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1 目覚めし勇者と中の人
第6話 ちょっと休息
しおりを挟む「ああーーーーもう! ほら見ろ、面倒なことになってる!」
目覚めてから体感的には二、三時間といったところだ。この短い間によくもまあ、色んなことを背負い込んだなと天を仰ぐ。
あの三カ条に騙された気がする。
神々が授けた勇者を、救世主を絶対なものだと崇めていて、その力にすがりたいのだというのは説明から伝わってはいた。セオの言葉には強い思いが感じられたし、あれだけの期待の目を浴びていれば、さすがに無視はできない。
ただ、魔王討伐を請け負った理由は、大勢に期待されているからではない。
この国の人たちが目覚めかけた勇者の掲げた生贄契約を無条件で飲んだのは、この世界がそれだけ切羽詰まった状況にあるからだ、と思ったのだ。
同時に復活しているという魔王を打ち倒すための力が、この器に備わっているなら、いくら人違いだろうと何かやってやらないとと思ってしまったのだ。
自分でも思う。
無駄にお人好し過ぎる。人が嫌いだというのに。
それなのに、なぜか無視できない。なにかが自分にもできそうだと思ってしまう。
そしてなによりも、このままでいいはずがないと思ってしまった。
魔王という言葉を聞いた時に頭の中で紡がれたその称号の意味は、膨大な力を暴力的に振るう、恐怖の存在としてのものだ。それを、このままにしておいていいとは思えない。
魔力に長けた者、魔族と呼ばれる者たちの王、持って生まれたか備わってしまった強大な力があるがために疎まれる者。その他諸々の事情を抱え、その称号を得た闇の存在。
どれがこの世界の魔王に当てはまっているのかはまだ分からないが、どう考えても危ない内容の無茶苦茶な要求をしてくる勇者に頼り切ろうというくらいだから、この国に生きる人にとってはかなり危険な存在であるのだろう。
勇者でなくては倒せないか、追い払うこともできない相手なわけだ。
で、今は自分が勇者なわけだし。
「厄介だな。まあ、考えも無しに安請け合いしたわけじゃないけどね……」
ため息を吐き、戸棚へ向かった。腹もすいてはいないし、のども乾いていないが、なにかを口にした方が落ち着くだろうと声がする。
そうだな。今は落ち着いて、これまでのことを振り返らないと。
魔王討伐なんて、一日二日で済むようなものじゃないはずだ。それを安請け合いするという答えしか出て来なかったんだから、仕方がない。なにから始めるか、決めなきゃな。
白磁らしきティーポットを手に取り、中身を白いカップに注ぐ。水が入っていると思っていたのだが、カップからは湯気が上がった。
ポットが載っていた、丸い石の台を見る。見た目はただの平たい石だ。ほのかに赤く色づいた石に手をかざすと、ほんのりと熱が伝わってきた。保温か加熱をしてるようだ。
何かに繋がっているわけでもなくただ置かれていて、この石がどうやって発熱しているのかが分からない。
これが魔法というやつかと驚く単純な自分をちょっと笑いつつ、お湯があるならと、白で揃えられたティーセットの側へ置かれた陶器の筒の、ふたを取ってみた。
白い陶製の三つの筒の中にはそれぞれ、緑と黒と茶色の粉が入っていた。ふたの内側に残る、それぞれの香りになじみがある。緑色の粉を白いスプーンで取って、空のカップにひとさじ入れた。
ポットへ伸ばした手を止めて、お湯が入ったカップから粉の入ったカップへ中身を移す。
そうしながら、どうやら自分は貧乏性らしいぞと、記憶にない自分を見当づけた。知らない自分に思いを馳せながら、飲み物をすする。
「あ、同じだ」
黄色みがかった緑の飲み物は、やっぱり緑茶だった。
初代の勇者が地球の日本人だったことで、それ以来、魂が繋がりやすいのか、代々の勇者もそこから来ていたらしい。
彼らに記憶喪失はいなかったようだから、あれが飲みたい、これが食べたいと注文を付けたことだろう。この神殿や外でも、知識しか憶えていない故郷のものが色々と反映されていそうだ。
立ったままティーカップ一杯のお茶を飲み干すと、確かに落ち着いた。気持ちが落ち着いた分、気になるところも出てくる。
「落ち着かないな」
この声も鏡に映る姿も、見れば見るほど落ち着かない。鏡の中の姿など、まさしく絵に描いたようだ。
金の目、金の髪、長い手足、ほどほどに引き締まった体。ちなみに腹筋は割れている。これから魔王と戦うための主人公として描かれた、特徴だらけのいかにもな見た目だ。
主人公? ほらあれだ、マンガとか、描いた絵を動いてるように見せるやつの……アニメか。
まだ落ち着きが足りないのか、頭がはっきりしない。
それでも地球の日本人だった時の知識を呼び覚まし、そういった娯楽に興味があったのかと無駄な解析を続けてみるが、アニメーションやキャラクターという単語、そこから派生するものへの説明が頭をよぎるだけで、それにまつわる自分の思い出は一切浮かんでこなかった。
当然、鏡の中の自分にも、落ち着かない以外の感想は出て来ない。
ゲームやマンガの主人公としてもありふれてるだろ、こんなやつ、としか思えない。
うざったらしい前髪を右に左に動かしてみるが、根元が金で先に行くほど白金に変わる色味は逆立つと派手さが増すばかりで、正解の髪型は見つからなかった。
「初めに必要なのは帽子か、フードだな」
他には地味な服がいる。どこへ行っても勇者とばれそうな目立つ格好は避けなければならない。
この世で最も要らない加護を授かっていると知ったからには。
広間で大勢に注目された時、思わず誰とも目を合わせないようにしたのは、本能的にそれが自分にとって危険な行為であると気付いたからかもしれない。
鏡の中から金色の瞳をこちらへ向けている、見慣れぬ自分の姿から、目をそらした。
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