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4 情けは勇者のためならず
第12話 聞き込み
しおりを挟むあの、腐れ魂めが!
見えない相手へ、声にはしない悪態を付く。
路地から通りへと出る道を己の足元だけ見て歩きながら、やり場のない怒りの原因を考えた。
あの馬鹿が声さえかけなければ、二人はそれまでと変わらず、生まれ故郷で暮らしていただろう。今頃、勇者のお目覚めを話題にして友や顔見知りとにぎやかに、お茶でもしていたかもしれない。
ざっとこれまでの経緯を聞いただけだが、お声がけを受けてしまったあの子に対する周囲の反応は、ひどいものだ。
真面目に礼拝堂の神官見習いとして過ごしていた彼女が勇者の仲間候補になるのだと知れ渡った途端、ミュルエルに取り入ろうと大勢が押し掛けたらしい。
礼拝堂に隣接した神殿の管理施設でもある孤児院の寄付を願った時には見向きもしなかった連中が、勇者に選ばれた娘に会いたいと、手土産持参で駆け付けてきた。
だというのに、調査でやって来た神官が救世主覚醒には立ち会えないと告げると、物見高い連中は自分たちこそが招かれざる者だったという自覚も無しに、あっという間に彼女の側を離れて行ったようだ。
見返りを求めるのは、歴代勇者と追いはぎだけじゃなかったんだな。
寄付の話も無しになり、いたたまれなくなったんだろう。ミュルエルは神官見習いの職も辞め、孤児院で共に育ったイアンと一緒に町を出た。
それは、彼女がお声がけされた時にその場に居合わせた孤児院の子たちに、これ以上の迷惑をかけないためでもあるのかもしれない。嘘つき呼ばわりされる者と共に居たら、証人でもある子どもたちまでもが疑いの目で見られることを、二人は恐れたのだ。
靴、擦り減ってたな。
うさ耳青年の人当たりが良さそうな装いに合わせた洒落た革靴の靴底は、かなり減っていた。まだ新しい靴がそこまでになったのは、きっと客引きに祈願所とその周りだけでなく、街中を休みなく歩き回っているせいだ。
紹介所の喫茶室に就職して王都への路銀を貯め、神殿に乗り込む気でいたところに、よりによって勇者が自らやって来た、ってことか。
ああ、もう! この無駄な人の良さが悔やまれる。もうしばらくこの街にいるしかないな。放っておくわけにもいかないし。
とにかく今のうちにひとつ、気がかりなことを確認しに行くか。
「馬を飼うなら? 違った、買う方かね。旅の人だしね、あんた。ははははは」
馬飼いのおじさんに笑われているのは自分のせいではない。干し草に間違えられているのか、この白っぽい前髪をもしゃもしゃとやっている、ぶち模様の馬のせいだ。
そっと馬の頬に手を添えて柵の中へと戻し、そこから離れる。おじさんが布巾を貸してくれ、それで前髪を拭いた。
不朽にして汚れないのは伸ばし過ぎの髪の毛も同じのようで、さっと拭いただけで元の輝きを取り戻した。その分、おじさんの布巾が湿る。いつものことなのか、おじさんは気にする風でもなく、よだれで潤った布巾を受け取った。
「ああ、引っ越しのことで来た人のことかね? うん、そんなに遠くに越すわけでもないし、値が張りそうなのじゃなくていいって言ってたねえ。荷物は多いから馬車二台分以上にはなるかもしれない、古いので間に合わせたいとか話してたよ」
湿った布巾を再び腰に下げ、馬飼いのおじさんは野原を区切る柵の中を見渡す。ここの柵には農作業用の頑丈で大人しい小型の馬たちが集められているそうで、中でもさっきのぶちは、特に人懐っこい性格をしているんだそうだ。
そんな彼が柵から頭どころか首まで出してこっちを見ているからと、どうしたのかと思ってつい、近付いてしまったのが運の尽き。客が来るのを首を長くして待っていた彼に、風になびいた前髪を食われることになった。
まあ、おかげさまで、慌ててやって来たおじさんには、なんの警戒もされずに済んだけど。
人の良い笑顔を絶やさないおじさんは、引っ越しを触れ回っている客に対しても不審なところは感じなかったらしい。
やって来た壮年の男は身なりも平凡で態度も普通、別の牧場では妻らしい女性を連れていたこともあった。
専門の引っ越し業者もあるにはあるが、一般の人たちは自身で己の家財を運ぶのが当たり前として身に付いている。家具は部屋に付いていることも多いし、都市部では特に、身の回りのものだけ持って新居に行けば済むようになっているのが大半なのだそうだ。
荷運びの仕事をしたいとか、家族での長距離移動のために馬を買いたい、貸してもらえるかと相談にやって来る者は珍しくないという。馬車の方も同じく、専門の商会や馬具を扱う店に農機具の修理店などで価格が様々な新品や中古を買えるし、借りられるらしい。
馬の街ならそんな店も多いだろう。節約したい事情がある者が馬車を品定めするには、もってこいの土地柄なのだ。
「うん。ただ、あっちこっちに話を持ってってるってのがね……なんかあんのかなとは思うんだけどねえ……」
言葉を濁すように話すおじさんは、勇者の前髪に飽きて青々とした草を食む、ぶち馬を見つめる。
借金でも抱えて屋敷を追い出される人、というのが馬飼いのおじさんの推察のようだ。家財丸ごと差し押さえられたとしても邸宅などを手放すことになったら、荷物も相当なものになるだろうからな。
引っ越し用の馬を探している人物と会話した四人目である、おじさんとの別れ際だった。道を挟んで隣の牧場の、人の背丈の倍以上はある塀の中から、大きく強い、いななきが上がった。
隙間が鉛筆一本ほどしかない間隔で長細い板を並べた、黒い塀の向こうには確か、あの馬がいたはずだ。
街に入る前、ゆるやかな丘の上から見た光景を思い出していると、顔を上げたぶち馬と同じに塀の向こうへ目をやっていたこちらへ気付いて、おじさんが教えてくれた。
「お隣さんは、ツノウマを繁殖させてるんだよ。ちょこっと見えるだろ? かっこいいが扱いは難しいんだよ。力も強いからね」
隙間から見える建物は厩舎か。こちらの馬たちのものとは比べ物にならない大きな建物から、角が二本生えた一際体格の良い馬が手綱を引かれて、馬場へと連れ出されて行った。
ツノウマの紹介もしてくれたおじさんに礼を言って、そこを後にする。
他にも、板塀に囲まれた区画にある厩舎やその周囲の牧場を見て回ったが、さすがに大型荷馬車用の巨大な馬や競走馬などを飼育しているところへ、引っ越しの相棒を探しに来る者はいなかった。
「そこの君。ちょっと良いかな?」
塀と建物の間の道をちょうど抜けたところで、前から来た警護兵に呼び止められる。制帽と左腕にこの街の所属であることを示す、銀の線が二本入っていた。王立でなく、公立の証だ。
ちょっと、うろうろしすぎたか。身元がばれるのは嫌だが、なにも悪いことはしていないし、素直に「はい」と答えた。
「この辺の人じゃないから物珍しいのは分かるんだが、用もないのに歩き回るのはやめてくれたまえ。特にこの辺りは見知らぬ者を見かけると気にするから、ここにいると不審者扱いされてしまうよ」
まだかろうじて、不審者認定はされていないらしい。
「なにかあったんですか?」
情報を得られないかと、逆にたずねてみた。
「いや、馬を専門に狙った賊がいるんだよ。まあ、この十何年と現れてはいないがね。我々が、こうして見回っているし」
言ってみれば、自動車泥棒的なことか。
「どうしたんですか?」
後ろから声をかけてきたのは前にいる警護兵の相棒のようだ。頭を少しめぐらせて、後方に目をやる。後ろの彼は一定の距離を保ち、ちょっと離れたところから話しかけてきた。
「もしかして、あんたか? 何か聞きまわってるのがいるっていうのは」
「ん? 引っ越しの件かい?」
相棒へそう問い返した年かさの警護兵へとうなずきそうになったが、すぐに後ろから答えがあった。
「いいえ、その引っ越しの件を聞きまわってるやつがいるって、さっき聞いてきたところなんですよ。一体、何を探ってるんだ、あんた?」
最後はこちらに質問されたので、ここも素直に答えておく。
前と後ろを同時に相手しないといけないので、真横の建物の壁を見つめながら話すことになった。失礼な態度に見えないと良いが。
「いやそれが、引っ越しの準備で、やたらあちこちに声をかけている人がいるって話を聞きまして。顔見知りから行方知れずになった人を探していると頼まれていたので、もしかすると、その関係者じゃないかな、と」
嘘は言ってない。何度も聞き込みして説明することには慣れてきたおかげか、前方の警護兵には信じてもらえたようだ。
「心当たりの人だったかな、その引っ越しの件は?」
「いや、それが、なんとも」
「いや、そんな感じです」から、そんなに成長していない返答をしつつ、後方へも気を配る。後ろの警護兵はまだ、制帽の影から探るような目を、こちらへ向けていた。
「話は聞いてみたんですけど、実際にその人たちと会ったわけではないので、ちょっと判断が付かなかったですね」
ひとりうなずきながら聞き込みの成果を語ると、年かさの警護兵もうなずく。
「我々も少々、気にはしていたところなんだ。調べて何か分かったら、君にも伝えられることがあるやもしれない。警護兵詰所の方へでも訪ねて来てくれたまえ」
親切な先輩の言葉に、もう良いかとなったのだろう。こちらの腰の剣を最後まで警戒していた後方の警護兵も格好を崩す。
「ありがとうございます。そうします」
前方の警護兵に甘えることにして、彼の横を通り際に一礼し、その場を去る。
結局、引っ越しの件が人さらいと関係があるのかは分からないままだ。気になることのひとつはなんにも片付かなかったが、色々と気に留めておくことが増えた散策を終えて、街に戻った。
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