転生勇者は連まない。

sorasoudou

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3 人助けは勇者の十八番

第12話 お払い箱と蚊帳の外

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「さすが勇者様です。村長の横領を早いうちに見抜いておいでだったのですか?」


 礼拝堂に入ると、どうしても聞きたかったのか、報告以外ではこちらから話しかけねば口を開かない警ら兵隊長から質問があった。
 こっちとはほぼ歳の変わらない見た目だし、あの村長や村の者たちからは若輩者と言われて、賊が捕まらないことを暗に責められていたような雰囲気がある。勇者様の手を借りるようなことになったのは、自分が見落としをしていたせいだと要らぬ責任を感じているようだ。


「……いや、そうじゃなく、ううん、偶然ですね。変なことだらけだったんで、なんとなくそうかなあと思っていただけのことで」


 ジグドさんたちと別れ、当初予定していた山の中を突っ切るのでなく、街道を通って山村までやって来た。

 街道は警ら兵が巡回していた。当然ながら、村を抜けて山向こうの街へ続く、谷間の石橋がある道をくまなく見回っている。なのになぜか、今でも通ろうと思えば通れるはずの旧街道を警戒している素振りがなかった。
 宿泊所や待機用の空地でしか馬車がすれ違えない曲がりくねった細い道だが、旅人や隊商が使わなくなったとはいえ、それなら余計に山賊が人目を避けて利用していても、おかしくはないのにだ。

 奪った物や自分らの食料などを売り買いするには、人里へ向かうしかない。襲撃時に派手な装いでいるのは村へ入る際の普段の格好を覚えさせないためだろうが、旅人を装ってはいても、目に付かないなら旧街道を使いたくなるのが逃げ隠れする者の心理だろう。


 自分も、そうだし。


 警ら兵が見回るようになった谷間の街道へは、賊の隠れ家からは誰も下りた形跡がなかった。
 山腹にあったねぐらの石窟から下へ続く獣道には、破られていない大きな蜘蛛の巣が人の頭辺りの木立の合間に、いくつも張られていた。賊が山の上の方にある旧街道を使って人里へ行き来していたのは間違いない。

 旧街道の山村側の登り口は、新しい街道の始まり辺りへ繋がっている。旧街道から下りてきたところさえ見つからなければ、誰もが人通りの多い谷間の道を通って、山向こうから来たのだと思い込む。
 山賊たちはそれを利用して街へ行く他に、何度もこの村へ足を運んで、警ら兵や隊商の情報と食料の仕入れ、積み荷の換金を行っていたはずだ。

 どこで不正を知ったかは知らないが、換金や仕入れも結局、横領分を略奪した荷や金銭で補填してやったからとでも言って、村長に手間賃をせびる脅迫になっていたとも考えられる。
 増額された通行税や援助金の上前をさらに山賊たちがはねることで、村長は自分の足りない分を追加で横領するという、悪循環が出来上がっていたんだろう。


「村長は、これ以上の被害を出さないことを優先して数が限られているあなた方が谷間の街道の警備に力を入れることを見越し、上の道は隊商が通れないので今は誰も使わないと進言した……積み荷狙いの山賊は、そっちにはいないと刷り込みをしたんですね」


 こちらの言葉に肩を落とした警ら兵隊長に気付き、少し気の毒になる。
 でも落ち込むことはない。山賊そのものを捕らえるのも彼らの仕事であるのは違いないが、何よりも被害者を出さないことの方が大切だ。

 あいつら、平気で人を斬り付けてきたからな。

 警ら兵たちは、夜分に通行するかもしれない速達便や隊商、不測の事態で野宿になってしまった旅人がいないかと、密かに交代制の夜警もしていたそうだ。


「あと数日、いや、明日にでも、隊長さんも気が付いたと思いますよ。村長が夜逃げしようとしたのを寝ずの番の誰かが見つけていたでしょうし」


 警ら兵隊長は姿勢を正したが、その表情はさらに険しくなっていた。


「いいえ、それでは遅すぎます。横領の首謀者を捕らえ、そこから山賊を割り出して一味を残らず見つけることが出来たとしても。私では、そちらのお二方は助けることは出来なかったでしょう。それでは遅すぎるのです」


 警ら兵隊長が顔を向けた先に、長椅子に並んで腰かけた御者のおじいさんと少女がいた。

 おじいさんと少女は先ほどから、こちらをそっとうかがうようにして話を聞いている。
 二人が見ているものはこちらと警ら兵隊長ではなく、勇者の側に立って一心不乱に手を動かしている、桃色の髪の男だった。


「終わりました。なるべく目立たないようにとつくろいましたので、しばらくは大丈夫かと思います」


 結局、服を脱がないなら脱がないで、こうなるのか。


「お手数はかけませんから、このままで!」と、礼拝堂に入った途端に始まった補修作業を沈黙で過ごすのは耐えられなかったかもしれない。警ら兵隊長が自分から話しかけてきてくれて良かったと思えた。
 ふところから取り出した携帯用の裁縫道具を元の場所へ仕舞おうとした、セオ・センゾーリオの手が止まる。勇者の世話役である彼の緑の瞳が見つめているのは、紫の瞳の少女だった。


「お裁縫に興味があるとか?」


 再びの沈黙と先ほどまでの熱心な少女の視線に耐えかねて、質問を投げかける。頬を染めた少女は顔を伏せ、ひざに乗せた赤い肩掛けを握りしめつつ、小さな声で答えた。


「はい。これは……これだけは楽しみで。だから、じっと見ちゃって……ごめんなさい」


 謝るようなことではない。今までは、物欲しそうな顔をするなと怒鳴られてでもいたのだろうが、これからは正々堂々と好きなことをして生きて行けばいいのだ。

 どこかの馬鹿の娘の身代わりにされることもないんだし。

 旅支度の令嬢と言っていいような整った身なりはよく似合っていたが、最初に見かけた時からどこか違和感があった。
 山の村だし、陽射しも強ければ日焼けも当たり前かと思いもしたが、手は荒れて爪もガタガタだ。肩掛けを握りしめた指のあちこちに、あかぎれが出来ている。歳の頃よりもずっと老けた、そんな手をしたお嬢様などいるか。


 それと、馬車を襲うにしては山賊二人だけとかどういうことなのかと、賊退治に向かう前、山道におじいさんと少女を残していく時にたずねた。

「旅に出るにしては何の荷物もないけど、大丈夫ですか?」と。

 おじいさんも驚いた顔をしたが、それ以上に少女の方は、おびえた様子で身を縮めた。
 山賊に襲われた直後だ。怖がっているのは当たり前だが、質問に見せたそれはどちらかというと、見つかってはいけない秘密を暴かれたような動揺の仕方だった。

 何か他にもお困りですかと聞いたら、御者のおじいさんが息を詰まらすようにうなってから、答えてくれた。


『山賊が村長のお嬢さんをさらおうと狙ってる。お嬢様を街へ逃がすから、お前たちは馬車で旧街道を通って賊の気を引いてくれ。警ら兵も来ているから、朝から派手に襲っては来ないだろう』


 使用人頭から二人に告げられたのは、そんな内容だったそうだ。
 拒否することも疑問をたずねることも許されず、まだ夜も明けきらぬうちに急遽決められた旅立ちだ。渡されたのは銅貨一枚にも満たない駄賃だけ。持って出る荷物もない。
 馬車が早朝の旧街道を通ることなど山賊に分かるはずがない、念のためのお芝居だと思い込まされて出発した二人を待ち構えていたのが、山賊その一と二だった。


 人質を寄越せとでも言われたのだろう。おどしに屈したように見せかけた村長からの言伝ことづてに乗った奴らが、馬車に乗っているのは本物のお嬢様であると思っていたのかは知らないが、どちらにせよ、誰かが人質に取られているとなれば、警ら兵隊が馬車で逃げる賊に手出しするのは難しくなる。

 その混乱のうちに村長は、有り金と荷物をまとめて逃げ失せるつもりだったはずだ。
 警ら兵が到着し村に駐留するとなって、自身の横領も山賊との癒着もすぐに暴かれると察した村長のはかりごとに、少女とおじいさんが担ぎ出されたのだ。

 たぶん、あの金に汚い男は、お払い箱の使用人もついでに片付けた気分でいた。
 横領のことをばらされたくなかったら隊商の情報を寄越せ。そのことを暴かれたくなかったら娘を人質にと、脅迫を続ける山賊たちも追われる身だ。脅す相手がいなくなったら、身代わりでも人質を連れて逃げ出すしかない。

 その目論見もくろみが別の形で上手くいったと思ってしまった村長は、今度は逃げ出すのをやめた。
 勇者が賊を一掃してくれた。邪魔者は皆いなくなった。警ら兵にも追われず、このまま村長を続けても、何も知らない村人はだましておける。
 そんな考えでいたからこそ、あの余裕が生まれたわけだ。


 結果は同じだが、「勇者です」と嫌々名乗りを上げたのは油断させるためじゃなく、呼び付けて逃げ出させないためだったんだけどなあ。


 こんなに上手く証拠が集まるとは思わなかったから、横領のことを村人の前で告げれば勇者どうこうは別にして、村長も観念するだろうと考えた。
 そこで警ら兵隊長を密かに探して何者かを名乗り、旧街道の入口に隠しておいた馬車へ案内して、二人から事情を話してもらった後、わざと広場で警ら兵たちに触れ回ってもらった。


 勇者様が山賊退治に駆け付けて下さったと。無事に事件は解決したと。


 そりゃ、あの騒ぎにもなるか。
 そういや、その時も神剣を見せて、みんなに信用してもらったんだった。知らず知らずのうちに神剣を身分証にしていた、意外と間抜けな自分に気付いて、がっかりする。

 まあ、上手くいったなら良かったと思おう。山村に巣食った悪党の方こそ、お払い箱に出来たから。







 
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