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1 目覚めし勇者と中の人
第8話 神官長
しおりを挟む「救世主降臨の偉大なる地にして神々に守られし国の、救世主降臨神殿、召喚神術神官協会主席神官長、ネフェル・イルジュツと申します。勇者様の御前に座することお許しいただき、幸福の極みでございます」
ものすごく気になることがあるが、さっきの連中についての説明が先だ。
国の名前への突っ込みは置いておいて、勇者はご老人の前へと腰を下ろす。
背もたれの高い豪奢な椅子の側、足置きの方に自然と腰かける我らが救世主様にも主席神官長はさすがに腰を浮かすこともなく、細い目をさらに細めた。
「主席神官長さんですか。そちらも召喚の検証とかあったのに、こんなことくらいで駆けつけなきゃいけないとか、大変でしたね」
勇者の言葉に静かに首を振り、ネフェル主席神官長は答えた。
「私がこの神殿の責任者でございますから当然のことでございます。他の者たちは史料の検証にあたらせておりますので、手すきの者が対処するのは当たり前でございますから」
勇者が遠回しに、騒ぎについては不問に処すと告げているのを理解して、主席神官長はそれでも自分に責任があると答えた。
バイロと名前を呼ばれた時に勇者には分かっていたが、ネフェル神官長は補佐官から、この短い時間で、すでにきちんとした報告を受けている。
歴代の勇者についての資料が欲しいこと、仲間は要らないから独りで魔王討伐をすると語ったこと。覚醒しかけた魂を、本当に勇者として認めていい存在だったのかとたずねたことも。
「あの者たちのことですが、もうお気付きではあるかと思います。目覚めかけた異世界の御方の魂より御声がけ頂いた、旅の仲間候補の者たちです。その中より、こちらが覚醒の間に通しても良いと判断した者たちを集めたのですが、私の見立てが甘かったようで不甲斐なく思います」
ネフェル神官長は頭を下げた。ほんの少し傾けただけにとどめたのは、勇者が先ほど頭を下げないでくれと言ったからだろう。
「いや、予測不能のことが起こったんですから混乱しても当たり前です。あのまま広間で騒ぎ出さないだけ、よくできた方じゃないでしょうか。約束が違うとなったら、どうにかしたいと思うのも当然でしょうし」
神官長は悪くはないですよ、の続きを話しつつ、勇者は広間にいた者の半数近くが仲間候補として集まっていたことに気付いて、寒気を覚えた。さらにはその他に、ここへ入れなかった者たちもいるわけだ。
魔王とは大人数を率いて戦わなきゃいけないものなのか。
そんな考えが勇者の頭をよぎったが、あの場にいた者の着飾り方などを思い浮かべると、集められたのは戦闘目的だけではないのは明らかだ。
舌打ちは心の中だけにとどめておいて、勇者バイロは主席神官長にたずねた。
「お声がけって、なにか魂だけで使える通信手段でもあるんですか?」
神官長は深くうなずいた。
「この国には、各所に勇者様ゆかりの地がございます。それらの地に求められ、礼拝の対象として勇者様の器の一部を分祀しておりますので、それを通じて呼びかけをなされたのでしょう」
器の一部?
気になる言葉に思いっきり顔をしかめてしまった勇者バイロへ、ネフェル神官長は再びうなずき、説明を続けた。
「勇者様は不朽の御身体をお持ちです。変わることも、決して傷つけることも出来ませぬが、髪や爪だけは伸びますゆえ、それをお願いして授かっております。その際は、その神剣にて、自ら手入れして頂いておるのです」
散髪と爪切りが面倒なことが分かった。
勇者が目にかかる前髪にますます嫌気がさしたところで、やわらかな笑みを見せた神官長は、身だしなみの際の廃棄物が今どうなっているのかを語った。
「聖なる遺物として勇者様の一部を封じ込めた彫像や聖櫃は、各地の神殿や礼拝堂に収められ、祈りの対象となっております。加護にあやかりたい者たちの信仰の場として各地は栄え、勇者様に敬愛の念を抱く者たちのよりどころとなっているのです」
朽ちない体にあやかって、子どもや身近な病人の健康を祈る。意中の相手と結ばれることを願った者たちが、その成功に感謝と、永遠の約束の継続を誓う。勇者の聖遺物は、創造の神々に負けずとも劣らぬ人気だとか。
そういうところで勇者の声を聴いた者たちが、どんな扱いで送り出されて来たかは、想像に難くない。
勇者は首を振って前髪を払うついでに、ため息を吐き出した。
「このまま引き取れと言っても、あの様子じゃ、誰も納得しなさそうですね」
人嫌いと公言した勇者様へ、主席神官長は黙ってうなずく。
勇者は軽く目をつぶって何か考えると、自分もうなずいた。円卓の端へと伏し目がちに瞳をやったまま、ご老人へ向き直る。
「それで、ちょっと試したいことがあって。彼らの力も借りたいのですが……広いところ、ありますか?」
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