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5 旅は道連れ、世は捨てて
第6話 幸運と不運
しおりを挟む「村の者たちは、実はほとんど残ってないんだ、ここには」
漁師の息子は父の部屋に連れて来た客人に、漁村が寂れた訳を語った。
半年ほど前、突然の大波により波止場が壊され、大きな岩がいくつも岸辺に打ち寄せられた。漁や対岸に行くための船も多くが破損し、それらの修理には多額の資金が必要になった。村の貯えで賄えるようなものではない。
そこで漁師やその他の村人は、湖畔の他の町や集落へ働きに出て、村の復興費用を稼ぐことにした。村に残ったのは、この親子のように出て行けない者たちや、そんな人たちを支える仕事の者たちだった。
「おやじの世話をしながら少しでも波止場や船の修繕を、村に残った人たちの移動や手伝い、それから前に比べれば少ないが漁をしてたんだ。うちの船は助かったからな」
父親が寝床に楽に座っていられるようにと、背中側へ枕をいくつも重ねてやりながら、息子が話す。その顔は一気に険しくなった。
「そんな時に、あいつがやって来た。船の修繕や購入の資金を出すと。それで荷運びをして、出した資金とそれ以上を稼いでくれればいい。その金で村を立て直せるぞ、ってな」
どちらにとっても懐は痛まない美味い話だ。その分、仕事の口は限られるので信頼できる数人だけに頼みたいと、男は言った。
それで村人たちは話し合い、漁村に残っている者と、出て行ったはいいが職が見つからなかった数名だけを呼び戻すことにした。
「条件が変だと思ってはいたんだ。大勢に来られても困るから、船の購入は村の貯蓄でやったと説明しろとか、ここに戻る理由は他へは言わないのが約束だと言ってきた時に。もっとしっかり調べるべきだった、あいつらのことを」
「お前のせいではない。あの時は、みんな必死だった。良い話だと思って決めたんだ」
老いた父の慰めの言葉に、息子は眉をしかめながらも笑みを作る。捜査官の若者は居心地が悪そうに身じろぎして、自分の眉間を指でかいた。そちらへちらりと前髪の奥から金色の瞳を向けた旅人へ、老父が語りかける。
「わしらが備えておかなかったのが悪いのです。湖への感謝を忘れ、神様のお怒りを招いたのでしょう」
神殿の視察官は、目深にかぶった頭巾の内で、微かに眉根を寄せる。苦し気な顔をした父に代わり、息子が説明した。
「何十年か百年ほどの間隔で、湖のほとりが荒れることがあるんだ。今まで何度も、あちこちで繰り返されている。それを水神様のお怒りだって、この辺の者は呼んでるんだけど、うちの村はこの百年以上、誰も覚えがないくらい被害がなかったから備えが足りていなかったんだ」
そこを人買いに付け入れられた。
始めは中身の分からない木箱をいくつか運んで、漁に出た時の一か月分の稼ぎになるような金額を一度にもらえた。それで慣れた頃に、物だけでなく、人を運ぶ仕事が来た。
それも始めは普通の渡しの仕事のようだった。その内、乗客の様子が変わった。年若い男女、人間も亜人も関係なくだ。小さな子も幾人かいた。客は皆押し黙り、彼らへ話しかけようとすると護衛に乱暴に止められた。
荷運びを受けていた者たちが集まり、それを男に問いただすと、脅された。
「雇ってやってるんだ、報酬も資金も払っている。それで足りないなら逆に、こっちに払ってくれと。俺たちと、家族の命で。仲間は湖の周りに、いくらでもいるんだぞと脅されて。男に逆らったせいで一家ごと、危うく殺されかけた者も出た」
「分かった。すぐに、なんとかする」
そのまま部屋を出て行こうとする旅人に面食らい、漁師の親子と捜査官の若者は、神殿の視察官を黙って見送りそうになった。
「おい! なに言ってんだ! 何とかするって、なんだよ!」
我に返り、若者が旅人を止める。
「相手は十人以上だぞ。あんたがいくら強かろうが、向こうは魔銃も持ってんだ。死ぬぞ!」
旅人は、肩をつかんで引き留める若者と、呆然と自分を見やる親子へ、少しだけ振り返って言い切った。
「いや、死なない。装備もあるし」
きっぱりと言い放った旅人の腕の防具に目をやって、若者が呆れた声で諭す。
「なに言ってんだって。それ、騎手と弓術士用の軽量装備だろ。一、二発喰らったら確実に死ぬから!」
「いいや、喰らわないようにして戦う。買ったばっかりだし」
「マジでなに言ってんの、あんた」とつぶやき、旅人の肩から手を放す。盛大に、ため息を吐いた若者も、その手を貸すよりなかった。彼が吐いたため息は、命知らずに賛同と受け取られたようだ。
「一刻の猶予もない」
どこかの何かへ宣告するかのごとく、旅人は言葉を吐くと身をひるがえす。神殿の視察官を追い、捜査官の若者も家を出る。湖岸の方の裏木戸へ向かう旅人の背に、漁師の息子が声をかけた。
「俺も、何かやることは?」
旅人は振り返り、ざっと庭を見渡して、何かが何かを考えた。
塀に囲まれた庭には、雑多に生えた木々と転がった植木鉢。橙色の実を付けた木が、物置の側に生えている。洗い場の脇には大小のたらいやバケツが置かれ、水苔や美しく揺らめく藻が生えた排水路を流れる水が、ささやかなせせらぎを聞かせていた。
「あれ、貸してください」
旅人は庭にいくつかあるバケツのひとつを指さす。
「それから、村で一番目立つところって、どこになりますか?」
何か、とんでもないことになりそうだ。
先ほどの戦いぶりから、神殿の視察官だと名乗った旅人が尋常な者ではないとは分かっていても、捜査官の若者はこれから起こることに、ただただ不安を覚えずにはいられなかった。
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