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第3章 紅茶

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翌日、私は少し早く起きて、身支度を整えた。

「お化粧か……」

昨日、コラリー様から頂いたおしろいを付けて、眉を書き、口紅をつけた。

なんだか今までと、別な人みたい。


それを終えると、部屋を出て、コラリー様を起こしに行く。

「はぁ。コラリー様、起きるといいなぁ。」

部屋をトントンと叩く。

「はい。」

「おはようございます、コラリー様。朝でございます。」

「分かったわ。」

ほっとした。

コラリー様、起きたみたい。


次は水ね。

顔を洗う水を取りにいかなきゃ。

私も眠い。

水汲み場は、1階にあるから階段を降りないと。

「ふぁーあ。」

欠伸をしながら階段を降りると、他の侍女の人に睨まれた。

欠伸をしたぐらいで、そんな睨まなくたって。

その時だった。

「あっ……」

階段を踏み外して、床に転がってしまった。


「アンジェ!」

私を呼ぶ声に、顔を上げた。

「大丈夫か?アンジェ!」

気が付くと、オラース様が私の側に来ていた。

「派手に転んだようだが、怪我はないか?」

ドキドキする。

オラース様の顔が、近くにある。

「は、はい。」

そう返事をすると、オラース様はプッと笑った。

「せっかくの髪が、台無しだ。」

「えっ……」

私は廊下にある鏡を見た。

「あー!」

せっかく結い上げた髪が、左側に曲がっている。


「エリク。何とかしてやれ。」

「はい。」

エリクさん、いたんだ。

と、思った瞬間、私は廊下にある椅子に座らされ、否応なくエリクさんに髪を直された。

「これで如何かと。」

「うん。さすがエリク。」

恐ろしいくらいにあっという間の出来事。

オラース様は、ニコニコ笑っている。

嫌あああ!

こんな無様な姿、見ないで。


「ところでアンジェリク嬢、コラリー様のお世話は?」

「はっ!途中でした。」

私は椅子から立ち上がると、オラース様とエリクに頭を下げた。

「有難うございました。急ぎますので、失礼します。」

そして廊下を、これでもかというくらい走った。

「早くしないと、コラリー様が!」

水酌み場でポットに水を入れ、急いでコラリー様の部屋に戻った。

「あら、遅かったのね。アンジェ。」

「す、すみません。」

急いでタライに、水を入れる。

それで顔を洗ったコラリー様に、タオルを差し出した。

「……アンジェ、髪型変わった?」

「あっ!」

部屋にある鏡を見ると、私が結った髪型よりも、豪華に髪を結い上げている。

あの短い時間で。

恐るべし、エリク。

「実は、階段で転んでしまって……」

「えっ?大丈夫?」

「は、はい。足も何ともないのですが、髪が曲がってしまって、エリクに直して貰ったんです。」

「まあ。この短い間に、そんな事が。」

そうだよね。

私もそう思う。

「朝は皆忙しいけれど、私は遅くても気にしないから。階段は気を付けてね。」

「はい!」

コラリー様、優しい。

こんなに優しい人に仕える事ができて、助かった!

すると部屋をノックする音が。

「はい。」

ドアを開けると、エリクがドアの外に立っていた。

「アンジェリク嬢。コラリー様の身支度は、済みましたか?」

「はい。」

「では、今から紅茶の淹れ方の特訓です。」

「えーっ!」


紅茶を淹れるのは午後なのに、朝から特訓なの!?

「一日だって、無駄にはできません。コラリー様のオリジナルブレンドに辿り着くのですから。」

「はぁ~い。」

後ろでコラリー様が笑っている。

「大変ね。私の部屋で特訓してもいいわよ。」

「ありがとうございます。コラリー様は、お優しい。では。」

そしてエリクは、一旦ドアを閉めた。

きっと今から、ティーポットや葉っぱが入っている缶を、いくつも持ってくるのだろう。

「はぁー。」

苦手な紅茶の特訓。


落ち込んでいる私を、コラリー様は笑って見ている。

「アンジェは、紅茶は嫌い?」

「はい。一度子供の時に飲んだ事があるのですが、苦くて。それ以来、飲んでいません。」

「まあ、もったいない。」

そう言うコラリー様は、紅茶がお好きなんだろうなぁ。


「紅茶はね、茶葉とかお砂糖の分量だとかで、甘くもできるのよ。そうだ、レモンとかミルクを入れてみたら?」

「はい……」

「そんなにかしこまらないで。紅茶って、楽しいわよ。」

私は思わず、作り笑いをした。


しばらくして、エリクが紅茶セットを持ってきた。

「今日は持ってきたましたが、これからはアンジェリク嬢が持ってくるのですよ。」

「はい。」

私はそのセットの名前を、メモ帳に直ぐ書いた。

優しいコラリー様の為にも、いい紅茶を淹れられるようにしなきゃ。


「次にお湯ですが、沸騰寸前のモノを使います。」

「沸騰していては、ダメなんですね。」

「その場合、少し冷ましてから使ってください。」

「はい。」


必死にメモを取る。

「そして、次に……」

どんどん、紅茶を淹れて、砂糖はあーだ、ミルクはこーだ、果てはレモンがどうどか、エリクさんの説明は延々と続いた。

「はぁー……書ききった……」

右手が疲れた。

普段、こんなに書きものをしない。

「アンジェリク嬢。これでまだ半分ですよ。」

「半分!?」

これ以上、まだあるの?

「紅茶は、茶葉によって少し味が違います。実際飲んで頂いて、味の違いを確かめてみましょう。」

「ここで、実際飲んで頂くんですね。」

私は、メモ帳に大きく丸をつけた。

「あなたが飲むんですよ、アンジェリク嬢。」

「ええっ!?私が!?」

するとコラリー様が、クククッと笑っている。

「エリク。アンジェは、紅茶はダメなんだそうよ。」

「なに!?」

エリクは、顔を歪ませている。

「紅茶が飲めなくて、どうやってオリジナルブレンドを作れるのですか!これから、紅茶を好きになって貰います。」

「……はい。」

そう言われると思った。


その時だ。

「大変だな、アンジェ。」

ドアのところに、オラース様が立っていた。

「残念。俺も姉さんも、紅茶が大のお気に入りなのに。」


……そうなんだ。オラース様も、紅茶が好きなのね。

「一緒に、紅茶飲めると思ったんだけどな。」

「えっ……」

今、なんて?

一緒に、紅茶……?

オラース様と一緒に、紅茶!?


「ぜひ、ご一緒したいです!」

私は、オラース様の目の前で、目をキラキラさせた。

憧れのオラース様と一緒に飲めるなら、嫌いな紅茶だって飲めるようにしなきゃ!


「それでは、早速3人で紅茶を楽しもうか。」

オラース様は、コラリー様の向かいに座った。

「では、アンジェリク嬢。新しい紅茶を、淹れて差し上げて下さい。」

「はい。」

私は先程、エリクに教わった通りに、紅茶を淹れてみた。

「いいですね。アンジェリク嬢は、物覚えの早い方だ。」

エリクも誉めてくれた。

「コラリー様は、飲み方は如何しますか。」

「私はストレートで。」

「俺はミルクがいいな。」

それぞれの飲み方に合わせて、私は紅茶をお出しした。

「うん。香りもいいし。合格ね、アンジェ。」

「ミルクの淹れ方も上品だったよ。」

コラリー様とオラース様にもOKを出されて、一安心。

「そして、アンジェの番だね。」

その瞬間、オラース様は立ち上がって、私をその椅子に座らせた。


オラース様が座っていた場所!

それだけでも興奮するのに、今度はオラース様が、私の為に紅茶を淹れようとしている。

「そうだな。最初からストレートは難しいか。」

「オラース、ミルクを入れてみたら?」

「いや、まずは砂糖だね。」

オラース様は紅茶を淹れると、お砂糖を二つ紅茶に入れてくれた。

「はい。よくかき混ぜて飲んでね。」

「はい、ありがとうございます。オラース様。」


私はオラース様が淹れてくれた紅茶を、一口飲んでみる。

「うっ……」

やっぱり子供の頃、飲んだ苦い味だ。

「駄目?じゃあ、ミルクは?」

オラース様は、ミルクを少し入れてくれた。

私はそれをまた、一口飲んだ。

「うっ……」

今度は、ミルクの味がしつこく残って、飲み干せない。

「今度は、レモンだ。」

オラース様はわざわざ、もう一度レモン入りの紅茶を淹れてくれた。

「どう?」

「……美味しい。」

レモンの酸味が、紅茶の苦さを中和してくれている。

「やった。これで、アンジェとも紅茶飲めるね。」

私は、そのオラース様の笑顔を、胸に焼き付けた。
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