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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第4話 亜人の一族
しおりを挟む「この世の人という者に色々と種別があるのは、覚醒の間でご覧になって、勇者さまにもお分かりかと思います。この国で最も多い者たちを人間、それ以外を亜人と呼び表します。これは我々、亜人族を優遇し保護して下さった、かつての勇者さまからの習わしです」
ルエン・エン・ハリュウと名乗った亜人で、ハリュウ族の当主である少女は、そこで小さく頭を下げた。
会釈は救世主に敬意を込めてであろうが、人違い勇者にとっては、この礼の裏にあることこそが今宵の出来事の理由となった気がする。即席の慰問公演巡業団を作ることになった者たちに亜人が多かったのも、そこが関わっているように勇者には思えた。
「勇者の覚醒で、亜人のみなさんに何か危険が迫っている。ってことでいいのかな?」
此度の勇者バイロの言葉に、ルエンは珍しく驚きの表情を浮かべた。
「お分かりになるんですかっ!」
ルエン以上に驚いて、なおかつ感情を隠せない素直な性格であるリショが、ハリュウの当主に代わって声を上げる。
どうやら彼女は一度でも素を見せた相手には上手く姿を偽れず、油断する質らしい。本来の性格からはかけ離れているのだろう宴席で見せた麗しい姿へ化け損なっているばかりか、勇者にそれを見透かされているとは露知らず、リショは無邪気に銀の尾を、ふわふわと振った。
「おだまりなさい」
姉貴分という立場であるようだ。ルエンの一言に、リショは大人の振る舞いをするでなく、尻尾だけが大人しくなる。へたりと横たわった銀の尾を一瞥し、ルエンはいつもと変わらぬ、可愛らしい見た目とは対極の平静な声で続けた。
「さすが勇者さま、バイロさまでございますね。その通りでございます。我ら、この国に生きる亜人たちは、これから先の各々の運命に危機を感じておりました」
ルエンの過去形の語りに、二人の目を見ないよう手元に落としていた勇者の視線が、わずかに上がった。ルエンは勇者と目を合わさないように、斜に瞳を動かして、さらに続ける。
「現在、我ら亜人は身体能力の高さと、それぞれの家系特有の特殊能力を活かし、この国の広域において重宝されております。それも歴代の勇者さま方とのつながりがあってこそではありますが、それゆえに、危うい立場でもあるのです」
「誘拐、ですか?」
勇者の一言に、リショの素直な銀の尾が逆立つ。叫ばないようにと口を押さえた妹分の隣で、ルエンが静かにうなずいた。
ソファに浅く腰掛けて、背を丸めた勇者は己のあごに左手をやり、視線を落として話す。
「つまり、勇者と懇意になれそうな能力が高い者や容姿が良い者、将来そうなりそうな若い子や子どもを集めて、金儲けをしようとしている奴らがいる。ってことですね?」
ルエンは勇者の右手が載せられた、机の上の分厚い紙の束を見る。白い中指が歴代勇者の史料を、とんとんと小気味よく叩くのを見つめて語った。
「その通りです。実害もすでに出ております。勇者さまの元でお仕えできると、里を出たばかりで世間を知らぬ若い者たちに声をかけ、誘い出そうとした奴らがいるとの情報が、我らの元にも届きました」
ルエンの言う我らとは、各家系の当主やその候補者たちのことだ。
生まれ持っての力、血統を重視してきた亜人たちは、それぞれの家系を代表する一族や縁戚ごとにまとまっている。家族としての絆を重視する一族もあれば、強さで序列を、群れとしてのまとまりを求める家系もある。亜人内での立場や力関係も様々だ。
当主として各一族を率いる者たちは、同族のみならず別種の家系などとも連携を取って関係を築き、内と外の均衡を保つことで無用な争いが起こらぬようにと努めてきた。
ルエンが当主を務めるハリュウの一族は、亜人の中でも最古の歴史を誇る種族だ。中庸の立場を守り、古くから調停役を、亜人内の諍いを収める役目も担っている。
「我々、亜人とひとくくりにされる者たちも一枚岩ではありません。かつてほどではないとはいえ、勇者さまの保護を狙って有能な者を率先し育成するためにと、当人の自由を制限するような一族もおります。そしてもちろん、我々亜人とて善人ばかりというわけには参りませんでしたので、同族を狙うような、人さらいの輩に下った者もいることでしょう」
候補者になれそうな者を優遇し、そうでない者を足蹴にする。一族を守るための掟を重視するがゆえに、力無き者は問答無用で強者に従うことを暗に強制される。
それに不満をおぼえて異を唱えるだけでなく、一族や家系から離反し、自由を求める者も多い。そして、伝統や血統に縛られる旧来からのあり方を敵対視するあまり、力で改革を訴える者もいる。
ルエン・エン・ハリュウは、この国の大多数である人間からはその他の人種、亜人としてくくられた者たちの内情を勇者に打ち明けた。
「勇者さまから各地に慰問の巡業をと、主席神官長さまを通じてお話があった時、これは我らにとって最良の機会ではと思いました。亜人族はそれぞれ住まう土地を大まかではありますが取り決めております。もちろん、自由に旅し、他の地で暮らすことも許されておりますが、事、我ら当主やそれに次ぐ者はその動向を他の一族や家系に注視され、争いの種とならないか常に精査されているも同じなのです」
大っぴらに動けない当主や候補者たちが、一族や家系の垣根すら超えて共に各地を見回り、偵察する機会を得た。
これを利用して亜人たちの結束を強め、人さらいや人買いの情報を広く集めたい。その手にもう落ちた者がいるというのなら、すぐにも救い出し、悪党を成敗致す。
勇者が見つめないように細心の注意を払っている、亜人の二人の紫と銀の瞳には、仲間を思う強い決意が宿っていた。
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