転生勇者は連まない。

sorasoudou

文字の大きさ
上 下
31 / 121
3 人助けは勇者の十八番

第5話 さすが人助けは朝飯前ですね!

しおりを挟む



 山村は賑わっていた。
 開墾かいこんして作った狭い土地に家が並び、石垣の中の畑と急斜面の放牧地が、それらを囲む。
 広場の周囲には商店や役場、漆喰塗りの屋敷が建っていた。外見は簡素だが、白い壁が緑の中に映えている。宿屋らしき、三階建ての立派な建物もあった。

 なかなか大きな村で、王都から離れた山間部では元々賑わいもある方だ。それでも昨日ここを通りかかった時とは大きく違って、広場は老若男女、様々な人でひしめき合っていた。村中どころか近隣の領民すべてが集まっていそうだ。


 勇者は、格好の見せ物なのだ。


 守るべき者たちから敬われるためと神が要らぬ世話を焼き、見目を無駄に整えて造られているから仕方がない。その上、所構わず相手を魅了する呪い、神のご加護、『愛されしもの』を授けられている。


 だからこの騒ぎは自分のせいじゃない。


 そう思い込んでやり過ごそうとしたが無駄だった。あまりの人の多さに呆れて、言葉が出ない。みんなが放り出してきただろう、各々の仕事がどうなったかが心配だ。

 予想外や想定外が起こると馬鹿に騒ぐのが人という生き物で、その性分だ。だからこれは仕方がないのだ。怒るほどでもないじゃないか。みんな生きてるんだし。

 腕っぷしの強そうな男たちが、あれが勇者様かと値踏みしたり、こちらのちょっとした仕草に歳の差を越えて女性たちが金切り声に近い歓声を上げたりしても仕方がない。
 押し合いへし合いで親とはぐれた子どもが、あちこちで泣き叫んでいても、勇者の、自分のせいではないのだ……。


 いや、やっぱり呪いだ。いいや、これはもう嫌がらせだろ! 騒ぐな、いい加減にしてくれ! 子どもを押すな、そこのバカが!


 たまらずそう叫びかけた時、広場の向こうの端から、大声で呼ぶ者があった。


「勇者様! 我らが救世主様ーーーー!」


 うそだろ……出たよ、背後霊。


「お探しのものをお持ち致しました! ご確認お願い致しますっ!」


 配達員に転職した?


 前の世界の知識が、お届け物には判子はんこを押せと告げてくる。ここでは判子が要るとか知らないからと、名も知らぬ自分の不要な忠告に己で突っ込んでおく。

 そんなことを頭の中で繰り広げながら、人の荒波をかき分け迫り来る桃色の頭、主席神官長補佐官にして勇者の世話役セオ・センゾーリオを渋々出迎えた。
 というよりも、おとなしく待つしかない。この状況では、どうすることもできないし。
 先が崖になっている広場の端に追い詰められていて逃げようがないのだ。飛び降りを披露して群衆の肝を冷やすような悪趣味は持ち合わせていない。


 セオは一礼し、外套の下へ持っていた鞄から書類を取り出した。


「魔王軍の旗章の資料でございます。数百年分をさかのぼり、系統立てて調べましたが、わたくしが至らぬばかりに時間を使いました。到着の遅れを、お詫び申し上げます」


 いや、ここに来いはもちろん、調べてくれとか頼んでない。 


 見当違いの詫びを入れながら差し出された紙の束を、否応なしに受け取る。要らない装飾で彩られた豪奢な表紙で挟まれた資料は、開くと絵巻物のように広がった。
 歴代勇者の活躍や、魔王や魔族等の逸話を記した書物から抜粋してきた、旗が描かれた絵がまとめてあるらしい。それぞれの出所や由来が細々と余白に記されている。
 よく調べましたねとほめてもいいくらいの出来だったが、今ここで広げて、じっくりと見るようなものではなかった。


 というか、どういう経緯で勇者が魔王の旗を探していると知ったんだ、この留守番は。


「街の図書館より、神殿の史料課に問い合わせがありまして、急いでまとめたもので不備があるやもしれません。紋章等の専門家にもあたらせようと思っておりますが、どうなさいますか?」


「……いや、もう、これで足りてるから」


 自分のせいだったと歯がみする。


 近道から街道に戻ったところで大きな街を通りがかりに図書館を見つけてしまい、ついそこで、魔王に関する書物はないかと探した。魔王の旗とやらがどんなものか、何か資料をと立ち寄ったが、そこから連絡が神殿へ行くとは思ってもいなかった。
 このご時世で勇者や魔王に関する書物を探す者は多いだろうと己では目立つ行為をしているつもりはなかったが、異世界の図書館の物珍しさから半日ばかり館内を歩き回っていたのが、司書の興味をひいたらしい。


「勇者様」


 静かに呼びかける男の声。
 ざっと目を通した史料を閉じて、セオに渡す。斜め後ろへ、ちょっとだけ顔をやって、うなずいた。そこに直立不動で待っていた警ら兵隊長が、側へ控えた部下からの報告を告げる。


「山賊を護送車へ収容致しました。奪われた荷も回収の運びです」

「助かるよ」

「いえ! 我らの方こそ、お役に立てず申し訳ございません。王立警ら兵団一同に成り代わり、勇者様のお力添えに感謝申し上げます!」


 兵隊長の敬礼に、背後の部下もならう。


 敬礼の返しは何なんだ? こっちも敬礼は違う気がする。
 図書館で礼儀の本とかも見ておけばよかった。人付き合いする気がなかったから、そんなこと、ひとつも思いもしなかったな。

 結局、小さく会釈し、結果的に仕事を奪うことになってしまった彼らから目をそらした。
 こっちの気持ちを知ってか知らずか、セオが緑の瞳を輝かせ、これ以上ないほどの笑顔で、我らが救世主様を称賛する。


「こちらでは人々を脅かす賊を一掃されたのですね! 道中では、速達郵便の騎手を強盗から助け、追いはぎにあいかけた農民を救い、魔物を狩り損ねた冒険者らの命を助けられたとのこと。わたくしからでは不足ではありましょうが、彼らに代わってあつくお礼を申し上げます!」


 な、なんで知ってるんだ?
 後を付けてたのか? いいや、そんなわけあるか! 絶対に置いてきたんだ、背後霊は。
 神殿に留守番という、これ以上ないほどに的確な除霊を施してきたはずだ!


 千里眼並みに驚異的なことに、ここまでの道すがらにあったことを、すでにセオが正確に把握している。


 どこかで報告がすべて神殿に行くようになっていたのか?
 それとも、どこかで正体がばれていたのか?


 郵便配達のところか、追いはぎか、冒険者からなのか?







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

処理中です...