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2 旅立つ勇者と蚊帳の外
第1話 採用試験
しおりを挟む間に合わせの闘技場に仕立てられた神殿の中庭に、張り詰めた空気が満ちる。
片手剣を構えた剣闘士の青年と、杖を掲げた魔術師の娘、二人の斜め向かいから矢をつがえた弓を引き絞る狩人の少年。武器を手に三人は、自分たちの前に立つ勇者様から目を離さずにいた。
三人にとってはこれほど誉れ高いこともないはずだが、同時に、非常に切羽詰まった状況でもあった。この一戦の結果によっては、ここですべてが終わることになる。
勇者様の旅の仲間に認められるか、このままお払い箱になるか。この先の一生が、己の運命が決まるのだ。
「あんまりそう身構えなくてもいいよ。こちらは見ての通り、戦いの素人ですので。でも、さっきからみんなに言ってるように、本気で来てもらえれば助かります」
勇者は自分を挟んで立つ三人と、周囲で見守る者たちへ注文を付けつつ、礼服の袖をまくった。最上級の白ずくめの服は所々、砂と草にまみれて染みが付いている。
あえて動きづらいものを着たままでいるのは、勇者の器というものがどこまで通用するのかの実験も兼ねているからだ。人嫌いを公言した勇者様が独りで旅立たれるための、実力を披露する場でもある。
そして、覚醒しかけた異世界人の魂から呼び寄せられた者たちが、新たな魂を得た勇者へ実力を示すための場でもあった。
剣闘士の青年は、この機会を設けてくださった勇者様を、誠に慈悲深い方だと感激した。
かつてのように生死を懸けた殺し合いではなくなったとはいえ、剣闘士となったからには、間違えば死ぬことも覚悟しなくてはならない。
手に汗握る攻防を観客は望む。ひいきの剣闘士には祝儀が振舞われ、それが戦う者の糧となる。そのためには多くの人の関心をひくことが重要だ。派手な見せ場を欲しがる者とのやりあいで相手の恨みを買うことも少なくない。
妬みが実際に身を貫くこともある場所で生きてきた。そこから抜け出す機会を得たのは、ただの幸運だ。試合前の礼拝でお声がけを頂き、借財で落ちた身分はすぐに返上された。例え中身は違う方でも、この機会をくれた勇者様にこそ、己が命を懸けたいと思っている。
魔術師の娘は、この場にいることを当然の権利だと認めてくれた勇者様に感謝した。
魔術師たちは、この国の様々な役職へ採用されている。その魔法は主に攻撃型か支援型かに分かれるが、そこからさらに呪術や防護、回復などに特化すれば、どこへ行っても稼ぐに困らない。
それならば攻防どちらにも通じている自分は、己が望む未来を心のまま選んでも良いはずだ。王家に従属する魔術師の名家であることにこだわる父が、王都の外へ旅立つことを許してさえくれれば。
そう礼拝堂で祈った時、定められた未来は簡単に覆った。勇者様には頑固で心配性な父でも逆らえない。だから娘は、自分も勇者様に付いてゆくと決めたのだ。
狩人の少年は、この手合わせに全力でのぞむことを勇者様に誓った。
少年が生まれ育った森の村は貧しく、寒冷地の暮らしは厳しい。その上、余所の土地から逃れてきた山賊や盗賊が時折現れて、ただでさえ厳しい生活を追い詰めた。深き森から採れるものには魔術的にも貴重な品が多く、賊に狙われないようにと数を限れば自分たちの暮らしも、ぎりぎりになってしまうからだ。
獣耳に角を持つ森の民は、森の外での暮らしは望まない。それでも村の皆の助けになれる力が欲しい。そのためなら、どこへだって行くと森のほこらで祈った時、天の助けと誘いがあった。
勇者様の助けが得られれば、村の暮らしもきっと良くなる。だから少年は中身が別の人だろうと、否、別の人だからこそ、目の前に立つ勇者様に認めてもらわなくてはいけないのだ。
当の勇者は、意外とこの手合わせを楽しんでいた。
思い付きで主席神官長に提案してみたのだが、理にかなった催しになっている。勇者の器の能力を試しつつ、この世界の戦闘というものが学べるし、それと同時に、仲間候補を納得できるやり方で振るい落すことが出来るのだ。
誰ひとり、ふるいの上には残らないけれど。
「さて。連携を見せてもらいましょうかね」
丸腰の勇者はためらいなく、得物を構えた剣闘士に向かって跳んだ。
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