月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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黒幕の黒幕

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しかしその答えは、王様の口から語られた。

「確かにそなたは、我が父アミン王の兄、ハサン王の子供だ。」

「えっ?」

ジャラールさんが驚いて、持っていた刀を落とした。

「はははっ!知らなかったのか、ジャラール王子!私は王族の血を引く者なのだ!」

ジャラールさんは、何も言えずに、立ち尽くしている。

私は落ちている刀を拾った。


重い。

ジャラールさんは戦っている時、こんなに重い物を振り回していたんだ。


「ジャラールさん。」

刀をジャラールさんの目の前に持って行ったけれど、ジャラールさんは、受け取ろうともしない。

よく見ると、刀の持ち手の部分に、玉座と同じ模様がある。

「これはなに?」

敢えてハーキムさんに聞いた。

「それは……王家の紋章だ。」

「これが王家の紋章……王族の印?」

私はハッとして、ジャラールさんを見つめる。

「ジャラールさん、もしかして……」

胸が痛い。

「自分は王族じゃないって、疑っているの?」

ジャラールさんは、ぎゅっと両手を握った。

するとハーキムさんが、私の手から刀を奪って、ジャラールさんに持たせた。

「ジャラール様。あなたは間違いなく、この国の王族です!」

「ハーキム……」

「何を迷われているのですか!あなたは、我が王の前王妃の忘れ形見なのですよ?王妃の子供が王族ではないなんて、有り得ません!」

ハーキムさんにそう言われ、ジャラールさんは刀をじっと見ている。


王様はそんなジャラールさんをちらっと見ると、またザーヒルと向き合った。

「ザーヒル。だが、そなたに王位継承権はない。」

「何!?」

「ハサン王は、王位を継ぐ王子に恵まれなかった。王位はその弟である我が父、アミン王が継いだ。ハサン王の第5夫人が、そなたを産んだのはその後だった。」

「だからどうした?例え父の死後に生まれた子供とて、王子である事に変わりはない!」

王位継承権がないと言われ、また勘に触ったのか、ザーヒルは王様に、刀を向けた。

「よく聞け、ザーヒル。そなたの母上は、生まれた男の子を、王子として届けなかった。」

「そんな事はない!」

「いや、ザーヒル。そなたの母上は、影で王位を狙う者が、幼いそなたを利用するのを恐れたのだ。だからこそ王子ではなく、普通の平民として育てようとなさったのだ。」

「嘘だ!黙れ黙れ!」

いきり立っているのか、ザーヒルの方が王様を押していた。

「そんなそなたを、宮殿に呼び戻したのは父である、アミン王だ。兄であるハサン王の唯一の王子であるそなたが、平民として扱われる事を、憐れに思われたのだ。だからこそ、私の筆頭侍従に迎い入れた。」

そこまで聞くと、ザーヒルは油断したのか、一歩引く。

その隙をついて、王様がザーヒルの刀を、飛ばし上げた。

ザーヒルの刀は、空中を舞った後、大広間の真ん中に、突き刺さった。

「うぬぬぬ……」

ザーヒルは、力なく膝を床についた。

「ザーヒル。そなたの母上と、我が父アミン王のお気持ちを、今一度考えてみるのだな。」

王様がそこまで言うと、護衛達が座っているザーヒルを連れて行った。


「決着はついた。これで罪人判定は終了する。」

王様の一言で、人々は大広間から出て行った。

残ったのは私と、ハーキムさん。

そしてジャラールさんと、ネシャートさんと王様のみ。


「ジャラールさん。」

私が傷心のジャラールさんを、励まさそうとした時だ。

私の目の前を、誰かが通り過ぎた。

誰かが?

ううん。その香りですぐに分かった。

ネシャートさんだった。

「ジャラール。」

ネシャートさんは、ジャラールさんの手を握った後、そのまま抱き寄せた。

「気にする必要はありません。誰がなんと言おうとも、あたなは私たちと同じ王族の者です。」

「ネシャート……」

ジャラールさんは、ネシャートさんの背中に手を回したけれど、彼女を抱き締める事なく、その腕を下ろした。

「それよりも、怪我はなかったか?ネシャート。」

「え、ええ。」

「よかった。今回は近くにいて守れなかった。申し訳ない。」

「そんなこと……」

ネシャートさんが、頭を左右に振る。


もう、私の立ち入る隙間なんて、ここにないじゃん。

私は気づかれないように、ため息をついた。


しばらくして、王様がジャラールさんとネシャートさんに、近づいてきた。

慌てて離れる二人。

王様の前では、二人は兄妹なのだ。


「お怪我はございませんでしたか?父上。」

「ああ、大丈夫だ。」

そう言う王様の頬には、新しい刀傷があった。

「あ、あの……頬から血が……」

私が手を伸ばすと、王様は自分の手の平で、その傷をゴシゴシ擦り始めた。

「大した傷ではない。このような傷、戦ではしょっちゅうだ。」


そうは言っても、バイ菌入るよ。

そんな適当に治療したら。

そう思っていたら、ネシャートさんの侍女の一人が、救急箱を持って来てくれた。


「父上。動かないで下さいね。」

ネシャートさんに言われるがまま、王様はネシャートさんに、消毒と止血剤を塗ってもらっている。

「それにしても、ザーヒルには困ったものだ。」

王様は、床に刺しっぱなしになっている、ザーヒルさんの刀をちらっと見た。

「誰が出生の秘密を、ザーヒルに教えたのか。」

「我々も知らなかった機密情報ですからね。」

ジャラールさんが、嫌味そうに言った。

「許せ、ジャラール。ネシャートもだ。ザーヒルは、叔父上の子供、つまり私の従兄弟であるのは、間違いないのだが、王族ではないのだ。」

王様の言葉を聞いて、ジャラールさんがまた下を向く。

「……血の繋がった、従兄弟なのにですか。」

それを聞いた王様は、ジャラールさんをじっと見つめるけれども、触れてあげる事も、抱き締めてあげることもしない。

これじゃあ、ジャラールさんがひねくれるのも、無理ないよ。


「ジャラール。もし、ザーヒルがネシャートの命を狙っているとしたら、何とする?」

「守ります。この命に代えても。」

ネシャートさんは、両手で口を塞ぐ。

おそらく涙が溢れそうになっているんだろう。


私だって、私だって……

ジャラールさんに、そんな事言われたら……


「そんなに、ネシャートの事が好きか?」

ハッとしたジャラールさんは、そのまま王様とネシャートさんの前に、膝を着いた。

「お許し下さい。ネシャート王女をお守りするのは、私の使命。それ故の発言です。決してネシャート王女と私は……」

「もうよい。隠さなくても、ナスィームから聞いておる。二人が愛し合っている事を。」

これには、ジャラールさんどころか、ネシャートさんも、驚いていた。

「私は二人の気持ちに気づいていながら、人としての小ささ故、そなた達を引き裂いてしまった。本当はもっと前に、そなた達の事を考えてやらねば、ならなかったのだ。」

「いえ。そんな事はございません、父上。」

ジャラールさんが、頭を下げた時だ。

王様はジャラールさんの手を引き、立ち上がらせた。

「ジャラール。もう私の事を父と呼ぶのはよせ。」

「ええ?」

「そなたの本当の父は、隣の国のサマド王だ。サマド王もその事を知っている。以前から、そなたと一緒に暮らしたいと、申し出があったのだ。」

ジャラールさんの目には、涙が溜まっていた。

「父上……今さら、他の方は父と呼べと仰るのですか?それは、あまりにも残酷でございます。」

溢れる涙をジャラールさんが拭うと、王様は急にジャラールさんを抱き寄せた。

「そなたは、私の愛した女の子供。だが、私の血を引いてはおらぬ。その苦しみが、今までそなたを苛んできた事は、私は分かっていたのだ。だが、何も変わらぬ。そなたは、私のただ一人の王子だ。ネシャートと同じように、そなたの幸せを願っている。」

そして王様はジャラールさんを引き離すと、今度は両頬に、自分の手を当てた。

「だからこそ、サマド王の元へ行け。本当の父親を知る事は、自分を知る事と一緒だ。」

「父上……」

王様は、ジャラールさんの涙を、指で拭った。

「そしてここからが、一番大事だ。ジャラール、ネシャート、よく聞け。」

ジャラールさんとネシャートさんは、互いに顔を合わせた。

「私はサマド王に、ジャラールとネシャートの婚姻を、申し込もうと思う。」

「えっ?」

「父上!」


ゴーン……

頭に釣り鐘を打ち付けられたように、頭が痛い。

ジャラールさんとネシャートさんは、さぞかしお喜びかと思いますけど、私にとっちゃあ、失恋決定。


「サマド王の元へ行き、数年後。今度はネシャートの相手としてここへ戻って来い。そのままずっと、ネシャートと一緒に、この国を支えて行くのだ。」

「父上。」

ようやく二人のわだかまりが溶けたように、ジャラールさんと王様は、抱き締め合った。

そして二人が離れると、そこには泣き崩れるネシャートさんの姿が。


ジャラールさんが、泣き崩れるネシャートさんを、抱えながら立ち上がらせる。

「よかったね。ジャラールさん、ネシャートさん。」

すると二人は、顔を近づけながら、私に笑顔を見せてくれた。

「ありがとう、クレハ。」

その二人の様子に、私は見覚えがあった。


「そう言えば、クレハ。そなたが言っていた私達の事が書いてあったという本も、このような結末だったのかな。」

「うん!あの本でも……」

そこで私は思い出した。

この二人の幸せそうな顔。

あの本の最後に書いてあった、イラストで見た事があったんだ。


私はあのイラストを見て、“なんだ。ハッピーエンドじゃん”って思ったけれど。

辛い事を二人で乗り越えてきたこそ、描かれた二人の様子だったんだね。


「あっ!制服。ラナーの部屋に置きっぱなし!」

突然思い出した自分の服の在りか。

その時、ラナーはクスッと笑った。

「戻りましょうか。私の部屋に。」

「あっ、お願いします。」

急に下手に出た私を、みんなが笑った。
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