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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第9話 今宵の縁
しおりを挟む救世主降臨神殿は、記憶を失ってもごく普通の日本人からすると、無駄に広い。
覚醒の間から最初に通された部屋まで行くのにも長い廊下を、かなり歩いた。玉座のような椅子があったその部屋もやたらと広かったし、そこの窓から見えた神殿の一端だけで何百人か暮らしていてもおかしくない規模だった。
この神殿と王の暮らす城が広場を挟んで両端に建つ岩山は、その大部分が勇者側で占められているようだ。この国の名前といい、病の王様の肩身の狭さが案じられる。
今宵の寝室です、と言って連れて来られたこの部屋も、寝るだけで何でこんなに無駄な空間がいるのかが分からない。部屋の奥に置かれた天蓋付きの寝台も、六畳一間ならその上に建てられそうな大きさだ。
何より、今宵の、って何だよ。こんな部屋が他にいくつもあるのか。
寝床にたどり着くまでの道順も長すぎて、覚えるのをやめた。どうせ長居はしない場所だ。あと他にいくつ勇者用の寝室があるのかは知らないが、知らないままでも不自由はしない。
不自由があるとすれば広い部屋の端から端まで歩かされ、顔を洗って洗面所から戻って来たら……侵入者がいたということだ。
扉の施錠など無意味だったらしいな。この無駄に広い神殿の防犯は、どうなっているのやら。
勝手に下ろされた天蓋に寝台の中央へ座る人影が映っている。長い髪、太く大きな尾、しなやかに曲げた腰に強調した胸。
「ここで公演、頼んだか?」
声に思いっ切り、不機嫌さが出た。だだっ広い部屋に冷えた声が響いたが、室温がさっきより下がっているのは、こちらのいら立ちのせいではない。
窓辺のカーテンが微かに揺れている。青いレースが外から入る月明りを受けて、きらめいた。もう一人の姿が思い出される。
「トンボの羽取ったら、今度はヤモリの真似かな?」
天井を支える石の梁へ向かって、問いかけた。
梁の向こうから小さな手が出て、青い髪の少女がその場にぶら下がり、音もなく床へ降り立った。素手に裸足。壁に張り付いて潜んでいられるとか、たぶん、ただの人間というわけではないのだろう。
「失礼いたしました。どうしてもお目通りをと思いまして、夜分に押しかけた非礼お詫びいたします」
歌姫の少女は床に片ひざを付き、頭を下げる。青い頭を下げたまま背後へと少しめぐらせ、不法侵入の相棒に命じた。
「ここに来てお詫びしなさい。リショ、あなたのせいで勇者さまがお怒りです」
どうやら見た目とは違い、少女の方が上らしい。不法侵入を見つかっておいて慌てもせずに落ち着いているし、こちらの怒りの大元が何なのか直感できるくらいに聡いようだ。
まだ横になってない寝床に先にのられるとむかっ腹に来る人間だと分からせてくれた張本人は、白くて長い足を天蓋の隙間から出し、ぐだぐだと言い訳しながら現れた。
「あたしのせい? あたしのせいなの? ルエンが言い出したんじゃない、勇者様に会わなきゃって」
下げた尾っぽを微かに揺らし、リショと呼ばれた踊り子は肩を落として少女の側へ正座する。リショに首謀者と名指しされたルエンは紫の瞳をするどくして、反省が足りていない相棒へ言い放つ。
「勇者さまに我らの話を聞いていただかねばと言ったの! リショ、次期当主候補として恥ずかしくない振舞いをなさい」
「もう! だからがんばって、おめかししてきたんじゃん! 結構高かったんだよ、これ。可愛いでしょ? 似合うでしょ?」
まったく反省していない。
リショは正座したまま銀の尾を逆立て、長い髪を乱しながら首を振る。水着か下着か分からない丈の短い服の上から羽織った薄布の上着をつまんで、見当違いな抗議をしていた。
宴の席で会った時とは大違いだ。呆れて、ため息が出る。
ため息で覚醒の間でのことを思い出したのだろう。冷めた目でリショを見やっていたルエンは背筋を伸ばし、相方を無視して、こちらへ向き直った。
「勇者さま、誠に申し訳ありません。この子は置いてくるべきでした。亜人の一家系ハリュウの当主であるわたくし共々、一族を預かる身となる立場上、リショディレラにも立ち会わせた方が良いかと考えたのですが。この度の失態、わたくしの責任でございます」
正式名を呼ばれるとかしこまるらしい。リショは尾をばたつかせるのをやめ、深く頭を下げた。
「勇者様! 私めの一存で、このような失態を演じたまで。我が一族、ギンコロウの皆とは一切関係ありませぬ。なにとぞ、なにとぞ、ご容赦を!」
土下座したよ、この子。日本の変なしきたりが世界越えてきてますよ。
銀の尾を丸く縮こませて床に頭を付けている姿は、大きな犬が伏せをしているように見えなくもない。銀の髪からのぞく先が尖った耳が赤くなっている。
土下座の効果がこれなのかは知らないが、この状態では話も何も出来はしない。
「いや、それはもういいって。それより、勇者に話さなきゃいけないこととは何でしょうか? 向こうに座って落ち着いて話してくれるかな?」
巨大な寝台の前で土下座する尾っぽ付きの娘に、くのいちのごとくに片ひざを付いてかしこまる裸足の少女。目の前の光景の、わけの分からなさに頭が痛くなる。
小さく吐いたため息に歌姫が即座に立ち上がり、舞姫が慌てて、それへ続く。
王様の城から盗んできたのかと言いたくなるような、こちらの趣味とは全然合わない金の家具で整えられた一角へと二人を案内し、不法侵入を企てるほどの事情とやらを聞くことにした。
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