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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第3話 総評
しおりを挟む「みなさん、さすがに、勇者の旅の仲間候補といったところですね」
腕組みして椅子に腰かける勇者は名簿をのぞき込みながら、先ほど終わった採用試験の感想を述べた。
名簿には救世主様との手合わせを希望した勇気ある者たちの名の下に、それぞれの出自や履歴が短くまとめられて紹介されている。名前の横には勇者の手で、レ点や丸、三角などの符号が書き入れてあった。
「それで、ネフェル神官長。頼んでおいたことは出来そうですか?」
名簿を挟んで長机の向こうに腰かけた主席神官長は、問いかけにうなずいた。
「勇者様のご配慮であるとなれば、それを断る者などおりません」
救世主降臨神殿の最高責任者に上り詰めた聡明なご老人の簡潔な答えに満足して、勇者は目をつぶり、うなずき返した。
勇者の決定に逆らう者などいない。それが大前提だからこそ、急な頼みをしたのだ。国王にしろ各都市にしろ、勇者からの提案とあれば断りはしないし、出来なかったに違いない。
確認が取れたのなら、後は振り分けだ。決定が納得できるものならば、お払い箱に怒る者もいないだろう。
勇者はもう一度、名簿の紹介欄に目をやって、何かを思っては小さくうなずく。
「じゃあ、もう少し、しっかり情報を確認してから決めますね。それで、もうひとつの方の準備は整いましたか?」
「用意は出来ております」
答えたのは、いつの間にか側に立っていた神官長補佐官セオだ。勇者のお世話係の任務を最優先にしているだけあって、急な用向きにも対応が早い。
勇者は立ち上がり、ネフェル神官長に預けていた神剣を受け取った。
「それじゃ、もうちょっと体を動かしてきますので。しばらく独りにしてください。危ないといけないので、誰も近づけないように。お願いしますね」
「お願いしますね」の言葉に休息が中断された一件を思い出しつつ、主席神官長と世話役の二人は、テラスへ出てゆく勇者の背を見送った。
互いの顔を見つめ合っていても分からぬ程度にしか表情を変えなかったはずだが、双方が何を思っているかは筒抜けだ。主席神官長が世話役に目を向けると、セオ・センゾーリオは答えた。
「この度の失態、誠に相済みません。もっと周囲に気を配るべきでした」
「それについては勇者様より、不問との達しを受けておる。それよりも、セオよ。お前は、どう思うかね?」
小さく首をかしげ、セオは主席神官長の問いかけに答える。
「誠に、誠に心の広い御方です。話し方も穏やかになられたというか。覚醒の間での口調はご気分を害したためで、元は、このような静かな話し方をなさるのだと感じました」
ネフェル神官長は細く息を吐いた。白い口ひげを指でひとなでして、勇者が去った掃き出し窓へ目を向ける。
「人嫌いとおっしゃった割に、不思議と心遣いをされる。確かに……前とは違う」
記憶を失った者が、それ以前とは違う行動を取ることもある。
人違いだと宣言され、神官長たちもそれを受け入れはしたが、確認する術が見つかっていない以上、様々な可能性も考えるべきだと意見が上がった。
今の勇者様が拒否されていても今までの勇者様が求められたのなら、お声がけにより集まった彼らを無下に扱うのはどうなのかと、疑問を口にする者は神殿内にも多い。そしてその意見はそのまま神殿の外、この国の大方の考えとして受け入れられることだろう。
人違いの件、口止めはしているが、どこまでそれが守られるかは怪しいものだ。
救世主降臨神殿主席神官長ネフェル・イルジュツは、物静かなご老人に似合いの弱弱しい笑みを浮かべると、補佐官に告げた。
「思ってもないことが起こっておるが……これも神々のお導きであろうな」
ネフェル神官長が目を向けたままの掃き出し窓からは、やわらかな日差しが注いでいる。セオには日差しのきらめきが勇者様を彩る輝きの名残のようにも思えたが、その光を見て主席神官長が何を思っているかは、さすがに分からなかった。
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