転生勇者は連まない。

sorasoudou

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3 人助けは勇者の十八番

第15話 ヤギと郵便

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 役場でいろいろと手続きをしなくてはならない御者のおじいさんと少女、新しい街道整備責任者とその家族になる二人を警ら兵隊長に任せて、礼拝堂に残る。
 まだ収まっていない広場のざわめきは、分厚い木の扉が閉じると聞こえなくなった。

 長椅子の上に広げた絵巻物をながめる。勇者や魔王の逸話から抜き出された挿絵や絵画をざっと見た限りでは、翼の生えた黒いヤギの描かれた旗は、めずらしいものではなかった。


「魔王の旗って、これが本物ってわけじゃないんだな……」


 絵の下に書き込まれた説明には、有名な絵本に使われたその挿絵から、翼のある黒ヤギの旗が魔王の印として定着したことが記されていた。


「ええ。わたくしも勇者様が注目されるまで、魔王の旗印が何であるのか考えたことすらないことに気付きませんでした」


 側に控えたセオが申し訳なさそうな声音で答えた。


「じゃあ、そもそも、魔王軍の旗なんか存在しないのかもしれないな」


 どうやら、山賊のねぐらで見つけた黒い旗は、演劇の小道具として作られた物であるようだ。散らかった木箱のいくつかは王都から山向こうの街宛てに送られた荷物で、街中でも見なかった腰をやたら絞った古風なドレスなど、貴族風の豪奢に見える衣裳が詰まっていた。
 山賊の派手な服装も、きっとそこから引っ張り出したものだろう。馬や荷車を引く牛を脅かし足止めするために、金の房飾りで縁取られた小道具の旗を振ったらしい。

 魔王の手がかりに付いては空振りだが、これ以上悪いことになる前に、わずらわしいやからを片付けられて良かった。警ら兵隊長に後のことを任せたし、横取りもなくなって村もこれから良くなるはずだ。

 それでは、さっさとおさらばしよう。

 と思ったが、側にはべったりと除霊に失敗した背後霊のごとく、従者の成りそこないが付いている。これをどうにかしないと逃げ出せない。


 やっぱり、崖から飛び降りるか。


 不穏なことを考えているのが察知されてしまったのか、勇者の世話役セオ・センゾーリオは「こちらを忘れておりました」と手紙を一通、鞄から取り出した。
 勇者の従者の職を得られなかった留守番は今度こそ、配達員に転職したらしい。宛先のない手紙にはその隅に、救世主降臨神殿召喚神術神官協会主席神官長ネフェル・イルジュツの署名がなされていた。






 バイロ様。お変わりございませんでしょうか。

 魔王討伐と救世の旅、順調に進めておられるとのこと、セオより報告を受けております。
 国王陛下への温かい御言葉をこの目にし、貴方様は歴代の勇者様方の中でも格別に、分け隔てない心遣いをなさる慈悲深い御方であると確信いたしました。

 バイロ様。これからもその御心のまま、旅をお続けになって下さいませ。

 復活した魔王の情報を我々も手を尽くし、方々から集めておりますが、まだこの数日の内では、その影をつかむことさえ出来てはおりません。
 歴代勇者の史料からの研究も続けております。何か分かり次第、勇者様の元へ、急ぎ使いを送りますが、貴方様の望むものを全うするのもまた我らの役目。御独りの気ままな道行きを邪魔してもならぬと案じております。

 わたくしへのご用命の際には、この老体の名を示していただければ、勇者様には要らぬ手間をかけないようにと手配いたしました。
 各所の礼拝堂、共用設備等、神殿管轄の施設にございます、通信手段をお使いくださいませ。
 バイロ様がその御名を名乗らずとも済むようになっております。

 ささやかな助けとしかならぬ非力な我が身ですが、この全身全霊を持ってお仕えする所存です。
 勇者バイロ様の旅のご武運を、お祈りしております。






 情報筒抜けなのは魔王のそれを集めるためで、そのついでが耳に入っているからだ……ってことにしてやってくれってさ。


 手紙からセオへと顔を上げる。この背後霊のしつこさを案じているのは、主席神官長も同じであるようだ。
 主人から留守番を言い付けられていて、それを無視し、勇者の元へ押し掛けた非礼を怒っていないかと、補佐官の上司であるネフェル神官長は心配していた。弱弱しい微笑みと細い目の困り顔が浮かび、厄介な部下を持って大変だろうなと気の毒になってしまう。


「この手紙を持って、神殿管轄の施設に行けばいいってことだな。分かった、持って行くよ」


 こっちの鞄へ手紙を仕舞う。宛名のない分、はっきりとした美しい文字で記された署名が目を引くこの手紙を見せれば、呼び出したい人の名前をただ告げるよりは信頼してもらえるのだろう。


 手紙を持って来たやつこそが勇者だとは、ばれるようだが。


 この国中に名の知れた主席神官長の方では勇者の報告に即時対応できるし、いつ何時呼び出されるようなことになっても、音沙汰がないよりかは遥かに良いと思っているようだ。
 定期的に連絡が欲しいということを、ほんのりと匂わせる文面だったが、こちらも魔王の情報はあるだけ欲しい。余計な騒ぎにならないように配慮までしてくれているし、こちらの手間もわずかなら、なんの損もないはずだ。

 いざという時は、いつかのご老人がやったように『勇者様は絶対!』で逃げよう。

 セオは、手紙を仕舞うこちらをにこやかに見守って側へ控えている。表紙を閉じた、魔王の旗印の資料を彼に渡した。


「助かったよ。みんなに、お礼を言っておいてくれ。神官たちも召喚のことで忙しいだろうに、悪かったな」


 こっちが図書館や何かで調べれば済みそうなことに、仕事で忙しい者たちを巻き込むな。

 そんな忠告の意も込めて語ったことに、セオは事も無げに答えた。


「みな、勇者様のお役に立てることに喜びを感じております。当然の役目にお礼の言葉があったことを伝えれば、神殿に勤める者たちの士気が、また上がりますでしょう」


 いやもう、こっちのことは構ってくれなくていいんだけど。あ、そういえば、あれを謝っておかなくては。


「この外套がいとう、勝手に持ち出してすまない。迷惑になってなきゃいいんだけど」


 セオが息を飲む。桃色の髪を揺らして、ゆるやかに首を振りつつ、救世主降臨神殿の最新の様子を語った。


「何をおっしゃいますやら! 神殿のものはすべて、勇者様にとご用意したものです! なにより、昇降機の係員たちが勇者様とお揃いだと張り切っておりました。他の部署の者たちもうらやましがって、外套の縫製工場へ注文をしているそうです。そちらの外套を使っておりました者などは、定年間際でこのような栄誉にあずかることが出来て冥途の良い土産になったと、たいそう喜んでおりましたよ」


「なっ! なんだって! おい、その人、あそこから落っこちるなよって注意してやってくれ!」


 不朽の体が、勇者の器このからだがあったから、飛び降りてもどうにかなっただけのことだ。
 生身の者が落ちて済むような高さじゃない! 縁起でもないこと言わないでくださいっ!


 セオはなにがおもしろいのか、さらに笑みを浮かべている。


「大丈夫です。新しい外套を、勇者様がお持ちになったものくらい使い込むまでは死ねないとも話しておりましたから」

「……そういうことじゃないんだよ。勇者なんかのことで浮かれるな、って言ってるんだって」


 セオは緑の瞳をまたたかせると、静かにつぶやいた。


「勇者なんか……ですか」


 自身の言葉の意味を考えるようにしばし沈黙すると、セオは質問することへの断りを入れる。


「ぶしつけにたずねる非礼を、お許しください。勇者様……バイロ様。記憶は戻られたのでしょうか?」


 記憶。地球で日本人として生きていた記憶。それらはただ、そうであったということを自分が確信しているだけに過ぎない。
 目の前の事柄に沿った知識として地球や日本のことが頭に浮かんでくるだけで、自分が何者であるかという人生の記憶は、まだひとつも思い出せてはいなかった。


 なんだ? まさか、いや、そんなことはないよな?


 微かに眉をひそめて返事を待つ容姿端麗な男は、この器に入る予定だった何者かの魂と会話したことがある。
 地球の日本人であるそいつと自分には、どこか、それ以外の共通点でもあるのだろうか。いや、まさか、そんなことはない、絶対にない。


 記憶がないだけで、本当はそいつと同一人物だった。


 ……なんてことは絶対にない。


 記憶はないが、分かることはある。


 自分は、そいつが嫌いだ。


 記憶喪失でありながら人嫌いだと自覚している自分が最も嫌いなたぐいの人間が、奴だ。
 なぜにこんなに、助けを求めるものに過度な見返りを要求する奴が嫌いなのかは知らないが、受け付けない奴と同一人物だったとしたら、自分は自分を含めて人嫌いだということになる。

 徹底していて良いことだが、それだと決定的に矛盾する。
 自分が自分であるという、その行動理念が、奴の考え方とは、まったく一致しないのだ。


 まあ、とにかく、この件に関しては今はどうでもいいし、確定していることだけ伝えておくのが良いと思う。


「全然、なんにも思い出せてはないんだが。ほんとの名前も、暮らしてた場所も、どう生きてたかも。好きなものの推測くらいはできるようにはなったけど」


 好きなもの、という言葉に、黙りこくっていたこちらを心配げに見つめていた緑の瞳が輝いた。


 言うか、絶対に。


 卵とケチャップとぽん酢は、自分で調達できる。ぼたもちとおはぎと干し芋があるからといって同行を許したりはしないし、手土産があろうと用もないのに押しかけてきたら、さすがに怒るぞ。


「お許し下さい」


 まだ声に出して怒ってもいないのに、謝られる。


「バイロ様が何者であるのか。それを一番気がかりにしておられるのはバイロ様であるというのに、出過ぎた質問をいたしました」

「いや、気にしてはないよ」


 深く下げられた桃色の頭に言う。


「自分が何だろうと、別にどうってことはない。今はこの体を、勇者の器を借りてるし、勇者がやらなきゃならないことは自分がやるしかないって思ってるから。それをちゃんと済ませてから、自分が何かは見極めるよ、自分で」


 勢いよく頭を上げたセオの頬は上気していた。己の髪色くらいに明るく染めた頬を緩ませ、セオ・センゾーリオは声を弾ませる。


「バイロ様! なんと、ありがたいお言葉を! このセオ、今ここで死んでも悔いはありません! バイロ様が勇者としてこの世界を救ってくださるのなら、私めのこの命、残らず捧げて見せますとも!」


 こいつは、なにを言っているんだ?


 この体から出て行く方法なんて知らない。だから仕方なしに、やることはやっておくって言っただけだ。それがなぜ、そっちの生き死にを、こっちが背負うことになったんだ!


 こちらの困惑もどこへやら、セオは目頭を、そっとハンカチでぬぐっている。さっきの話のどこに泣き所があったのかと思ったが、すぐに訳に思い当った。


 あれだ、また『愛されしもの』の加護だ。
 今までの勇者たちがこの世界でなにをやって来たのかを忘れ、救世主様と敬うことしかできないようにでもするためか。勇者の存在を認識した周囲の者たちへ勝手に発動されるこの神の力は、彼らの目を曇らせる。

 そうでなくても、周りで騒がれると嫌気が差すんだよ!

 大騒ぎするようなことではないのにもてはやしたり、感激するほどのことではないのに恐縮されたり、まだ魔王討伐もできていない勇者への過度な対応を引き起こすだけの要らない加護が、心底嫌になる。

 なんでこんな力を必要としてるんだ。この、勇者の器ってやつは。



 ……なんでと言えば。なんであんな物が、あそこへあったんだ?








 
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