転生勇者は連まない。

sorasoudou

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4 情けは勇者のためならず

第8話 鳥と獅子と馬と兎

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 風と共に、背後から影がよぎる。
 思わず身を固くしたが、なんのことはない、とんびのものだった。

 聞き覚えのある鳴き声を残し、とんびは飛んでいく。どことなく地球の知識から思い浮かべたものより、ひと回りは大きかった気がした。


 この異世界では鳥類が大型化する傾向にあるのか?
 魔力の影響で、体が大きくなっても飛びやすいのかもしれないな。鷹と獅子を合わせたような魔獣もいるくらいだし。



 山賊退治の後、山村をこっそり抜け出そうと礼拝堂の周囲をうかがっていた時、絶壁に面した窓の外にを見つけた。
 崖の向こうの岩棚で、魔獣が羽を休めている。その側には一人、深緑色の装束を着た男が立っていて、鷹に似た魔獣の頭をなでていた。
 主席神官長補佐官兼勇者の追っかけ、セオ・センゾーリオにたずねた。


「ああ、あれでございますか? グリュプスです。大鷹獅子おおたかししという魔獣です。王立空兵団の者に、ここまで送っていただきました」


 空からも追えるのかい!
 そりゃ、この足で数日かけた場所まで、すぐ配達しに来ることができるわ!


 逃げ場がないんじゃないかという軽い絶望感を味わいつつ、救世主お世話係セオに用向きを言い付ける。


「広場でまだ赤ん坊の泣き声が聞こえるんだ。みんな結構、興奮してるみたいだし。ちょっと行って、様子を見てきてやって欲しい。頼みます」


 九十度のおじぎで締めると、セオも深々と礼を返した。


「承知いたしました。勇者様はもう御発ちになったとみなさまに話して、お帰りいただきます」


 この隙に逃げ出すことまで、お見通しか。


 王様のおかげで助かったと、自分に代わり礼を伝えてくれと追加で頼んで、広場へ出て行くセオ・センゾーリオを見送る。しっかり扉が閉まったことを確認して、礼拝堂の天井を見上げた。
 彫刻された模様が手がかりも充分な礼拝堂の柱をよじ登って、天窓から屋根に出る。救世主の代わりに取り囲まれている、桃色の頭をした世話役の姿を横目に、屋根伝いで、警ら兵たちが詰める倉庫へ向かったのだった。



 人慣れする魔獣は、かなり貴重なんだそうだ。
 小さな町の本屋に寄って魔物図鑑を買って読んだら、真っ先に、王立空兵団のグリュプスのことが説明されていた。

 鷹の頭に、獅子の体に、大きな翼。魔力の強い場所でしか卵がかえらないという大鷹獅子は、聖地でもある王都の近郊に営巣地を構えていて、そこのひとつが今、王立空兵団の基地にもなっている。
 卵を産むのは十数年おきに一個だけ。数か月待って孵ったひなには刷り込みができるそうで、初めてその目で見た人を親だと思って懐いたグリュプスを、十何年とかけて大切に育てることで乗用にしているらしい。

 何羽いや何頭いるのかは、たぶん機密事項なので載ってはいなかったが、魔獣に乗って空を行くのも相当希少な体験だ。限られた者にしか許されていない行為だろう。


 それを、お届けものに使うかね。我が子同然に育てた騎手たちも、よく文句を言わないな。


 救世主として異世界から魂が降臨し、創造の神々が贈った勇者の器に宿った者へは、なにがあろうと逆らえない。その上、救世主様に仕えることが喜びと知れ、ときている。勇者に関することならば、なによりも優先というのが浸透しているらしい。


 とにかく、正体だけは、ばれないようにしなきゃな。


 とんびの影から始まった物思いが終わると、ちょうど、広々とした平原の向こうに街が見えた。
 そこだけ小高くなった丘に、みっしりと建物がある。瓦葺かわらぶきの家の合間に石造りの城のような建物や、高さがまばらな塔があった。

 街を取り囲む平原は柵で大小に区切られていて、それぞれの中に大きさが様々な馬がいた。
 サラブレッドっぽい乗用に、大型バス並みの馬力を持つ巨大なのや、縞の濃さも色々なシマロバもいる。角が二本、鹿のように生えたのもいた。草をんだり、仲間や親子で駆けたり、昼下がりの空気の中で穏やかに過ごしている。

 大きな街だけど、のどかで良さそうだな。

 食料の補給と、魔王についての情報がないかを初の定期連絡で確かめてみることにして、この街へ寄ることに決めた。






 勇者様ご推薦、王国慰問巡業団公演のお知らせ。

 そう銘打って壁に貼られた一枚絵には、月夜を背後に天幕とトンボの羽の歌姫、色とりどりの紙吹雪が舞う光景が切り絵のような筆さばきで描かれていた。

 推薦……まあ、勇者の後ろ盾がいるなら、そうして良いよとは言ったけども。

 公演の日程は追って公表す。そんなただし書きが右下の隅に書き入れられた広告ポスターが、街の目抜き通りを彩っていた。

 人さらいの件は大丈夫かな。

 なにか進展があったなら、今から連絡する先が教えてくれるはずだ。
 神殿の管理する施設とやらはどこにあるのだろうかと、人ごみを我慢して大小の通りを歩き回る。馬の繁殖や育成で繁栄してきた街らしく、あちこちの看板や広場の彫像に馬の姿があった。


 あ、ペガサスとユニコーンだ。


 通りの突き当りの白い建物の前に、翼が生えたのと一角の馬の石像が向かい合って、左右に立っている。建物の正面はドーム状になっていて、開け放たれた出入口を旅姿の老若男女が行き交っていた。

 建物前の円形広場には馬車や馬が停められ、用が済んで出てきた者を乗せては出発していく。次々と旅人が馬や徒歩でやって来ては、ドームへと入って行った。
 人々にまじり、雪で作ったかまくらみたいな真っ白い建物の中へ入ってみる。


 安全祈願か?


 柱のない丸い空間のそこここで、お札のような木製の真新しい飾りを、自分の杖や鞄に取り付けている人が大勢いた。お守りらしき飾りを身に付け終わると、奥に向かって一礼してから立ち去る人もいる。

 建物を出入りする旅人たちを見守るように、女神の像が飾られていた。正面の奥、四角く切り抜かれたような場所から女神が、こちらを見つめている。外に立っていたのと同じような石像のペガサスとユニコーンに、二輪の馬車を引かせている姿だ。

 黄金色こがねいろの馬車に乗る白い石像の女神は軽やかな衣と鎧を身にまとい、片手で手綱を、もう一方で旗を掲げていた。
 手綱も旗も、馬車と同様に金属でできている。背後の窓から差す光に、翼と角もある一頭の馬の浮き彫りがされた金色の旗と、女神像の銀の草冠が輝いていた。

 ギリシャ神話に出てきそうな感じだな。大理石というか、白すぎて石膏像みたいにも見えるけど。

 こちらの背丈の二倍はある女神像をぼんやりとながめて、地球の知識を頭の中で広げていたら、後ろに立った見知らぬ青年が声をかけてきた。


「あなたも、旅の安全を祈りに来たんですか?」


 やっぱり、そういう所なんだ、ここ。


「おれもですよ。良い仲間に恵まれるように、祈りに来たんです」


 仲間?


 振り返って彼を見たが、冒険者という感じでもなかった。縦縞のシャツに吊りズボン。片手には脱いだ上着を無造作に畳んで持っている。旅の必需品でふくらんだ鞄や護身用の武器は、ひとつも見当たらない。


 なぜに?


 頭巾フードと前髪で向こうからは分からないはずのこちらの表情が口元にでも出ていたらしい。どこかの給仕係にしか見えない青年は、折れたうさぎ耳をぴくりとさせてから言った。


「もっと先まで行く予定だったんですけど、ここで足止めされちゃって。で、この街で軽く仕事やって、旅費を貯めてるんですよ」


 人懐っこい笑みで語るうさぎ耳の青年は、己の右手にある部屋へと目を向けた。祈りを終えた旅人たちが、そちらへ吸い込まれていく。


「旅のお守りは向こうに売ってますよ。絵馬も」


 絵馬があるんだ。
 神様へ馬を奉納する代わりに絵に描いた馬を納めるようになり、そこへお願い事をするようになったと、頭の中から解説が聞こえた。


「……いや、ちょっと、連絡事で用があって」

「じゃあ、あっちですね」


 折れ耳うさぎさんが、今度は自身の左手側を見やる。そちらの部屋にある受付では、灰白色の揃いの制服を着た職員たちが書類を出したり、訪問者の相手をしたりと働いていた。


「おれも用があるんですよ、偶然ですね」


 折れ耳を両方やわらかに揺らしつつ、青年は前に立って歩き出した。なんとなく、その後に付いて行く。彼の案内で受付に着くと、奥の方で、用が済んだ来訪者を見送っている人がいるのを見つけた。


「じゃ、おれはこれで」


 折れ耳うさぎの亜人の青年は、手前の棚に並べてある冊子の前に立った。
 神官見習い志望者への案内書や、旅へ出る時の心得と表紙に書かれたものが並べてある。ここで、この施設や救世主降臨神殿に関する仕事の問い合わせ対応なども行っているようだ。
 うさ耳青年は神官見習いでも目指しているらしい。冊子を手にする彼と別れて、奥に立つ職員の前へ行く。

 なんか異常に緊張するが仕方ない。鞄から出した手紙を、受付の一枚板カウンターに置いた。


「この方に連絡を取りたいのですが……」


 そちら側に向けて置かれた手紙の銘を目にすると、壮年の職員は瞬間、驚きを露わにしたが、すぐに笑顔になって了承した。


「うけたまわっております。視察報告でございますね。では、こちらへ」


 受付の端の、天板が途切れたところへ案内される。その向こうにある扉を指し示され、職員に付いて、その奥へ向かった。


 なるほど、そういう手筈てはずをしてくれたわけか。


 神殿直轄の各地の施設を視察し、上司へ直接報告する役目の者、ということになっているようだ。
 勇者と知られて騒がれることもなく、あっさりと召喚神術神官協会主席神官長への通信が許可されて、扉の先の、一番奥の小部屋にひとり残された。






 
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