転生勇者は連まない。

sorasoudou

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4 情けは勇者のためならず

第14話 計画通りに

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 昨日さくじつ、神殿関係者のため旅の仲間たちが集められていた上客用の応接室には、その時にもいた数名が再び顔を合わせていた。紹介人も先日と同じ、登録者選定の目利きに定評がある古参の男だ。
 少々緊張した面持ちの紹介人と旅仲間の候補者たちの前に立つのは、それも昨日と同じ人物で、相変わらず目深に頭巾フードをかぶり、長ったらしい前髪で両目がほぼ隠れた旅人だった。


「……と、いう訳なんです。今日か明日かは正直なんとも言い難いのですが、みなさんの力が必要になることは間違いないかと思います」


 旅の者の言葉に、部屋に集った各々は互いの顔を見つめ合う。信じるに値する話なのかという疑念はありつつも、旅人が語ったことは腑に落ちる点もあると思わずにはいられない内容だった。
 虎耳の傭兵が、うなずく。


「なんとはなしに自分も気にはなっていたことです。費用を押さえたいとはいえ、人に聞き回ったり、牧場を二つ、三つ回っていたら、なじみの貸し馬車屋でも紹介してもらえるでしょうから」


 馬に関わる仕事が多い街なのだ。厩舎や牧場をたずねるのも良いが、街中を歩く方がさらに多くの情報を得られるし、もっと早く条件に合った馬や馬車を見つけられる可能性は高い。それにも関わらず、その者たちは繰り返し、あちこちの牧場を訪れている。
 学院主席の支援魔術師と双剣の舞踏家兼武闘家も、傭兵の話にうなずいた。薬草採りの狩人の少女が、胸の前へやった両手をきつく握りしめる。


「あたしは受けます。この仕事」


 この中では一番年少の彼女の言葉に残る三人も参加を決意し、もう一度互いの顔を見やった時だった。
 走る者など滅多にいない廊下を、あからさまな足音が駆けて来る。入室の許可を求めもしないで応接室の扉を開け放ったのは、息を切らした折れ耳うさぎの青年だった。


「おっさん! ミュルエルは……おまえ、何でここに?」


 仲間は要らない発言をその耳にした場所で再び旅人の姿を見つけたイアンは、思わず問いを口に出していた。ただそれへの答えはなく、別の質問が旅人から出る。


「いないのか? ここにもいない」


 続いて「よりによって」と不穏なつぶやきが確かに聞こえた。イアンは旅人が発した微かな言葉と、応接室に集まった面々の様子に、何かが起こったことを悟った。


「いないのは知ってる! だから宿にも、治療院にも行って」


 自分の言葉で幼なじみの身に何が起こったかを、はっきりと確信したのだろう。部屋を背にし、駆け出そうとしたイアンの右手がつかまれた。


「待て。奴らに気付かれてはいけない。隠れ家から引き離すんだ」


 旅人の言葉に混乱が大きくなる。つかまれた右腕とつかんだ者を交互に見て、イアンは口を開く。けれど質問の言葉が出て来ない。
 確信していたはずのことが無情にも頭の中から消えてなくなった。何が起きているのか分からない。ここにいる連中はそれを知っているらしいということだけが強烈に、イアンの思考を占めた。


「すぐに準備を。警護兵の詰所に行って来ます。先に行って下さい。今日、実行する気です」


 混乱したままのイアンの腕を離し、早口の指示を残して、旅人は応接室を駆け出して行った。







「信用できるんですか、この話」


 警護兵は小隊長に、聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声でたずねる。常々つねづね、年功序列で階級をもらっただけだと言い張る小隊長は、壁を隔てた周囲の様子に気を配りながら、小銃片手に答えた。


「大丈夫だ。きっと大丈夫だ」


 警護兵は首をかしげた。今から起こるとされていることは、大丈夫と言えるような内容ではないはずだ。
 班を任される小隊長に昇格しても、現場主義でこうして新人を相棒に選び、牧場の周囲を歩き回る方を選んだ大先輩のことは信頼している。


 でも情報源がなあ。


 出そうになった言葉とため息を飲み込むように顔を上にやった新人警護兵は、通風用の小窓から差し込む陽射しを見つめ、こんな時間にと胸の内で愚痴った。
 後輩の心の声が聞こえていたのか、小隊長が独り言で説明を始める。


「この時間。この時間か、確かにそうだ。先入観を持ち過ぎていた。何も盗人は、暗くなってから出るものでも……」


 軽い破裂音が壁の向こうから聞こえた。驚いた警護兵と小隊長が顔を見合わせる。

 まだだ、もう少し。

 二人がさらに息をひそめたその時、建物の表から悲鳴に似た大声が上がった。


「かじだ、火事だ! 厩舎がッ!」


 火事という言葉に立ち上がりかけた後輩を小隊長が制す。慌てる人々の声が聞こえ始め、馬のいななきや、ひづめが土を蹴る音が喧噪を煽った。一層慌てた声が響く。


「柵が開かない!」

「放牧場のか? 門から出せ! 正面の門だっ!」


 門という言葉を聞き、小隊長が身を起こした。整備用の農機具などが納められた倉庫から、後輩の警護兵と共に道へ飛び出す。


「当たった!」


 思わず小さく叫んだ新人警護兵の前に広がっていた光景は、それまで信じていなかった情報源が、もしかしたらと前置きして告げて行ったのと、まったく同じものだ。



牧場まきばに逃げられては、人が馬を追うのは絶対に無理です。塀や柵で区切られた前の道におびき出したところを襲うはず。賊は、門の前に集結すると思います』



 旅人の言葉通りに門柱の脇や前の道で待ち構えていた賊たちが、厩舎を囲む板塀の中へなだれ込もうと、門扉を食い入るように見つめている。その真後ろへ出て来た二人の警護兵は、それぞれの役割を務めた。


「動くな! 武器を下ろせ!」


 銃を構えた小隊長の後ろで後輩が高らかに吹き鳴らした警笛に、別の牧場や建物の影に身を隠していた警護兵たちが現場を目指す。

 賊たちは明らかに動揺していた。武器を手に立ち尽くすばかりで動けない。振り返った者たちは銃を向けられていると知ると、解決策を探すようにお互いを見やる。
 正面の門が開かれそうになったのは、その時だった。


「獲物だ! 連れ出せッ! 奪って逃げるぞ!」


 賊の誰かが怒鳴り、それで我に返った泥棒たちが、わずかに開いた門を押し開けて中へと突き進む。
 小隊長は最も手近にいた男の足を撃ち、さらに警告した。


「止まれ! 抵抗は無駄だ!」


 銃声と悲鳴に思わず立ち止まったのは、門の中へ入り損ねた二人だけ。その脇で太ももを抱え、逃げも隠れも出来なくなった三人目がうめいている。
 再び閉ざされた門の周囲に、警護兵たちが続々と駆け付ける。小銃に剣、杖を手に取り囲む警護兵たちを前に取り残された賊も諦めたか、武器を手にした腕を下げた。


「危ない!」


 誰かの声が頭上から響く。
 小隊長は、自身に向かって放たれた炎の銃弾に、身をひるがえした。相棒をかばうように立ちふさがる。

 実戦は十数年ぶりだ。酔っ払いの喧嘩やいざこざで多少は体を張ることもあるとはいえ、馬泥棒を相手にしたのは久しぶりだった。勘が鈍っていたとしか言いようがない。
 足を撃たれ転げ回っていた男が魔銃から放った火炎の銃弾を背に、小隊長がそんなことを思い返していたのは、秒にも満たないわずかな時間だった。


「あっっつ!」


 誰かが思わず上げた声と、何かが弾けたような音。身をひねって振り返る小隊長は、この一瞬で背後に立っていた人物の姿に目を見張った。

 もっと驚愕の表情を浮かべていたのは、新人警護兵だ。現実とは思えない光景を目の当たりにし、大先輩以上に目を見開いている。
 どんなことが起きても有り得ないなどとは言い訳するなと、採用試験の際に教わったことが思い出されたが、まばたきするのも忘れて見入っていた。何か出来るとしたら、まばたきくらいだっただろう、ほんの一瞬の内に起こったことを。


 旅人が、炎の弾の前に降って来た。上から抑えるようにして片手で魔法を弾き返し、燃え上がる弾を土の道に叩きつけた。
 まるで、棉ぼこりでも払うように。


 あんなもの、少しでも衣服に触れたらまたたく間に火だるまだ。だからといって素手で打ち払うなど、驚かずにはいられないではないか!


 起こったことのすべてを目撃していたのは、彼一人であったらしい。何が起きたか確認することもなく、反射的に体を動かして日頃の鍛錬の成果を発揮した他の者たちは、即座に賊を取り押さえにかかる。
 旅人は小気味いい音をさせて両手を叩き、手のひらから上がっていた煙を払うと、呆然と見つめてくる小隊長とその相棒へ詫びた。


「すみません、剣抜くのが間に合わなくて。中へ行きますので、周囲の警戒をお願いします。誰か逃げ出す者があったら追わないで、教えてください。すぐに駆け付けます」


 頼み事を終え、旅人は正面の門へ向かって走る。門の前では警護兵たちに取り押さえられた賊三名が、武器を奪われ、地面に押し付けられているところだった。
 旅人はその前で身を屈めて強く踏み込むと、跳んだ。
 板塀の上部に片足を付き、伸ばした片手を塀の上に引っかけたら、体を引き上げ乗り越える。敷地の中へと身を躍らせた旅人の姿が見えなくなると、新人はようやく息を付いた。


「何なんですか、あいつ!」


 小隊長へたずねるが、門へと歩む大先輩は小さくうなった。問いには答えず、隊員たちへ指示を出す。
 捕らえた賊を数名に任せて、その場から退かせ、他の人員に周囲の警戒を命じる。門の内はなぜか異様に静かだが、何かが今も起きているのは間違いない。
 閉ざされた門扉へ顔をやると、小隊長は、ようやく答えた。


「神殿の、視察官だということだ」


 視察なら旅回りも多くなるだろうから、多少なりとも腕に覚えがある方がいいに決まっている。
 でも、度を越えているだろう、あれは。


 新人警護兵が納得しきれない表情で小隊長を見つめると、突然にもたらされたこの襲撃計画の情報を信じ、独断で出動を決めた人が今一度、己へ言い聞かせるように告げた。


「大丈夫だ。きっと、大丈夫」


 その途端、塀の向こうのどこかから、どう聞いても大丈夫でなさそうな大きな音が響き渡った。
 小隊長は思わず、天を仰ぐ。情報提供者自らが周囲の警戒を行っていた、塔型貯蔵庫サイロを見上げる格好になった。
 ただの視察官にしては確かに、度を越えた役割であるだろう。監視を引き受けた旅人がそこから跳び下りた丸屋根は、地上の騒ぎをよそに夕日を浴びて、おごそかに輝いていた。






 
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