月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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元の世界へ

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無事ラナーの部屋に戻った私は、制服に着替えた。

ポケットには、携帯も入っているし。

一件落着だよ。


するとほっとしたせいか、私は急に眠くなり始めた。

「ふぁ~あ。」

大きな生欠伸をして、目も開いていられない。

「眠そうだな、クレハ。」

「う……ん……」

頭を叩いて、眠気を覚ます。

「無理をする事はない。昨日の夜から、ろくに寝ていないのであろう?」

ジャラールさんは、私の背中をそっと、撫でてくれた。

「でも!」

「でも?」

眠ってしまったら、元の世界に戻ってしまう。


光清とときわが言ってた。

もうこの世界には、来ない方がいいって。

元の世界に戻ったら、二度とこの世界に、来れないかもしれない。


そう思ったら、泣きそうになった。

ダメダメ。

泣いたら余計疲れて、眠ってしまう。


「クレハ。とにかく、部屋に戻ろう。」

頭がボーッとするせいか、ジャラールさんに言われるまま、連れて行かれる。

廊下を歩く時も、こっちにふらふら、あっちにふらふら。

「おい、クレハ。大丈夫か?」

ハーキムさんも心配して、私の腕を掴む。

「だいひょうふ、だいひょうふ……」

半分寝ぼけている私を見て、ハーキムさんが、首を横に振る。

「よし。クレハ、俺が肩に抱えてやる。」

ハーキムさんが、中腰になった。

「いい、いい。」

「遠慮するな。」

手招きしているハーキムさんを見ていると、私を荷物と間違ってるんじゃないかと思う。


「ははは。ハーキム。それじゃあ、クレハだっておいそれと、行けないだろう。」

そう言ったジャラールさんは、私の横に立つと、軽く私を抱き抱えた。

こ、これは!

いつぞややってもらった、お姫様抱っこ!!


「ハーキム。女性は、こうして運ぶものだ。」

「はあ。」

頭をポリポリ掻いているハーキムさんを他所に、ジャラールさんは、廊下を進む。

ああ。

胸がドキドキして、急に眠気が覚めた。

「ジャラールさん。もう一人で歩けます。」

「いいから、もう少しこのまま、じっとしていろ。」

王子様なんだから、当たり前なんだろうけど、今さらながら、ジャラールさんの命令口調に、胸が高鳴る。


うるさくないのかな。

私の心臓の音。


「ほら、到着だ。」

そこは、昨日の夜泊まりかけた、ジャラールさんの部屋だった。

「ありがとうございます。」

もう降ろしてもらおうと、足に力を入れた。

「まだ、ここでは降ろさぬぞ。」

ジャラールさんに、また足を抱え込まれた。

「ジャラールさん?」

何を考えているのか、ジャラールさんは寝室の扉を開けた。

「えっ?えっ?」

驚いて後ろを見たけれど、付いて来ているはずのハーキムさんがいない。

なんで?

肝心な時にいないんだ、あの人は!!


「さて。お姫様、ここへどうぞ。」

ジャラールさんにそっと降ろされたのは、ふかふかのベッドの上。

「あ、あの……」

「クレハ。少し、休むんだ。」

そして、布団を足元まで掛けてくれた。

「ジャラールさん!私……」

「おやすみ、クレハ。」

するとジャラールさんは、私のおでこに、キスをした。


これで最後。

もう二度と、ジャラールさんに会えない。


「いや!」

私は頭を激しく、左右に振った。

「クレハ……」

「いや!ジャラールさんに会えなくなるなんて、そんなのいや!」

ジャラールさんは、私の顔を覗く。

「落ち着け、クレハ。これが最後じゃない。」

「ううん。分かってない!もう、この世界には来れない!!」

私がそう叫んだ瞬間、ジャラールさんは私を、強く抱き締めてくれた。

「そんな事はない!必ず会える!!」

耳元に伝わる、熱い吐息。

背中に伝わる、強い力。

でも心臓だけが、速い鼓動を知らせていた。


「ジャラールさん……」

「待っている。何年経っても待っている。この場所で、クレハをずっと、待ち続ける。」

嬉しくて、涙が後から後から溢れてくるのに、どうしてか、可笑しくて仕方がなかった。

「いつまでもって……ジャラールさん。隣の国へ行くんでしょう?」

「……そう、だったかな。」

「それに、私をずっと待ってるなんて。ネシャートさんがいるのに、そんな事できないじゃん。」

するとジャラールさんは、息もできない程に、ぎゅっと抱き締めてくれた。

「ジャラールさん。」

「あっ、すまん。苦しかったか。」

離れようとするジャラールさんを、追いかけるように、今度は私から、ジャラールさんを抱き締めた。

「ううん。もう少し、このまま……」

ジャラールさんの両腕が、私を包んだ。

そっとジャラールさんの肩に、もたれ掛かると、知らない世界へ行った気分になった。


幸せ。

私の頭の中に、そんな言葉が浮かんでくる。


「ジャラールさん。」

「ん?」

「私、砂漠で死にかけた時、助けてくれたのが、ジャラールさんでよかった。」

「私もだ。あの砂漠で、倒れ掛けている君を見て、迷わずに助けに走ってよかった。」


大変な夢の中に来てしまったと思った砂漠の中。

喉が乾いて、死ぬかと思った時、助けてくれたのが、ジャラールさんだった。


遠い日のように思えるあの時を思い出そうとすると、目がトロンとしてきた。

「ジャラールさん、私、もうダメみたい。」

「大丈夫だ。クレハはただここで、眠り続けるだけだ。」

「ここで?」

「ああ、そうだ。クレハは、私の部屋で静かに眠り続けるんだ。」


そう考えると、またジャラールさんに、会えそうな気がするよ。

「そうだ、ハーキムさんの顔も、見ておけばよかったな……」

「あいつの事は、今はいい。」

ジャラールさんの、少し妬いた言い方が可笑しかった。


すーっと、ジャラールさんの腕の中で、眠りにつく。

よかったね、ジャラールさん。

ネシャートさんと、結ばれて。


最後に言えなかったけれど、

ジャラールさん、




「ずっと好きだよ。」




ゆっくり目を開けると、そこは修学旅行で泊まっていた旅館だった。

「紅葉?」

ときわが私の顔を、覗きこむ。

「と、き……わ?」

「紅葉~!!」

寝ている私に、ときわが抱きついた。


「おかえり。」

その隣には、光清が座っていた。

「二人供、ずっと側にいてくれたの?」

「当たり前だろ。」

二人はそう言ってくれたけど、結構長い時間かかったと思うよ。

私は時間を見る為に、ちらっと時計を見た。

もう、朝だ。

「一晩……」

「えっ?なに?紅葉?」

「一晩、だったんだね。あっちの世界に行ってた時間。」

まるで、長い時を思い出すように、物思いに更ける私を見て、ときわと光清は顔を合わせた。

「あっちは、一晩じゃなかったの?」

ときわが、恐る恐る聞いてきた。

「二日ぐらいかな。」

「へ、へえ~……時間の流れは、一緒じゃないのね。」

ときわは、私と光清両方気を使っている。

「何はともあれ、無事に戻ってきたんだ。よかったじゃないか。」

光清が立ち上がる。

「もう出発の時間だよ。二人供、準備して。」

「あいよ。」

ときわが返事した後、光清は部屋を出て行った。


「そっか……出発の時間に間に合ったんだ。」

私がほっとしていると、ときわが私の背中を叩いた。

「痛いっ!」

「紅葉。後で光清にお礼言うんだよ。」

「なに、急に。」

「光清。紅葉がいつ起きてもいいように、一晩中起きててくれたんだよ。」

叩かれた背中に手を伸ばそうとして、途中で止めた。

「光清が?」

「そう。もし紅葉が、普通の状態で帰って来なくても、その時は俺がずっと、紅葉の面倒見るって。」


光清。

胸が苦しい。

ジャラールさんに感じた、胸の痛みとは違う。


そして一方、ときわの目はキラキラ輝いている。

「何考えてんの?ときわ。」

「別に~。さあ、私達も支度して行こう。」

ときわの思惑が何なのか分からないうちに、私達は支度をして、外に出た。

もう既にバスが来ていて、みんな乗り始めている。

「急ごう、紅葉。」

「うん。」

ときわと一緒に乗ると、彼女の取り巻き、いや、クラスの男の達の一部は、席を用意してくれていた。

「ラッキー!有り難う。」

ときわと一緒に座ろうとすると、席が空いていない。

さすがに、私の分はないって事か。


「紅葉。こっちこっち。」

後ろの方から光清の声がした。

隣を指差す光清に、近づいて行く。

途中、クラスの女の子に、じろっと睨まれた気がするけれど、今は気にしない。

だって光清の隣しか、席は空いていないんだから。


「Thank You、光清。」

「いや。」

ご丁寧に、窓際の席を用意してくれていた。

「そうだ、光清。」

「なに?」

「私がいつ起きてもいいように、一晩中起きててくれたんだって?」

すると光清は、反対の通路側を見て、ため息をついた。

「ときわだな。教えたの。」

「まあ、そうだけど。有り難う。」

「あ、ああ……」

光清のこの様子を見ると、本当は知られたくなかったんじゃないの?

私は席の隙間から、ときわを見た。

見えないけれど、ときわの頭がこっちを向いているような気がする。

案の定、光清がときわと目を合わせて、じーっと睨みをきかせていた。


そこへ担任の神崎先生が、バスに乗り込んだ。

「皆さん、揃ってますか?」

は~いと言う返事と供に、バスガイドさんが朝の挨拶をする。

ゆっくりとバスが動き、修学旅行は最終日を迎えた。

「これからバスは、東寺に向かって参ります。」

ああ、そうか。

もう一ヶ所、巡るんだ。

なんだか、もう終わった感じがするんだけどな。


「どうだった?砂漠の旅は。」

ふいに、光清が尋ねてきた。

「まあまあだったよ。」
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