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3 人助けは勇者の十八番
第5話 さすが人助けは朝飯前ですね!
しおりを挟む山村は賑わっていた。
開墾して作った狭い土地に家が並び、石垣の中の畑と急斜面の放牧地が、それらを囲む。
広場の周囲には商店や役場、漆喰塗りの屋敷が建っていた。外見は簡素だが、白い壁が緑の中に映えている。宿屋らしき、三階建ての立派な建物もあった。
なかなか大きな村で、王都から離れた山間部では元々賑わいもある方だ。それでも昨日ここを通りかかった時とは大きく違って、広場は老若男女、様々な人でひしめき合っていた。村中どころか近隣の領民すべてが集まっていそうだ。
勇者は、格好の見せ物なのだ。
守るべき者たちから敬われるためと神が要らぬ世話を焼き、見目を無駄に整えて造られているから仕方がない。その上、所構わず相手を魅了する呪い、神のご加護、『愛されしもの』を授けられている。
だからこの騒ぎは自分のせいじゃない。
そう思い込んでやり過ごそうとしたが無駄だった。あまりの人の多さに呆れて、言葉が出ない。みんなが放り出してきただろう、各々の仕事がどうなったかが心配だ。
予想外や想定外が起こると馬鹿に騒ぐのが人という生き物で、その性分だ。だからこれは仕方がないのだ。怒るほどでもないじゃないか。みんな生きてるんだし。
腕っぷしの強そうな男たちが、あれが勇者様かと値踏みしたり、こちらのちょっとした仕草に歳の差を越えて女性たちが金切り声に近い歓声を上げたりしても仕方がない。
押し合いへし合いで親とはぐれた子どもが、あちこちで泣き叫んでいても、勇者の、自分のせいではないのだ……。
いや、やっぱり呪いだ。いいや、これはもう嫌がらせだろ! 騒ぐな、いい加減にしてくれ! 子どもを押すな、そこのバカが!
たまらずそう叫びかけた時、広場の向こうの端から、大声で呼ぶ者があった。
「勇者様! 我らが救世主様ーーーー!」
うそだろ……出たよ、背後霊。
「お探しのものをお持ち致しました! ご確認お願い致しますっ!」
配達員に転職した?
前の世界の知識が、お届け物には判子を押せと告げてくる。ここでは判子が要るとか知らないからと、名も知らぬ自分の不要な忠告に己で突っ込んでおく。
そんなことを頭の中で繰り広げながら、人の荒波をかき分け迫り来る桃色の頭、主席神官長補佐官にして勇者の世話役セオ・センゾーリオを渋々出迎えた。
というよりも、おとなしく待つしかない。この状況では、どうすることもできないし。
先が崖になっている広場の端に追い詰められていて逃げようがないのだ。飛び降りを披露して群衆の肝を冷やすような悪趣味は持ち合わせていない。
セオは一礼し、外套の下へ持っていた鞄から書類を取り出した。
「魔王軍の旗章の資料でございます。数百年分を遡り、系統立てて調べましたが、わたくしが至らぬばかりに時間を使いました。到着の遅れを、お詫び申し上げます」
いや、ここに来いはもちろん、調べてくれとか頼んでない。
見当違いの詫びを入れながら差し出された紙の束を、否応なしに受け取る。要らない装飾で彩られた豪奢な表紙で挟まれた資料は、開くと絵巻物のように広がった。
歴代勇者の活躍や、魔王や魔族等の逸話を記した書物から抜粋してきた、旗が描かれた絵がまとめてあるらしい。それぞれの出所や由来が細々と余白に記されている。
よく調べましたねとほめてもいいくらいの出来だったが、今ここで広げて、じっくりと見るようなものではなかった。
というか、どういう経緯で勇者が魔王の旗を探していると知ったんだ、この留守番は。
「街の図書館より、神殿の史料課に問い合わせがありまして、急いでまとめたもので不備があるやもしれません。紋章等の専門家にもあたらせようと思っておりますが、どうなさいますか?」
「……いや、もう、これで足りてるから」
自分のせいだったと歯がみする。
近道から街道に戻ったところで大きな街を通りがかりに図書館を見つけてしまい、ついそこで、魔王に関する書物はないかと探した。魔王の旗とやらがどんなものか、何か資料をと立ち寄ったが、そこから連絡が神殿へ行くとは思ってもいなかった。
このご時世で勇者や魔王に関する書物を探す者は多いだろうと己では目立つ行為をしているつもりはなかったが、異世界の図書館の物珍しさから半日ばかり館内を歩き回っていたのが、司書の興味をひいたらしい。
「勇者様」
静かに呼びかける男の声。
ざっと目を通した史料を閉じて、セオに渡す。斜め後ろへ、ちょっとだけ顔をやって、うなずいた。そこに直立不動で待っていた警ら兵隊長が、側へ控えた部下からの報告を告げる。
「山賊を護送車へ収容致しました。奪われた荷も回収の運びです」
「助かるよ」
「いえ! 我らの方こそ、お役に立てず申し訳ございません。王立警ら兵団一同に成り代わり、勇者様のお力添えに感謝申し上げます!」
兵隊長の敬礼に、背後の部下も倣う。
敬礼の返しは何なんだ? こっちも敬礼は違う気がする。
図書館で礼儀の本とかも見ておけばよかった。人付き合いする気がなかったから、そんなこと、ひとつも思いもしなかったな。
結局、小さく会釈し、結果的に仕事を奪うことになってしまった彼らから目をそらした。
こっちの気持ちを知ってか知らずか、セオが緑の瞳を輝かせ、これ以上ないほどの笑顔で、我らが救世主様を称賛する。
「こちらでは人々を脅かす賊を一掃されたのですね! 道中では、速達郵便の騎手を強盗から助け、追いはぎにあいかけた農民を救い、魔物を狩り損ねた冒険者らの命を助けられたとのこと。わたくしからでは不足ではありましょうが、彼らに代わって篤くお礼を申し上げます!」
な、なんで知ってるんだ?
後を付けてたのか? いいや、そんなわけあるか! 絶対に置いてきたんだ、背後霊は。
神殿に留守番という、これ以上ないほどに的確な除霊を施してきたはずだ!
千里眼並みに驚異的なことに、ここまでの道すがらにあったことを、すでにセオが正確に把握している。
どこかで報告がすべて神殿に行くようになっていたのか?
それとも、どこかで正体がばれていたのか?
郵便配達のところか、追いはぎか、冒険者からなのか?
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