転生勇者は連まない。

sorasoudou

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3 人助けは勇者の十八番

第3話 腹ごなし

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 捨て鉢に投げつけた重い小麦袋は、フードを目深に被った奴の上半身にぶち当たった……はずだった。


「やめろよ。小麦を無駄にぶちまける気か? もったいない」


 この状況で気にするようなことじゃない訳の分からない文句を付けて、奴はそっと、受け止めた小麦袋を側へ下ろした。
 小麦の粒が袋の破れから音を立ててこぼれ落ちる。白い剣を腰の鞘に収めて、奴はのんきに小麦を拾い始めた。


「乱暴に扱うから、こんなことになるんだ」


 ぶつぶつ言いながら、床に転がっていた深皿に麦の粒を拾い集めていく。
 背中が、がら空きだ。奴に蹴り上げられて取り落とした剣を素早く拾い、一気に踏み込んで、斬りつける。


 全身を襲う衝撃に息が詰まった。剣から体に伝わる反動に、何が起こったか判断が付かない。


「危ないな。服に傷が増えるところだっただろ」


 そう言ってため息を吐いた奴は、頭上へ上げた右手で、振り下ろした剣を受け止めていた。がっしりと刃を握った手は指ひとつ飛ばず、血の一滴も流れていない。


 嘘だ、渾身の力を込めて振り下ろしたんだぞ。なんで切れない、この、見るからに、やわらかい白い手が。


 刀身を素手でつかんだまま奴は立ち上がって、こちらへ半身、振り返った。長い前髪が白くきらめき、その奥の目が光って見えた。
 ここより田舎の山中で、雪猿ニホンサルとかいう魔獣に出くわした時のことが頭をよぎる。あの時、魔獣を狩ろうとしたアホな仲間が、何人やられたっけ?


 その時のように異常だった。この、目の前の、旅人ごときは。


 腕が、体が、勝手に震え出す。さっきの反動が全身に、残っている、みたいだ。だがこれは、違う。恐怖で、震えていた、この俺が。






 神剣を振るう。傷ひとつ付けずに鞘から抜け出て、白い刀身がくうを切る。
 いち、にい、さん。
 ひらひらと、でたらめに動かすだけで事足りた。

 山賊その四は手の中で二つに割れた剣の柄だけを握りしめ、後ろへ倒れた。その足元へ、三つに分かれた刀身が音を立てて落ちる。

「ひゃああ!」

 情けない声を上げながら柄の残骸を放り投げて、山賊その四は倒れ込んだまま後退あとずさり、もがくように起き上がって右へ逃げる。その姿に、まだ動ける連中がつられて逃げ出した。


 ああもう、ちょっと待ってくれ、散らばるな。


 隊商の荷であったらしき、乱雑に積み上げられた木箱の向こうへと曲がる、山賊その四を追う。階段状に積まれた木箱を駆け上がり、そこを足場に前へ跳ぶ。
 宙でつかんだつたに体重をかけると、石窟の天井をっていた植物が、あみのように絡まり合ったそれが引きはがされて落ちてきた。


 体を振って前方へ跳び、蔦の網の下敷きになるのを避ける。傾斜した石窟の奥、舞台のようになった岩の床へと着地しながら、背後へ目をやった。
 天井の裂け目から入り込んでいた木の根も蔦の落下に巻き込まれたらしい。腐った一部がちょうど、その下にいた山賊その四を直撃したところだ。

 腕に覚えがあったのか、この中ではただ一人まともな剣を握ってまともに戦っていた山賊その四は、降り注いだ植物に埋もれ、気を失って伸びている。
 山賊その五と七と八も、植物の網に絡まって、もがいていた。刃物のたぐいはことごとく、すでに使い物にはならなくなっている。噛みちぎりでもしない限り、蔦を切って抜け出すことも出来ない。

 ちなみに山賊その一と二は馬車にあった縄で縛り、ここまで案内させた後、外の木にしっかり繋いでおいた。
 悪党のねぐらで最初に会った不運な山賊その三は、気絶したまま微動だにしない。投げ飛ばした岩壁に大柄な体を預け、まだ反省などしてもいないだろうが、うなだれた姿勢で静かにしている。
 残るは一人。石の洞窟の奥で、戦利品の木箱を次から次へと漁っている、山賊その六だ。


「あった!」


 山賊その六は、目当てのものを見つけて大声を上げた。こちらには目もくれないで、木箱に上半身を突っ込んでいる。

 探し物に夢中になり過ぎだぞ。

 荒々しい見た目からは思いもしない声の甲高さには驚かされたが、ねぐらを襲われている最中だというのに周りがまったく見えていないことにも驚かされる。
 顔を上げたその六は、木箱の中身が気になって近付いていたこちらに、やっと気付いた。探し物を手に勢い込んで怒鳴る。


「よくもやってくれやがったな! 役立たず共々、燃やしてらあ!」


 見かけた順で番号を振ったが、山賊その六が、この無法者どもの頭であったらしい。賊のお頭であるその六は木箱の中から取り出したランプを、こちらへ突き出した。


 だから、ありがたく受け取る。もうランタンを買ったから、余分な照明は必要ないのだが。


「は、放せ! くそ、放してくれ!」


 銀色のランプの持ち手を両手でつかみ、引っ張って叫ぶ、その六。こちらはランプの台座を左手で持ち、ガラスの向こうに目を凝らした。
 火をともすはずのところに濃い橙色だいだいいろの石が金色の金具で留められている。
 手合わせで見た魔術師の杖の、青い石に似た雰囲気だ。魔石というやつなのだろう。高い物なんだろうな。


「あんた、これ使えるのか? 魔法使いには見えないが」


 一応たずねてみたら、山賊その六は息を詰まらせた。
 魔術師ではないが、この道具を使えることは使える。銀のランプが、炎の魔法を誰でも扱えるようにと作られた道具であるのは分かった。

 それじゃあ悪いが、斬らせてもらう。

 右手の神剣をランプの横から刺す。ドアノブを回すように手首を何度かひねった。


「な、な、何しやがった!」


 山賊その六は熱い物でも触ったかのように、ランプから手を離す。三歩ばかり後ろへよろけるが、その目は魔法のランプの中へ釘付けだ。

 からからとガラスの内を滑って音を立てるのは、金属のかけらと、橙色の石。
 魔法石は無傷だ。金具だけ、ばらばらにさせてもらった。かごのように精巧に編まれた金属もきっと高価な手仕事だったんだろうけど、この際、仕方ない。


「ななな、何なんだ! くそっ!」


 山賊その六は、側の燭台をつかむと槍のようなそれを手に、突撃を仕掛けた。


 学習しないね。さっきは曲刀で、それやって、こうなったのに。


 燭台の尖った先を避け、棒を握った腕を左手でつかむ。そのまま思いっ切り引っ張り、勢い余った山賊その六の出っ張った腹に、ひざを入れた。

 ちょっと強かったかな? それとも二度目だからか?

「がはっ」

 と一声、身を折って動かなくなった山賊その六の腕を振って横へ転がし、手を離す。


 左手を宙に向けた。投げ上げたランプの丸い台座が、手のひらへ収まる。落とす前に終わって良かった。



 白目をむいて倒れたお頭に愛想を尽かし、戦意をとっくに失っていた五、七、八は、蔦に絡まったまま縮こまって大人しくなっていた。
 彼らと気を失った他三人を、荷物の中から見つけた縄で縛り直す。その間、見えてはいけない化け物でも現れたようにして向こうが目をそらしてくれたおかげか、山賊一味の捕縛には数分もかからなかった。






 
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