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4 情けは勇者のためならず
第17話 適材適所
しおりを挟む外から聞こえた笛の音に、警護兵が助けを呼んでくれているのだと、誰もが一度は安堵した。
門が開いた途端、向こう側から声が上がる。
「動くな」と止める言葉が聞こえた気もしたが、その後の怒鳴り声で、何が塀のあちら側で待っていたのかを厩務員たちは知った。
「奪って逃げるぞ!」
馬泥棒だと気付いた時には、武器を手にした男たちがなだれ込んで来た。門の開錠を行った作業員は賊の勢いに驚き、飛び退く。賊の一人がその作業員を蹴り上げ、さらに遠ざけた。
今まで以上の騒ぎになった。牧場への柵が開かないことは承知だが、人も馬も、そちらへ逃げる。
「こちらです! 牧場の方へ!」
太く通る声が、背にした柵の方から聞こえた。ツノウマの手綱をしっかりと握り、背をなでて少しでも落ち着かせようとしていた厩務員は、押しても引いても開かなかった柵の扉へと再び目を向けた。
厩務員と馬の眼前を、見知らぬ男が横切る。
宙を吹っ飛んだ男は、平屋と牧場の間の道に背中から落ちた。男を追うようにもう一人、見ず知らずの男が現れる。傭兵らしき虎耳の男は手にした長剣を、柵の扉の留め金に叩き付けた。扉が衝撃で、わずかに開く。
何事かよく分からないが、それで牧場への道が解放されたのは確かだ。青ざめていた顔色が多少は良くなった厩務員は、賊から逃れて来る仲間と馬たちを呼んだ。
剣の一撃でもろとも吹っ飛んだ、てぐすの透明な糸と、ひん曲がった留め金を馬の足を傷つけないようにと素早く拾い、傭兵トーラオは扉に手をかけた。
金槌のような堅い拳をまともに喰らって、てぐすと同じに吹っ飛んだ賊の方へと、扉を引いて駆ける。もう片方は、すぐ側にいた厩務員が、ツノウマを引きながら押し開けた。
馬と人は続々と、牧場に向かって避難して行った。傭兵は転がる男を用意してきた紐で縛り上げ、側の柵にその先を結ぶ。柵をくぐり、トーラオは次に厩舎へ向かった。
逃げるツノウマの背後を狙う賊を追い払い、消火にあたる作業員たちを守る者がいる。彼が受けた仕事はまだ、始まったばかりだ。
追撃を恐れて賊が閉じた門の側では、押し込んで来た泥棒に驚いたツノウマが一頭、手綱を持っていた厩務員を振り払って暴れている。賊が二人がかりで、ひと際体格の良い黒馬を押さえようと躍起になっていた。
阻止しようとする厩務員を、馬泥棒が剣で切り捨てようとした。
剣を振り上げたその右肩を射抜かれる。獣の雄叫びのような悲鳴を上げた賊は、肩に刺さった矢を押さえ、よろけて板塀に体を預けた。
「下がりなさい!」
警告する声は幼かった。だが、鹿に似た耳を帽子で隠した森の民の少女の眼光は、血走った賊のものよりもするどく、次の矢をつがえる仕草にためらいはない。小型の洋弓銃は通常の弓よりも殺傷能力が高いが、人に向けて引き金を引くことに何の抵抗もないようだった。
「その傷に付ける薬草も、バカに効く薬もありませんよ」
賊たちに向かって吐き捨てた少女の背後、平屋の裏手から、長い衣をまとった女性が魔法書を手に現れた。
「鎮めよ。燃え盛る火を。心を飲む怒りに清らかなるしずくを……」
分厚い本を開いた彼女は何かを延々とつぶやいている。文字を読まなくても暗記した詩を唱えることは出来るが、こうして魔法書を開き、わざわざ長い文章を詠唱するのは、それだけ威力の強い魔術を行使しているということだ。
しかし、周囲に何かが起こる気配はなかった。屋根に残る炎は消火剤で勢いこそ衰えてきたとはいえ、まだ消えそうにない。
火事には立ち向かえても盗賊からは逃げ出す他ない作業員たちは、そこへ現れたトーラオに誘導されて、放牧地側から消火をと建物の裏へ駆けて行った。
避難するツノウマと厩務員を追った賊が、殺気に足を止める。剣を構えた刹那、厩舎の影からの一閃と蹴りが男に叩き込まれた。
かろうじて双剣を片手剣で受けきった賊だが、その次に繰り出された蹴りが左腕に当たる。踏ん張って耐えたところへ、下から突き上げられた双剣が手の中の剣を飛ばした。
がら空きになった首の両側を、左右同時に殴打される。視界が歪み、賊は仰向けにその場へ倒れた。側に立つ双剣使いの服の裾が、下ろした足にふわりとまとわりつく。
深い切れ込みが入った濃紺の服は、頭の上にまとめた長い髪の色と合わせたものだ。戦うにしては優美な装いが、燃え上がる厩舎の屋根を前に一層、目を引く。
冷ややかな瞳を残った賊共に向け、そちらへ歩む双剣の武闘家は語った。
「安心しなさいな、祭礼用の模造品だから。矢に撃たれるよりはマシでしょ?」
残るは五人。矢で撃たれるのを選んだのが三人、双剣で打たれるのを選んだのは二人だ。
まだ数が多い分優位であると判断し、馬泥棒は一斉に、彼女たちへ襲い掛かった。
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