る。
なにも見えない。そうか、確かに変だな。
風刃だったら、魔法の風は形で見えていた。風の形が見えないのは、これは神風だからなのか、それの変形だからなのかな。
一瞬だけそんなこと考えている間に、こちらへ迫る荷馬車から、鈍色の何かが飛んだ。
小銃だったらしい。長めの銃身が切れて吹っ飛び、驚いた御者の男の体が跳ねるように動くと、残った部分を放り投げた。
そっちへ駆けた。跳び上がった御者に合わせるように、手綱を引かれた馬も歩みを止める。荷馬車はゆっくりと止まった。
御者台から立ち上がり、のけぞるようにして荷台へ上った男は、荷を見回して結局、腰の剣に手をかけた。
そちらへ走りながら軽く、白い刃を振るう。
音を立て、男の剣は鞘ごと荷台に落ち、端から転がって枯草に埋もれた。真っ二つになった腰帯も一緒に武器をなくした賊は、声もなく立ち尽くす。下着一枚になりかけたズボンを慌てて、手で押さえていた。
「大人しくしててもらえるか? あんまり、というか全然、誰か殴るのは好きじゃないんだ」
背後から馬が駆けて来る音が近付いてきた。幌馬車の護衛のものだろう。
ここを片付けたら町へ向かわないと。魔鳥の賢者さんと同じく、追われていた人たちは、そっちに用があるみたいだし。
荒れ地のそこここで身動きできずにいる不届き者たちの目的は、違ったようだけど。
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