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4 情けは勇者のためならず
第13話 上手い話と美味くない飯
しおりを挟むそろそろ準備はいいのではないかと、男は言った。
下見も、かなり行った。すべてが計画通りに行けば誰かが気付いた時にはもう、この街とは、おさらばだ。
獲物を相手に引き渡し、こちらは大金が手に入る。それを山分けして逃げるだけ。こんなに上手い話はない。
計画実行を進言した男は、その判断が間違っていないか、必要な物は揃っているのかを問われた。お頭は細かい。見落としがないかと、ひとつひとつ数え上げ始めた。
馬車に魔道具、武器はもちろん、仲間を幾人か。
「治癒術士は?」
お頭が男へたずねる。いないと答えると、準備しておくべきだと叱責された。
大事な商品に傷が付いたら見栄えは悪いし、取り引き相手に言いがかりを付けられる恐れもある。用意しますと、男は答えた。
「不味い」
ソファーに腰かけたお頭が、机に置かれた皿の中身へ何度もフォークを突き立てる。冷えて固くなった三種のチーズドリアは、別皿のソーセージ用に添えたフォークの攻撃を受けてもなお、平然と形を保っていた。
「温め直してきます」
皿を下げようとした男の手へと、刺したフォークを振って滑らせた、夜食の器が当たる。お頭はため息ひとつ、窓の外の夜空を見て、手下に告げた。
「もういい。何か買ってきて」
雰囲気が良い店で高くて美味いものでも食べたいと報酬の使い道をつぶやきながら、お頭は再び、ため息を吐いた。
おいしい、これ。
薄い生地に、焼いたアヒルの卵と、ざく切りキャベツに緑の野菜。豆苗らしい緑のやつのしゃきしゃきした食感は、もやしっぽくもある。薄味のたれは物足りなく感じる人もいるだろうが、素朴な味が好みらしい自分には、かなり好評だ。
お好み焼きだな。二つ折りにしてある、お持ちかえり用とかの安いやつ。食べたことあったんだろうな。これはクレープみたいに、ぐるぐる巻きにして紙で包んであるけど。
いつどこでそれを食べたのか、まったく思い出せないが、懐かしい気もした。子どもの頃のことなのかもしれない。懐かしいと、昔のことのように思うのなら。
屋台で買った熱々の軽食を食べ終わると、昨夜の宿を後にした。宿とは言っても結局、野宿だ。最上階が崩れかけて危ないと放置された塔を、寝床に選んだ。
街で宿屋に泊まる練習をと思っていたのだが、地べたに寝転んで平気だったこれまでの旅のことを思うと路銀を使うのに気が引けた。宿泊訓練は、またの機会にしよう。
祈願所で高額の硬貨を両替してもらえたが、王銀硬貨一枚で銅貨が十枚分になった。二枚だけ白銅硬貨に変えて、後はそのまま次の機会を待つことにする。
どうせ、連絡はしに行くつもりだ。この調子だと、今回替えた分がその時に減っているかも怪しいくらいだけど。
倉庫や宿泊施設に改装された塔が、いくつかまとまって建っている街外れに背を向ける。街の中心部へ向かって通りを歩けば、白いドームと二頭の神獣の像が見えてきた。丸一日以上この街にいるが、大体の地理はつかめた気がする。
旅行者が多く行き交う街にしては、治安も良い方で事件は少ない。警護兵たちが見回りを欠かさないからだと思う。
通りの辻には王様が派遣している保安兵が常駐している交番が建っている所もあって、大きな建物ではその奥が、街の所属である警護兵の詰所にもなっているようだった。
昨日の今日じゃ、まだ情報も集まってはいないよな。でも、もしものこともあるし、後でたずねるのもいいかもしれない。
「あ、折れ耳うさぎ」
イアンが横断歩道を渡り、通りを横切って行くのが見えた。夫婦らしい年配の客を連れ、紹介所がある方へと歩いて行く。
仕事はそのまま続けられているようだ。こっちにも説明不足という落ち度はあることを話しておいたし、彼が特別手当をもらえるくらいに優秀なのは間違いないので、手放す気にはなれなかったんだろう。
猫耳の方は大丈夫かな。
ミュルエルは旅仲間としての仕事の他に、得意なことを生かして別の場所でも働いていると聞いた。旅への同行を求める客も、そこでの仕事で知り合った人からのことが多いという。
病を抱えての移動は心配だろうから、彼女が付いて来てくれると喜ばれるだろうな。
やっぱり様子を見に行った方が良いかもしれない。病気や怪我で治療院を訪れる患者の邪魔になっては悪いと思って、たずねて良いものか迷っていたが、勇者からお声がけを頂いた見習い神官の治癒術士だ。
もしかしてのもしかしてが有り得る。行ってみよう。
確か、もっと街の中心地の方だったな。頭の中に街頭で見た案内図を浮かべて、祈願所の前を通り過ぎ、歩を進めた。
高さも大きさもまばらな塔が、建物の合間にのぞいている。馬の売買で儲けた商人や貴族たちが競い合うように増改築を繰り返して建てた塔は、建築を禁止された今、住居や店舗として使われていた。
さすがに、昨日のねぐらにしたような崩れかけたものはない。一番上に三角屋根がかぶさっていて鉛筆みたいに見える、最も高い塔を目印に歩いた。
治療院を出るとすぐに、道の真ん中でミュルエルは声をかけられた。
生まれ故郷の町では出て行く間際に散々な目に遭ったせいで、こういう声かけに良い覚えがない。ミュルエルが不機嫌に眉間にしわを寄せると、身なりの好い壮年の男は、にこやかに言った。
「引っ越しを考えていまして、伴をしてくれる治癒術士の方を探しているんです」
「……そういったことなら、ちゃんと紹介所を通して頼まれたら良いんじゃないですか?」
ミュルエルの真っ当な返事にも男は「それはそうでしょう」とうなずいて、笑みを崩さずにいた。
「その前に評判をお聞きしたい方がいましてね。素晴らしい才能をお持ちで、勇者様のお仲間候補にも選ばれたことがあるとか。母が体調を崩し気味でして、良い方に頼みたいのですが」
ほら来た。勇者のお墨付きがなきゃ、私のことなんて探しもしないくせに。
胸の内で上げた怒りの声は、ますます深くなった眉間のしわに現れる。どことなく、ミュルエルののどの奥からは、うなり声のようなものすら聞こえた。
だから、断る気でいたのだ。しかし、出来なかった。
付属の孤児院で育った恩返しに神官を目指すことにしたミュルエルが当初、自分の未来にと考えていた職への心構えが、頼みを断ることを許さなかった。
男を探しに来た者が発した言葉で、それまで抱いていた不信感が消し飛んでしまったミュルエルは、彼らと共に通りから路地へと駆けた。
彼女をたずねて治療院へ勇者が現れたのは、それから十分も経たないうちだったが、ミュルエルが走り出すほどの経緯を通りがかりに耳にしていた人たちが全員どこかへ立ち去ってしまうには、充分な時間だった。
「あの、ここ、動物も診るんですね」
玄関の左右に分かれた待合室の一方から、心細げな猫の鳴き声が聞こえる。さっきは犬を連れた女性が帰って行くところだったし、布で覆った鳥かごをひざにのせて長椅子に腰かけているおじいさんもいた。
「ええ、どんな生き物も自己治癒力は持っていますから。傷をふさいだり、症状をやわらげる回復魔法は有効ですよ」
受付から出て来た、治癒術士が答えてくれる。朗らかな笑みと明るい声音で答えるふくよかな彼女が言うと、どんな病も怪我も良くなると訪れた人に思わせてくれそうな気がした。
「ミュルエルさんですね。さっき、出て行かれたはずですよ。こちらのお手伝いは午前の早い時間からだったので、お昼からは紹介所の方に行かれるんじゃないかしら?」
治癒術士を呼びに、看護師がやって来た。代わって彼が、こちらの相手をしてくれる。看護師もミュルエルの仕事ぶりを買っているようだ。
「ここに残って、こっちの仕事をやってもらえると嬉しいんですけどね」
人専用の待合室にも診察を待つ多くの患者がいた。
回復魔法は魔術師として目覚めた者なら多くが使えるそうなのだが、対象の病気や怪我を癒すには知識もいるし、相手のことを想う気持ちや治癒を施す能力が高くなくてはならないという。
かつては、神々に認められた者にしかなれないとまで言われたこともあったそうだ。神官やその見習いに治癒術士としての力を持つ者が多いのは、そういう概念みたいなものが人々の中に根付いているからかもしれない。
治療院から出て、旅仲間の紹介所へ歩く。来た道を戻りながら、この丸一日ぐらいにあったことを思い返した。
なにか、何か思い違いをしている。
人さらいのことで色々聞き回っていたけど、それについての情報は主席神官長から聞いた通り、出ては来なかった。
じゃあ、何が。
そうか! 何が、だ。
何者かの狙いが何であるのかが分かると唐突に、すべてが見えた。
まずいな、時間がないかも!
気付くと駆け出していた。旅の仲間の、紹介所へ向かって。
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