転生勇者は連まない。

sorasoudou

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3 人助けは勇者の十八番

第12話 名乗りを上げる

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 いや、違うな。
 ここまでの道のりを振り返って気が付いた。

 要らない加護とこの山村で起きているような騒ぎを恐れて、自分が勇者だとは誰にも知られたくなかった。だが、知られたくないとか思っている自分こそ、はっきりと「私が勇者です」とお知らせしてしまっている。

 魔王討伐に必要だから、早く使い慣れた方がいいと思ってたんだけど。完全に、裏目に出た。


 やっぱり勇者の身分証は神剣、バイロギートジョフトだ。


 覚えづらい名前の、刀身が真っ白な剣は、知る人から見ればそれを携えた者が何なのかを示す、これ以上ないほどの身分証明になる。
 速達便の騎手に強盗、追いはぎや農家のおじさん、そして冒険者のジグドさんが目にした白い剣。
 それを彼らが勇者の物だと理解していなくても、その話を聞いた者の中に神剣の姿を思い浮かべた人がいるなら、持ち主に付いては容易に推測が出来ただろう。

 特に、置手紙を残して旅立った主の動向を知るために各地から情報を集めている、従者になり損ねたこの人とかは。


「勇者様、誠に僭越せんえつではありますが、こちらをご用意しておりますので、上着をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 セオ・センゾーリオが鞄から取り出したのは、見慣れた色の畳まれた服だ。擦れや染みも、刀傷もない新品の、雨合羽仕様の外套マントが差し出される。
 本来なら神殿の下働きが着る作業服でなく、もっとちゃんとした格好に着替えさせたいところなのだろうが、勇者の言うことは絶対が信条の神官長補佐官兼救世主お世話係であるので、新品に取り換えることで手を打ったらしい。


「そちらはすぐにつくろってお渡しいたします」

「……いや、いい。そっちを替えで持っておくから」


 満面の笑みで渡された柿の葉色の上着を受け取り、自分の鞄へ仕舞っていると、警ら兵隊長の元へ、また別の部下が駆け付けて報告した。

 どうやら、ようやく出て来る気になったらしい。

 大観衆に囲まれ、こっちが引きこもりたいくらいだが、こうして名乗りを上げてまでここに立っているのは、この山村と街道に巣食う問題を綺麗に片付けてしまわねばならないからだ。


「勇者様、今こちらへ参るそうです」


 警ら兵隊長にうなずき、たずねる。


「証拠は集まりそうですか?」

「はい。うちの監査役と、以前、村役場に勤めていた者を見つけましたので、彼らに急ぎ当たらせております」


 確実な証拠の方は専門家に任せれば問題ない。警ら兵の部隊に会計監査役が同行しているとか、知らないうちに王様に助けられていることが他にもたくさんありそうだ。


 真っ先にこの広場へ駆けつけて良さそうな人が、ようやく屋敷から現れた。
 屋敷も隣の村役場も、すっかり警ら兵に押さえられているというのに慌てた素振りは見えない。この街道沿いの集落と周囲の領地を任せられている村の長は、救世主の降臨を今し方知ったかのように、ゆっくりと人波が分かれるのを待ってから目の前までやって来て、ひざを折った。


「勇者様。このような辺ぴな場所へご訪問いただき、光栄の極みでございます。わたくし」

「あいさつは、よしましょう。早く話を付けたいので」


 大騒ぎする人々の只中にしばらく居たせいか、さっさとここから逃れたいという欲求に打ち勝てそうにない。なぜかこっちが焦っているような状態になったことにもいらついて、気付けば相手の話の腰を折っていた。

 あいさつを打ち切られ、さすがに口をつぐんだ村長には、礼儀正しい言葉よりも聞かせてもらいたいことがある。自分より遥か上、父親かそれ以上にも見える男にこんな口を利くのもどうかと思いながら、訳をたずねた。


「あんた、どういうつもりで、ほったらかしにしてたんだ?」


 誰も聞き返しては来ない。たずねられた当人もなら、周囲の者たちもそうだ。
 警ら兵たち以外は皆、今の状況を理解出来ない歳である子どもたちを除いても、こっちが何を村長に質問しているのかが分からないようだった。あれだけざわめいていた人の声が、子どもや赤ん坊のぐずるもの以外、聞こえなくなる。

 本当はただ一人、たずねられた当人こそは、突然やって来た救世主様が何を聞き出そうとしているか、あの言葉だけで理解しているはずなのだが。


「分かっているよな、街道の整備のこと。それは今この村を任されている、あんたがやらなきゃならないことのはずだ。そのための援助はもらっているんだよな、国から」


 村長は、こちらが目をそらさなくてもいいぐらいに視線をさまよわせ、白と銀が混じった頭を右に左にと動かした。
 さっきまでの変な余裕はなんだったんだろう。山賊が捕まったと聞いているはずなのに、それがどういうことか、理解していなかったのだろうか。


「はい、あの、その、確かに街道は整備しております。そこへあの山賊どもが現れまして。ですから、警ら兵の方々に知らせを送ったのですが。この数日、捕まえることも出来ませんで」


 警ら兵たちが賊を捕まえられるわけがない。被害を少なくするために街道を巡回していることは賊に筒抜けだったし、そもそも彼らが探索しなくてはいけない場所が間違えて教えられていたのだから。


「どっちの街道のことを話しているんだ?」


 村長は一歩、身を引いた。後ろへ付き添っていた警ら兵たちが前へ出て、退路を断つように村長の真後ろへ立つ。ちらとそちらへ横目をやって、村長は答えた。


「下、谷間のですよ、もちろん。山賊の被害があるのは、谷間の街道ですので、ええ」


 それは分かってる。この山村で現在繁盛に使われている立派な街道は、谷間の、広く平坦な道の方だ。途中に石造りのしっかりとした橋が出来、対岸の傾斜が緩やかな土地に渡れて道幅も広めに取ることが叶ったので、山沿いでも下の方にあるそちらが使われている。
 そして、人や荷馬車の往来が増えたその道に、山賊どもが現れるようになった。


「山賊の被害があるのは下の道だ。それならなおのこと、上の街道の整備をしないのは、なぜなんだ?」


 そこで何人か、広場に集った村人の中に、おかしなことに気付いた者が現れたようだ。屈強な男たちや、村のために長年働いてきた老人が、同じく異変に気付いた知り合いと小声で話し合っている。


「な、なぜと言われましても……今は使われていない道ですので、そちらを優先するわけにはいきません。通行税も取れない道の整備へ使う資金は正直、援助だけでは足りませんもので」


「そっちの分も上乗せして、通行税を巻き上げてるのに?」


 道すがら耳にした、隊商の商人たちが冗談のようにしてぼやいていたことを伝える。村長は何かを言いかけて一度黙った。ただのうわさだと否定するつもりだ。


「山間の道ですので落石や倒木が多いものですから、利用者の方にはご協力いただいています。この頃は大型の馬車も通りますゆえ、石畳の部分は擦り減らないように石材の取り換えも必要でしたから」


 街道を行き来する者たちの中でも特に隊商などの運搬業者は、経由した拠点でその都度、通行税と呼ばれる交通費を支払っている。乗合馬車の切符代とかにも含まれているそれは、有料道路の使用料みたいなものだ。
 各地域や領主の判断により、落石や倒木の除去、設備の改修のためだと、期間限定で通行税が値上がりすることがある。よくあることで元々の支払いも少額だから、寄付金や協力金としての呼びかけを疑うはずもないし、誰も突っ込んだことを調べもしない。

 ただ、昔からこの街道を利用してきた者たちの間では最近の頻繁な増額に、使わない道の分も上乗せされているのでは、とささやかれていたようだ。
 再三の増額に関しては、石ころひとつ枝一本、路上に落ちなかったという有り得ない証拠をこちらが示さない限り、それが嘘か誠かは判断出来ない。
 こっちとしてはそんなものの証明よりも、街道整備の責任者としての弁明でもしてもらう方が重要だから、問題にもならないが。


余所よそでは、どんなに古くてほとんど使われていないところでも、人里近くは綺麗にしてあったよ。最低限でも手入れをして、災害などの不測の事態、例えばに、別の街道で行き来ができるよう、通り道を確保しておくために」


 広場にざわめきが戻ってくる。今度は勇者の登場に湧いたものではなく、村長への疑いに動揺した声が広がっていった。


「いや、いや、その……山賊の被害に遭い、そちらの警備費用などへ余計な出資があったものですから、はい。それゆえに、旧街道の方は手が回らなかったのです」


 ああ、なるほど。勇者なんかには、こんな辺ぴな村の寂れた街道のことなど何も分かるはずがないと思っているわけか。
 悪いがこっちは図書館に寄ったんだ。魔王討伐の旅の最中でも、たまたま目に入った本を手に取るくらいのことはする。


出不精でぶしょうにもわかる街道整備』


 長年、王様の街道整備事業に関わってきた人が書いた指南書を流し読みした。通行税や援助金が少ない地域でも、どうやって街道を維持していくかを分かりやすく書いた本だ。
 専門の補修業者を繁盛には頼めない、小さな町村の人達に向けての本を、どうやら出不精であったらしい自分が題名にひかれて手に取っただけのことだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
 異世界出身の記憶喪失でも理解できるくらいに、やさしく書いてくれた作者にも感謝だ。


「いやいや、だから。山賊が出るようになったのは、この数か月、半年にも満たない間じゃなかったか。上の石畳の荒れ方は、何か月くらいで済むものじゃなかった。何年、手入れを怠ってきた?」


 再び、ざわめきが止んだ。
 子どもたちも、にぎやかしい大人たちが息を飲んだこの状況を何事かと感じたのだろう。お腹をすかせている赤ん坊まで静かになる。呆然とこちら見つめる母親に抱かれた赤ちゃんの様子は気にかかるが、この沈黙を良いことに皆が思い当ったことを、しっかりと口に出した。


「何年、通行税や援助金、整備費用の何割かを、そのふところに入れてきたんだ?」


「いや、ええ、その……いえ」


 はっきりとした否定も肯定こうていも出来ず、村長は完全にうなだれた。ただし、右に左にと目を泳がせて周囲をうかがっている気配がある。この期に及んでまだ、ここから逃げ出すすべがないかを探っているのだ。


「もう、いい。答えないなら別のに話させる。警ら兵隊長、あいつらへの取り調べは任せますね。専門家である、あなた方なら安心です」


「はっ! お任せください、勇者様!」


 また警ら隊長と後ろの部下たちにも揃って敬礼をされた。そちらへ曖昧あいまいにうなずきつつ、村長に目をやる。
 驚きで顔を上げていた村長は、さっきよりもいくらか老けたように見えた。何かを振り払うように頭を小さく動かし、またうなだれる。


 ようやく、事の次第というやつを理解したらしい。


 というか、この男。勇者を公開処刑人だとでも思ってたんだろうか?
 捕まえたと知らせたはずなのに、山賊は全員、死んだと思っていたっぽい。死人に口なし、自分と関りがあると話す者はいなくなったと思っていたから、あの余裕が残っていたんだろう。
 じゃあ、あの子らの姿を見たら、幽霊が出たって腰を抜かすかもな。


「彼らの様子は、どうですか? 落ち着きましたか?」


 警ら兵隊長にたずねると、一瞬でこちらの意図を理解してくれた。


「はい、礼拝堂にて休んでもらっています。そちらへ向かわれますか?」

「ええ。後のことは、よろしくお願いします」


 どよめきが上がった。広場の人々が、声にならないうなりを上げる。


 なんなんだ、それは。なんでそんなに驚く必要がある?
 頼みごとをする時、思わず頭を下げてしまうのは、記憶がなくても日本人には染みついているものなのだ、たぶん。


 群衆に迫られ、追いやられていた広場の端から警ら兵隊長に案内されて、山と谷を背にした小さな礼拝堂へと向かう。警ら兵たちに連行される村長の姿もあったからか、こちらに人が集中せずに済んだ。







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