転生勇者は連まない。

sorasoudou

文字の大きさ
上 下
10 / 130
1 目覚めし勇者と中の人

第6話 ちょっと休息

しおりを挟む
 



「ああーーーーもう! ほら見ろ、面倒なことになってる!」


 目覚めてから体感的には二、三時間といったところだ。この短い間によくもまあ、色んなことを背負い込んだなと天を仰ぐ。


 あの三カ条にだまされた気がする。


 神々が授けた勇者を、救世主を絶対なものだとあがめていて、その力にすがりたいのだというのは説明から伝わってはいた。セオの言葉には強い思いが感じられたし、あれだけの期待の目を浴びていれば、さすがに無視はできない。

 ただ、魔王討伐をけ負った理由は、大勢に期待されているからではない。

 この国の人たちが目覚めかけた勇者の掲げた生贄いけにえ契約を無条件で飲んだのは、この世界がそれだけ切羽詰まった状況にあるからだ、と思ったのだ。
 同時に復活しているという魔王を打ち倒すための力が、このからだに備わっているなら、いくら人違いだろうと何かやってやらないとと思ってしまったのだ。


 自分でも思う。
 無駄にお人好し過ぎる。人が嫌いだというのに。
 それなのに、なぜか無視できない。なにかが自分にもできそうだと思ってしまう。


 そしてなによりも、このままでいいはずがないと思ってしまった。
 魔王という言葉を聞いた時に頭の中で紡がれたその称号の意味は、膨大な力を暴力的に振るう、恐怖の存在としてのものだ。それを、このままにしておいていいとは思えない。

 魔力にけた者、魔族と呼ばれる者たちの王、持って生まれたか備わってしまった強大な力があるがためにうとまれる者。その他諸々の事情を抱え、その称号を得た闇の存在。

 どれがこの世界の魔王に当てはまっているのかはまだ分からないが、どう考えても危ない内容の無茶苦茶な要求をしてくる勇者に頼り切ろうというくらいだから、この国に生きる人にとってはかなり危険な存在であるのだろう。
 勇者でなくては倒せないか、追い払うこともできない相手なわけだ。


 で、今は自分が勇者なわけだし。


「厄介だな。まあ、考えも無しに安け合いしたわけじゃないけどね……」


 ため息を吐き、戸棚へ向かった。腹もすいてはいないし、のども乾いていないが、なにかを口にした方が落ち着くだろうと声がする。

 そうだな。今は落ち着いて、これまでのことを振り返らないと。

 魔王討伐なんて、一日二日で済むようなものじゃないはずだ。それを安請け合いするという答えしか出て来なかったんだから、仕方がない。なにから始めるか、決めなきゃな。


 白磁らしきティーポットを手に取り、中身を白いカップに注ぐ。水が入っていると思っていたのだが、カップからは湯気が上がった。
 ポットが載っていた、丸い石の台を見る。見た目はただの平たい石だ。ほのかに赤く色づいた石に手をかざすと、ほんのりと熱が伝わってきた。保温か加熱をしてるようだ。

 何かに繋がっているわけでもなくただ置かれていて、この石がどうやって発熱しているのかが分からない。
 これが魔法というやつかと驚く単純な自分をちょっと笑いつつ、お湯があるならと、白で揃えられたティーセットの側へ置かれた陶器の筒の、ふたを取ってみた。


 白い陶製の三つの筒の中にはそれぞれ、緑と黒と茶色の粉が入っていた。ふたの内側に残る、それぞれの香りになじみがある。緑色の粉を白いスプーンで取って、空のカップにひとさじ入れた。
 ポットへ伸ばした手を止めて、お湯が入ったカップから粉の入ったカップへ中身を移す。
 そうしながら、どうやら自分は貧乏性らしいぞと、記憶にない自分を見当づけた。知らない自分に思いをせながら、飲み物をすする。


「あ、同じだ」


 黄色みがかった緑の飲み物は、やっぱり緑茶だった。
 初代の勇者が地球の日本人だったことで、それ以来、魂が繋がりやすいのか、代々の勇者もそこから来ていたらしい。
 彼らに記憶喪失はいなかったようだから、あれが飲みたい、これが食べたいと注文を付けたことだろう。この神殿や外でも、知識しか憶えていない故郷のものが色々と反映されていそうだ。

 立ったままティーカップ一杯のお茶を飲み干すと、確かに落ち着いた。気持ちが落ち着いた分、気になるところも出てくる。


「落ち着かないな」


 この声も鏡に映る姿も、見れば見るほど落ち着かない。鏡の中の姿など、まさしく絵に描いたようだ。
 金の目、金の髪、長い手足、ほどほどに引き締まった体。ちなみに腹筋は割れている。これから魔王と戦うための主人公として描かれた、特徴だらけのいかにもな見た目だ。


 主人公? ほらあれだ、マンガとか、描いた絵を動いてるように見せるやつの……アニメか。


 まだ落ち着きが足りないのか、頭がはっきりしない。
 それでも地球の日本人だった時の知識を呼び覚まし、そういった娯楽に興味があったのかと無駄な解析を続けてみるが、アニメーションやキャラクターという単語、そこから派生するものへの説明が頭をよぎるだけで、それにまつわる自分の思い出は一切浮かんでこなかった。

 当然、鏡の中の自分にも、落ち着かない以外の感想は出て来ない。
 ゲームやマンガの主人公としてもありふれてるだろ、こんなやつ、としか思えない。
 うざったらしい前髪を右に左に動かしてみるが、根元が金で先に行くほど白金に変わる色味は逆立つと派手さが増すばかりで、正解の髪型は見つからなかった。


「初めに必要なのは帽子か、フードだな」


 他には地味な服がいる。どこへ行っても勇者とばれそうな目立つ格好は避けなければならない。


 この世で最も要らない加護を授かっていると知ったからには。


 広間で大勢に注目された時、思わず誰とも目を合わせないようにしたのは、本能的にそれが自分にとって危険な行為であると気付いたからかもしれない。
 鏡の中から金色の瞳をこちらへ向けている、見慣れぬ自分の姿から、目をそらした。







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...