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4 情けは勇者のためならず
第16話 適材適所
しおりを挟むぎりぎり間に合った。
賊の到着よりも早く警護兵の配置が終わり、気付かれずに済んだ。
念のため、それぞれの厩舎が板塀で仕切られた区画には、くまなく警護兵を配置してもらった。だが狙いはきっと、黒い板塀のツノウマのところだ。紹介所の者たちには、ここを重点的に警戒して欲しいと頼んでいる。
どこに内通者や手引き役が潜んでいるかも分からないので、牧場の人たちには危険を知らせることができなかった。どんな風に襲ってくるかは推測できてはいるが、実際に何の攻撃を受けるかは、起こってみないと分からない。
一番怪しいのは火事だろうな。厩務員さんたちが自ら敷地の外へ馬を連れ出すとなると、それが最も自然な流れになる。
泥棒よりも魔物や獣を恐れて、馬たちは日が傾くよりも早く、夕刻になる時には綺麗に掃除された馬房に戻っている。そこから日が暮れるまでは、牧場で働く人たちも休息の時間だと聞いた。
夜道を避けて日暮れまでにと、街には大勢が馬車や馬でやって来る。
外から来た馬たちの世話や翌日の手配を日が暮れてから頼まれることもあり、今のうちに休憩を取っておくのが、この街の習慣になっているそうだ。この時間、どこの厩舎も夜に備えて、周囲に人影はない。
あ、ほら、思った通りだ。
日が傾き始めたのを見計らったように、街の方からぞろぞろと、招かれざる客がやって来た。
全部で十人。馬を奪う者と人を襲って追い払う方に分けると少ないような気もするが、混乱を突くならこれくらいの人数でも大丈夫だと算段したのだろう。上着の下に武器を隠した男たちが、警戒しながら目的地に近付く。
黒い板塀から少し離れた場所で、中の一人が立ち止まる。もう一人が厩舎の裏側へと回り込んで行った。他の男たちは誰もいない道を駆け、門の近くや塀の側に身を潜める。
離れたところに立つ男が懐から抜き出した武器を掲げた。
魔道銃か。そこの位置からなら塀の上部に見える厩舎の屋根を狙い撃つことができる。男が引き金を引くと、炎が弾になって飛んで行った。
魔道銃、魔銃と簡潔に呼ばれるそれから放たれた魔法攻撃は、知識として知る地球の銃弾よりもゆっくりとした、目に見えるくらいの速さで飛び、弓なりに厩舎の屋根へ落ちた。
魔法攻撃に備えた防壁までは設置されていないようだ。落ちて燃え上がった炎は帯状に広がり、軒に向かって傾斜を滑り落ちながら、板葺の屋根をなぶっていく。
炎の広がりが思ったよりも早い。そっちの備えもしてもらっているとはいえ、撃つ前に止めた方が良かったかと思うほどの勢いだ。
ただの炎が生み出されるわけではないのかもしれない。ナレジカの件もあったし、魔法をもっと用心しないといけなかったのか。
待っている場合ではないと腰を浮かせかけた。その時、銃声を聞いて表へ出て来た人が、燃える屋根にすぐ気付いて声を上げた。
「火事だ」という叫びに厩舎の側の平屋の建物から続々と、厩務員や作業員が走って来る。馬を連れ出すため、屋根が燃える厩舎へと飛び込む人々。おびえるツノウマたちの鳴き声と、それをなだめて連れ出す人の声が、ここまで届いた。
厩舎の軒からは火の粉が落ち、そちらへ向かって作業員たちが何かを投げている。投げつけられた物が白い粉を上げ、弾ける。火の勢いが小さくなった。消火剤の玉のようだ。
消えたはずの炎が再び立ち上がり、燃え出す。
変だな。大きく揺らいで炎を上げているだけで、屋根そのものはそんなに燃えているようには見えない。こういう魔法なのか、頼んだことが上手くいっているからなのか、異世界から来た自分では判断が付かなかった。
馬たちはすべて外へと連れ出され、正門前の広場で右往左往していた。
板塀が途切れた一角、厩舎の背後に広がる牧場への柵の前では、馬と厩務員たちが立ち往生している。裏側に回った奴の仕業か。開かない柵から門へと誘導する声が、ひと際響いた。
その声に、門前へと集まって来た賊たちが身構える。この数分は奴らにとって、計画通りに進んでいる。もちろん、こちらにとっても。
倉庫から駆け出して来た小隊長と警護兵が、門を狙う賊を足止めする。高らかな警笛が集結を呼びかける。
賊に協力者はいないようだ。放牧地となった区画の一番端の敷地である、ここにいる者たちと警笛の意味を知る警護兵たち以外に、火事にも馬泥棒にも気付いた人は、ほぼいない。見回した周囲に不審な動きをする者はいなかった。
行こう。
塔みたいな貯蔵庫の屋根から跳ぶ。落ちながらも状況から目を離さない。
屋根に上がる炎のうねり。声を掛け合い、走り回る作業員。軋んだ音を立てる門扉。男の怒鳴り声。動く賊たちと剣に反射する日射し。
倉庫の屋根に着地した時、銃声が聞こえた。うめき声。再度警告する小隊長の声。
ここは任せて、屋根の端からそのまま、板塀の向こうへ跳ぼうとした。転げ回っていた男がくの字に折った体に隠し、魔銃を握っているのが、ちらりと目に入る。
「危ない!」と声をかけたが、それだけでは足りない。
屋根から脇の道に横っ飛びで降りる。とっさのことで神剣に手をかけていなかった。手ぶらなら、それを使えばいい。燃えないという不朽の体を試す。
熱い!
思ったより、かなり熱かった。思わず叫んだくらいだ。
もしかすると魔法の場合、炎はその熱や火の勢いが強化され、物を燃やすのとは違う作用が生まれるんだろうか。
道に叩きつけた炎の弾丸は土ぼこりを上げて弾け、跡形もなくなった。右の手のひらから上る煙を払う。
警護兵たちがこの隙に一気に賊へと飛びかかり、犯罪者の身柄を押さえる。撃たれた賊以外、怪我人は出なかった。良かった。危ないところだったな。
みなさんにここを任せて、今度こそ、中へ向かう。残りは七、こちらは四人。
違った。自分を入れてなかった。四人の旅仲間と旅人一名か。
塀を跳び越えて見たのは、思っていたよりも目覚ましい、四人の戦闘の跡だった。このわずかな時間でと驚くしかない。
自分こそ、必要なかったかも。紹介人のおじさんには後で、さすがでしたと謝っておかなきゃな。
外から聞こえた笛の音に、警護兵が助けを呼んでくれているのだと、誰もが一度は安堵した。
門が開いた途端、向こう側から声が上がる。
「動くな」と止める言葉が聞こえた気もしたが、その後の怒鳴り声で、何が塀のあちら側で待っていたのかを厩務員たちは知った。
「奪って逃げるぞ!」
馬泥棒だと気付いた時には、武器を手にした男たちがなだれ込んで来た。門の開錠を行った作業員は賊の勢いに驚き、飛び退く。賊の一人がその作業員を蹴り上げ、さらに遠ざけた。
今まで以上の騒ぎになった。牧場への柵が開かないことは承知だが、人も馬も、そちらへ逃げる。
「こちらです! 牧場の方へ!」
太く通る声が、背にした柵の方から聞こえた。ツノウマの手綱をしっかりと握り、背をなでて少しでも落ち着かせようとしていた厩務員は、押しても引いても開かなかった柵の扉へと再び目を向けた。
厩務員と馬の眼前を、見知らぬ男が横切る。
宙を吹っ飛んだ男は、平屋と牧場の間の道に背中から落ちた。男を追うようにもう一人、見ず知らずの男が現れる。傭兵らしき虎耳の男は手にした長剣を、柵の扉の留め金に叩き付けた。扉が衝撃で、わずかに開く。
何事かよく分からないが、それで牧場への道が解放されたのは確かだ。青ざめていた顔色が多少は良くなった厩務員は、賊から逃れて来る仲間と馬たちを呼んだ。
剣の一撃でもろとも吹っ飛んだ、てぐすの透明な糸と、ひん曲がった留め金を馬の足を傷つけないようにと素早く拾い、傭兵トーラオは扉に手をかけた。
金槌のような堅い拳をまともに喰らって、てぐすと同じに吹っ飛んだ賊の方へと、扉を引いて駆ける。もう片方は、すぐ側にいた厩務員が、ツノウマを引きながら押し開けた。
馬と人は続々と、牧場に向かって避難して行った。傭兵は転がる男を用意してきた紐で縛り上げ、側の柵にその先を結ぶ。柵をくぐり、トーラオは次に厩舎へ向かった。
逃げるツノウマの背後を狙う賊を追い払い、消火にあたる作業員たちを守る者がいる。彼が受けた仕事はまだ、始まったばかりだ。
追撃を恐れて賊が閉じた門の側では、押し込んで来た泥棒に驚いたツノウマが一頭、手綱を持っていた厩務員を振り払って暴れている。賊が二人がかりで、ひと際体格の良い黒馬を押さえようと躍起になっていた。
阻止しようとする厩務員を、馬泥棒が剣で切り捨てようとした。
剣を振り上げたその右肩を射抜かれる。獣の雄叫びのような悲鳴を上げた賊は、肩に刺さった矢を押さえ、よろけて板塀に体を預けた。
「下がりなさい!」
警告する声は幼かった。だが、鹿に似た耳を帽子で隠した森の民の少女の眼光は、血走った賊のものよりもするどく、次の矢をつがえる仕草にためらいはない。小型の洋弓銃は通常の弓よりも殺傷能力が高いが、人に向けて引き金を引くことに何の抵抗もないようだった。
「その傷に付ける薬草も、バカに効く薬もありませんよ」
賊たちに向かって吐き捨てた少女の背後、平屋の裏手から、長い衣をまとった女性が魔法書を手に現れた。
「鎮めよ。燃え盛る火を。心を飲む怒りに清らかなるしずくを……」
分厚い本を開いた彼女は何かを延々とつぶやいている。文字を読まなくても暗記した詩を唱えることは出来るが、こうして魔法書を開き、わざわざ長い文章を詠唱するのは、それだけ威力の強い魔術を行使しているということだ。
しかし、周囲に何かが起こる気配はなかった。屋根に残る炎は消火剤で勢いこそ衰えてきたとはいえ、まだ消えそうにない。
火事には立ち向かえても盗賊からは逃げ出す他ない作業員たちは、そこへ現れたトーラオに誘導されて、放牧地側から消火をと建物の裏へ駆けて行った。
避難するツノウマと厩務員を追った賊が、殺気に足を止める。剣を構えた刹那、厩舎の影からの一閃と蹴りが男に叩き込まれた。
かろうじて双剣を片手剣で受けきった賊だが、その次に繰り出された蹴りが左腕に当たる。踏ん張って耐えたところへ、下から突き上げられた双剣が手の中の剣を飛ばした。
がら空きになった首の両側を左右同時に殴打される。視界が歪み、賊は仰向けにその場へ倒れた。側に立つ双剣使いの服の裾が、下ろした足にふわりとまとわりつく。
深い切れ込みが入った濃紺の服は、頭の上にまとめた長い髪の色と合わせたものだ。戦うにしては優美な装いが、燃え上がる厩舎の屋根を前に一層、目を引く。
冷ややかな瞳を残った賊共に向け、そちらへ歩む双剣の武闘家は語った。
「安心しなさいな、祭礼用の模造品だから。矢に撃たれるよりはマシでしょ?」
残るは五人。矢で撃たれるのを選んだのが三人、双剣で打たれるのを選んだのは二人だ。まだ数が多い分優位であると判断し、馬泥棒は一斉に、彼女たちへ襲い掛かった。
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