転生勇者は連まない。

sorasoudou

文字の大きさ
上 下
45 / 130
3 人助けは勇者の十八番

第14話 未来への祈り

しおりを挟む
 



「わしらは、どうなりますでしょうか?」


 椅子から腰を上げた御者のおじいさんが、警ら兵隊長へたずねる。
 こちらへそれを直接聞かないのは、勇者様へは許可がない限り、口をきくなとでも教えられてきたからだろうか。それか、村長や山賊のことを考えていたせいで、人嫌いが漏れ出ているくらいに表情が険しくなっていたせいか。


「お二人には今度の件で、どのようないきさつがあったのか、屋敷のそれまでの様子などを聞き取りするぐらいですので、後はご自由にしてもらって大丈夫ですよ」


 隊長の言葉にうなずきこそすれ、おじいさんもその後ろへ立った少女も、不安げな顔をしたままだ。
 二人があまり良い待遇であったとは思われないが、暮らす場所を保証していた主人が捕まり、その娘も使用人頭と逃げた。逃げた二人が警ら兵に見つかって持ち逃げした家財を取り上げられても、村には戻って来られるはずがない。

 職も家もなくなったうえに行き場もないようだ。御者のおじいさんと、その陰に隠れるようにしている少女は、おずおずとした目で、こちらを見つめた。

 悪いが馬車の旅の予定はないし、従者はすでに一人、魔王討伐の蚊帳の外に置いている。なぜか今、すぐ側にいるが。

 実はもう、やって欲しいことは、考えてあるんだよね。


「街道の整備」


「街道、ですか?」


 警ら兵隊長が、こちらを見る。礼拝堂の木組みの天井へ目をそらし、今頃は牢の中にいる村長に代わり、山村の方針を提案する。


「上の、旧街道。登山者の散策用としても喜ばれるんじゃないかな。景色がいいし。馬車が行き交わないから、歩行者には安全だと思うよ」


 おじいさんの方へ目線を戻す。相手の顔を見ないように、腰の辺りに目をやる。みがき込まれた携帯用のカンテラが折りたたまれて、ぶら下げられていた。


「あの荒れた道を馬車で走ってこれたんだから、あの道のこと、詳しいんですよね。整備の責任者になってはくれませんか?」


 おじいさんが驚いて、少々曲がった腰をわずかに引いた。
 村長が山賊にくれてやっても構わないとした古ぼけた馬車も隅々まで綺麗に掃除され、整えられていた。その実直な仕事ぶりは、あの旧街道が本線だった頃、馬車で何度もその道を通った熟練の御者の証でないかと思う。


「わしが、わしがそんな役に付いて、良いのでしょうか……」


 おじいさんはこの場にいる全員から賛同を得るかのように、礼拝堂にいる者たちの顔を順繰りに見やって、警ら兵隊長と勇者の世話役へたずねた。

 それに答えるのは言い出しっぺの自分だ。勇者の権限とやらを、ここで使わせてもらう。勇者が認めたのだと証明するものが必要なら、書類でもなんでも用意するだけだ。


 勇者様は絶対。救世主とやらが決定したことには、この国の誰も文句は言えない。


 なんともふざけた契約だが、年配者が動揺するほどの規格外のことを村の者の意見も聞かず勝手に決めているのなら、気に入らないが救世主様の威光も振りかざさしておかなくてはいけない。
 こちらの口約束で任せた人が難癖を付けられたり、口出しもできないようなおかしなことになった挙句、旧街道で事故や事件が起こったら、それこそ登山道の提案をした勇者の責任だ。


「もちろん。道のことをよく知っている方じゃないと、安全な登山道にはならないですから。むしろ、あなたに絶対にと、こちらからお願いするところです」


 軽く頭を下げたのだが、また引かれる。熟練の御者は幼い子がだだをこねるように、首を振った。


「そんな、滅相もない! ありがたくお受けします! お受けしますので、そのようなことは!」


 なんでなんだ、軽く会釈程度にしたのに。敬礼へのそれも本当は、だめなやつなのか?

 とにかく話はまとまった。御者のおじいさんにはこの村で街道補修の仕事に付いてもらって、もうひとつの大切な役目を頼む。


「それで、その子の保護者もお願いします。あなたの世話をする者も必要ですよね? それでいいかな?」


 肩掛けを両手でぐっと握っていた少女は、紫の瞳をうるませながら小さくうなずいた。
 恩返しをと言って、魔王討伐なんかに付いてこられては困るのだ。危ないし。
 それに、この子もきっと、ここで暮らせるならそうしたいと思ってる。最初に見かけた時から、絶対離さないようにと握りしめている毛織の赤い肩掛けは、村の商店の軒先に何枚も吊るされていたものと同じだった。


「そうだ。それ」


 背後霊に振り向くと、こちらが続きも言わないうちに、裁縫道具を手にしたセオ・センゾーリオは少女の前へ立って腰を落とした。


「これをどうぞ、お嬢様。勇者様からの贈り物でございます。それと、わたくしのお古で恐縮ではありますが、家にほこりをかぶったミシンや布なども色々とございますので、後でお送りいたしますね」


 話が早いな。なんか悔しいが、従者としての能力の高さは認めざる負えない。勇者から、は余計だけど。


 それじゃまるで受け取れと強制しているみたいになるだろうと注意しようかと思ったが、お裁縫が楽しみだと言っていた少女は肩掛けを握りしめたまま動かない。何度も、こちらや目の前のセオの顔を不安げなまなざしで見やるばかりで、贈り物を受け取ろうとはしなかった。


「ご遠慮は要りませんよ。あなたにお使いいただけるなら、この道具たちも喜びます。お気に召しませんでしたか?」


 セオがやわらかく、迷子を安心させるようにして微笑みながらたずねる。少女はさらに目を潤ませて、小さな声で答えた。


「わたし、わたしなんかじゃ……こんな、こんなすてきなもの、もらっても……わたし」


 言葉を詰まらせ、うなだれる少女の背に視線を落とすおじいさんの表情からも、身寄りがなく、使用人見習いとして保護された屋敷で、この子が今までどんな扱いを受けてきたがが痛いほどに分かった。お嬢様とセオに呼ばれた時の怖がりように、たやすく原因へ思い当る。

 まったく、親も親なら、その娘も相当な奴だな。そんなお嬢さんと逃げた奴も、さぞかしお似合いなことだろうね。

 それにしても馬鹿げた話だな。
 地位のあるところへ生まれたってだけのことで偉そうに振る舞うような奴に、なにが分かるというのか。


「ふさわしくない、って?」


 四人の目が、こちらに集まる。視線を足元へと外すついでに、こらえきれなかったため息を吐いた。


「誰を信じるんだ? そんなことを決めつけてくるやつか? そいつは何を知っている? 君のその手で何ができるか。それを知っているのは君だけだ。違うか?」


 一瞬の静寂の後、少女の息を吸う音が何度か続く。また泣くのかと身構えた。
 人付き合いを図書館で調べなかったばかりに、この口を開くと、余計なことを投げやりな口調で語るようになったらしい。

 ああ嫌だ、これだから嫌なんだ。早く、ひとりになりたい。いやまあそんな感じですと、会釈以外の返答方法も見つけなくては。


「わたし! 好きです、おさいほう!」


 山の神をまつる礼拝堂に響いた声に、大人たちが少女を見つめた。
 彼女の後ろの壁、そこに飾られた大きな壁掛けには、ヒツジとヤギを連れた女性が雪をかぶった山を仰ぐようにして横顔を見せている。布を織り上げながら作られた絵は、色とりどりの糸が織り成す四角い点で描かれていた。
 古いテレビゲームの画面のようだと、見知らぬ自分からの感想が頭に浮かぶ。壁掛けと同じ図案の、礼拝堂の粛々とした雰囲気には軽くも見えるが愛らしい絵柄の肩掛けを抱きしめて、少女は続けた。


「織物も勉強します! 布を織って、その布で服や、小さなかばんを作るんです! わたし、おさいほうします。お母さんみたいに」


 ああ、そうか。母親が作ったものだったのか。


 少女のまっすぐなまなざしから礼拝堂の壁掛けへと、また目を向ける。
 創造の神々のひとり、山をつかさどる女神の横顔もまた、この場にいる者たちが未来の希望を語った少女に向けたような、やわらかな微笑みを浮かべていた。








 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...