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4 情けは勇者のためならず
第17話 きりきり舞い
しおりを挟む双剣を操るレイオンは自身へ賊を引き付けるように、背後に大きく飛んで下がる。二人の賊は左右から、少し屈み込んだ彼女へ得物を振りかぶった。
持ち手を覆うように付いた湾曲した刃を使い、左右の剣を受けて払う。そのまま二、三と軽やかに回って、降って来る火の粉の中へと男たちを誘うがごとくに、レイオンは厩舎のすぐ側へとさらに退いた。
狩人のクーシは、左手から迫る短剣の男を狙い撃つ。簡易的な胸当てしか付けていなかった馬泥棒は右の脇腹を正確に射られ、身をひねって倒れた。
森の民を祖父母に持つ狩人は、冷静に次の矢をつがえる。まだ距離はある。次に狙うのは、一番離れたところからこちらへ向かってくる、細身の剣を構えた男だ。
そいつが馬泥棒の主犯だと、クーシは目星を付けた。他の者に指示をしているのを、平屋の陰から駆け付けて来る時に見かけていたからだ。ただの下っ端らしいもう一人に関しては仲間に任せればいいと、少女は知っていた。
魔法書へ目を落とす支援魔術師を、何の考えもなく襲おうとしていたもう一人の賊は、駆けつけて来る獣人の傭兵に気付き、慌ててそちらへ向き直る。その後頭部が、鈍器で打たれた。
致命傷にはほど遠いが、不意を突くには最適の衝撃だ。分厚い書を手にした魔術師へと思わず振り返ってしまった賊は、傭兵の長剣を無防備に剣で受けてしまい、その手の得物を取り落とした。
泥棒が専門で戦闘の心得はなかったのだろう。トーラオの拳をあごに受けると、ひっくり返って動けなくなった。
トーラオは馬泥棒の両手を縛り上げながら、支援魔術師を見上げる。
「サエッシャ、意外とひどいことをするんだな」
「水陣の詠唱中に邪魔しようとするからですよ。役に立つところも見せておかないといけませんし」
学院主席卒業の支援魔術師は、昨日の「要らない」発言を気にしていたらしい。指をしおり代わりにしていた魔法書を開くと、詠唱の続きを始めた。魔術の行使を再開したサエッシャを洋弓銃を構えたクーシが守り、その側をトーラオが固める。
普段はばらばらに仕事を受ける機会が多い三人だが、紹介所の喫茶室でよく顔を合わせて話しをするせいか、自然と連携が取れていた。
三人が相手では不利なのは一目瞭然だ。指示役の男は離れたところで立ち止まり、肩と腹に矢を受け苦しむ仲間二人に、無情な命令を告げた。
「さっさと馬を抑えろ! 捕まりたいのか!」
二本の角を振りかぶり、闇雲に土を蹴って、ぐるぐるとその場で回るツノウマには慣れた厩務員でも容易には近付けない。首を振るたび、右に左にと振り回される手綱をつかもうと手を伸ばすのだが、寸前のところで上手くはいかなかった。
もちろん、矢傷を受けた賊たちにも暴れ馬の捕獲など至難の業だ。よろよろと立ち上がった賊たちは近付くことすら出来ない。そんな賊と、怒りと興奮で我を忘れたツノウマの間にその時、天から何かが舞い降りた。
緑の外套と白い前髪をなびかせ、人がひとり、塀を飛び越え現れる。
その場に居合わせた全員が驚いたが、最も肝を冷やしたのはツノウマであったらしい。いなないて後ろ足で立ち上がったツノウマは、前足を地に付けたと同時に彼へ癇癪を起こさせる憑き物が払われたのか、暴れるのを止めて静止した。
「ごめん、申し訳ない。驚かせたね、ごめん」
魔王討伐で王都を旅立ってから、二度も馬に謝ることになるとは思ってもいなかった。勇者はこちらをにらみつけてくるツノウマを見上げ、おろおろと慌てた様子で、ごめんねと繰り返す。
「さっさとやれ! 馬だ!」
おかしな乱入者に呆然としていた指示役が、我に返って怒鳴った。
大人しくなった今こそ、獲物を奪う好機だ。訳の分からない奴を相手にするのは怪我人でもいけるとなり、痛みによろけつつも矢傷を負った賊が二人、馬の前に立つ旅人を襲った。
勝敗は一瞬。傭兵と小さな狩人が手出しするまでもなく、決まった。
脇腹の痛みで顔をゆがめたまま、片手剣を大きく振るった賊は、素早く身を屈めた旅人の姿を目で追うことすら出来なかった。目の前からかき消えたようにしか見えなかった一瞬で、次には全身に衝撃が走る。
勇者は、大振りになぎ払われた剣をかいくぐり、瞬時に男へ接近した。
右手で相手の左腰をつかむと手前へ引きながら、左足に体重をかけて立ち上がる。空いた右足で相手のひざ裏から足払いした。倒れかけていた男の両足は、あえなく地を離れる。
宙に浮いた賊は、ひっくり返った勢いそのまま腰を地面に打ち付けた。当然、矢が刺さった脇腹にも激痛が走る。悲鳴を上げる間もなく、痛みで意識を失った。
見せかけの攻撃で乱入者に飛びかかろうとしていたもう一人の賊は、旅人がもう一方に向くと同時に、本来の獲物へ狙いを変えた。
重要なのは馬だ。金になるのはツノウマだ。薄汚れた旅人風情ではない。
歯を食いしばって矢を抜いた時に自らの血で汚れた手を、手綱に伸ばす。
そんな賊の殺気は、とっくに勘づかれていた。ツノウマは跳ねるように歩んで身を返すと、頑丈な後ろ足を蹴り出した。
腹を蹴られないだけ、マシだった。危ないとかばった両腕と傷付いた右肩を蹴り上げられ、体が吹っ飛ぶ。
縮こまった大柄の体躯は砲弾のように板塀まで飛んだ。数列の板が割れ、向こうの景色が見える。叩き付けられ転がった賊に、板の破片が降った。
獣人は命の危機を感じると、耐久力を上げる身体強化が無意識に発せられる者がいる。
耳の先が多少とがったくらいでしか生まれを見分けられない男にもその力が発揮されたようで、立ち上がれないまでも、うめくくらいは出来ていた。何を間違って馬泥棒に堕ちたかは当人以外に知る者もいないが、今この時だけは産みの親に骨折で済んだことを感謝しても良いだろう。
残る賊は三人。指示役の男は破綻した計画を立て直す手立てを求めて、周囲をうかがう。双剣使いと戦う二人へ、自然と注目は集まった。
天から降った救世主の騒動をよそに、レイオンの双剣は火の粉を切り刻みながら、賊を翻弄していた。
近付こうとすれば剣と腕、足を払われ、彼女の接近を許せば腹と太もも、すり抜けざまに背中も打たれる。祭礼用の模造品だという双剣に刃が付いていたら、間違いなく体中を切り刻まれているところだ。
動きに付いて行けず息が上がる賊二人と違い、レイオンは呼吸をすると共に、小さく歌をつぶやいていた。
「雲は逸る、龍を追って。我らも行かん、雨雲を追って。良いや宵や、天の橋かけ。集めて早し、五月雨の川。雲は逸る、龍を追って……」
幼い頃から耳にし、口ずさんで来た歌だ。一族に伝わる舞踏を習うと同時に、この、神へと祈る歌も引き継がれる。
紛れもなく、レイオンの動きと戦い方は舞だった。神に豊穣を乞う踊りに、踊っているようにして戦う武術が組み込まれている。
軽業師も使っていたな、この戦い方。
勇者が神殿での手合わせを思い出していると、トーラオがぼそりと低い声でつぶやいた。
「雨だ」
霧雨が降って来る。それも火の粉が舞う、厩舎の真上だけに。
こんな使い方ができるのか!
勇者は紹介所での話を思い返した。
支援魔術の中には防壁や障壁の対攻撃用の防御に使うものの他に、その場の属性を操って、攻撃や防御のみならず、身体強化へも有利な付与を行える魔法がある。
この場で今、展開されているものは、水陣。水属性の攻撃や防御性能を上げる魔術で火の手を押さえて延焼を防いでいるのだが、それともうひとつ。それを付与されている人の特性で、新たな魔法が発現した。
レイオンの舞に込められた願いは、雨乞い。彼女の一族が代々受け継いできた神に捧げる舞の目的は、その土地の豊饒を願い、雨を呼ぶためのものだ。
霧雨が屋根の炎を鎮めていく。魔法で放たれた火にはやはり、魔法が有効なのだろう。消火剤よりも早く着実に、火の手は小さくなっていった。
賊の体力も風前の灯火であったのか、レイオンの右手にいた男がこれで最後だと、彼女の肩を狙って力いっぱい剣を斬り下げた。
回転で身をかわして剣を避けたレイオンの右ひじが、空振った賊の頬に叩き込まれる。それと同時に大きく振り上げた左のつま先が、右手から迫って来ていたもう一人の男のあごに決まった。
そのまま体を倒した彼女は、双剣を握った片手を地に付く。腕一本で身をひねって跳ぶと、右と左の男を同時に蹴った。頬にひじを喰らった賊が下腹を、つま先であごをやられた男が背中を蹴られ、疲弊した体をさらに痛める。
よろけた二人に息つく間も与えない。しなやかに着地し、起き直ったレイオンはその場で軽く跳ぶと、双剣をそれぞれ賊の脳天に見舞った。
左右の男たちが同時に崩れ落ちた真ん中で、両手の双剣を軽やかに回して手に収めると、レイオンは観客へ目を向けた。
「もっと舞ってあげてもいいんだけど、どうする?」
観客たちの注目はすでに、双剣の舞踏家から、残る一人の賊へと移っていた。
ここにいてももはや、双剣の連打と矢の雨、拳と剣に、厄介な魔法を一身に浴びることになるだけだ。訳の分からない乱入者が何なのかなど、馬泥棒にはどうでも良いことだった。
ツノウマの手綱は厩務員の手に戻り、そこまでたどり着くことさえ出来そうにない。指示役は動けぬ仲間を捨て、駆け出した。
割れた板塀に出来た、脱出口へと向かって。
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