転生勇者は連まない。

sorasoudou

文字の大きさ
上 下
15 / 120
2 旅立つ勇者と蚊帳の外

第3話 総評

しおりを挟む
 



「みなさん、さすがに、勇者の旅の仲間候補といったところですね」


 腕組みして椅子に腰かける勇者は名簿をのぞき込みながら、先ほど終わった採用試験の感想を述べた。
 名簿には救世主様との手合わせを希望した勇気ある者たちの名の下に、それぞれの出自や履歴が短くまとめられて紹介されている。名前の横には勇者の手で、レ点や丸、三角などの符号が書き入れてあった。


「それで、ネフェル神官長。頼んでおいたことは出来そうですか?」


 名簿を挟んで長机の向こうに腰かけた主席神官長は、問いかけにうなずいた。


「勇者様のご配慮であるとなれば、それを断る者などおりません」


 救世主降臨神殿の最高責任者に上り詰めた聡明なご老人の簡潔な答えに満足して、勇者は目をつぶり、うなずき返した。
 勇者の決定に逆らう者などいない。それが大前提だからこそ、急な頼みをしたのだ。国王にしろ各都市にしろ、勇者からの提案とあれば断りはしないし、出来なかったに違いない。

 確認が取れたのなら、後は振り分けだ。決定が納得できるものならば、お払い箱に怒る者もいないだろう。
 勇者はもう一度、名簿の紹介欄に目をやって、何かを思っては小さくうなずく。


「じゃあ、もう少し、しっかり情報を確認してから決めますね。それで、もうひとつの方の準備は整いましたか?」

「用意は出来ております」


 答えたのは、いつの間にか側に立っていた神官長補佐官セオだ。勇者のお世話係の任務を最優先にしているだけあって、急な用向きにも対応が早い。
 勇者は立ち上がり、ネフェル神官長に預けていた神剣を受け取った。


「それじゃ、もうちょっと体を動かしてきますので。しばらく独りにしてください。危ないといけないので、誰も近づけないように。お願いしますね」


「お願いしますね」の言葉に休息が中断された一件を思い出しつつ、主席神官長と世話役の二人は、テラスへ出てゆく勇者の背を見送った。



 互いの顔を見つめ合っていても分からぬ程度にしか表情を変えなかったはずだが、双方が何を思っているかは筒抜けだ。主席神官長が世話役に目を向けると、セオ・センゾーリオは答えた。


「この度の失態、誠に相済みません。もっと周囲に気を配るべきでした」

「それについては勇者様より、不問との達しを受けておる。それよりも、セオよ。お前は、どう思うかね?」


 小さく首をかしげ、セオは主席神官長の問いかけに答える。


「誠に、誠に心の広い御方です。話し方も穏やかになられたというか。覚醒の間での口調はご気分を害したためで、元は、このような静かな話し方をなさるのだと感じました」


 ネフェル神官長は細く息を吐いた。白い口ひげを指でひとなでして、勇者が去った掃き出し窓へ目を向ける。


「人嫌いとおっしゃった割に、不思議と心遣いをされる。確かに……前とは違う」


 記憶を失った者が、それ以前とは違う行動を取ることもある。
 人違いだと宣言され、神官長たちもそれを受け入れはしたが、確認するすべが見つかっていない以上、様々な可能性も考えるべきだと意見が上がった。

 の勇者様が拒否されていても今まで・・・の勇者様が求められたのなら、お声がけにより集まった彼らを無下むげに扱うのはどうなのかと、疑問を口にする者は神殿内にも多い。そしてその意見はそのまま神殿の外、この国の大方の考えとして受け入れられることだろう。


 人違いの件、口止めはしているが、どこまでそれが守られるかは怪しいものだ。

 救世主降臨神殿主席神官長ネフェル・イルジュツは、物静かなご老人に似合いの弱弱しい笑みを浮かべると、補佐官に告げた。


「思ってもないことが起こっておるが……これも神々のお導きであろうな」


 ネフェル神官長が目を向けたままの掃き出し窓からは、やわらかな日差しが注いでいる。セオには日差しのきらめきが勇者様を彩る輝きの名残のようにも思えたが、その光を見て主席神官長が何を思っているかは、さすがに分からなかった。






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

追放されてFランク冒険者をやってたけど、憧れの冒険者に拾われたので辺境を大都市にする

緑井
ファンタジー
ある日、主人公アルティは突然、実の父から追放を言い渡された。 理由は、アルティが弟ハーマンに比べて劣っているから、だった。 追放されたアルティは食い繋ぐための手段として冒険者をしていたのだが、あまりの弱さに6年もの間Fランクのままだった。 Fランクに許されるのは、底辺職とも言われる下水道掃除のみ。 そしてその日も、アルティは下水道掃除をしていたのだが、突然スライムが下水道に現れた。 そのスライムをかなりの時間をかけてようやく倒したアルティ。 しかし、そのスライムがドロップした魔法石は虹色に光っていた。 それを冒険者ギルドに持っていくと、突然他の冒険者たちに絡まれる事に。 するとなぜか突然、憧れのSSランク冒険者の少女に処刑される事に?! その後、色々あって荒野の小村の領主となった主人公は、数々の改革を行い、小村を街に成長させつつも、色々な事件に巻き込まれていく。

処理中です...