転生勇者は連まない。

sorasoudou

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5 旅は道連れ、世は捨てて

第2話 成果を聞く。

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「もう一度聞くが、依頼者については何も知らないと言うのだな?」


 小隊長の最後の質問にも、盗賊の首領は首をかしげるだけで答えもしない。両手のかせを装飾品とでも思っているのか、机に置いた指先の爪をながめ、口元へ笑みを浮かべてすらいる。

 何とも人を小馬鹿にした態度だと、小隊長の背後の書き物机でペンを片手に新人警護兵は内心、いきどおっていた。仮眠を少し取っただけでありながら普段と同じな小隊長には恐れ入りつつも、取り調べが穏やか過ぎるのではないかと心配になる。


「それではもう一度確かめるが、今から話すことが君の知っていることの全部でいいのだな? 相違があったなら、きちんと指摘してくれ」


 小隊長は新人から、聴取内容を書き綴った紙を受け取り、読み上げた。


「依頼は君たちを名指しして行われた。話を持ち込んできたのは依頼の仲介人であり、その男も真の依頼者は知らないか、口止めされていて話さなかった。前金として金貨が十五枚、成功報酬はさらに金貨十五枚と銀貨五十枚が約束されていた。魔銃を含む銃を全部で三丁、前金と共に自由に使えと渡された。ここまでは? 合っているな」


 賊の女が爪をながめながらうなずき、小隊長は先を続ける。


「狙いはツノウマをありったけ。厩舎にいるだけ全部を出来るだけ連れて来ること。数が少ない場合でも、引き渡しの場所に金貨六枚相当の一頭でも連れて来られたら報酬は払う。逆に成果が多いと思われる場合でも、報酬についてはそれ以上を求めないこと。そしてもちろん、この依頼に関することについての余計な詮索は無用であり、他にも頼みたいことがあれば向こうから連絡を寄越す」


 女は、銀の塗料が所々はがれた黒く長い爪を指の腹でなでながら、再びうなずいた。ただし今度は、相違はなくても語りたいことがあったらしい。ふうと爪にため息を吐きかけて、賊の女は話し始めた。


「後でまた頼みたいなんてのは嘘。最初から私たちを試してたんでしょうよ。盗みの依頼なんか、大体その都度一回きり。次があることは、ほとんどない。試験よ。これはね、あいつらの仲間に入れるかの試験」


 小隊長は眉を寄せる。新人は慌てて次の紙に、今の話を書き留めた。


「あいつらとは? 仲間が大勢要るような、大規模な仕事が行われるということか?」


「さあ?」と女は肩をすくめた。

 整える前に拘束具から手枷に変わったせいで、ほつれた後ろ髪は結い直されず、だらしなく肩に垂れた。答える気をまた失ったようで賊の首領は上げた手の、ひびが入った爪に引っかかる綿を飛ばすように、もう一度、細く息を吐く。


「では、これで話せることは全部だな? 他の者の自供も合わせて我らから、勇者様にご報告をするとしよう」


 小隊長の言葉に彼女は音を立てて、両手を机に置いた。さっきまで何のやる気も見えなかった瞳は輝いて、食い入るように小隊長へ向けられる。


「勇者様っ! 勇者様がおいでなの? 私から話すわ、お聞きになりたいことは!」


 新人が思わず、ため息をついた。職務中の嘆息へ、机を指で叩いて無作法だと注意をし、小隊長は身を乗り出さんばかりの賊へと問い返す。


「勇者様のお望みであるなら、全部を話すというのか? それならば全部、すべて、今ここで打ち明けてくれたまえ。このような場所へ、救世主様をお迎えする訳にはいかない。我々から勇者様へお伝えしよう。君が素直に捜査へ協力してくれたことは、必ず報告書に書き入れねばならないのでね」


 あれほどふてぶてしく取り調べをやり過ごしていた盗賊団の首領は、今回の依頼とそれ以外にまつわるうわさについて、知っていることを残らず全部語った。
 まるで、恋文の代筆でも頼んでいるかのようだ。語るごとに、うっとりと笑みを浮かべては、まだらな銀で塗られた爪をまた見やって、ため息を吐く。そんな罪人の様子に小隊長も、内心でため息をついた。


 愛されしものの加護をお使いになったとはおっしゃってはいなかったが、塔から投げ出されたのを助けたのが、人嫌い勇者様の運の尽きであったのだろう。
 蹴り出された己のそれまでの行いを忘れ、賊の首領は今や、完膚かんぷなきまでに叩きのめされたはずの勇者様にご執心だ。
 亜人の中でも獣人は、己より強い者に従順になる傾向があると言われているが、それでいけば世界を脅かす魔王を倒す救世主である勇者様は、これ以上ないほどの存在ということになる。


 おかげで取り調べは上手くいったが、これから先の勇者様の身を案じて、小隊長はとうとう、ため息を表へ吐き出した。
 取調室を出た途端の嘆息に新人警護兵は、昼夜問わずに働き通しの大先輩の身を案じる。どうかしましたかと思わずたずねそうになったが、遠くを見るかのごとく目をすがめた小隊長から漂う疲労感に掛ける言葉を失い、口をつぐんだ。


 体の疲れだけではない。小隊長はこの後、救世主様を心酔する方へと面談し、取り調べの報告をすることになっていた。


 事前に通信機越しで話しただけの顔も知らない相手に非があるわけではない。だが、なぜだか、面と向かって話すことに気が進まない。人見知りの息子に似た勇者様のことを案ずると、その二人に同調してか、熱のこもった瞳の前に身を置くことを憂えてしまうのだ。
 訪問者を待たせた詰所の奥の自身の部屋へと向かう小隊長は、またひとつため息をついてから、書類を手に扉を開けた。






 艶やかな黒で塗られた重い扉を開き、部屋へ入ってきた亜人は尖った耳をいささか緊張で震わせながら、主人へ成果を報告した。


「馬の調達に失敗いたしました」


 窓を背に、どっしりとした書き物机を前にした男は顔も上げず、淡々としたいつもの口調で返す。


「そうか。気にするな。別で補完出来る、些細なことだ」


 ざっとながめていた何かの機器名と数字が羅列された書類を机へ置き、顔を上げた男は続けた。


「そういえば、奴は牢にいるそうだな?」


 問われた手下は、すぐに答える。


「はい。接触はただちに中止を命じました」


「追いはぎなど、馬鹿なことを」


 書類を整えて机の端にやると、男はかぶりを振った。


「あいつも、それまでの男だったのだろう。今度のも、そうか」


 革張りの椅子へ見るからに頑強そうな体を預け、男は小さく伸びをした。両ひじを机に付いて手を組むと、連絡を担う手下へいたわるような、やわらかな視線を向けながら語った。


「あのような者たちを、これ以上、生み出さないためにも。計画を進めなくてはな」


 こつこつと、非常に小さな音で扉が打たれた。
 遮音性が高い厚い扉の向こうでは、手下の部下である男がなぜかわずかに体を震わせながら、追加の報告を持って待っていた。小柄で細身の体を濡れているかのように震わせる姿は、獣の耳が髪の毛の間から見えてはいなくても、ねずみのようだと思わせるだろう。
 耳打ちにしてもさらに小さな声で追加連絡の内容を聞いた手下も、その身をこわばらせた。部屋に戻り、主にはあまり聞かせたくはない報告をする。


「ご報告が。街には、勇者が現れた模様です」


 主人である男の眉が大げさに動く。にらみつけられたように感じて、手下は身をすくませた。


「勇者様、お優しい方らしいわよ」


 身をすくませた手下が凍り付きそうなほどに張りつめた空気を何ひとつ感じていないのか、優美な声が部屋の奥から、主へ投げかけられた。

 畳んだ新聞を片手に、黄金色こがねいろの尾を揺らして、掃き出し窓から若い女が歩んでくる。
 三角定規のような大きな両耳が、尾と同じに美しい艶をした黄金おうごんの髪に立ち、微かに動く。若葉色の瞳と整った顔立ちは、少女のようにも見えるほど可憐だ。

 彼女の登場でなごんだ部屋の空気に、手下はほんの少しだけ息をついた。少しにとどめたのは、部屋の主同様、この獣人の娘も相当な食わせ物であると知っているからだ。


 新聞を机の中央に置き、若い女は男が腰かける椅子の背もたれへ手をのせ、そこへ寄りかかるようにして側へ立った。
 男は自身の肩にしなだれかかる彼女から、太字の見出しと想像図が目を引く、数日前の記事に目をやる。

 暗い洞窟の中で山賊へと剣を振るう、真白い絵姿がそこにあった。村長の横領を暴き、街道の整備にまで心を尽くして行かれたと、村人たちの感謝の言葉が紙面を埋める。


「山賊に馬泥棒。救世主様は、ご活躍のご様子だな」


 新聞を広げてざっと目を通し、男は、これ以上ないほどの笑みを見せながら語った。


「人嫌いだと情報があったが……人助け、誠に良いことではないか。お会いするのが楽しみだ」


 そのための準備は着々と進んでいる。勇者の姿をその目にする日を思って、男はさらに笑みをこぼした。

 最強と名立たる不朽の器を得た、創造の神々の加護を受けし者。

 その真の力が、いかほどのものか。ただ強さを追い求めてきた男は、楽しみでならなかった。


 勇者と戦う、その日が。







 
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