29 / 120
3 人助けは勇者の十八番
第3話 腹ごなし
しおりを挟む捨て鉢に投げつけた重い小麦袋は、フードを目深に被った奴の上半身にぶち当たった……はずだった。
「やめろよ。小麦を無駄にぶちまける気か? もったいない」
この状況で気にするようなことじゃない訳の分からない文句を付けて、奴はそっと、受け止めた小麦袋を側へ下ろした。
小麦の粒が袋の破れから音を立ててこぼれ落ちる。白い剣を腰の鞘に収めて、奴はのんきに小麦を拾い始めた。
「乱暴に扱うから、こんなことになるんだ」
ぶつぶつ言いながら、床に転がっていた深皿に麦の粒を拾い集めていく。
背中が、がら空きだ。奴に蹴り上げられて取り落とした剣を素早く拾い、一気に踏み込んで、斬りつける。
全身を襲う衝撃に息が詰まった。剣から体に伝わる反動に、何が起こったか判断が付かない。
「危ないな。服に傷が増えるところだっただろ」
そう言ってため息を吐いた奴は、頭上へ上げた右手で、振り下ろした剣を受け止めていた。がっしりと刃を握った手は指ひとつ飛ばず、血の一滴も流れていない。
嘘だ、渾身の力を込めて振り下ろしたんだぞ。なんで切れない、この、見るからに、やわらかい白い手が。
刀身を素手でつかんだまま奴は立ち上がって、こちらへ半身、振り返った。長い前髪が白くきらめき、その奥の目が光って見えた。
ここより田舎の山中で、雪猿とかいう魔獣に出くわした時のことが頭をよぎる。あの時、魔獣を狩ろうとしたアホな仲間が、何人やられたっけ?
その時のように異常だった。この、目の前の、旅人ごときは。
腕が、体が、勝手に震え出す。さっきの反動が全身に、残っている、みたいだ。だがこれは、違う。恐怖で、震えていた、この俺が。
神剣を振るう。傷ひとつ付けずに鞘から抜け出て、白い刀身が空を切る。
いち、にい、さん。
ひらひらと、でたらめに動かすだけで事足りた。
山賊その四は手の中で二つに割れた剣の柄だけを握りしめ、後ろへ倒れた。その足元へ、三つに分かれた刀身が音を立てて落ちる。
「ひゃああ!」
情けない声を上げながら柄の残骸を放り投げて、山賊その四は倒れ込んだまま後退り、もがくように起き上がって右へ逃げる。その姿に、まだ動ける連中がつられて逃げ出した。
ああもう、ちょっと待ってくれ、散らばるな。
隊商の荷であったらしき、乱雑に積み上げられた木箱の向こうへと曲がる、山賊その四を追う。階段状に積まれた木箱を駆け上がり、そこを足場に前へ跳ぶ。
宙でつかんだ蔦に体重をかけると、石窟の天井を這っていた植物が、網のように絡まり合ったそれが引きはがされて落ちてきた。
体を振って前方へ跳び、蔦の網の下敷きになるのを避ける。傾斜した石窟の奥、舞台のようになった岩の床へと着地しながら、背後へ目をやった。
天井の裂け目から入り込んでいた木の根も蔦の落下に巻き込まれたらしい。腐った一部がちょうど、その下にいた山賊その四を直撃したところだ。
腕に覚えがあったのか、この中ではただ一人まともな剣を握ってまともに戦っていた山賊その四は、降り注いだ植物に埋もれ、気を失って伸びている。
山賊その五と七と八も、植物の網に絡まって、もがいていた。刃物の類はことごとく、すでに使い物にはならなくなっている。噛みちぎりでもしない限り、蔦を切って抜け出すことも出来ない。
ちなみに山賊その一と二は馬車にあった縄で縛り、ここまで案内させた後、外の木にしっかり繋いでおいた。
悪党のねぐらで最初に会った不運な山賊その三は、気絶したまま微動だにしない。投げ飛ばした岩壁に大柄な体を預け、まだ反省などしてもいないだろうが、うなだれた姿勢で静かにしている。
残るは一人。石の洞窟の奥で、戦利品の木箱を次から次へと漁っている、山賊その六だ。
「あった!」
山賊その六は、目当てのものを見つけて大声を上げた。こちらには目もくれないで、木箱に上半身を突っ込んでいる。
探し物に夢中になり過ぎだぞ。
荒々しい見た目からは思いもしない声の甲高さには驚かされたが、ねぐらを襲われている最中だというのに周りがまったく見えていないことにも驚かされる。
顔を上げたその六は、木箱の中身が気になって近付いていたこちらに、やっと気付いた。探し物を手に勢い込んで怒鳴る。
「よくもやってくれやがったな! 役立たず共々、燃やしてらあ!」
見かけた順で番号を振ったが、山賊その六が、この無法者どもの頭であったらしい。賊のお頭であるその六は木箱の中から取り出したランプを、こちらへ突き出した。
だから、ありがたく受け取る。もうランタンを買ったから、余分な照明は必要ないのだが。
「は、放せ! くそ、放してくれ!」
銀色のランプの持ち手を両手でつかみ、引っ張って叫ぶ、その六。こちらはランプの台座を左手で持ち、ガラスの向こうに目を凝らした。
火を灯すはずのところに濃い橙色の石が金色の金具で留められている。
手合わせで見た魔術師の杖の、青い石に似た雰囲気だ。魔石というやつなのだろう。高い物なんだろうな。
「あんた、これ使えるのか? 魔法使いには見えないが」
一応たずねてみたら、山賊その六は息を詰まらせた。
魔術師ではないが、この道具を使えることは使える。銀のランプが、炎の魔法を誰でも扱えるようにと作られた道具であるのは分かった。
それじゃあ悪いが、斬らせてもらう。
右手の神剣をランプの横から刺す。ドアノブを回すように手首を何度かひねった。
「な、な、何しやがった!」
山賊その六は熱い物でも触ったかのように、ランプから手を離す。三歩ばかり後ろへよろけるが、その目は魔法のランプの中へ釘付けだ。
からからとガラスの内を滑って音を立てるのは、金属のかけらと、橙色の石。
魔法石は無傷だ。金具だけ、ばらばらにさせてもらった。かごのように精巧に編まれた金属もきっと高価な手仕事だったんだろうけど、この際、仕方ない。
「ななな、何なんだ! くそっ!」
山賊その六は、側の燭台をつかむと槍のようなそれを手に、突撃を仕掛けた。
学習しないね。さっきは曲刀で、それやって、こうなったのに。
燭台の尖った先を避け、棒を握った腕を左手でつかむ。そのまま思いっ切り引っ張り、勢い余った山賊その六の出っ張った腹に、ひざを入れた。
ちょっと強かったかな? それとも二度目だからか?
「がはっ」
と一声、身を折って動かなくなった山賊その六の腕を振って横へ転がし、手を離す。
左手を宙に向けた。投げ上げたランプの丸い台座が、手のひらへ収まる。落とす前に終わって良かった。
白目をむいて倒れたお頭に愛想を尽かし、戦意をとっくに失っていた五、七、八は、蔦に絡まったまま縮こまって大人しくなっていた。
彼らと気を失った他三人を、荷物の中から見つけた縄で縛り直す。その間、見えてはいけない化け物でも現れたようにして向こうが目をそらしてくれたおかげか、山賊一味の捕縛には数分もかからなかった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる