転生勇者は連まない。

sorasoudou

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5 旅は道連れ、世は捨てて

第14話 それは、天よりきたる。

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 くり抜いた天井のふちに両手をかける。体を上に引き上げた。
 下では踏み台にされた傭兵が、テーブルクロスに包まれ転がった相棒に引っかかり、その上に倒れ込んだところだ。
 悪態と怒鳴り声と、うめき声。そこから抜け出して、二階の床に立つ。


「ここも、誰の気配もないな」


 振り返る。背後の突き当りには外へ向かう扉。石壁の上の通路に出るやつだ。左前には小さく区切られた部屋。物置っぽいそこの、簡素な木の扉を開ける。

 中にあった見るからに重そうな黒い長櫃ながびつを、布類や掃除道具などが詰まった棚の下から、急いで引っ張り出す。引っ張り出した長細い箱は見た目通りに重かったが、磨かれた木の床を上手く滑ってくれた。
 短い面を扉へ付けて置く。もう一個物置から引っ張り出して、さらに縦長に並べ、床の穴もふさぐ。こうしておけば、外から内開きの扉を開けて入ろうとしても時間がかかるはずだ。


 屋敷の森側、建物の端を走る。細長い廊下が屋敷の奥へと続いていた。そこを駆けながら内窓から広間を見下ろす。大広間には、やはり誰の姿もない。転がっていた奴らもいなくなっている。
 下に時間を使い過ぎたか。護衛が防備を固めているだろうな。まあ、固まっててくれた方が一挙に片付いて、都合もいいんだけど。

 広間の上部に渡された廊下を、あと少しで抜けるというところで、屋敷の警備員に出くわした。驚いた相手は自身が出て来た部屋へと飛び込む。
 もちろん、後を追う。警備員が部屋に戻り、扉を閉めるまでの一瞬に、子どもの悲鳴が小さく聞こえたからだ。


 廊下の出口から斜めに、部屋の扉へと跳ぶ。強く踏み込んで跳んだ勢いそのままに戸板を蹴る。

 そりゃ、鍵まで掛ける余裕はなかっただろうね。

 開いた扉に吹っ飛ばされて、警備員はじゅうたん敷きの床に転がる。部屋の角から再び上がった悲鳴に目を向けると、子どもが二人、家具と壁の隙間に身を隠していた。


 応接用か支度部屋かな。紫紺の布と濃い木目の家具でまとめられた部屋には椅子が数脚と机ひとつに、背の低い戸棚がひとつずつ、壁の両脇へあるだけだ。
 細長い部屋には渡り廊下と同じに家の中へ向けて、左右の壁に窓が付いている。この窓は下に集まった客を上から検分するためなのだろうか。

 自分が上げた悲鳴からも逃れたいのか、小さな男の子は頭を抱えるようにして、うずくまっていた。身を縮めた弟を抱き締めている少女が、さっきの警備員以上に驚いた顔をして、こっちを見つめる。その瞳を見ないように目をそむけながら、体を左にひねった。


 振り下ろされた警棒を、右腕の籠手こてで受ける。さすが、おすすめの品。直で受け止めるよりも衝撃が少なくなったな。


 そのまま右手を滑らせ、相手の右の二の腕をつかんで引く。前につんのめった警備員を再び床に転がし、左の拳を腹に叩き込んだ。悲鳴もうめきも上げられずに悶絶する相手を、鞄から取り出した縄で手早く縛る。


「ここには君たち二人だけ? 下の人たちから、もう一人、上にいるって聞いたんだけど」


 何か使えるものはないか、横に長い棚の戸を開きながら、姉弟にたずねる。お姉さんの腕の間から顔をのぞかせた弟くんに悪影響がないといいがと危惧しながら、警備員を戸棚に押し込めた。
 空っぽの戸棚を置いている意味が分からないが、たぶん部屋の飾りなんだろう。金と銀でつた模様が描かれた両開きの戸を閉め、大輪の花の形をした金具を渡して掛けた。


「ここに二人で、じっとしていられる?」


 呆然としたままの姉弟にたずねながら、戸棚の端を回転させるようにして体重をかけて引っ張る。棚の戸を部屋の扉へ向けて置く。こうしておけば中で暴れても戸は開けられないし、部屋の扉も開かない。
 部屋の左右に窓はあるが、下からここへ上って来られる者は、まずいないだろう。広間の上に少し張り出したこの部屋は閉め切れば宙に浮いているようなものだから、他へこの子たちを連れて行くよりは安全なはずだ。


「すぐに片付けるから。もう少し二人で、ここで待ってて。助けも呼んであるから、きっと大丈夫だ。大丈夫にする」


 姉弟が揃ってうなずくのを確認し、右手の窓に向かう。半端に閉められたカーテンの間から下をのぞく。こっちは玄関の上部になるのか。大きくて立派な両開きの扉が、吹き抜けの階下に見えた。

 ここの物音が聞こえたか、護衛か傭兵らしい男が二人、玄関前へと奥の部屋から現れた。
 上背のある、がっしりとした体格の男と、狩猟用らしき小銃を手にした男。ばらばらの服装だった傭兵とは違い、どちらも仕立ての良い装いをしていた。この屋敷の者たちだと見える。

 この部屋に目を付けられたら面倒だ。広間側の窓へ行く。


「静かに。ここ、後で閉めておいてね」


 こちらへ注目する姉弟に告げて、広間への窓を開けた。
 身を乗り出し、広間の高い天井から吊られた、細長い壁掛けの端をつかむ。
 大くらげだ。紫紺の布に銀糸で刺繍された大くらげの姿を上から下へとながめつつ、壁掛けの端を滑り降りた。






 広間の扉が音を立てて、開け放される。
 幅の広い階段を数段、駆け上がって行くところだった小銃の男は、慌てて扉へ振り返った。その手から、構えようとした猟銃の細長い銃身が、半分になって飛ぶ。

 白い剣を片手に広間から走り出て来た侵入者はもう一度、その刃を階段へと、離れたところから振るった。

 屋敷の主人の従者であり、狩りの時の付き添いを任された男の手の中で、小銃の残った部分が横へ切り開かれる。手の中で巻き起こった風に煽られ、従者は腕を持って行かれるようにして階段に尻もちをついた。


 白い剣を構えた侵入者は、その身をひるがえす。長い前髪と外套マントをなびかせて、その場から飛び退いた。


 振り上げられた太い両腕が宙を抱く。
 羽交はがい絞めにし損なった腕を開き、頑強な体を誇るようにして、男は胸を張った。仕立てられた背広の布が、はちきれんばかりに膨らむ。両の拳を固め、男は胸の前で構えた。


 白い刃が閃く。


 男をすり抜けた風は、階段の手すりを斜めに斬り落とした。
 手すりの中央の柱の上にあった、木で出来た玉ねぎのような形をした装飾が、上へ逃げのびようとしていた従者の頭へ落ちる。つむじに一撃を受け、倒れて来た手すりと階段に挟まれ身動きも取れず、従者は何も出来ないまま気を失った。

 背後へと視線を微かに向けた男の前で、くたびれた外套の旅姿で現れた侵入者は、その手の白い剣を腰の鞘に仕舞った。


 使い古しの上着の旅人は、下ろした両腕全体から力を抜くように、三度ばかり手を振る。足を開き、男へ向かってはすに構えた。腕は下げたままだ。長ったらしい前髪の奥から、己の倍の厚みはある男の肩や腕、頭や脚へと目を向ける。

 体格の差は言うまでもなく歴然としていた。相手が丸腰であっても、素手で挑もうとはまずしないだろう。
 そんな相手を前に武器を仕舞い、無防備に突っ立つ。そして旅人は簡潔に、立ちはだかる者へと要求を述べた。


「手短に。時間をかけてられないから」


 なぜに剣を収めたかは謎だった。
 階段の前に立つ男には、何が起こって先ほどの現象になったのか、見当は付かない。だが、侵入者の制圧を任された者として、ここで戦わずにはおれなかった。





 両足で跳び込む。右の拳を打ち出す。
 身体強化は腕にかかっている。それでも、あの身のこなしならけられないことはないはずだ。

 それをなぜ、けない。

 疑問が浮かんだのは拳が届く寸前で、一瞬の間に右へ身をかわされた。左の拳も放ったところだ。すぐには止められない。
 体のひねりで自然と引いた、こちらの右腕の外側に並ばれる。腕を振り払うように動かして、相手の肩に小手を叩き込もうとした。


「耳」


 一言残し、その姿は消える。しゃがみ込まれたと気付いた時には、床を擦るように回転して振られた左のひと蹴りで、右足を打たれていた。

 足払いをされそうになった右を踏ん張る。空振った左の拳を下へと叩き込む。
 厚いじゅうたんにめり込む拳。そこに相手の姿はない。屈み込むように身を縮めた己の頭上からまた一言、降るように声がした。


「髪」


 得体の知れない単語の繰り返しに、背筋が凍る。その背に、軽く手を突かれた。

 見上げた目の端に、側転で飛ぶ姿が映る。玄関扉の前に降り立つ影は音もさせなかった。
 まるで正面からたずねてきたかのように、旅人は平然として立っている。最初の位置だ。白い剣を収めて両腕を下ろした、その場所。
 その時とまったく同じ立ち姿になると、顔にかかった前髪の間から金の瞳をのぞかせて言った。


深緑ふかみどり。君の髪のその色と、同じか?」


 肌が粟立あわだつ。


 何で、そんなことを!


 叫びかけるが声は出ない。ひざから力が抜けた。半身を床に預けるようにして倒れ込む。問いかけて来た者へと、ただ目を向けた。

 軽く視線を外して、相手は語る。その目は、こちらの耳へと向けられていた。


「耳が尖って長い髪。耳は別にしても、髪の長い人は他にもいたから、色を聞いておいた」


 手を差し出される。旅人ではないのか。日に焼けたことのないような、白い手だ。こちらへ屈み込みながら、相手は独り言を続ける。


「客のところじゃないな。上へ行こう」


 手を取るしかなかった。堅く握っていた拳がほどけ、考える間もなく思わず出していた手を、ためらいもせずにつかんで引き上げられる。
 己のものとはあまりにも違う、しなやかで細い手。その手で強く握られ、体格の差が嘘に思うほど簡単に、立たせられた。


「急ごう。逃がすわけにはいかない」


 何の異論もない。階段へ駆けて行く、天の助けの後を追う。

 底知れない動きを見せた相手が何者なのかは分からず仕舞いだが、そんなことはもう、どうでもよかった。
 ここから俺たちを連れ出してくれるのならば、相手が何であろうが、化け物じみた強さを持っていようが、どうでもいい。


「あ!」とつぶやいて、天の助けは階段の途中で振り返り、こちらを見下ろした。


「神殿の視察官だ。視察官、降臨神殿から来た」


 なぜか二度繰り返し、己の素性を明かした視察官は、気絶した従者にも気づかわしげな視線を送って、階段を軽やかに駆け上がった。その後に続く。


 救世主降臨神殿の視察官。

 本当に、天の助けだった。信心深い、あいつの祈りが届いたのだ。


 馬鹿な兄の無事をも祈ってくれた妹よ。今、助けが行くぞ。お前こそ無事でいてくれ!







 
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