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3 人助けは勇者の十八番
第14話 未来への祈り
しおりを挟む「わしらは、どうなりますでしょうか?」
椅子から腰を上げた御者のおじいさんが、警ら兵隊長へたずねる。
こちらへそれを直接聞かないのは、勇者様へは許可がない限り、口をきくなとでも教えられてきたからだろうか。それか、村長や山賊のことを考えていたせいで、人嫌いが漏れ出ているくらいに表情が険しくなっていたせいか。
「お二人には今度の件で、どのようないきさつがあったのか、屋敷のそれまでの様子などを聞き取りするぐらいですので、後はご自由にしてもらって大丈夫ですよ」
隊長の言葉にうなずきこそすれ、おじいさんもその後ろへ立った少女も、不安げな顔をしたままだ。
二人があまり良い待遇であったとは思われないが、暮らす場所を保証していた主人が捕まり、その娘も使用人頭と逃げた。逃げた二人が警ら兵に見つかって持ち逃げした家財を取り上げられても、村には戻って来られるはずがない。
職も家もなくなったうえに行き場もないようだ。御者のおじいさんと、その陰に隠れるようにしている少女は、おずおずとした目で、こちらを見つめた。
悪いが馬車の旅の予定はないし、従者はすでに一人、魔王討伐の蚊帳の外に置いている。なぜか今、すぐ側にいるが。
実はもう、やって欲しいことは、考えてあるんだよね。
「街道の整備」
「街道、ですか?」
警ら兵隊長が、こちらを見る。礼拝堂の木組みの天井へ目をそらし、今頃は牢の中にいる村長に代わり、山村の方針を提案する。
「上の、旧街道。登山者の散策用としても喜ばれるんじゃないかな。景色がいいし。馬車が行き交わないから、歩行者には安全だと思うよ」
おじいさんの方へ目線を戻す。相手の顔を見ないように、腰の辺りに目をやる。磨き込まれた携帯用のカンテラが折りたたまれて、ぶら下げられていた。
「あの荒れた道を馬車で走ってこれたんだから、あの道のこと、詳しいんですよね。整備の責任者になってはくれませんか?」
おじいさんが驚いて、少々曲がった腰をわずかに引いた。
村長が山賊にくれてやっても構わないとした古ぼけた馬車も隅々まで綺麗に掃除され、整えられていた。その実直な仕事ぶりは、あの旧街道が本線だった頃、馬車で何度もその道を通った熟練の御者の証でないかと思う。
「わしが、わしがそんな役に付いて、良いのでしょうか……」
おじいさんはこの場にいる全員から賛同を得るかのように、礼拝堂にいる者たちの顔を順繰りに見やって、警ら兵隊長と勇者の世話役へたずねた。
それに答えるのは言い出しっぺの自分だ。勇者の権限とやらを、ここで使わせてもらう。勇者が認めたのだと証明するものが必要なら、書類でもなんでも用意するだけだ。
勇者様は絶対。救世主とやらが決定したことには、この国の誰も文句は言えない。
なんともふざけた契約だが、年配者が動揺するほどの規格外のことを村の者の意見も聞かず勝手に決めているのなら、気に入らないが救世主様の威光も振りかざさしておかなくてはいけない。
こちらの口約束で任せた人が難癖を付けられたり、口出しもできないようなおかしなことになった挙句、旧街道で事故や事件が起こったら、それこそ登山道の提案をした勇者の責任だ。
「もちろん。道のことをよく知っている方じゃないと、安全な登山道にはならないですから。むしろ、あなたに絶対にと、こちらからお願いするところです」
軽く頭を下げたのだが、また引かれる。熟練の御者は幼い子がだだをこねるように、首を振った。
「そんな、滅相もない! ありがたくお受けします! お受けしますので、そのようなことは!」
なんでなんだ、軽く会釈程度にしたのに。敬礼へのそれも本当は、だめなやつなのか?
とにかく話はまとまった。御者のおじいさんにはこの村で街道補修の仕事に付いてもらって、もうひとつの大切な役目を頼む。
「それで、その子の保護者もお願いします。あなたの世話をする者も必要ですよね? それでいいかな?」
肩掛けを両手でぐっと握っていた少女は、紫の瞳をうるませながら小さくうなずいた。
恩返しをと言って、魔王討伐なんかに付いてこられては困るのだ。危ないし。
それに、この子もきっと、ここで暮らせるならそうしたいと思ってる。最初に見かけた時から、絶対離さないようにと握りしめている毛織の赤い肩掛けは、村の商店の軒先に何枚も吊るされていたものと同じだった。
「そうだ。それ」
背後霊に振り向くと、こちらが続きも言わないうちに、裁縫道具を手にしたセオ・センゾーリオは少女の前へ立って腰を落とした。
「これをどうぞ、お嬢様。勇者様からの贈り物でございます。それと、私のお古で恐縮ではありますが、家にほこりをかぶったミシンや布なども色々とございますので、後でお送りいたしますね」
話が早いな。なんか悔しいが、従者としての能力の高さは認めざる負えない。勇者から、は余計だけど。
それじゃまるで受け取れと強制しているみたいになるだろうと注意しようかと思ったが、お裁縫が楽しみだと言っていた少女は肩掛けを握りしめたまま動かない。何度も、こちらや目の前のセオの顔を不安げなまなざしで見やるばかりで、贈り物を受け取ろうとはしなかった。
「ご遠慮は要りませんよ。あなたにお使いいただけるなら、この道具たちも喜びます。お気に召しませんでしたか?」
セオがやわらかく、迷子を安心させるようにして微笑みながらたずねる。少女はさらに目を潤ませて、小さな声で答えた。
「わたし、わたしなんかじゃ……こんな、こんなすてきなもの、もらっても……わたし」
言葉を詰まらせ、うなだれる少女の背に視線を落とすおじいさんの表情からも、身寄りがなく、使用人見習いとして保護された屋敷で、この子が今までどんな扱いを受けてきたがが痛いほどに分かった。お嬢様とセオに呼ばれた時の怖がりように、たやすく原因へ思い当る。
まったく、親も親なら、その娘も相当な奴だな。そんなお嬢さんと逃げた奴も、さぞかしお似合いなことだろうね。
それにしても馬鹿げた話だな。
地位のあるところへ生まれたってだけのことで偉そうに振る舞うような奴に、なにが分かるというのか。
「ふさわしくない、って?」
四人の目が、こちらに集まる。視線を足元へと外すついでに、こらえきれなかったため息を吐いた。
「誰を信じるんだ? そんなことを決めつけてくるやつか? そいつは何を知っている? 君のその手で何ができるか。それを知っているのは君だけだ。違うか?」
一瞬の静寂の後、少女の息を吸う音が何度か続く。また泣くのかと身構えた。
人付き合いを図書館で調べなかったばかりに、この口を開くと、余計なことを投げやりな口調で語るようになったらしい。
ああ嫌だ、これだから嫌なんだ。早く、ひとりになりたい。いやまあそんな感じですと、会釈以外の返答方法も見つけなくては。
「わたし! 好きです、おさいほう!」
山の神を祀る礼拝堂に響いた声に、大人たちが少女を見つめた。
彼女の後ろの壁、そこに飾られた大きな壁掛けには、ヒツジとヤギを連れた女性が雪をかぶった山を仰ぐようにして横顔を見せている。布を織り上げながら作られた絵は、色とりどりの糸が織り成す四角い点で描かれていた。
古いテレビゲームの画面のようだと、見知らぬ自分からの感想が頭に浮かぶ。壁掛けと同じ図案の、礼拝堂の粛々とした雰囲気には軽くも見えるが愛らしい絵柄の肩掛けを抱きしめて、少女は続けた。
「織物も勉強します! 布を織って、その布で服や、小さなかばんを作るんです! わたし、おさいほうします。お母さんみたいに」
ああ、そうか。母親が作ったものだったのか。
少女のまっすぐなまなざしから礼拝堂の壁掛けへと、また目を向ける。
創造の神々のひとり、山を司る女神の横顔もまた、この場にいる者たちが未来の希望を語った少女に向けたような、やわらかな微笑みを浮かべていた。
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