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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第2話 手合わせ
しおりを挟む拳を突き出す。
相手の剣の間合いにわざと飛び込んで、繰り出された得物を弾くか抑えるつもりだった。
「障壁!」
魔術師の一声に、空気が応える。剣闘士の前に現れた陽炎のように揺らめくものは、こちらの拳が触れると破裂音を立てて、攻撃を弾いた。
障壁と呼ばれた半透明の壁は、防護魔術というやつなのだろう。物理攻撃を防ぐための魔法だ。魔法を防ぐ魔法もあると、手合わせの準備の時に教えてもらった。
背後の宙を裂く音に、低く構えていた体が勝手に反応する。斜め前へ転がり、その場を離れた。
さっきまで居た場所に飛んで来た矢が、障壁にぶち当たり、折れて落ちる。子どもでも一人前の狩人だというのが分かる渾身の一矢だ。
落ちる矢をながめ、仰向けになった目の端に、鈍くきらめく光が映り込む。
矢は誘導か!
障壁の端へ、ほんの一瞬だけはみ出して寝転んでしまった頭に向けて、剣闘士の片手剣が振り下ろされる。
横に転がって切っ先をかわす。剣がえぐった砂まじりの土が四方に飛び散った。
ごろごろしてちゃ、だめだな。
すぐに立ち上がって背後へ跳び、魔法の壁から大きく離れた。
剣闘士の前には陽炎の壁が浮かんで立ち塞がり、彼が構える丸い盾とで、物理攻撃を防いでいる。魔術師はその後ろから、魔法での支援と攻撃を狙っている。
こちらは今のところ、拳と蹴りの物理攻撃一辺倒だ。
障壁の隙間を狙って間合いに入れても、さっきのように剣が振われ、魔法でも攻撃される。剣と弓、魔術との連携。これまでの一対一の手合わせとは違う展開で、勉強になる。
「風斬り!」
魔術師の一声で、掲げた杖の先の宝玉が輝く。
青く光った石の周りから、風が放たれた。うなりを上げて上空に飛んできた矢に、魔法の風がまとわりつく。剣闘士が振り上げた剣も青い風をまとった。
見当違いな方向へ飛んだはずの矢が、こちらへ戻ってくる。片手剣を握るむき出しの腕に力が入る。
獲物を追撃する風の矢と、振り下ろされた片手剣から放たれる斬撃。剣から放たれた魔法の風は鎌のごとく、形を作る。
風の刃は魔法だ。障壁を抜けてくるだろう。
じゃあ、やることは決まった。
勇者は跳んだ。
大きく前へ跳んで、陽炎の壁を蹴り、宙返りで双方の攻撃をかわす。壁を蹴った足の下を風の刃は抜け、宙返りで背をそらせた勇者の鼻先を矢羽根が過ぎる。
またも障壁へ当たった矢はへし折れ、魔法の壁を越えた風の一閃は、観衆の前で、もうひとつの見えざる壁に当たり砕け散った。
立会人の神官長の一人が、魔法書を手に息をつく。高度な召喚術を学んできた彼のような学者にとっては、魔法を弾く結界の壁を生み出す防護魔術を扱う方が骨が折れるようだ。
「はい、そこまで」
砂まじりの草地へ片ひざを付いて、手合わせ終了を告げた勇者は顔を上げた。長い金の前髪が緩やかに、そよ吹く風になびく。
相変わらず、誰の目も見ようとはしない。少し傾いてきた陽を見上げるようにして空を仰いだ勇者は、両手についた砂を払った。
「廊下で初めて会ったにしては良い連携だったね」
考えることが同じだからかなと、誰にも届かない小さな声でつぶやきつつ、勇者は中庭の真ん中へと歩んだ。
終了を告げられて、仲間候補の三人は勇者へ深くお辞儀をし、その場を去る。
「さて。次は、どうしようかな」
残り全員いっぺんに、っていうのは、さすがにまだ無理か。
勇者が目をやった先に手合わせを望んだ者たちが、神妙な面持ちで順番待ちをしていた。草地に急ごしらえで作った観覧席にはまだ十数名ばかり、これから審査を待つ者たちが残っている。
神殿に続く館の側、灰色の石が敷かれたテラスには手合わせが終わった者たちが七名、そちらへ歩む剣闘士と魔術師、狩人の少年の三人を迎えていた。
十は自信ないな。七はいけるかもしれない。囲まれた時の対処法を学ぼう。
剣と弓に魔法。短剣に槍に拳、鞭と棍と蹴り。剣には種類が色々あるし、同じ武器でも戦い方は人それぞれだ。
旅に出れば、さらに様々な相手と出会うことになる。戦うのは人だけではない場合もあるはずだ。
勇者はここまで手合わせした者たちを、ざっと頭に思い浮かべる。次に戦う相手は顔も見ずに決めた。運任せで指差しすることにしたのだ。
勇者様が適当に次の候補者を指し示している後ろ姿へ目をやりながら、青年は鞘に収めた剣と盾を椅子の脇に立てかけた。少年は折れた矢を矢筒へ仕舞い、弓と一緒に抱えて隣の席に着く。そのさらに隣へ、腰帯に下げた円筒へ杖を差し、名家の娘にしてはやや乱暴に魔術師が腰かけた。
「さっきの、その前の奴の技だったな」
「ええ、軽業師の宙返りですね。他の動きも他の人のでした」
「壁をあんな使い方されるとは思わなかったわ」
これで望むものすべてを斬る神剣まで振るうと、どうなるのだろう。
その疑問は試験を終えた他の者たちも思ったものであるらしく、彼らもそれぞれに手合わせの感想をささやきあっていた。
「あ、今度は貴方のよ」
剣こそ手にはしていないが、飛んで来た氷柱を叩き落した勇者の腕の動きは、剣闘士が片手剣を振るったそれと同じだった。
どこが戦いの素人なのか。
この場にいる誰もが同じ疑問を思い浮かべたが、口に出来ずに、採用試験の行方をただ見守っていた。
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