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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第5話 真剣に神剣。
しおりを挟むじっと丸太を見る。思い付いたことがあって、もう一度、剣を振るった。
さっき斬った箇所の上、拳一個分の幅を持たせて丸太を輪切りにする。
やっぱり丸太は倒れない。氷塊の時のように緩やかな傾斜をつけていないから当然だが、あまりに切れ味が良すぎると断面がぴたりと接着して、何かきっかけがない限り動かないのだろう。
長机を斬った時、かぼちゃを神剣の刃は通り抜けた。机を斬り、かぼちゃは斬らないと望んだからだ。
その後、切っ先が地面に当たって衝撃がきた。それは、地面はただそこへあって、斬る斬らないを考えなかったからだ。
とすると、これならどうなる?
神剣を再び真横へ振るう。輪切りの丸太のど真ん中を、さらに薄切りにするように。
輪切りの丸太が飛んだ。上にあった部分が落ちて転がり、根元にあたって止まる。丸太の残りはぐらついたが、倒れはせずに立っていた。
大股に三歩ほど離れた所へ落ちた輪切りの部分は、そのままの形でそこにあった。形は同じだが、神剣を受けた痕跡はある。端の端が、中指一本分ほどの長さでえぐれていた。
「おー、思った通りだ」
輪切りの丸太は斬らない、丸太の端は知らない。
何の抵抗もなく丸太を通り抜けた刃は最後の最後で急に重くなり、振るった勢いがそのまま輪切りの部分に伝わって、宙へ飛び出した。その時に端の部分がえぐれたのだ。
「望むというか、思うとそうなる感じかな? 想像力がいるっぽいぞ」
また独り言をつぶやいてしまいつつ、丸太の脇を通って中庭の真ん中へ歩く。黒い岩石は日の光を浴びて、こちらを見下ろしていた。
重さがあるのか無いのか、やけに手になじむ神剣を両手にのせ、白の刀身と黒の岩を見比べる。相変わらず、おままごとの包丁めいた神剣の見た目に慣れない。
「大丈夫だと思うんだ。氷も丸太も斬れたんだしさ」
声出し確認も大切だ。ひとりの時の独り言は、もう気にしないことにしよう。
なにより、望めば斬れる神の剣という触れ込みを完全には信じ切れていなかった時でさえ、巨大魚をあんなにもたやすく、美しく切れたのだ。机も氷も丸太も望むように斬れた。
もう恐れる必要はないんじゃないか。誰か知らない最低野郎がもらうはずだった借り物を壊すかもなんて心配も、やめだ。
創造神のひと柱が鍛造した真っ白な剣を大きく振り上げ、思いっ切り斜めに振り下ろす。
岩の真ん中で手を止める。右に左にと剣を動かせば、そこに岩などないかのように白い刃は踊った。
『斬れないかも』じゃなく『斬らない』
『斬らない』から『斬る』
後のことは知らない。自然に任せる。
岩から神剣を抜く。最後に、ほんの少しだけの手応え。剣も岩も欠けはしなかった。
黒い岩の表面に楕円が浮かび上がり、その形で表面がせり出してくる。
「おっと、危ない」
後ろへ跳んで距離を取り、見守る。
向こう側から誰かが押しているみたいに、するすると音もなく、こちらへ向かって岩の真ん中が滑り落ちてくる。斜めに切り上げるようにして付けた楕円の切れ目の、その奥が姿を現す。円錐状の石になって黒い岩から抜け出すと、地に落ちた。
「おおっ!」
思った以上の轟音と地を揺らす衝撃に思わず声が出てしまった。立ち昇った土煙が風に乗って流れる。黒い岩の中央には、向こう側へと貫通する大穴が開いていた。
巨大な角にも見える黒い石に触れる。表面は磨いたように滑らかで、触れた手を映した。石を切り出した跡をのぞき込むと、鏡のように青い空を映している。
「恐ろしいな」
神剣の切れ味に改めて、とんでもないものを手にしていると自覚する。そして、これなら魔王と独りで戦うのにも充分ではないかと思えた。
っていうかさ、この神剣の力で、今まで何度も勝ってこれたんじゃないの?
望めば何でも斬れる剣。そして、不朽の勇者の器。次は、この体が、どこまでやれるかだ。
手合わせで幾度か突かれても斬られても傷つかない無効化とも言える性能は試せたが、この体がどのような攻撃にどこまで通用するのかは、まだ未知数だ。
さすがに落ちてくる石に、足を踏ませるような真似は出来なかった。
だって、真剣はもちろん、模造刀でも当たると結構痛いんだもん。
つややかな黒い石に不機嫌な顔が映る。子どもかと己に突っ込みたくなるような口を尖らせた自分の顔に、新たな疑問が浮かんだ。
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