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3 人助けは勇者の十八番
第9話 勇気ある者
しおりを挟む「あっと、肝心なことを言い忘れてたなあ。お前さん、ナレジカ知ってるか?」
なれじか? 馴れ鹿? トナカイのことかな?
頭巾と前髪の奥の、怪訝な表情が目に入ったようで、ジグドが説明を続けてくれた。
「よくいる鹿、赤鹿の上位種ってなってる、大きめの鹿だな。ほんとは別の種なんだが、まあ、そういう詳しいのは今はいい。ナレジカの真の上位種、それも魔獣化したやつが出たんだ。ううん、魔獣化したから上位種だったか? いや、これも今はいい」
ジグドは太く短い首を左右に何度も振り、話を続けた。カムルとスタウは、かなりするどい目付きで周囲に気を配る。木がまばらに生えた尾根の左右とその脇を、二人は注意深く見回していた。
「ナレジカは本来、平原で生きるもんだ。だが、大きくなると群れをはぐれて旅するやつもいてな。時に上位種が生まれると、そいつが新しい生息地を求めて仲間を引き連れ、旅に出ることがある。魔獣は他の魔物と違って、動物とも群れていることがあるからな。群れの仲間に手出ししなけりゃ、どうってことないのも多いんだが、運悪く今日は、そいつの怒りを買っちまった」
ただの、はぐれナレジカだと思って新人が、調査だけだと仲間が止めるのも聞かず、尾根に立っていた一頭を狩ろうとしたらしい。
ナレジカはオスもメスも角が生える。一年に一度生え変わる赤鹿のものと違い、どんどん角が成長していくのだそうだ。それで大きく育った角にある薬効を求めて、ナレジカを狩る冒険者も多い。
ただし、しっかりと育った個体の角にしか薬としての価値がないため、狙われるのは大きなシカに限られていた。新人が不用意に投てき器で槍を放った相手は大きなオス、群れの長になってもおかしくないやつだった。
それも、後で飛び出して来た姿を見てジグドたちにも分かったのだが、枝葉で隠れていた巨大な角が銀に輝く、魔獣になりたてのナレジカだった。
運が悪いとしか言いようがない。魔獣になって何年と経っていれば体の大きさが尋常ではないし、目立った特徴も出るから遠目にもすぐ分かる。
大きさもあまり違わず、銀の角も葉っぱと陽射しで見えづらかった。だから、攻撃も外した。首を狙ったはずの短い槍は、角にかかった。さらに悪いことに、穂先が角の根元に刺さり、魔獣は激怒した。
大きな角での突進も危ないが、この魔獣の危険なところは、風の魔法を呼ぶところにある。角をひと振りすれば風の刃が生み出され、まったく別種の魔物、鎌切鼬を一緒に相手にしているかのような惨事をもたらすのだ。
「気付いた時には風刃、風魔法の刃が闇雲に振るわれててな。俺は慌てて、とにかく散れって叫んだんだが。まあ、逃げ出すだけで精一杯だった」
「それはオレもだ。ジグドのせいだけじゃないさ。あれが逃げもせず立ってたことがおかしいって気付くべきだった」
スタウが周囲から目を離さず、一人の責任ではないと自分の落ち度を語る。カルムも右の木立を見つめながら、耳をぴくぴくと動かしつつ言った。
「人に狩られるナレジカが逃げないのは変だもんね。あれもきっと、魔獣になったばっかりなのに、強くなったって勘違いしちゃったんだろうね」
勘違いしたのはナレジカだけじゃない。
カムルの言葉には、自分も通ったのだろう、冒険者になりたての者が陥る危うさを憂う気持ちがにじんでいた。
「この辺にはいないみたいだ。静かだね」
「いや、あっちの方、何か音がする」
指を差して方角を示すと、カムルもそちらへ犬に似た耳を向けた。尾根の向こうの急斜面の下の方から、茂みを揺らすような音が聞こえていた。
声をひそめた三人の話に気を取られていて気付かなかったが、時折、枝葉を揺らす音に混じって、キュウキュウと小さな鳴き声が上がる。
「あれがナレジカの鳴き声か。槍を抜こうとしてるんじゃないかな」
立ち上がって尾根の開けた場所へ出ようとすると、ジグドが左袖をつかんだ。
「待て待て! 気付かれた途端、引き裂かれるぞ。お前さん、防壁かなんかが使えるのか?」
「いや、まあ、そんな感じです……」
三度目の「いやまあそんな感じです」を披露する。「いや」に限っては、四度目だ。返答って難しい。
「おとりになる気かよ、アンタ。魔獣相手にそれは、死んだふりより悪いぜ」
スタウが表情を厳しいものに変えて、こちらを見た。
魔獣は向かってくるものに執拗に攻撃を加える。熊に死んだふりも絶対にやってはいけない悪手だが、魔獣のおとりになるのは正に自殺行為だそうだ。
「いや……おとりというか、壁ですかね。自分が攻撃を防ぐ間に、みなさんが人探しをする時間を稼げればと思ったんですが。それ以外に何か手はありますか?」
たずねると、三人の冒険者は押し黙った。しばし考え込んだ後、ジグドがうなずく。
「魔術師系のやつは居ないし、簡易防壁の煙幕じゃ何発もは防げない。お前さんがいけると言うんなら、それを信じるしかないんだが。ほんとに大丈夫なのかい?」
「いけます」
最悪、服がずたずたになるかもしれないが、体は無傷だ。問題ない。
「それで独りでやってんのかい」とジグドはつぶやき、腰帯に引っかけてあった細長い紙の筒を、カムルとスタウに手渡した。
その筒が簡易的な防壁になる煙幕を出す魔道具なのだろう。それぞれが一本ずつ手に持ち、こちらを見やる。ジグドは名乗らない勇者を、防護魔法の使い手である独りぼっち冒険者と思ってくれたようだった。
「んじゃ、俺たちは手分けして仲間を探すから、お前さんも気を付けてな。まずは、あれに見つからないように離れたところから捜索するよ。だから無理はしないでくれな」
ジグドが立ち上がる。それへ続いたカムルがまず先に、尾根のこちら側を足音を忍ばせて右へと進んで行った。
スタウは左へ目をやる。一歩踏み出した彼は、まだ藪にしゃがんだままのこちらを見下ろして、ささやくように言った。
「なんで、見ず知らずのやつに、そこまで出来るんだ、アンタ」
なんで?
これも利き手同様、考えたことがなかった。
やれることをやっているだけだ。出会ってしまった者が助けを必要としている以上、自分なんかでも手助けが出来そうなのに、それを断る意味が分からない。
「助けになれそうだから、かな?」
とりあえず思い付いた答えを言う。「いやまあそんな感じです」じゃない返答が出来たことに満足して、ひとりうなずく。
スタウはすねたように、さらに声を落とした。
「お人好しがすぎるんだな、アンタ」
それだけ言い残してスタウがさっさと先へ向かうと、隣でジグドが静かに告げる。
「姉さんが魔物に襲われて亡くなったんだ、あいつは」
弟と同じく冒険者だったそうだ。
死亡届と共に、スタウが姉の代わりに受け取った報酬には依頼のものとは別に栄誉賞与として、いくばくかの金額が包まれていた。
栄誉賞与があるということは、魔物に襲われた人や仲間を助けようとして亡くなった証だという。王立警ら兵団の創設時に王様が部下のためにと設けたものが、一般の冒険者組合や、護衛の傭兵を雇う商会に広まったものらしい。
ジグドが王様のことを良い方だととらえていたのは、そういった心遣いからも来ているようだ。
「仲間を見殺しには出来ないやつらの集まりが、冒険者ってもんだからなあ。覚悟はしてなきゃならねえんだけども。いや、お前さんには必要ない話だったかな」
困ったように微笑むと、ジグドは尾根を足音ひとつさせずに横切り、向こうの木立の中へと入って行った。
そうだな。見殺しには出来ない。
自分たちの命をも覚悟して戻ってきた彼らのためにも。行きがかり上だが、同じ立場になった新米冒険者の無事を確認してやらなくては。
息をひそめて、音の出所へ歩む。あちこちに落ちた枝や傷付いた幹を見て、昨日の自分を思い出した。
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