転生勇者は連まない。

sorasoudou

文字の大きさ
上 下
16 / 119
2 旅立つ勇者と蚊帳の外

第4話 お試し神剣。

しおりを挟む
 



 無駄に広い、何用の部屋かも分からない屋内からテラスへ出て、手合わせをした中庭に戻る。頼んだ通り、誰もいない。
 間に合わせの観覧席や休息用の椅子などは、すっかり片付けられていた。代わりに様々な物が置かれている。

 用意を頼んだ細々とした物が載った長机がひとつと、立てられた丸太が一本。樹皮がはがされた丸太は人の胴回りほどの太さがある。
 目を引くのは黒々とした大岩に、氷山から切り出してきたような氷のかたまりだ。

 魔法で何でも出来るんだな。

 召喚神術の一端であるという物質転送術の結果を目の前にして、思わず口が開いてしまう。勇者の間抜けな顔が氷塊に映っているのを見つけて、我に返った。


「これからいった方がいいよな、氷は溶けるし。いや、一回、軽いものでいっとくか。神剣折れたら洒落しゃれになんないよね」


 ひとりになると独り言が多くなる。何やってんだと己に突っ込みつつ、長机の前に来た。

 かぼちゃににんじん、じゃがいも。判別が付くものもあれば、知らない見た目の各種の野菜。鶏肉っぽいのと豚らしき肉のかたまりに、大きな魚。
 深草色の大きな魚は、うろこ一枚が木の葉ほどもあって尾びれは丸い。頭と口が横に平たく、川魚のピラルクに似ている。大河に生息する巨大魚だ。
 ピラルクという魚はアマゾンでは食べると地球の地名と情報が浮かぶ。ここに野菜などと一緒に並んでいるのを見ると、こちらでも食べられているものなのだろう。内臓は取ってあって腹はぺたんこだ。他の食材と共に神殿の台所から来たものかもしれない。


「ちょっとやってみるか」

 真っ白い神剣を構える。この剣を見るたびに思うが、何も斬れる気がしない。陶器で出来たような白い刃は、日差しを吸い込み吐き出すように、ほのかに光って見える。

「よし」

 長机に身を横たえた怪魚を見つめ、そっと剣を下ろした。

「おお!」

 思わず声が出た。神剣が触れた先から巨大な魚の胴が真っ二つになる。

 白い刃は机の天板に当たると、乾いた音を立てた。身に押し当てた剣を横へと動かし、斬った魚を二つに離す。刃から伝わる魚の重みが、その身の頑強さを教えてくれている。
 切り口をのぞいた。見るからに固いうろこと太い骨が、綺麗に切断されている。切断面の、ほんのり桃色がかった白身の美しさは見る者の食欲をそそる。物質転送術で生きが良いうちに届けられたものだと見た。

 もう一度、神剣を構え、切り口のすぐ側へ刃をあてる。そっと刃を下ろす。

 簡単に巨大な輪切りが出来た。切られたことに気付いていないのか、指の太さもない薄い輪切りは倒れずに立っている。
 このまま身とくっつけておけば元に戻るかもしれないと思うくらい、切った後は目立たない。切る時も空気に触れただけのように軽く感じた。


 望めば斬れる。望まなければ斬れない。


 魚の身の水分や油分が、まったく付いていない、綺麗なままの白い刃を見つめる。


 じゃあ、これなら?


 神剣バイロギートジョフトを振るう。かぼちゃに向かって振り下ろした刃は、音もなく、まっすぐに地面へと当たった。

 大地を叩いた衝撃が腕に来る。一拍置いて、長机が折れた。
 載っていたものが天板を滑り落ち、くの字で重なった板の上で積み重なる。野菜たちが斬られた机から転がり落ちて、かぼちゃはお尻を天に向けて草地に寝転んだ。
 かぼちゃは無傷だ。まったく切れていない。


「あ。失敗した!」


 氷塊に走る。両手で握った神剣を横に振り、もう一度振り上げて、まっすぐ下ろす。
 いだ太刀筋に沿って、氷のかたまりは左右に滑り落ちた。縦半分に切ったかたまりが分かれて倒れ、氷のテーブルが二つ出来上がる。

「痛まないうちにやんないと」

 大きな魚の半身をそのまま氷のテーブルへ運ぶのは無理だった。力は人並かそれ以上出ている気もするが、さすがに巨大魚半分を一人で持ち上げるのは無理らしい。
 創造神よりたまわったありがたい神剣で魚を調理しやすい大きさに下ろして切り分け、それを無事運んだら、お肉と野菜も氷の上へ持って行った。
 最後に、氷のかたまりの残った方に細かく溝を切り、横へ切って小さくしていく。それを両手ですくって運んだ。

「あーー、冷たっ。次から考えなしで物斬るのは、やめにしよう」

 出来た氷を切り身と肉にまんべんなくかぶせ、机の残がいを振り返る。後悔の念が湧いてきた。まだ使えるものをだめにするのは性に合わない。

「丸太を斬れば良かったのか」

 立てられた丸太の側へ行き、軽く横へ神剣を振るう。木はそのまま立ち続けていた。綺麗に真横へ斬ったことで、切り離された方が揺らぎもせず、上に載っている。

「こういう時は、どうしたらいいんだろうなあ」

 またしても独り言を言ってしまいながら、少し、丸太から離れた。







 
しおりを挟む

処理中です...